はじめに
本稿はGoodpatch Advent Calendar 2019の25日目の記事です。
Goodpatchでエンジニアリングマネージャーをしていますが、エンジニアリングでもデザインでもなく、よく聞く様々なキーワードを最近取り組んでいるナレッジマネジメントの観点から捉え直す試みです。
不確実な世の中に
VUCAはもともと軍事用語として1990年代から使われ始めたものが、2010年代になってビジネスの世界でも使われるようになったそうです。Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の頭文字からきていますが、ざっくりいうと先の読めない世の中になったということですね。では、なんでこんな世の中になったのか、ですが、おそらく必然の流れだったのではないかと感じています。
『直感と論理をつなぐ思考法』(2019)において、カイゼン思考から、戦略思考、アイデア思考への変遷というものが示されているのですが、これがまさにVUCAな世界に至る流れを表しているように思われるのでここで紹介しておきます。
これは、もともとはPDCAによるカイゼンを回すことで業務の効率化を進めていれば良かったものが(カイゼン思考)、網羅的な分析によって隙間を見つけ出して領地をとっていく必要に迫られ(戦略思考)、最終的に創造性や感性を活かして過去のデータからではなく人間を中心に据えて発想していく世界に至る(デザイン思考)、というものです。
つまり、簡単な問題を効率よく解いていればよかった時代から、より複雑な問題を解く必要が出てきた時代を経て、さらにその問題の定義から考えなければいけない時代へ、と見ることができるかなと思います。
ということで、資本主義経済(競争を原動力にした世界観)を推し進めていけば遅かれ早かれVUCAの世界になるのは避けられなかったということ(つまり、軍事の世界の方がその進行が早かっただけということ)ですし、今後も(競争に基づく世界観が変わらない限り)その不確実性が減少する見込みもあまりなさそうだなということも想像できます。
じゃあどうするのか?
2016年のダボス会議でVUCAが話題になって以来、ずっとこのテーマが取り上げられていて食傷気味かもしれませんが、もう少しお付き合いください。
個人的には攻めと守りに分けて「問題の種類を特定して適切に対応する(守り)」ことと「継続的に進化を続ける組織作り(攻め)」が大切なのではないかと思っています。以下でそれぞれについて説明していきます。
問題の種類を特定して適切に対応する
まず、現在直面している問題や課題にどう対応するかという「守り」の話からしていきたいと思います。
世の中にある問題を不確実性の高さを元に分類したクネビンフレームワークという意思決定のためのフレームワークがあります。
クネビンフレームワークでは問題をSimple(単純)、Complicated(煩雑)、Complex(複雑)、Chaotic(カオス)、Disorder(無秩序)のように分類します。その中でも無秩序は体系立った対応方法が無いので、実際には4種類の問題に対してどう対応すべきかが定義されています。
Simple(単純)
問題の因果関係などが誰にでもはっきり分かるようなものでベストプラクティスを適用して解決を図ります。
対処の順序としては、知覚 -> 分類 -> 対応となります。
Complicated(煩雑)
因果関係が複雑だけれども専門家の分析によって解(グッドプラクティス)が得られるような問題です。
対処の順序としては、知覚 -> 分析 -> 対応となります。
Complex(複雑)
因果関係が複雑でさらに解があるかどうかも不明な問題です。探査をすることで問題の性質を知り、対応を考えていかなければいけないので最終的に実施した対応としてプラクティスが得られることになります。
対処の順序としては、探査 -> 知覚 -> 対応となります。
Chaotic(カオス)
因果関係が複雑で分析や調査の方針すら立てるのが困難な問題です。この場合はまず行動してみることで安定している部分、不安定な部分を理解し、問題を複雑のレベルに落とし込む方法を考えていくことになります。
対処の順序としては、行動 -> 知覚 -> 対応となります。
このように分けると、Simpleな問題にはカイゼン思考、Complicatedな問題には戦略思考、Complexな問題にはアイデア思考がそれぞれ対応しそうな気がします。また、右側の2つは過去の経験に基づいて解が出せるので計画重視で進めることができますが、左側の2つについては過去の経験が活かせないので仕事を進める中で経験から学んで計画を頻繁に修正していくことが求められます。これがウォーターフォールからアジャイルへの流れに対応していると考えられます。「ハンマーを持つ人にはすべてが釘に見える」や「銀の弾丸はない」とよく言われますが、対処しようとしている課題の領域によって適切にツールを選んでいくことが大切になってきます。なんでもハンマーで叩こうとしないように気をつけていきたいですね(自戒も込めて)。
継続的に進化を続ける組織作り
さて、不確実な世の中で起きる様々な事象を乗り越えるというのはどこまでいっても「守り」の視点を出ないので、「攻め」の視点で事前にやれることは何か。これは正しい未来を予測することではなくそれを創り出せる組織を作るというのが(できるかどうかは置いておいて)目標になるのかなと思います。
では、そんな組織をどうやって作るのかっていう話ですが、『知識創造企業』(1994)で提唱された。SECIモデルという知識創造(ナレッジ・マネジメント)理論におけるフレームワークを実践できている組織がその一例になるのではないかと思っています。
ここで、SECIとは、共同化(Socialization)、表出化(Externalization)、連結化(Combination)、内面化 (Internalization)の頭文字を表しており、それぞれは以下の図のような関係にあります。
共同化
経験を共有することで暗黙知を暗黙知のまま転移させるプロセスです。例えば、職人の徒弟制度や、最近ではペアプログラミングやモブプログラミングなどはその典型と言えるかもしれません。
表出化
暗黙知を言葉で表現することで形式知にするプロセスです。マニュアルやルールなどのドキュメント作成、Blogの執筆、社内外のイベントでの登壇などがこれに当たります。できるからと言って言語化できるとは限らないのが難しいところです。
連結化
形式知同士を組み合わせることで新たな形式知を創造するプロセスです。ドキュメントをタグ付けすることで観点でまとめたり、得られた形式知を体系的に捉え直すなどして新しい価値を生み出すことです。
内面化
実践を通じて形式知を暗黙知の形に取り込んでいくプロセスです。わかるをできるにするには実際にやってみるしかありません。暗黙知から形式知に変換する際に抜け落ちた部分を言葉に表現できない大量の情報を経験を通じて補完していかなければいけないので言語化とはまた別の難しさがあります。
基本的にはこの4つのプロセスをぐるぐると回すことで組織全体として知識を創造していくというのが知識創造スパイラルの全体像となり、それらをちゃんと仕組み化してやれるかどうかが大事だという話ですが、個人的にはその中でも特に連結化の部分で生まれる新たな価値の大きさが組織の進化が漸進的になるのか急進的になるのかの鍵になりそうだと思っています。
漸進的進化
上述の知識創造スパイラルを見ると、自分たちの組織でも既にやっていることがそれぞれのプロセスのどれかに当てはまっていると感じられたのではないでしょうか。
例えば、組織内に複数のグループがあり別々のプロジェクトに取り組んでいるとしたとき、それぞれのグループ内のメンバー同士は同じ経験をしているという点で共同化がなされていると見ることができます。さらに、定期的にグループ横断の勉強会共有会が開催されていれば、各グループ内に閉じていた暗黙知が形式知に変わり組織の中で共有されます(表出化)。それらを自分たちの仕事にノウハウとして取り入れて実践していくことで内面化が完了します。
このような(連結化を飛ばした)流れはよく見られる組織内の活動かと思います。それでも個人や各グループの経験を活かして組織が成長できるという意味で十分に価値があると考えられます。ただし、これでは漸進的進化に留まってしまい「攻め」としては不十分と言えるのではないかとも思います。
急進的進化
「未来を予測する最良の方法は、それを創ることだ」という言葉もあるように、未来に対してプロアクティブに向き合うことが大切になる中で、先の連結化のプロセスを通じて新たな価値を生み出す(見出す)こと、言い換えるとイノベーションを起こすことが重要になります。イノベーションとは、ざっくり括ってしまうと新結合によって生み出された新たな価値や、その行為そのものを指しています。まさに形式知同士が連結していくイメージと言えると思います。
ここで、もう少し踏み込んでイノベーションの大きさや価値を考えてみると、元の形式知同士の距離が関係してきそうな気がします。つまり、全く関係なさそうな分野間で繋がりを見出せた時の方が意外性のあるアイデアになり、結果的にイノベーションとしての価値も高いということです。
『アイデアは交差点から生まれる』(2014)では、ルネッサンスに至る土台となる多くのイノベーションをメディチ・エフェクトと呼び、継続的にイノベーションを起こし続けるには多様性が必要ということが示されていますが、まさにどれだけ多様なバックグラウンドを持った人たちが意見を交わす環境を作れるかどうかがイノベーションの量や質に大きな影響を与えると考えられます。近年の例では、10x Engineerを雇うよりも10x Teamを作る方が大事だという議論にも通じるものがあるかもしれません。
ただし、自身とは全く異なる人たちとのコラボレーションは言うは易く行うは難しで共通言語さえない人たちが集まってチームになるのは非常に難易度が高いことだと思います。そこで、チームがまとまるための旗を立てる(ビジョン、ミッションを作る)ことや、共感力、心理的安全性などが必要になってくるのだと考えています。気心の通じあう仲間とだけでなく、最初はとても分かり合えないと思っていた相手とも良い関係を築いて共創できる。そんなことができたら本当に強い組織になりそうな気がします。「早く行きたいなら一人で行け、遠くへ行きたいならみんなで行け」という言葉にもあるような、遠くまで行けるチームを目指していきたいと思います。
おわりに
VUCAから始まり心理的安全性の必要性までを私見を交えながらまとめてみました。これまで独立したバラバラの単語として頭の中に漂っていたものの間にどんな関係があるのかを本稿を執筆する中で整理し、連結化できてきたので良い機会になりました。本記事中に挙げた各パートも具体に落としていく上で検討事項は多々あるのですが、それは年末年始のお休みの間にでも考えていこうと思います。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
それでは、良いお年を!