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理物Advent Calendar 2022

Day 18

量子力学の正しい間違え方

Last updated at Posted at 2022-12-17

はじめまして。東京大学理学部物理学科の3年生(2022年現在)の稲田です。

さて、この記事を読んでいる方の多くはすでに量子力学を何らかの形で勉強したことがあると思いますが、皆さんは「量子力学を完璧に理解している!」と胸を張って言えるでしょうか。

僕には言えません。

そこで、『相対論の正しい間違え方』(松田卓也、木下篤哉)の形式に倣って、初学者が間違えやすいことや、もしかしたら今でも勘違いしたまま理解していることなどをテーマに、いくつかクイズを出題しますので、僕と一緒に量子力学の復習をしてみませんか。

答えや解説などは参考書などを参照しつつ書きますが、万が一間違っている点などございましたら指摘していただけるとありがたいです。

なお、想定している前提知識は量子力学の基礎レベルで、東京大学の学生であれば、前期課程の「量子論」の講義を受講していれば十分です。

まだ一度もちゃんと量子力学を勉強したことがないという方は、『量子論の基礎―その本質のやさしい理解のために』(清水明)などを読まれることをおすすめします。(実際、この記事にはこの本から引用する内容も多く含まれます。)

この記事は理物 Advent Calendar 2022の18日目の記事として書かれたものです。

あと、本日、12月18日はM-1グランプリ2022の決勝戦(と敗者復活戦)の日なので、是非見てください!!!
僕は真空ジェシカとヨネダ2000とキュウを応援してます。

Q1 複素数が必要な理由

問題

知っての通り、量子力学には複素数が用いられており、これは量子力学における原理や要請と言える。

それでは、複素数を用いてるのはどうしてだろうか。
また、複素数で本当に十分なのだろうか。

解答と解説

解答

複素数を用いると現象の説明が上手くいくから。

解説

こう言われると騙された気分になるかもしれませんが、物理理論の要請の最も重要な条件は「現象を正確に説明している。」ことでしょう。

「要請」というものは数学での「公理」にあたり、その理論における全ての定理や結果は要請によって導くことができます。
その要請のもとで計算した結果が実験結果と食い違っていればその要請は間違っていたことになり、逆にすべての結果と矛盾がないのであれば「今のところ間違いではない」と言えます。

その理論において要請が何で、何が要請から導かれる定理であるかということを理解して初めて、理論を体系的に理解したと言えるでしょう。

一方、理論の要請にも、それを必要とする物理的な背景というのはあります。(このことと、理論内で要請が公理であることは矛盾しないことに注意しましょう。)

例えば、量子力学において複素数を用いる背景としては、観測不可能な「位相」という量を表現するには実数では不十分であるからという理由が挙げられると思います。

しかし、「実数では不十分である」ということは「複素数で十分である」というわけでは当然なく、要請よりも根源的な説明とは言えません。

現に、量子力学の基礎から進んだ領域では「スピノル」と呼ばれる量が現れ、この波動関数は4つの複素数成分をもつベクトルなどで表されることが知られています。
このことは、複素数を用いた波動関数だけでは現象を記述するのに不十分だったということを意味します。

ただし、このことから「量子力学は間違っていた」というのは早計で、スピノルが登場しない範囲では(つまり、そういう条件の要請では)正しい理論であると理解しましょう。(ここを履き違えると陰謀論などに走るようになります。)

Q2 正準量子化を見つめる

問題

古典論で$ A := px $と表される物理量$ A $があるとする。

$A$を正準量子化に乗っ取って以下のように演算子にした。


\hat{A} := \hat{p}\hat{x}

この手続きは正しいだろうか。

解答と解説

解答

間違っている。

解説

量子力学において物理量$ A $はエルミート演算子で表されるという要請があります。したがって、単純にハットを付けるだけでは正しい手続きとは言えません。

実際、上で定義した$\hat{A}$のエルミート共役をとると、

\begin{align}
\hat{A}^{\dagger} &= \hat{x}^{\dagger}\hat{p}^{\dagger}\\
&= \hat{x}\hat{p} \neq \hat{A}
\end{align}

となり、これはエルミート演算子ではありません。

従って、エルミート演算子となるように、


\hat{A} := \frac{\hat{x}\hat{p} + \hat{p}\hat{x}}{2}

とする必要があります。

Q3 続・正準量子化を見つめる

問題

古典論で$ B := p^2x^2 $と表される物理量$ B $があるとする。

Q2を踏まえて、$\hat{B}$がエルミート演算子になるように、以下のように正準量子化を行った。


\hat{B} := \frac{\hat{x}\hat{p}\hat{x}\hat{p} + \hat{p}\hat{x}\hat{p}\hat{x}}{2}

一方、以下のように量子化してもエルミート性は失われない。


\hat{B} := \frac{\hat{x}\hat{p}^2\hat{x} + \hat{p}\hat{x}^2\hat{p}}{2}

これらの右辺を比べると、

\begin{align}
\frac{\hat{x}\hat{p}\hat{x}\hat{p} + \hat{p}\hat{x}\hat{p}\hat{x}}{2}- \frac{\hat{x}\hat{p}^2\hat{x} + \hat{p}\hat{x}^2\hat{p}}{2} 
= -\frac{\hbar^2}{2}
\end{align}

となり、これらは別の演算子になってしまう。
どうしてこのようなことが起きてしまうのだろうか。

解答と解説

解答

正準量子化には不定性があるから。

解説

計算結果に矛盾がある場合、大抵は途中で誤った式変形などをしている場合がほとんどですが、今回の議論に誤りはありません。
実は、古典的な物理量に対して正しく正準量子化を施したときに、演算子が一意的に得られるという理解の方に間違いがあります。

実際には問題で見たように不定性があるのですが、今回の例でもわかるように、この不定性は$\hbar$のべき乗に比例します。したがって、古典極限($\hbar \rightarrow 0$)を取るとこの項は無視され、どのような正準量子化を行っても得られる結果は同じになります。

このことは、場の量子論において真空エネルギーについての厳密な議論などにも顔を出すことがありますので、覚えておくといいかもしれません。

Q4 運動量演算子の波動関数表示はどこからきたか

問題

波動関数表示での運動量演算子は以下のように対応することを示せ。


\hat{p} \leftrightarrow -i\hbar\frac{\partial}{\partial x}

ただし、用いて良いのは正準交換関係$[\hat{x},\hat{p}]=i\hbar$のみである。

解答と解説

解答

まず、$e^{i\hat{p}a/\hbar}\hat{x}e^{-i\hat{p}a/\hbar} = \hat{x} + a $という関係式を示す。
左辺を$\hat{f}(a)$と置いて、$a$で微分すると、

\begin{align}
\frac{\partial \hat{f}}{\partial a} & = \frac{i\hat{p}}{\hbar} e^{i\hat{p}a/\hbar}\hat{x}e^{-i\hat{p}a/\hbar}
+  e^{i\hat{p}a/\hbar}\hat{x}\frac{-i\hat{p}}{\hbar}e^{-i\hat{p}a/\hbar}\\
& = \frac{i\hat{p}}{\hbar} e^{i\hat{p}a/\hbar}\hat{x}e^{-i\hat{p}a/\hbar}
+  e^{i\hat{p}a/\hbar}\frac{-i(\hat{p}\hat{x}+i\hbar)}{\hbar}e^{-i\hat{p}a/\hbar}\\
& = 1
\end{align}

なので、$\hat{f}(a) = a + \hat{c}$(ここで、$\hat{c}$は$a$に依らない演算子。)となり、$\hat{f}(0) = \hat{x}$なので、$\hat{f}(a) = \hat{x} + a$となり、関係式が示された。

したがって、

\hat{x} e^{-i\hat{p}a/\hbar}| x \rangle =  e^{-i\hat{p}a/\hbar} (\hat{x} + a)| x \rangle = (x + a)e^{-i\hat{p}a/\hbar}| x \rangle

なので、$e^{-i\hat{p}a/\hbar}| x \rangle = | x + a \rangle$が成り立つ。
両辺を$a$について展開すると、

(1 - \frac{i\hat{p}a}{\hbar} + \cdots)| x \rangle =  | x \rangle + a \frac{\partial}{\partial x}| x \rangle + \cdots

であり、1次の項を比べると、

\hat{p}| x \rangle =  i\hbar \frac{\partial}{\partial x}| x \rangle

となる。したがって、波動関数$\psi(x)$について、この式のエルミート共役を取ったものを用いて

\hat{p}\psi(x) = \hat{p}\langle x| \psi \rangle = - i\hbar \frac{\partial}{\partial x}\langle x| \psi \rangle

と計算され、問題の対応が示された。

解説

天下りに与えられた微分演算子が交換関係を満たすことを示す(十分性を示す)ことはよくありますが、これが必要であることを示したことがない人もいると思います。特に、誘導なしでこの計算ができると良いですね。

ちなみに、同様に計算することで、

\hat{x}| p \rangle =  -i\hbar \frac{\partial}{\partial p}| p \rangle

すなわち、運動量表示の状態$\psi(p)$に対して、

\hat{x} \leftrightarrow i\hbar \frac{\partial}{\partial p}

という対応関係があることも示すことができます。やってみてください。

Q5 運動量演算子は本当にエルミートか

問題

Q4で示したように、波動関数表示において、運動量演算子は以下のように表される。


\hat{p} \leftrightarrow -i\hbar\frac{\partial}{\partial x}

ここで、$\hat{p}$はエルミート演算子であるので、右辺のエルミート共役を取ってこれを確かめてみる。
実数の部分についてはエルミート共役を取っても変わらないはずなので、

\begin{align}
\left(-i\hbar\frac{\partial}{\partial x}\right)^\dagger &= (-i)^\dagger\hbar^\dagger\frac{\partial}{\partial x^\dagger}\\
&= i\hbar\frac{\partial}{\partial x} \leftrightarrow -\hat{p}
\end{align}

となる。つまり、$\hat{p}^\dagger = - \hat{p}$となってしまい矛盾する。

どこで間違えてしまったのだろうか。

解答と解説

解答


\left(\frac{\partial}{\partial x}\right)^\dagger = \frac{\partial}{\partial x}

という式変形。

解説

エルミート共役というものを考えるとき、僕たちは必ず内積の定義について確認しなければいけません。
波動関数表示において$\psi(x)$と$\varphi(x)$の内積の定義は、以下の通りでした。


\langle \psi | \varphi \rangle = \int^{\infty}_{-\infty} dx ~ (\psi(x))^*\varphi(x)

また、エルミート共役の定義は、


\langle \psi | \hat{A} \varphi \rangle = \langle \hat{A}^\dagger \psi | \varphi \rangle

なので、波動関数表示では、


\int^{\infty}_{-\infty} dx ~ (\psi(x))^*\hat{A}\varphi(x) = \int^{\infty}_{-\infty} dx ~ (\hat{A}^\dagger\psi(x))^*\varphi(x)

となります。何を当たり前のことをと思うかもしれませんが、正しい理解の前で定義よりも頼りになるものはありません。
$\hat{p}$の話に戻り、$\langle \psi | \hat{p} \varphi \rangle$を考えると、

\begin{align}

\langle \psi | \hat{p} \varphi \rangle & = \int^{\infty}_{-\infty} dx ~ (\psi(x))^*\hat{p}\varphi(x)\\
& = -i\hbar\int^{\infty}_{-\infty} dx ~ (\psi(x))^*\left(\frac{\partial\varphi(x)}{\partial x}\right)\\
& = -i\hbar \left[(\psi(x))^*\varphi(x)\right]^{\infty}_{-\infty}
-i\hbar\int^{\infty}_{-\infty} dx ~\left(-\frac{\partial\psi(x)}{\partial x}\right)^*\varphi(x)

\end{align}

ここで、最後の変形では部分積分を用いました。規格化条件から$x\rightarrow \pm\infty$で$\psi(x),\varphi(x) \rightarrow 0$なので右辺第1項(表面項)が消え、

\begin{align}

\langle \psi | \hat{p} \varphi \rangle & = \int^{\infty}_{-\infty} dx ~\left(-i\hbar\frac{\partial\psi(x)}{\partial x}\right)^*\varphi(x)\\
& = \int^{\infty}_{-\infty} dx ~\left(\hat{p}\psi(x)\right)^*\varphi(x) = \langle \hat{p} \psi | \varphi \rangle

\end{align}

となり、確かに$\hat{p}$がエルミート演算子であることが確かめられました。

すなわち、演算子形式等で「エルミート共役」というものを演算子以外の部分について「複素共役」と同一視することに慣れていたため、定義を見誤ってこのようなミスをしてしまっていたというわけです。

特に、今回の例で重要なポイントとして、式変形の過程に部分積分、さらには規格化条件が登場していることがあげられます。
今回は積分範囲を$-\infty \sim \infty$で取っているので規格化条件になっていますが、一般にはこれは境界条件に当たります。
例えば、境界条件$\psi(0)=\psi(a)$が課せられているような系で$0 \sim a$の範囲で積分する内積を取っている場合、やはり同様に表面項が消え、$\hat{p}$がエルミート演算子であることを示すことができます。

しかし、一般の境界条件においてはこのような議論は成り立たず、そのような場合には運動量演算子の波動関数表示は境界条件を取り込んで別の形になることに注意しましょう。

Q6 デルタ関数にご用心

問題

$\langle x | x' \rangle = \delta(x-x')$で規格化されている連続固有状態について、$\langle x |[\hat{x},\hat{p}]| x \rangle$を計算すると、

\begin{align}
\langle x |[\hat{x},\hat{p}]| x \rangle & = \langle x |(\hat{x}\hat{p}-\hat{p}\hat{x})| x \rangle\\
&= \langle x |\hat{x}\hat{p}| x \rangle-\langle x|\hat{p}\hat{x}| x \rangle\\
&= x\langle x|\hat{p}| x \rangle - x\langle x|\hat{p}| x \rangle =0
\end{align}

となるが、$\langle x |i\hbar| x \rangle = i\hbar\langle x | x \rangle \neq 0$であり、矛盾する。

どこで間違えてしまったのだろうか。

解答と解説

解答

$| x \rangle$ではさむという操作。

解説

問題にもある通り、位置の固有状態は$\langle x | x' \rangle = \delta(x-x')$という規格化がされています。このとき、$x = x'$だと、$\langle x | x \rangle = \delta(0)$となってしまい発散してしまいます。したがって、正準交換関係を$| x \rangle$ではさむという操作は発散を伴うもので、不適当なものです。

代わりに$\langle x |$と$| x' \rangle$で正準交換関係を挟むと、

\begin{align}
\langle x |[\hat{x},\hat{p}]| x' \rangle 
&= \langle x |\hat{x}\hat{p}| x' \rangle-\langle x|\hat{p}\hat{x}| x' \rangle\\
&= (x-x')\langle x|\hat{p}| x' \rangle
\end{align}

となり、Q4の計算から、

\begin{align}
\langle x|\hat{p}| x' \rangle &= \langle x| i\hbar \frac{\partial}{\partial x'}| x' \rangle\\
& = -i\hbar \frac{\partial}{\partial x} \langle x| x' \rangle\\
& = -i\hbar \frac{\partial}{\partial x} \delta(x-x')
\end{align}

であり、デルタ関数の公式:

x\frac{\partial}{\partial x} \delta(x) = -\delta(x)

から、

\begin{align}
\langle x |[\hat{x},\hat{p}]| x' \rangle = i\hbar \delta(x-x') = \langle x |i\hbar| x' \rangle
\end{align}

となり、矛盾しないことがわかります。

Q7 続・デルタ関数にご用心

問題

まず、以下の2項目の理由を説明せよ。

  • ポテンシャルが有限の領域において、波動関数は連続で微分可能である必要がある。
  • 一方、ポテンシャルが発散する(長さを持つ)区間があるとき、その区間で波動関数は0である必要がある。

次に、ポテンシャルがある一点でのみ発散する場合、どのような条件を満たす必要があるかを考えよ。
例えば、$V(x) = V_0\delta(x)$ではどうか。

解答と解説

解答

ポテンシャルが有限の領域において波動関数はシュレディンガー方程式を満たすため、連続かつ微分可能である必要がある。
一方、ポテンシャルが発散する領域では微分可能性は失われる。
また、この区間内で波動関数が0でない場合、その波動関数のエネルギー期待値が発散するため、波動関数は0になる。

一点でのみポテンシャルが発散する場合、ポテンシャルの形に応じてその点での条件を求める必要がある。(例については解説に記載。)

解説

$V(x) = V_0\delta(x)$のとき、固有値方程式:

\begin{align}
\left( -\frac{\hbar^2}{2m}\frac{d^2}{dx^2} + V_0\delta(x)\right)\psi(x) = E\psi(x)
\end{align}

の両辺を$-a \sim a$の範囲で積分することで、次の式が得られます。

\begin{align}
\left[ -\frac{\hbar^2}{2m}\frac{d\psi}{dx}\right]^a_{-a} + V_0\psi(0) = E\int^a_{-a}dx ~ \psi(x)
\end{align}

$a \rightarrow 0$を考えると、

\begin{align}
-\frac{\hbar^2}{2m}(\psi'(+0)-\psi'(-0)) + V_0\psi(0) = 0
\end{align}

となり、微分係数の境界条件を得ることができます。ただし、$\psi'(\pm 0)$は$a \rightarrow \pm 0$のときの$\psi'(a)$を意味します。 
このとき、$\psi(x)$が連続であるとすると、$\psi'(x)$が$x=0$で不連続になることがわかります。

このような解法は知らないと思いつくことが難しい場合もあるので、知っておくと後々お得です。

あとがき

いかがだったでしょうか。説明が拙い部分もあったかとは思いますが、皆さんにとってほんの少しでも役に立っていれば幸いです。

まえがきにも書きましたが、もし間違いを発見された場合にはコメントで教えていただけると助かります。

また、今回の問題を踏まえて、こういう問題も作れそうといったアイデアもお待ちしております。(場合によっては追記するかもしれません。)
最終的には自分で問題を作って解決できるのが一番その理論を理解している状態だと言えると思いますので、量子力学に限らずいろんなことに試してみると良いと思います。そうしているうちに、実は新発見の問題ができていた、みたいなことがあったら楽しいですしね。

参考文献

『量子論の基礎―その本質のやさしい理解のために』 著・清水明(サイエンス社)
『場の量子論: 不変性と自由場を中心にして』著・坂本眞人(裳華房)
『数理科学別量子力学から超対称性へ 超対称性のエッセンスを捉える』著・坂本眞人(サイエンス社)

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