Amazonのレビューは集合知として興味深い観察対象である.
いま話題になっている「関数型プログラミングに目覚めた! IQ145の女子高校生の先輩から受けた特訓5日間」という書籍,本稿ではその内容については触れないが,どうも各方面からボッコボコに叩かれている様子.それに対して,「俺を嫌うやつらが徒党を組んで邪魔をしているんだ!」と,著者の方は見えない敵と闘っているようである.まあ,どうも実際に徒党を組んで批判している人々も多少は居るらしいのだが,その規模が数百人にも膨れ上がっているというのは大間違い.以下,同氏が「見えない敵のしわざ」であると主張している現象は,見えない敵による作為的なものでもなんでもなく,炎上案件に関してわりと普遍的にみられることであるということを説明しておきたい.
#いくつかの例
さて,問題とされている現象だが,氏の言い分はこう.
- ☆5つなど高い評価のレビューコメントには「参考にならない」が付けられている
- ☆1つの低い評価のレビューコメントには不当に「参考になる」が付けられている
それを全てのレビューコメントに対して繰り返すことで,レビュー全体,ひいては書籍自体を貶めようという「現象」が起こっているというのである.これが,(見えない敵の)悪意によって引き起こされていて,言論に対するテロ行為だ,というのだが….
##問題のレビュー
たしかに,状況をみるとかなり悲惨なことになっていて,ちょっと可哀想ではある.
##他の書籍でも似たような状況が
でもねえ,こういうケースって,他にもたくさんあるのだ.例えばコレ.
これなんて,もっと悲惨.2,747人中2,720人が支持してる☆1つのレビュー,どんだけ高い支持率なんだって.
##有名な著者ですら…
もっと有名な著者1が書かれた書籍では,こんなのも
「狂気のラインを超えた一冊」って,酷い,酷いよママン….ま,それにしてもこの高支持率は,なんてこった!
#炎上作品には普遍的に見られる傾向
別の角度から論考してみよう.次のグラフ,横軸の値は「参考になった」/(「参考になった」+「参考にならなかった」),すなわち支持率を0.0から1.0までの値で示したものである2.縦軸はレビューコメントの長さ.本質的には意味がないのだが,グラフを見やすくするためにとりあえず使っている.
赤い十字は☆1つ,水色の四角が☆5つのレビューコメントで,5段階のレビューコメントがそれぞれプロットされている.先に挙げた例と異なり,この書籍では☆5つと☆1つの両極端に評価が割れていることである3.さて,このグラフから,明らかに,高い評価のレビューコメントは支持されず,低い評価のレビューコメントは強く支持されるという傾向を見てとることができるだろう.
##多かれ少なかれこの傾向は存在
ようするに,これって普遍的に見られる現象なのである.次のグラフは,ちょっとややこしいのだけれども,過去のベストセラー作品に対するレビューの平均値をプロットしてみたもの4.
レビューの平均値が1.5以下!であるベストセラー作品がある5というのもオドロキではあるが,まあそれはさておくとして,横軸はレビュースコアの単純平均,縦軸は,各レビューコメントの支持率で加重平均を取ったスコアと単純平均との差である.わりときれいに右上がりになっていることにお気づきだろうか.
##根底にあるのは同調圧力
なぜこうなるかというと,低評価が多い作品においては低いレビューコメントの支持率が高く,反面,高いレビューコメントの支持率が低いので,加重平均を取ると単純平均より「より低く」なってしまうからだ.すなわち,単純平均との差分をとると,マイナスになる.それは,評価の平均値が低くなればなるほど顕著になるということが,このグラフから読みとれる.
なお,素晴らしい作品で高評価なものは,加重平均するとより高くなるという点も見過ごせない.その境界は☆4つあたりか.
#まとめ
で,結論.もうこれは日本人のサガなのでしょうがない.いわゆる,水に落ちた犬を…というやつ.見えない敵なんてものはいないのだから,仮想敵と闘っているそのエネルギーを次の作品執筆に向けてほしいものである.
参考文献:
飯尾淳,CGMレビュー評価の分布と炎上状態の関係,情報科学技術フォーラム講演論文集 11(3), 55-58, 2012-09-04 http://ci.nii.ac.jp/naid/110009622285