この記事は,私(igenki)が以前私の個人ページで紹介したGolden Ballsというイギリスのテレビ番組をゲーム理論的に分析した記事をQiitaで再度紹介したものです.
Golden Ballsの「Split or Steal?」ゲームの紹介
イギリスでかつてGolden Ballsというバラエティ番組があったそうです.
その中で「Split or Steal?」というゲームがあり,2人の参加者が数百万円とかそれくらいのお金を奪い合います.
ゲームの概要はこうです.
- 以下のルールがゲームマスターから説明されます.
- 参加者はお金をSplit(ここでは「山分け」と訳しましょう)するかSteal(ここでは「独り占め」と訳しましょう)するか選びます.
- 2人ともSplit(山分け)を選んだ場合,2人の参加者はお金を半分ずつもらえます.
- 1人がSteal(独り占め)を選び,もう1人がSplit(山分け)を選んだ場合,お金はSteal(独り占め)を選んだ人が独り占めします.Split(山分け)を選んだ人は1円ももらえません.
- 2人ともSteal(独り占め)を選んだ場合,どちらも1円ももらえません.
- 2人はお互いにどちらを選ぶか,相手にどちらを選んで欲しいかなど30秒間交渉することができます(ここがポイントです).
- 2人はお互いの選択を「せーの」で発表します.
あなたならどうする?
さて,参加者はどうするべきでしょうか?
例えば,交渉が始まったら,真っ先に「僕はSplit(山分け)を選ぶ.だから君もSplit(山分け)を選んで.僕のことを信じて!」と言う戦略が考えられます.
これ,一見,うまくいきそうです.相手が自分の言ったことを信じてSplit(山分け)を選んでくれたら,もうけものです.
あなたはSplit(山分け)を選ぼうが,Steal(独り占め)を選ぼうがどちらにしろお金を獲得することができます.
しかし,この状態ではSteal(独り占め)を選ぶ方がSplit(山分け)よりも,あなたにとって,より良い選択です.なぜならお金を倍もらうことができますから.
しかし,この戦略は欠陥があります.
まず相手が自分を信じてSplitを選んでくれる,というのが前提なのです.
目の前にいるのはお互い見ず知らずの赤の他人です.相手はそういうあなたをそうやすやすと信じてくれるでしょうか?
さらに,この戦略にはもう1つ重要な欠陥があります.
あなたは「Splitする」と相手に宣言しているわけですから,相手の人は,その場合,よりお金がもらえるStealを選ぶかもしれません.
このようにこの戦略では,相手にとって「Stealを選んだ方がよいかな」という誘惑が常に働いてしまいます.
Nickが用いた驚くべき戦略
ここで,このゲームに参加したNickは次の驚くべき戦略を使いました.
私が名付けてみると「裏切りを宣言して,相手に強制的に協力させる」戦略です.
以下の動画をご覧ください.
Nickとその対戦相手のIbrahimのゲームは次のようになりました.
- 交渉が始まった途端,NickはIbrahimに「俺を信じろ.俺は100%,Stealを選ぶ.」
- それを聞いたIbrahimは「???(何言ってんだこいつ,ぼかん状態)」です.
- 次にNickはIbrahimに「Splitを選んで欲しい」と言います.それで,「ゲームが終わった後で,あなたと賞金を山分けする」と言います.
ここで,ポイントはこの時,Ibrahimの選択肢が「Splitの一手」になることです.
なぜなら,NickはStealを選ぶと言っていますから,自分もStealを選んでしまうと1円ももらえなくなってしまうわけです.
だから,IbrahimはSplitを選ばざるを得ません.
IbrahimはSplitを選べば,NickがもしかしたらSplitを選んでくれて賞金を半分もらえるか,あるいはNickがStealを選んだとしてもゲームが終わった後で半分もらえるかもしれないわけです.
逆に,何回も言いますが,IbrahimはStealを選んでしまうとお金がもらえるチャンスはゼロです.
よってNickは「裏切りを宣言して相手の協力を強制的に引き出す」戦略を使った(自分が確実にお金がもらえるようにした)わけです.天才,Nick!
で,Nickとしては相手がSplit一手な以上,自分としてはStealを選ぶ方が良い(独り占めするか,本当にゲームが終わった後に山分けするかはNickの勝手です)のですが,結局,そうではなくNickはSplitを選択しました.最後にNickの「人間らしさ」が出たのでしょうか.
いずれにしろ面白いですね.
参考:「囚人のジレンマゲーム(Prisoner's Dilemma game: PD)」と「Split or Steal?」の違い
- ゲーム理論でよく使われるモデルにPDがあります.PDの戦略には「協力」と「裏切り」があります.Split(山分け)が「協力」にSteal(独り占め)が「裏切り」に対応すると考えることができます.しかし,PDでは,自分にとって「自分が裏切り,相手が協力」>「自分も相手も協力」>「自分も相手も裏切り」>「自分が協力,相手が裏切り」の優劣関係がありますが,Split or Stealでは最後の2つが「自分も相手も裏切り」=「自分が協力,相手が裏切り」の関係です.なぜなら,その2つのどちらになってもお金は1円ももらえないからです.
- もう1つ大きな違いがあります.PDでは,通常,どっちを出すかの「交渉」はできず,自分の選択を「せーの」で出さなければなりません.