企業の成長サイクルに応じて定量評価したい
1. 目的
1-1. 企業の成長サイクル
人間と同じように企業にも成長サイクルがあるとされており、定義は様々あるが、主に4つの成熟ステージを経て事業規模・戦略が変化していくと考えられている。一般的には、創業ステージ⇨成長ステージ⇨成熟ステージ⇨衰退ステージと放物線を描くように利益が推移する一連の流れが説明に用いられるが、実際はどの企業も創業ステージから衰退ステージに一方向に進んでいくものではなく、下図のように時に変革ステージを経て、成長の加速・減速を繰り返す。
成熟ステージの推移イメージ
企業を投資先として評価する際、この成長サイクルの考え方は重要である。なぜなら、足元の売上が小さいものの将来大きな成長が期待される「創業企業」と、足元の成長率が低いものの高い売上高で安定している「成熟企業」を、横並びで比較しても正しく評価することが難しいからである。
1-2. 今回やりたいこと
今回は、「投資企業を成長サイクルでグルーピングしステージごとにファクター投資を行う」ことを考える。
企業の成長サイクルの考え方はファクター投資においても重要と考える。例えば、グロースファクターに投資することを考えた場合、通常創業ステージと成熟ステージの企業を比較すると、数値上創業ステージの成長性の方が高く評価されやすい。
このとき、ファクター投資において成長サイクルを考慮することによって、過小評価された「成熟ステージの高成長銘柄」も発掘できると期待される。
具体的には、以下の分析フローを想定する。
分析フロー
分析全体を通して、投資企業全体を成熟ステージごとにグルーピングし、各ステージごとに異なるファクターへ投資することを考えた。予め成熟ステージでグルーピングすることによって、「同一ステージ内の相対比較によって企業を評価し、より精細なファクター戦略を構築すること」が目的となる。さらに、成熟ステージごとにファクターリターンの高いファクターを抽出し、各ステージごとに投資するファクター比率を変えることも考える。
最終的にグルーピングをした場合としなかった場合のパフォーマンスを比較して、グルーピングによるパフォーマンス変化を評価する。
2. ステップ1:グルーピング
2-1. グルーピングの考え方
3つのステップに手順を分けてたが、最も重要な部分はステップ1である。成長サイクルの定義は様々あるが、業績のように公表されている基準などはない事から、定性的な理解に沿ったルール作りが必要となる。ステップ2と3はできる限りシンプルにし、ステップ1の精度を上げることが研究の趣旨である。
詳しくは後述するが、成熟ステージの定義として有名なモデルに「ディキンソンモデル」と呼ばれるものがある。そこでは、企業の「キャッシュフロー」に着目し、成熟ステージごとの資金の動き方の違いから、成熟ステージを定義付けている。そこで、本研究ではあえて企業の「売上(利益)成長性」に着目して成熟ステージを定義していくこととする。考え方の根本としては、「成熟ステージが若いほど(成長や創業ステージ)将来の売上(利益)の成長性を有している」とするものである。
2-2. 売上(Revenue)を使用する
以下、企業の利益成長性を評価するために、利益成長に関連のありそうな4つの指標を選定した。
まずはこれらの指標が、投資対象である米国市場に上場する銘柄群を評価するのに適しているか、を確認するために、業種ごとの分布・指標間の相関を確認した。
指標の候補
売上(Revenue)についても対数化すべきだったという反省点はあるものの、上図より、「各指標間に明確な相関関係はみられないこと」、「売上高総利益率(Gross Profit Margin)は業種間で分布差が大きいこと」が分かる。
- 売上高総利益率は企業の成長に合わせ利益効率が上がることから、成熟ステージ評価に有効であることがイメージされるが、今回は業種問わず一律で企業を評価することを想定しているため、指標の候補から外すこととした。
- 時価総額(Market-Cap)についても、「企業規模に依らず成熟ステージを評価するべき(小型銘柄でも成熟しているなど)」という考えから、最終的には指標の候補から外すこととした。
- 残るは、1株当たり利益(Earnings Per Share)と売上(Revenue)になるが、(1)1株当たり利益(Earnings Per Share)は売上(Revenue)と比べ、一時的な要因による増減が生じやすいこと、(2)値がマイナスになり得ることでデータとして扱う際、テクニカルな調整を要すること、の2点から一先ず本研究では、売上(Revenue)をメインで使用することとした。
2-3. 単純に売上でグルーピングしてみる
シンプルなアイデアとして、下図のように売上(Revenue)の水準で4つのグループにグルーピングすることを考える。ただし、4分位でグルーピングすると、小型〜中型の広範囲の銘柄が1分位目に属することが分かったため、対数化した売上(Revenue)水準を等間隔で割ってグルーピングの割り当てを行なった。
売上水準でグルーピング(ヒストグラム)
このとき、「グルーピングの考え方」に立ち帰ると、売上(Revenue)を使って企業の規模感を分類したい訳ではなく、「将来の成長性」を評価したい、というのが主旨である。よって、現在の売上(Revenue)の水準によって、将来どのくらい売上が伸びるかを確認する。
下図では、グルーピングごとの将来の売上成長を、各グループ内の時価総額荷重で表した。
各グループ(売上水準)の売上成長の推移
グラフより、グループ③=3番目に売上高が高いグループが最も将来の成長率が高いことからも、現在の売上(Revenue)の水準と将来の売上成長率に明確な相関関係は確認できないことが分かった。念の為、グループ内の成長性のバラツキなども確認したが、特定のグループに強い傾向は確認できなかった。
2-4. 売上成長率でグルーピング
次に、現在の売上高の水準でなく、直近の売上高の変化率=「売上成長率」でグルーピングすることを考える。下図は、「過去の売上成長率」と「将来の売上成長率」のクロスセクション相関を示したものである。比較対象としてEPS(Earnings Per Share)成長率も並べた。
過去の成長率と将来の成長率のクロスセクション相関
各行列の交差点に両者の相関係数を並べているが、変化率の比較対象を1年前〜3年前とそれぞれ変化させた場合においても、「過去の売上成長率」と「将来の売上成長率」は一定程度の相関を有しており、売上成長率には一定の持続性があることが分かる。
一方、「過去のEPS成長率」と「将来の売上成長率」の相関は低く、過去の利益が高くても将来の売上成長とは関係がないことが示唆される。ただし、過去3年EPS成長率と将来売上成長率には僅かに相関関係が確認でき、「長期的に利益成長している企業は将来売上高の成長に繋がりやすい」ことも示唆された。前述の話にも含まれるが、EPSは一時的な要因で変動しやすい指標であることから、過去3年といった長期的な視点で評価する必要があることを表している。(今回はEPSは使用しないが、)
《EPSを使用したグルーピングについても要検討》
さらに前節と同じように、今度は過去1年売上成長率を使って4つのグループにグルーピングし、グルーピングごとの将来の売上成長を、各グループ内の時価総額荷重で表した結果が以下である。
各グループ(売上成長率)の売上成長の推移
前節と異なり、グループ①=最も過去1年の売上成長率が高いグループが最も将来の成長率が高く、その後も過去の売上成長率の大きさに準じる形で、将来の成長率が推移していることが分かる。
したがって、今回の成熟ステージのグルーピングに、過去の売上成長率を用いることは妥当だと考えられる。
2-5. 成長率の勢い
本研究では、ここにもう一手間加え「成長の勢い」という考え方も導入する。一番初めの企業の成長曲線を確認すると、企業の成長は線形的に進むのではなく、成長ステージにおいては「勢い」を持って成長していくと考えられる。そのため特に成長ステージと成熟ステージの差は、成長の「スピード」ではなく、成長の「勢い」によって、ビジネスが拡大しているのか、安定しているのかを評価する必要があると考えた。
具体的には、「成長の勢い」は「短期(過去1年)の売上成長率−長期(過去3年)の売上成長率」、つまり短期的な成長率がどれだけ長期的な成長率を上回っているかで評価することとした。
成長の勢いの考え方
前置きが長くなってしまったが、「成長の勢い」という新たな指標を加え、最終的に今回の研究において、成熟ステージの定義は以下の通りとするとした。
創業ステージと衰退ステージの分類は悩ましい部分だったが、成長軌道に乗る前の起業か成長を終えた企業かの識別はなかなか困難であることから、一先ず時価総額が平均を超えるかどうかで評価することとした。
《創業ステージと衰退ステージののより良い分類方法については引き続き調査中》
グルーピングのルール
- 創業ステージ:過去1年の売上成長率がマイナス、かつ時価総額が市場平均以下
- 成長ステージ:過去1年の売上成長率がプラス、かつ「成長の勢い」がプラス
- 成熟ステージ:過去1年の売上成長率がプラス、かつ「成長の勢い」がマイナス
- 衰退ステージ:過去1年の売上成長率がマイナス、かつ時価総額が市場平均以上
3. ステップ2:ファクター分析
続いて、前章で定めたルールの下、企業をグルーピングした上で各グルーピングに対しファクター分析をかけていく。
3-1. 分析概要
分析条件は以下の通りである。
【分析条件】
- 分析対象:米国株(Simfinでデータ取得できた約1000銘柄)
- 分析期間:2014年初〜2022年9月末
- 分析モデル:BARRAモデルなどで用いられるローゼンバーグ型マルチファクターモデルを使用
- 入力ファクター(説明変数):以下一般的に使用される8ファクター
※このとき入力ファクターには、クロスセクションの特徴量の位置付けを把握しやすくするため、「標準化」と呼ばれるデータのスケーリングを施している。
銘柄$i(i=1,\dots,n)$の特徴量$x_i$に対する標準化の定義は以下の通りである.
$$
z_i=\displaystyle\frac{x_i-\mu}{\sigma}. \
$$
ただし,$\mu$,$\sigma$はそれぞれ時価総額加重の平均,標準偏差であり,銘柄$i$の時価総額加重比率$w_i$を用いて,以下のように表される。
$$
\mu=\sum_{i=1}^{n}w_ix_i,
\sigma=\sqrt{\sum_{i=1}^{n}w_i(x_i -\mu)^2}.\
$$
3-2. 全グループ比較
グループごとの分析に入る前に、まず各グループの特性を確かめるために全グループを横並びで比較する。
まず、各グループの分析期間中のパフォーマンスを比較する。グルーピングは月次で更新し、パフォーマンスは時価総額荷重で分析した。
分析期間(2014年〜2023年)の各グループ株価推移
グラフより創業ステージ(青)の値動きが大きく、最終的なパフォーマンスでもトップとなった。さらに、衰退ステージ(赤)のパフォーマンスがそれに続く形となった。この結果は期待するものとは異なるが、直近の売上成長率が低い銘柄が割安に評価されており、その後好パフォーマンスを残したと考えられ、単純なパフォーマンス分析のいてはサバイバーバイアスも影響している可能性がある。
次に、グループごとのファクター特性を確認する。ここでは、ファクターリターンではなく、ファクタースコアを図示しており、全銘柄を横比較したクロスセクションスコアの平均をグループごとにレーダーチャートの形でまとめている。つまり、各ステージにどういった特性の銘柄が集まっているかを確認している。スコアは分析期間全てでさらに平均を取っている。
各グループファクタースコア平均
- 創業ステージは、サイズスコアが大きく(小型銘柄)である一方、バリュースコアが高く、割安な銘柄が多い。
※本来は、グロース寄りなグループとなることが理想。 - 成長ステージと成熟ステージに大きな差を作ることはできなかった。
- 衰退ステージは、バリューかつ低ボラ銘柄が集まっていて、概ね想定通りのスコアとなった。
《全体的に想定に近いグルーピングができているものの、step1のグルーピングのルールが粗かった事もあり、結果的に創業ステージに高成長銘柄が偏る結果となってしまったため、ルール決定についても改良の余地がある》
3-3. 創業ステージ
それでは次に、各グループ(ステージ)ごとにファクター分析をかけていく。前節では、全銘柄を横比較してクロスセクションスコアを付与したが、グループごとの分析では、グループ内だけでクロスセクションスコアを付与する。つまり、全体では小型銘柄でも創業ステージ内では大型銘柄となる銘柄が存在する。このスコアを回帰係数として、各月でファクターリターンを算出し、1年ごとの平均を取ったグラフ(過去1年移動平均)が以下である。
創業ステージの各年ファクターリターン
グラフの見方としては、グラフが上に推移するほどその前年のファクターが強く聞いたことを表している。例えば2019年にLow Volatiliyファクターのリターンが高く出ているが、これは「過去1年にあたる2018年中、創業ステージ内でVolatiliyの低い銘柄に投資すると高いリターンが獲得できたこと」を意味する。
グラフ内にコメントを加えているが、創業ステージで特徴的なことは、グロース銘柄のパフォーマンスが優れないことが一つ挙げられる。米国市場全体ではグロースが好調な期間ではあったが、創業ステージ内ではグロースファクターが強く効いていないことが分かる。また、創業ステージの銘柄は財務基盤が安定していない事もあり、2018年の金融引き締め局面、2020年のコロナショック時では、Low Volatiliyファクターのようなディフェンシブファクターに投資することがダウンサイド抑制に重要だったことが分かる。
3-4. 成長ステージ
続いて、成長ステージについても同様のファクター分析を行う。
成長ステージの各年ファクターリターン
成長ステージにおいては、期間全体を通して市場全体の傾向と反するようなファクターの優劣が出た。例えば、2016年の金利上昇局面においては、バリュー株の中でも小型銘柄のパフォーマンスが良く、逆に2019年の市場のリスク選好局面においては、Low Volatiliyファクターのリターンが高く、他のステージと比べ特徴的な結果となったと言える。またコロナ禍では、ROEファクターが強く効いており、成長性が高い銘柄の中では企業の質が注目されたことが想像される。
3-5. 成熟ステージ
続いて、成熟ステージについても同様のファクター分析を行った。
成熟ステージの各年ファクターリターン
成熟ステージにおいては、成長ステージと反して、期間全体を通して市場全体の傾向に近い形でファクターの優劣が出た。例えば、2015年のチャイナショックでは、ow Volatiliyファクターのリターンが高く、コロナ禍においては小型銘柄のパフォーマンスが優位となった。成熟ステージのような全体的に安定感の強い銘柄群においては、小型グロースのようなリスク性の高い銘柄が選好されたことが想像される。また2022年に入って、市場のバリュー選好が強くなると、同ステージおいてもバリューのパフォーマンスが回復していることが分かる。
《衰退ステージは後日追加予定》
3-6. 全グループの結果まとめ
以上より、各ステージの傾向をまとめると以下のようになる。左のレーダーチャートは先ほどのレーダーチャートと混同しやすいが、ファクタースコアではなく、各ステージ・各ファクターの期間内のファクターリターンのSR(シャープレシオ)を表しており、全期間通してどのファクターが強く効いていたかが分かる。
各ステージのファクター分析結果要約
4. ステップ3:戦略構築とパフォーマンス検証
最後にステップ2の結果を踏まえ、成熟ステージを考慮したマルチファクター戦略を構築し、構築した戦略のパフォーマンスを検証する。
4-1. 戦略概要
今回、戦略の構築が主旨ではないため、戦略構築にあたってはできる限りシンプルなものを採用することを意識した。
まず、構築するポートフォリオは「検証期間中基本固定(月次リバランス)」とし、分析開始時に決めた投資比率を検証期間中維持するものとする。このとき、検証期間の情報がポートフォリオに入らないよう、ポートフォリオ決定に必要となる分析データは検証期間開始の過去3年間(2011年~2014年)のものとした。その間、前章までに記載した方法でグルーピング・ファクター分析まで行う。
分析の時間軸
ポートフォリオ構築方法は以下3つのフローを経て行う。
【フロー①】
ステップ1で決定した成熟ステージの決定方法のルールに基づき、2011年~
2014年の財務データを使用して対象の全銘柄をグルーピング(=成熟ステージを分類)
【フロー②】
ステップ2の各ステージのファクター分析を用いて、2011年~
2014年のステージごとの累積ファクターリターンを算出
【フロー③】
各ステージごとに、以下の算式に則って累積ファクターリターン$R_i$からファクター$i$のファクターウェイト$w_i$を算出
$$
w_i=\frac{max(R_i,0)}{\sum_{i}max(R_i,0)}
$$
【フロー④】
フロー③で算出した各ステージ内のファクターウェイト$w_i$を基に、以下の算式に則って銘柄$x$のマルチファクタースコアを算出
$$
score_x=\sum_{i}{w_i^x}*{F_i^x}
$$
ただし、$F_i^x$は銘柄$x$のファクター$i$に対するファクタースコア
【フロー⑤】
フロー④で算出したマルチファクタースコアに応じて(比例して)、各銘柄の投資ウェイトを決定(実際にはフロー④で組成したファクターの単回帰分析)
実際にフロー③で決定した各グループごとのファクターウェイトは以下のようになった。ファクターウェイトが高いほど、そのファクターを重視することになるため、ステージ内でそのファクターにティルトしていくこととなる。
各ステージのファクターウェイト
図より、創業ステージはLow Volatiliyファクターのような、ややダウンサイド耐性のつよりファクターウェイトが高い一方、成長ステージはGrowthファクターのファクターウェイトが高くなっている。成熟ステージはValueやLow Volatiliyといった低リスクファクターのウェイトを取りながらも、Sizeは小型にティルトする構成となっている。
4-2. パフォーマンス分析
戦略を構築したところで、実際の検証に移る。検証においては、比較対象として「成熟ステージを考慮しない戦略」として、前節のフロー①を省きグルーピングをしないで全体でファクターウェイトを決定した場合と比較する。
実際に検証期間(2014年〜2022年9月末)で単回帰分析をかけた結果が以下の通りである。
各戦略に対する単回帰分析の累積ファクターリターンの推移
各戦略ごとに累積したファクターリターンの時系列推移を表しているが、全期間のリターンはグルーピングを用いなかった場合と大きく変わらないものの、SRが大きく向上していることが分かる。グルーピングごとにファクター投資したことで単に分散効果が上がっただけかもしれないが、特にコロナ後に堅調にパフォーマンスが推移している。ただし、コロナショック~2021年にかけて大きなドローダウンが見られることから、単純にリスク耐性が上がったと見る事もできない。
4-3. 各ステージの寄与を確認する
前節で、グルーピングによってパフォーマンスにプラスの効果があったことは確認できた。
では、どのステージのパフォーマンスがプラスだったのか。
以下は、ステージごとに同様の単回帰分析を行った結果である。
ステージごとの単回帰分析の累積ファクターリターンの推移
グラフより、最も堅調なパフォーマンスだった(戦略にプラス寄与した)のは成熟ステージだったことが分かる。ファクターウェイトの円グラフからも、ファクターポートフォリオの偏りも小さく、成熟段階にある銘柄群であることから市場下落局面含め、大きな下落がなかったことがわかる。逆に、成長ステージは、グロースなどの高リスクファクターに傾斜していたことから、コロナ禍などの市場の下落局面でディフェンシブ性が低かったことから、パフォーマンスの足を引っ張っていることが分かる。最後に創業ステージは、全期間通してボラティリティが非常に高いことが分かるが、成長性が高いグループでディフェンシブなポートフォリオを構築したことから、結果的にはパフォーマンスにプラス寄与している。
《ステージごとにパフォーマンス寄与に大きな差が出たことから、ステージごとの投資比率も適切な配分とすることでパフォーマンスを向上させる余地がある》
5.先行研究との比較
5-1. ディキンソンモデル
最後に先行研究との比較を行う。今回、ステップ1は独自のルール付けを行ったが、企業の成熟ステージを判断する方法として有名なものにディキンソンモデルというものがある。繰り返しになってしまうが、2011年に米国のディキンソン博士が発表した同モデルでは、企業の「キャッシュフロー」に着目し、成熟ステージごとの資金の動き方の違いから、成熟ステージを定義付けている。
具体的には、企業が毎年1回行う本決算で公表する、(1)営業活動によるキャッシュ・フロー、(2)投資活動によるキャッシュ・フロー、(3)財務活動によるキャッシュ・フローの3つのキャッシュフローがプラスかマイナスかの符号のみに注目して判断を行うモデルである。同モデルの詳細な背景の説明は他に譲るが、実際にモデルで定義されている各ステージのキャッシュフローの符号は以下のものである。
ディキンソンモデルの定義
ここでは、本研究のステップ1で定めた成熟ステージの定義と上の定義の違いについて、少しだけ考察する。
5-2. モデルごとのグルーピング結果
ここでは、グルーピングの結果に違いがあるかをファクターの角度から検証する。3-2で図示したものと同様、ステージごとのファクタースコアをレーダーチャートの形で図示し、全銘柄を横比較したクロスセクションスコアの平均値をグループごとに表示する。
各モデルの各ステージにおいて、どういった特性の銘柄が集まっているかを確認する。
※CFデータの取得可能期間が短いため、モデルごとの分析期間はやや異なる。
各グループファクタースコア平均の比較
今回の研究でグルーピングしたオリジナルモデルの課題点は、成熟ステージと成長ステージが差別化できていないことであったが、ディキンソンモデルでは、成熟ステージでGPM_Growth=利益効率の成長率が高く、成熟・成長ステージの差別化においては、オリジナルモデルより優れているようにも見える結果となった。一方、ディキンソンモデルでは衰退ステージのグロースファクターが高く出ており、小型銘柄が集まっていることからも、衰退ステージに将来の成長性を有する創業ステージの銘柄が多く、創業ステージ分類されるべき銘柄が多く含まれていることが推察される。
実際に、ディキンソンモデルを用いたグルーピングでステージごとのパフォーマンスを比較すると、衰退ステージのパフォーマンスが極めて高いことが分かった。
ディキンソンモデルにおける各グループ株価推移
5-3. モデルごとのグルーピン結果の違いについて
なぜ上記のような差異が生じたかについては、現在調査中であるが、オリジナルモデルで分類された各ステージの銘柄がディキンソンモデルではどのステージに分類されたかを確認した。
各グルーピングにおける銘柄数
上の表より、オリジナルモデルで創業・衰退ステージに分類された銘柄の多くが、ディキンソンモデルでは他のステージに分類されていることが分かる。
《続く》
6. 課題点と展望
- 途中記載している部分でもあるが、今回の分析では分析フロー全体の流れは良い気がするものの、最も重要なステップ1部分のルールにおいてまだまだ甘い部分がある。ステップ2以降で明らかになっている部分もあるが、特に創業・衰退ステージの識別において改善の余地が大きい。EPSなどより有効な指標を組み込み、イメージするグルーピングに近づけることを目指したい。
- ファクター分析についてもファクタースコアを眺めるだけでなく、ファクター間の相関をみるなど、より深い分析を行う必要があり、ゆくゆくは「特定のステージに強く効くファクターを探す」といった方向の開発も興味深い。
- ステップ3については、シンプルな戦略構築を目的としたが、機動的なファクター変更・ステージごとのウェイト変更など、より自由度の高い戦略構築によって、より実務に近づけていきたい。