はじめに
本記事では、新製品発表や役員向けの企画提案といったような、仕事上・ビジネス上で何らかの成果を得るためのプレゼンテーションについては取り扱いません。勉強会でのLT等、知識や経験の共有を目的とした登壇を前提として記載していきます。
みなさんは登壇したこと、ありますか?
私は何度かそのような機会がありました。社内での数分間のLTから、技術カンファレンスでの20分LT、前職の英語学習プロジェクトにおける英語LT、タスク管理勉強会でのLT、母校(高校)での50分のキャリアガイダンスまで、それなりに色々と経験してきました。ジャンルや長さも様々です。
とはいえ、すごく豊富な登壇経験があるわけではありませんし(せいぜい十数回程度)、大層な場での登壇経験があるわけではありません。また、登壇者として名を馳せているわけでもありませんし、自身が優れた登壇者だと言いたいわけでもありません。
ただ、間違いなく言えるのは、「私は毎回登壇にかなり力を入れて取り組んでおり、毎回体験が非常に良く、私にとって登壇は大切な存在である」ということです。
折に触れてそんな私にとって大切な登壇について言語化したいと考えていたので、今回のアドベントカレンダーという機会をお借りして、テーマとしてみました。
本記事では、私が登壇のどこに魅力を感じているのか・登壇の体験の良さとは一体何なのかということについて、また最高の体験を得るために私なりにどのように登壇に取り組んでいるのかについてを言語化し、以下の構成でお送りします。
なお、ちょっとやりすぎてしまい、この記事は約2万文字(記号やURLなどを加味するとおそらく約1.5万字)というとんでもないボリュームとなってしまいました...。気になるトピックについてだけでも読んでいただけると嬉しい限りです よろしくお願いします!
1. 登壇はいいぞ
登壇の良さ、色々あると思います。
- 人前で話すのが気持ち良い
- 登壇を通して繋がりができる
- 組織やコミュニティに貢献できる
- 自分の市場価値を高められる
- 準備する中で調査・学習できる
- etc...
私自身、毎回とても体験が良いです。社内/社外・発表時間・規模感などに関わらず、登壇は自身を成長させてくれるし、他者との繋がりを生んでくれると感じています。自己のためにも他者のためにもなる活動です。登壇はいいぞ。
このように色々と良さがある中でも、個人的に最も良いところとして感じているのは、「登壇を通して、何らかの経験・体験・学び・気づきについての洞察や言語化が進み、勝ちパターン・武器・マイセオリーとして確立することができる」ということです。
登壇においては、伝えたいことをある程度きちんと言語化して筋道立てて説明することが要求されます。よって、準備の過程で登壇のテーマとした話題について振り返ったり、深堀りしたり、調査したり、整理したりする必要が出てきます。結果として、準備の過程の中で深い洞察が得られる傾向にあると考えています。
例えば、自分が「何となく上手くいったな〜」と感じていることについて話す場合、「何のために、何をして、なぜ上手くいったのか」を振り返って深堀り・整理する必要があるかもしれません。すると、登壇前にはボヤッとしていて再現性のない成功例だったものが、登壇後にはある状況において再現性高く適用可能な勝ちパターンとして確立したりするのです。
これは、自身の中に眠る「原石」を磨き上げ、「宝石」として輝かせるようなイメージです。経験・体験・学び・気づきといったような「原石」は、深い洞察・言語化を行うことで磨き上げられ、勝ちパターン・武器・マイセオリーといったような「宝石」として、何倍もの価値を持つようになります。
登壇を通してこのような体験をすることができるというのが、私が感じている登壇の最も良いところなのです。
と、ここまで書いて気づきましたが、これは登壇に限った話ではなく、発信活動全般について言えることかもしれません。本や記事の執筆においても同じ効能が得られそうです。
昨年のアドベントカレンダーで投稿した記事でも「発信」を振り返りの手段として挙げていました。
どうやら、私は発信活動における上述した効能を得るために、登壇というスタイルを好んで用いているという事のようです。
では、なぜ登壇なのでしょうか。いくつか理由がありそうです。
まず、登壇が与えてくれる程よいプレッシャーが心地良いのかもしれません。
登壇では必ず誰かの時間を拘束することになるので「それなりにクオリティを高めなければ」という力が働きます。一方で、謝礼を受け取った講演会といったようなものでもない限り、ものすごく厳密でなければならないとか、説得力がなければならない、必ず価値提供しなければならない、といったようなレベルの強いプレッシャーはかかりません。
私にとっては、自身が納得するレベルで洞察・言語化をするために、そのくらいのプレッシャーがちょうどいい具合に働いてくれているようです。
次に、登壇という対面で行う発信スタイルが好きなのかもしれません。
登壇では文面だけよりも表現の自由度が高く、スライドやその場でのスピーチはもちろんのこと、表情や身振り手振りなどノンバーバルな手段も用いて表現が可能です。またその場で会場の雰囲気を見ながら話す内容にちょっと変化を加えたり、その場のノリでアドリブを加えたりすることも可能です。
これらの特徴により、情報をより正しいニュアンスで伝えやすいと感じています。また、口頭で補完できるというセーフティネットがあるため、文章を書くのが気持ち楽になるような感覚があります。
そしてなにより、入念に準備し考え抜いたトピックは、本番のライブ感が本当に気持ち良いです。本番で気持ちが乗って思った以上に熱く語ってしまったり、それを深く頷きながら聞いてくれる人がいたり、他の登壇者さんの発表からインスパイアされてちょっと内容を変更したり...。舞台はナマモノと言ったりしますが、そういったものの片鱗を登壇にも感じるのです。
ということで、登壇はいいぞ、という話でした。みなさんも発信の手段の一つとして、良かったら登壇にチャレンジしてみてください!
2. 登壇の技術: 原理原則編
さて、ここからは私が登壇で最高の体験をするために実践していることについて言語化していきたいと思います。まずは具体的なテクニックではなく原理原則的に意識していることについて記載していきます。
この章には人によっては「当たり前だろ!」と感じるようなことが多く書かれているかもしれません。退屈に感じられる方は読み飛ばして「3. 登壇の技術: テクニック編」を読んでみてください。
2.1 入念に準備する
登壇を通して最高の体験をするために欠かせないのが「入念な準備」です。この節以降に記載する原理原則・テクニック全てのベースとなる、最も重要な要素です。
これは、スライドを作って終わりではなく、スクリプトの準備をしたり、リハーサルをしたりもきちんとやりましょうね、とか、そういった話 "ではない" です(もちろんそれらも大事なのですが)。登壇の準備においてやれることはたくさんありますが、それの何ができたらOKという話ではないのです。
ではどう言った話かというと、自分が「やり切った」と思えるレベルで入念に準備をする、そのマインドが大事という話です。
これは何も登壇に限った話ではないでしょう。どんなことでも、一生懸命全力でやらずして「最高の体験」ができることなどないのではないでしょうか(たぶんね)。
登壇を通して最高の体験をしたいのならば、まずもって相応の時間を投資して「入念に準備する」覚悟を持って臨んだ方が良いでしょう。
2.2 TPOをわきまえる
場を用意してくれる人、聞いてくれる人がいてこその登壇です。「TPO(時・場所・場面)をわきまえる」ことは大事です。
- 誰がどのような人々に向けて開催しているイベントか
- どのような関心を持った人々が集まると予想されるか
- どのような話をすることが期待されているか
- どのような雰囲気で話すことが期待されているか
- etc...
上記のようなことを考慮した上で、どこで話すか、あるいは何を話すかといったようなことを見定めましょう。
いくら良い話であっても、PHP界隈の集まりで他の言語の話をPHPと絡めることも無く延々と話すのは望まれない可能性が高いでしょう。
また、自分が砕けたスタイルで話すのを好むとしても、堅めの雰囲気のカンファレンスの中で1人違う空気を醸し出すことは望まれないかもしれません。
TPOをわきまえてこそ、自分が話すトピックや自分のスタイルが光ります。誰かが用意してくれた場は、その誰かの想いがこもっていることを忘れずに、感謝の気持ちを持って登壇に臨みましょう。
適する場がないのなら、自分で主催してみるのも一手かもしれませんね!
2.3 自分が話せること・話したいことを自分の言葉・スタイルで話す
前述した通り、聞いてくれる人がいてこその登壇です。「できるだけ多くの人のためになる話がしたい」と考えるのは自然なことでしょう。
また、人前に立って話すということで、「何かすごいことや誰かの役に立つことを話さなきゃ...!」と力んでしまったり、カッコつけたり見栄を張ったりしたくなるかもしれません。
一定そういった緊張感や張合いは大事だと思います。一方で、それらに引っ張られすぎて過度に創りこんでしまうのはもったいないと感じます。
カッコつけて良い部分だけ見せようとしたり、増し増し盛り盛りに誇張したり、思ってもないことを記載したり、書籍や記事から拝借してきた他の人の考え方でガチガチに固めたり...。そのような登壇からはリアルが失われます。
もちろん、何らかの目的を達成するためのプレゼンテーションならそれで良いのかもしれません。ただ、そうでないのなら是非「自分が話せること・話したいことを自分の言葉・スタイルで話す」ことをおすすめします。
別にスゴイ事じゃなくてもいいし、カッコよくなくてもいいんです。自分の中にあるものを言語化して素直に話しましょう。
あなたが経験し・考え・感じていることはあなたにしか話せません。その、あなたが経験し・考え・感じていることが言語化されることに価値があるのです。
何かすごいことを、役に立つことをと力みすぎず、等身大の自分が話せることを自分の言葉で表現することで、背伸びした話よりもずっとリアルで面白い話ができるはずです。
そしてその話は、「2-2. TPOをわきまえる」を実践したうえできちんと取り組めば、結果として他の誰かにとっても面白い・興味深い話になるものです。
2.4 適切にターゲティングし、確実に伝える
前述した通り、自分の話せること・話したいことを、自分の言葉・スタイルで話すことが大事です。ただ、それは自分にしか分からない表現で好き放題話して良いという事ではありません。繰り返しになりますが、聞いてくれる人がいてこその登壇です。「聞き手に伝わること」が重要なのです。
具体的には、以下の達成を目指すと良いと思います。
- 登壇に興味・関心を持ってもらって、楽しく・興味深く聞いてもらう
- 登壇内容をきちんと理解してもらう
要するに「楽しく聞いてもらって、内容を理解してもらう」ということです。
「それだけ...?」と思うかもしれませんが、それが重要なのです。内容の善し悪し以前に、まず聞き手に伝わらないと話になりません。興味が湧かずに集中して聞いてもらえなかったり、内容がよく理解できなかったりして聞き手に伝わらなかったら、いくら内容が良くても意味がないのです。
ただし、これは「全員が楽しく聞いて理解できるようにしましょう」ということではないです。
登壇を「楽しく聞いて理解してもらえるか」は聞き手に依存するのでアンコントローラブルな側面があります。聞き手はそれぞれ異なるコンテキストを持ちます。興味関心・経験・前提知識・思考回路などは当然人によって異なります。そんな異なるコンテキストを持った全員が「楽しく聞いて理解できる」といったようなことを達成するのは基本的に難しいでしょう。
むしろ、無理にそういった状況を目指してしまうのは逆効果になりかねません。様々な人に関心を持ってもらおうとあれもこれもと話題を詰め込んだり、説明や補足が冗長になりすぎたりしたら、結果的に誰にとっても中途半端で、誰にも刺さらないよく分からない内容になってしまうかもしれないのです。
じゃあどうしたら良いのかというと、ターゲットをある程度絞ることが大事です。本や記事で言う「想定読者」を定めるイメージです。
「2-2. TPOをわきまえる」で説明したように、適切な場を選ぶことも重要です。また、「このような人を対象とした登壇です」とあらかじめ説明しておくのも良い手かもしれません(良く使われる手法ですね)。
そうして絞ったターゲットに向けて、「聞き手に伝わるか?」を意識しながら準備を進めていきましょう。
この節の主張は以上ですが、具体例がないと分かりづらいと思うので以下に補足しておきます。「楽しく聞いてもらって、内容を理解してもらう」ためには、具体的には以下のようなことを入れ込むのが有効な手段となります。
- つかみ
- 前提情報の共有・補足・例示
- まとめ・サマリー・おさらい
2.4.1 つかみ
「つかみ」は登壇に興味・関心を持ってもらうにあたり非常に重要な要素です。
自己紹介を工夫したり、何らかの問いかけから入ったり、何らかの宣言から入ったりなど、やり方は様々あると思います。
私は問いかけから入って、自身の経験を交えながら問題提起し、本題につなげていくというスタイルを好んで用います。
例えば以下のような感じです(最近の登壇の一部を切り出しているだけなので脈絡はないです)。
2.4.2 前提情報の共有・補足・例示
「前提情報の共有・補足・例示」は聞き手に登壇内容を理解してもらうために非常に重要な要素です。
会社内部の話など、聞き手が知りようもない情報かつ登壇内容を理解するにあたり必要なものがあれば、前提情報として共有するのは言わずもがな必須です。
また、人によっては馴染みがなかったり理解が曖昧になりそうな概念だったり事柄について簡単な補足を加えることは、多くの聞き手に正確に内容を伝えるための有効な手段となります。自分にとっては馴染み深い概念・事柄だとしても、一般的に良く知られているかどうかについては気を付けて意識してみると良いかもしれません。
抽象的でなかなかイメージしにくい事柄については例を示すことも有効です。ものによっては、自身が経験したエピソードなどを持ち出して例として示すと説得力が増す効果もあるかもしれません。
2.4.3 まとめ・サマリー・おさらい
折に触れて「まとめ・サマリー・おさらい」といったスライドを用意することは強力に聞き手の理解を助けます。
大事なことは1回だけじゃなく何度も繰り返し伝えましょう。
「今日これだけは覚えて返ってください」といったようなフレーズを良く聞きますが、実際そういった話があると頭に残るものです。
私は以下のように大抵「まとめ」という見出しを最後に設けて1スライドで登壇内容を振り返るようにしています。
2.5 言語化をやり切る
「1. 登壇はいいぞ」で語ったように、「言語化」は登壇を通して最高の体験をするための肝となる要素です。自身の中に何となくある経験・体験・学び・気づきといったようなものに真剣に向き合い、それが一体何なのかを具体的にスライドに落とし込んでいくのです。
この作業をどれだけやり切れるかが登壇の満足度に大きく影響します。
言語化にはある程度時間を要するものです。私の場合、あるトピックについて言語化してスライドに落とし込むまで概ね12時間〜24時間程度の集中した作業時間を必要とすることが経験上分かっています。これはたとえ5分間のLTであっても、です。
ただし、もちろんかかる時間に個人差はあるはずです。また、準備が短時間で終わることが悪い事とも限りません。
比較的短時間で準備できてしまう場合、以下のような視点で理由を考えてみることで言語化不足によるものか判断すると良いかもしれません。
- 言語化が不要な登壇内容か?
- 情報や、他者の主張、何かしらのモノについての紹介だけで構成している
- 自分の中で既に言語化済な内容のみで構成している
- 言語化が不十分か?
- 妥協している
- 言語化できた気になっている
1のケースは、選択したトピックの性質によるものなので基本的に問題ありません。
準備に十分な時間が取れない際に1-2のようなトピックを選択することは有効な戦略でしょう。もちろんその場合は、「1. 登壇はいいぞ」で語ったような恩恵は一部得られなくなるわけですが、登壇の目的によっては全く問題ないでしょう。ただ、1-1については、折角登壇というスタイルで発信するのであれば、紹介だけに終始せず、自身の考えや意見を交えて話すことも検討してみるといい場合もあるかもしれません。
問題は2の「言語化が不十分」なケースです。もしも登壇で最高の体験をしたいのならば、この状況は避けなければなりません。
2-1「妥協している」の状況は以下のような体験として比較的自覚しやすいと思います。
- 何となくしっくりきてないけど、まあいいか
- とりあえずそれっぽいことを書いて結論に結び付けよう
- ちょっと途中で力尽きてしまったので強引にまとめよう
- etc...
私も特に1番目と3番目の誘惑に負けそうになることが良くあります。ただ、これらのような場面は踏ん張りどころです。生みの苦しみを味わっていると考えてください。
もちろん時には妥協するのも良いでしょう。いつだって頑張れるわけではありませんし、コスパのいいラインがあるかもしれません。ただ、これらの苦しみを超えた先には一段も二段も上の登壇体験が待ち構えていることはザラにあります。踏ん張りどころのサインと捉えて、時間が許す限り突き詰めてみることをおすすめしたいです。
厄介なのが2-2「言語化できた気になっている」です。これは言語化できていないことを自覚していない状態なわけです。まずはそこに気づく必要があります。自身に以下のような問いかけをしてみると良いかもしれません。
- 結論ありきで書いていないか?
- 何となく思いついた最初のアイデアや結論に引っ張られていないか?深層心理では気づいている違和感を無視して、結論に向けて自身の考えを捏造していないか?
- 権威ある他者の主張に思考停止で同調していないか?
- そもそもその他者の主張を正確に把握したうえで同調しているのか?そして、他者の主張を自分の主張であると思い込んでいないか?本当に自分も同じように感じているのか?
私は1番目に遭遇することがよくあります。アウトラインを書いた時点では「自分はこう考えているのだろう」と思っていたことが、中身を書いてみるとどうやら違いそうだと気づくのです。書き上げてから読み直すと、自分が本当はそんなに思っていなさそうなことを書いていたり、自分が本当に主張したいことが入っていない感じがしたり...。そういった違和感を見逃さないことが大事です。
実際、本記事においてもアウトラインの見直しは何度も行われています。例えば「3.6 書式設定を上手く使ってスライドをコスパ良くデザインする」は当初「デザインをテンプレート化・ルール化する」というタイトルで書いていました。そして、「テンプレート化・ルール化を大事にしている」という結論ありきで中身を書き出してみたのですがどうもしっくりこず、表現を試行錯誤するうちに「自分が本当に大事にしているのはテンプレート化ではなく、コスパの良いデザインである」という事に気づき、現タイトルへと至ったのです。
こういった妥協なき作業をやり切ったうえでの登壇は本当に気持ちがいいものです。まさに最高の体験と言って良いでしょう。苦しみが伴うこともありますが、是非取り組んでみてください。新たな世界が開けるかもしれませんよ!
2.6 細部にこだわる / 妥協しない
「神は細部に宿る」という言葉があります。「細部(ディティール)にまでこだわって生み出した作品こそが、本当に良いもの、美しいものになる」といったような意味だそうです。
これは、単に誤字脱字をなくそうとか、スタイルを統一しよう、みたいな話ではないです(もちろんそれも大事ですが)。ソースコードで言えば、linter, formatterをかければ良いという話ではないのです。
あるいは、中身が間違っていてはならないとか、完璧なものでなくてはならないという事でもないです。むしろ内容としては「まだまだ分からないこともあります / ここはまだモヤモヤしています」とか「間違っているかもしれません」といったような事が含まれていても全く問題ありません。
これは、何かが達成されていればOKというものではなく、その姿勢自体が大切であるという話だと私は思っています。
ん、どこかで聞いた話でしょうか...?はい、実はこの節では「2.1 入念に準備する」に記載した内容とほぼ同じことを言葉を変えて記載しています。大事なことなので2回言いました、というやつです(もう古いネタなんだろうか...。)。
非常に感覚的な話になってしまいますが、やはり魂のこもった作品には心が震えるのだと思います。
私はいくつかの登壇を経験してきましたが、毎回全力で魂を込めてきました。
結果として、「これ本にできそう」とか「これは傑作だ!」あるいは「感銘を受けました」といったような感想を何度か頂いたことがあります。
また、自分自身としても最高の体験のひとつとして記憶していて、何かを思い出したい時、何かに立ち返りたい時、何かを人に説明したい時などに、自分の登壇資料を度々見返すことがあります。自分の登壇資料が愛読書になっているようなイメージです。
凡人でもこのような体験はできるのです。相応の時間的コストはかかりますが、どうせやるなら魂込めて登壇してみたらいかがでしょうか!
3. 登壇の技術: テクニック編
ここからは、登壇を行う上でのテクニック的なものを記載していきます。とは言っても、ツールの使い方などといった細かい話ではなくもう少し抽象的な戦術の話が中心です。
筆者の好みが多分に含まれているので、取捨選択してご活用ください。
3.1 普段からネタを溜める・深める
登壇するためには何かしらネタが必要です。
いざ登壇の機会が訪れてから、何について話すのかを考えるのももちろん良いでしょう。ただ、より充実した発信ライフを送るためには普段からネタを溜めておく・深めておくための場所を用意しておくことがおすすめです。
このトピック面白いなーとか、熱く語れそうだなーみたいなことが、ふとした瞬間に浮かんでくることがあります。また、それらについて思いを馳せているうちに思考が深まり、気づきを得て、言語化が進み、自分の中にストーリーが生まれることもあります。
そういったものは記録しておかないと大抵忘れます。めちゃくちゃ勿体ないです。
そんな、アイデア・インスピレーションが湧いてきた時のために、ネタを書き溜めておける場所を作るのです。どんな時でも気軽に殴り書きできるような場所が良いでしょう。 私はslackで自分とのDMにスレッドを生やして書き殴り、ピン留めしています。こうすれば出先でもモバイルから記録できるからです。
ネタを溜めておくとそれを発信したいという気持ちが高まり、結果的に登壇に繋がるという効果もあると思います。
発信活動をしたいけれどなかなか手につかない、という人はまずここから初めて見るのも良いのかもしれませんね!
3.2 まずはテキストで書きまくる
さて、いざ登壇が決まり、資料作成をするとしましょう。まずはスライドを新規作成して…。いいえ、まずはテキストエディタを開きましょう!(もちろんスライドをテキストエディタ的に使っても良いのですが)
どんなつかみで入り、どんな流れで、どんなことを話すのか、テキストで一通り書いてみるのです。成果物としては、アウトラインとそれぞれの項目でどのような事を書くのかが決まっていればOKです。出来上がったテキストをコピペしつつ、細部や図などを加筆・修正・補完してスライドが作れる状態を目指します。
重要なのは「最初から綺麗にアウトラインを作ろうとしないこと」です。このステップでは「発散と収束」を意識することが大事です。
まずはとことん発散しましょう。話したいフレーズやキーワードが浮かんできたらどんどんメモします。いきなり詳細から書き始めても良いし、図から作っても良いかもしれません。「3.1 普段からネタを溜める・深める」を実践しているとしたら、その内容が役に立つ事でしょう。とにかく、まずは何かしらアウトプットしてみることが大事です。
自分の中にあるものを言語として吐き出して客観的に眺めることで、自分との対話が生まれ考えが深まっていきます。外部ストレージに吐き出すことにより、ワーキングメモリ上での思考の限界を超えるのです。2.5 言語化をやり切るを実践するためにも、この過程が最も重要と言っても過言ではありません。
そうして考えが深まり、自分の中で収束できそうな感覚が掴めてきたら、形にし始めます。出てきたアイデアやフレーズを取捨選択し、筋道建てて整理して、1つのストーリーとして成立させます。あとはスライドとして整えるだけだ!という気持ちになれれば、このステップは成功と言えるでしょう。
スライド作成よりもこのステップに時間をかける気持ちで臨むと良いでしょう。
3.3 登壇時間を超過するつもりでスライドを作りきって後から調整する
前提として、5分のLTと45分の講義ではさすがにトピックの選び方から変わってくるでしょう。本節は、最初にある程度登壇時間を考慮してトピック選定した上でのお話と捉えてください。どう考えても登壇時間が不足しそう、あるいは過剰になりそうなトピックはまずもって避けてください。
スライドを作る上で気にしなければいけないのが登壇時間です。時間を超過してしまうのはもちろんのこと、短すぎても良くないかもしれません。何を削って、何を付け加えるべきか…。そういったことを気にしながらスライドを作るのは非常に難しいものです。
そんな登壇の時間調整に関して私がおすすめしたいテクニックは「登壇時間を超過するつもりでスライドを作りきって後から調整する」です。まずは全部出し切ることを重視して、後から内容を削るなりスキップするなりして時間調整するという戦略です。
私は5分のLTでも30〜40枚のスライドを作ることが多いです。話せと言われれば15〜20分くらいは話せるボリュームでまずはアウトプットしています。
最初から時間を気にしてスライド作成を開始すると、思考が制約されます。「5分のLTにそんなに時間をかけても仕方がないしな」という考え方では洞察が十分に深まらないかもしれません。「ここまで話している時間はないだろうな」と最初に削ってしまったトピックが、深堀りしてみると実はとても大事な話だったかもしれません。
「1. 登壇はいいぞ」で語ったように、私は登壇の準備の過程で深い洞察が得られることに良さを感じています 。よって、上記のように「時間を気にするがゆえに自分にとって大切なことへの考えが深まらない、あるいは大切なことをスライドに書けない」というのはとても勿体ないと感じます。
また、登壇はその場限りで終わるかもしれませんが、スライドはその後も残り続けます。何かに立ち返るために見返すこともあるかもしれませんし、なんなら公開することもあるかもしれません。スライドは単なる登壇の付属品ではなく、スライド自体が一つの成果物なのです。
そして、優れたスライドは、自身のキャリア・人生における資産となります。そういった意味でも、登壇の時間にとらわれずに自分が納得・腹落ちするまでそのトピックについて考えを深めてスライドを作り込み、スライド単体での完成度を高めることは大事だと思っています。
もちろん、登壇時間を軽視するということではありません。むしろ、登壇時間を守ることは非常に重要です。なんなら1番大事なことの一つです。
もちろんその場の雰囲気やイベントの巻き / 遅れ具合にもよると思いますが、基本的には登壇時間は必ず守る必要があります。そのためには出し切った後の調整が必要です。
私は以下のようなテクニックをよく用います。
- オプショナルなスライドには「補足」、「おまけ」、「コラム」といったような接頭辞をつけておき、時間がなければサラッと触れてスキップする
- 個々のスライドで絶対に話したいこと、センテンス、キーワード等を明確にしておき、それだけはスキップしないようにする(逆に言えばそれ以外のトピックは柔軟にスキップする)
- どのスライドまでどのくらいの時間で話す必要があるのかマイルストーンを置き、それを参考にトークを調整する
- とにかく何回もリハーサルを行い、スムーズかつ時間内に話せるように練習しておく
特に4の「リハーサル」が大事です。他の全てをやらないとしても、4だけはやるべきです。本番は緊張するものなので、練習をしてもなお上手くいかなかったりするものです(もちろん場慣れはあると思いますが)。自信を持って臨めるレベルまで練習を重ねて備えましょう!
3.4 文字中心でスライドを構成しつつ、視覚的に工夫する
スライドの作り方は、大きく以下の2パターンに大別されるのではないかと思っています。あるいはこれらのハイブリッドもありそうです。
- 画像中心スタイル
- スライドに画像やキーワードのみを載せて紙芝居のように仕上げるスタイル
- スライドよりもトークの方に情報を詰め込む
- スライドはトークのイメージを伝える手段
- スライドだけを読んでも内容は分からない
- 文字中心スタイル
- スライドに文字や図・表を書き連ねて記事や本のように仕上げるスタイル
- スライドとトークの情報量は同等か、あるいはスライドの方が多い
- スライドはトークを聴きながらより詳細について理解するための手段
- スライドだけを後から読み物として読むことが可能
これらのどちらが良いという主張をするつもりはないです。 それぞれ強み・弱みがあると思います。例えば、登壇が新作発表のプレゼンテーションの場合1が適するかもしれません。一方で株主への決算報告の場合2が適するかもしれません。目的によって使い分けるのが良いでしょう。また、単に好みでも分かれそうです。
さて、ここまで読んできた方なら分かるかもしれませんが、私は2の「文字中心スタイル」を想定しながら記事を書いてきました。どちらの形式でも良い場合私は2のスタイルを好みます。
それは「スライドだけを後から読み物として読むことが可能」であることを重視しているからです。おそらく私は言語化された自分の考え、マイセオリーをスライドとしてsaveしておくことに魅力を感じているのかもしれません。あるいは、文字媒体での表現が好きなのかもしれません。
そうは言っても、1の「画像中心スタイル」の方がイケてるじゃん?と感じる方もいるかもしれません。何なら、文字だらけのスライドは良くないとか、アンチパターンであるというように語られることもあると思います。
そういった懸念の通り、何の工夫もしないと文字中心のスライドは見づらくなりがちです。ただ、工夫をすれば文字中心でもイケてるスライドは作れると私は思っています。
私は以下のようなテクニックをよく用います。
- 1メッセージだけを込めたシンプルで文字数・情報量の少ないスライドと、詳細説明を書き連ねた情報量の多いスライドを使い分けて、強弱・緩急をつける
- 情報量の多いスライドにおいてもできるだけシンプルな文で構成されるように磨き込む
- フォントサイズを比較的大きめに設定し、スライドに収まる文字数の制約を与えることで、文章の推敲の後押しをする
- 文中の重要な部分をハイライトし、かつハイライトだけを追った時にも読み物として成立するようにする
- 情報量が多いスライドを何ページかに渡ってコピペし、それぞれで別々の部分をハイライトする事で順番に読ませる
これらのような工夫をすることで、文字中心のスライドであっても分かりやすく作れると私は思っています。本の一部をハイライトしたり切り抜いて拡大したりしながら紹介するイメージです。文字だけでも視覚的に強弱はつけられるし、感情のこもった熱いスライドは作れると思うのです。
2のスタイルを好む方は、良かったら参考にしてみてください。読み物としての情報量と視覚に訴えるデザイン性を兼ね備えたスライドを目指しましょう!(私も引き続き精進します...!)
3.5 図・絵・引用などでごまかさない / ごまかされない
さて、この節はかなり意外かもしれません。 おそらく、「図・絵・引用などを積極的に使う」といったような見出しの方がしっくりくるでしょう。ただ、敢えてこのような見出しにしてみました。
まず前提として図・絵・引用などは強力なツールです。上手く使えば自身・視聴者の理解の助けとなり、スライドのクオリティを何倍にも高められます。
図を用いないと到底表現できないような物事もあるでしょう。絵を使うことでよりイメージが伝わりやすくなるかもしれません。引用を使うことで主張を補強することができることでしょう。これらのツールは積極的に用いるべきものです。
ただし気をつけなければならないのは、これらのツールは非常に強力がゆえに、「用いることで何となくカッコいいスライドが作れてしまう」ということです。
それの何が問題なのでしょうか?それは、振り返り・深堀り・整理・言語化といったようなことから逃げる手段になり得るということです。
「あーもう!とりあえずすごいんだよ! この複雑な図を貼っときゃ伝わるでしょ!」
「上手く言語化できないなあ... とりあえずそれっぽさが伝わる絵を貼っておこう...」
「権威ある書籍の有名なフレーズを入れ込みたいから、こう考えたことにしちゃおう」
「あの人がこう言ってるんだから、結論はこうに違いないでしょう 」
これらのように、考えることを諦めてしまう、あるいは思考停止してしまうことが時にはあるかもしれません。別に悪いことではないと思います。部分的にこういったものが入り込んだとしても構わないでしょう。
ただ、全体的にこのような思考と作りに支配されてしまったら、できあがるのは中身のない空虚なスライドです。
図・絵・引用といったものは、もちろんそれらそのものが成果物だったり主題になることもありますが、基本的には補助的なものとして捉えたほうが良いと思います。
図・絵・引用を使うことによってごまかそうとしていないか?あるいは自分自身がごまかされていないか?気をつけながら上手く使いこなしてやりましょう!
3.6 書式設定を上手く使ってスライドをコスパ良くデザインする
スライドを作るうえで欠かせないのがスライドのデザインです。
デザインが得意だったり好きだったりすればいいものの、大して関心がない人にとっては、スライドのデザインはそれなりに大変で、面倒な作業になるものです。
ハナから「まあこんなもんだよね」と諦めている方もいるかも知れません。あるいは、「別にどうでもいいや」と特段気にしていない方もいるかもしれません。
ただ、やっぱりデザインはスライド作成の醍醐味の一つだと思うのです。せっかく発信の手段としてスライドを用いた登壇を選択するのですから、スライドだからこそできるデザインにチャレンジすることをおすすめしたいです。
デザインを作り込むことで、より聴衆を引き付けることができるかもしれません。あるいは、自分がより感情を乗せて話せるかもしれません。また、後からスライドを見返した際に、登壇した際の熱量も含めて思い出せるかもしれません。
デザインも含めて考え・磨き込むことで、より良い登壇の体験が生まれるはずです。
とはいえ、その道のプロ?が作るようなめちゃめちゃイケてるスライドを目指そうぜ!そのテクニックを伝授するぜ!というようなことを言うつもりはないです。というか無理です。私にはそんなセンスはありません。
また、デザインにこだわりすぎたり、迷走したりすることで、肝心の登壇内容の磨き込みが中途半端になってしまうようでは本末転倒だとも思います。
そんな前提の元、私がおすすめしたいスライドデザインは「書式設定を使ったスライドデザイン」です。これは、以下のようなものを上手く用いてスライドデザインしましょうというものです。
- 文字の大きさ
- 文字の色
- 太字
- 背景色
それがデザイン...?と拍子抜けしたかもしれません。デザインというと、様々なテンプレートを使いこなしたり、イケてる背景画像を選定したり、構図を練ったり、他にも色々なテクニックを駆使して...というように想像した方もいるかもしれません。
もちろん、そういったことができればより素敵なスライドができると思います。
ただ、上述したような書式設定を工夫するだけでもかなり表現の幅を広げる事ができます。
私は以下のようなテクニックをよく用います。
- 濃い目の背景色 + 巨大な白文字でインパクトのあるスライドを作る
- 文字の色でオリジナリティーを出す
- 原色ではなく、おしゃれなカラーコードをネットで探してみる
- 黒ではなく濃いグレーを使う
- 太字や下線だけではなく、文字の色を変更して強調する
例としては以下のような感じです(最近の登壇の一部を切り出しているだけなので脈絡はないです)。
全然大したことはやっていない文字中心のスライドですが、スライドに強弱や緩急がついている感じがしませんか?このような簡単な工夫でも、視覚に訴えることはできるのです。自分の主張や想いを、より表現豊かに伝えることができるのです。
デザインに苦手意識を持っている方は、まずは書式設定を自分なりに工夫してみることから始めてみませんか?そこから世界が広がっていくかもしれませんよ!
4. 登壇例
折角なので今年の3月のPHPerKaigi 2024での登壇の様子を載せておきます。本記事を読んで、「こいつは一体どんな登壇をするんだ...?」と気になった方は良かったらご覧ください。
下記のリンクからアーカイブ動画およびスライドにアクセスできます。
なお、所属会社であるオープンロジを代表してスポンサーセッションとして登壇しているため、大人しめな登壇となっております。
さいごに
ということで、「私が思う登壇の良さ」および 「私がどのように登壇に取り組んでいるのか」というお話でした。いかがでしたでしょうか?
正直、だいぶやりすぎたと反省しています...。果たして、この記事を最後まで読んでくれた方はいるんでしょうか...?いつの間にかものすごくトピックが広がって風呂敷をたたむのに苦労しました。
やっぱり私は登壇という形でのアウトプットが好きです。記事という形でのアウトプットの力加減がまだ掴めていないようです。これが登壇スライドという形だったら、また違ったのかもしれません。
とはいえ、もしもどなたかの参考になったのならば幸いです。もしならなかったとしても、私の登壇に対する考えのスナップショットは完全な形で記録されたので大満足です(笑)
オープンロジでは社内外でのLTの機会がまだまだありそうなので、引き続き最高の登壇ライフを送っていければと思っています!