はじめに
道路ネットワークや建築分野などに用いられるSpace Syntax理論についてまとめました。
↑このような地図の作成方法については別記事でまとめています。本記事の一番下にリンクがあるので、ぜひそちらもご覧ください。
Space Syntaxとは
Space Syntax(SS理論)とは、建築や道路などにおける空間構成を分析する手法・学問のことです。建築家のBill Hillier氏が1989年に『The social logic of space』の中で提案したのが始まりです。
芸術として捉えられることが多かった建築に、普遍的で理論的な側面をもたらそうとしたのが彼のきっかけです。
Space Syntaxとは簡単に、空間構造の分析、すなわち「空間の構成がどのようになっているか」「ある空間がどれほどアクセスしやすいところor入り組んだところにあるか」などを分析する手法です。
Space Syntaxは位相幾何学(トポロジー)のように、長さや大きさに意味はなく、構造にのみ興味がある分野です。
分析手順
以下は、Space Syntaxを用いた分析手順の例です。
例1:道路網
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左から(a)架空都市、(b)axial map、(c)connectivity graph、(d)justified graph
(a)→(b)
まず、道路を直線で表現したグラフ (axial map) を作成します。
(b)→(c)
エッジをノード(点)に変換したグラフを作成します。
例えば、上図(b)の辺1は辺2,3,4,5という4本の辺と繋がっているため、(c)では、点1には点2,3,4,5が隣接しています。
(c)→(d)
最後に、ある着目したい一点を一番下に配置して、✚マークを付けます。
この点を根 (root) と呼びます。他の点は番号に意味はないため、番号は取ります。
一番右(d)のグラフをj-グラフと呼びます。
例2:部屋
部屋の空間構造にも、同様に当てはめることができます。
2
上図には、a,b,cの3種類の住宅モデル(一番左)があります。どれも3×3の9個の部屋と9個のドアを持つ同じ形状の住宅ですが、よく見るとドアの場所が異なります。
このドアの配置の違いが空間構造に大きな違いをもたらします。
建物のない空間を取り出し、(上図中央)道路網の場合と同じように、部屋をノード、ドア(部屋の結合)をエッジとするグラフに変換します。その後、外部空間を根とするj-グラフ(上図右)に変換します。
ここで、空間(ここでは道路)構造を測る指標として、
- Connectivity
- Control Value
- Depth(深度)
- RA (Relative Asymmetry)
- RRA (Real Relative Asymmetry)
- Integration(統合度)
などがあります。
これらの各指標の定義についてまとめます。
Space Syntaxにおける各指標の定義
*以下、頂点は空間のことを指しています。
Connectivity
頂点に直接接続された近傍頂点の個数。例えば、頂点➀のConnectivityは4.
Control Value
近傍空間の Connectivity の逆数和。頂点➀におけるControl Valueは、
\frac{1}{2}+\frac{1}{2}+\frac{1}{2}+\frac{1}{3}=\frac{11}{6}
この指標は、近傍頂点の次数 (Connectivity)が小さいほど、近傍頂点数が多いほど大きくなることから、ある頂点がグラフ内でどの程度「支配的」であるかと解釈できます。
Depth(深度)
ある頂点から他の頂点に到達するのに必要な最小ステップ数。
例えば、頂点➀から頂点➂へのdepthは2.
中でも、ある頂点$i$から他のすべての空間までのdepthの総和を$TD_{i}$ (Total Depth)といいます。
例えば、頂点5におけるdepthの総和$TD_{5}$は、距離×頂点数の和として、
TD_{5} = 1 ×2 + 2×3 + 3×1 =11
と計算できます。
グラフ理論では、距離の総和$TD_{i}$の逆数は、近接中心性と呼ばれることがあります。
また、グラフの頂点数を$n$とすると、頂点$i$からのdepthの平均$MD_{i}$ (Mean Depth) は、頂点$i$以外の$(n-1)$個の頂点までの距離の総和$TD_{i}$を用いて、
MD_{i} = \frac{TD_{i}}{n-1}
と求められます。
上式は、グラフの頂点数$n$と頂点$i$の位置に依存します。そこで、SS理論では、これらを$0~1$の値になるように相対的なRA値 (Relative Asymmetry Value)に変換します。
RA (Relative Asymmetry)
RAとは、相対的非対称度といい、対象とする地域全体から見た、その空間から相対的な深さを表しています。この値が大きいほど、相対的に深く、入り組んだとことであると言えます。
RAの計算には、depthの平均$MD_{i}$の最小値と最大値を用います。まず、頂点数$n$
の様々なグラフの中で、$MD_{i}$が最小となるのは、下図(a)のスターグラフの中央の頂点の場合。中央の頂点から他のすべての頂点まではdepthが1なので、$MD_{i}$の最小値$\min MD_{n}$は$1$となります。
一方、$MD_{i}$が最大となるのは、下図(b)のパスグラフの端点の場合。部屋が直線状に並んだとき、端部の部屋が最も移動効率が悪いことは直感的にも理解できます。端点における距離の総和$TD_{i}$は$n(n-1)/2$なので、$MD_{i}$の最大値 $\max MD_{n}$は、$n/2$となります。
どんな$n$においても、スターグラフの中央の頂点で平均深度$MD$は最小で、パスグラフの端点で最大になります。
上記のmin $MD_{n}$とmax $MD_{n}$を用いると、頂点$i$のRA値は
RA_{i} =\frac{MD_{i} - \min MD_{n}}{\max MD_{n} - \min MD_{n}} = \frac{2(MD_{i}-1)}{n-2}
と求められます。この式を利用すると、例えば頂点➄の$RA_{5}$は、
RA_{5} = \frac{2(MD_{5}-1)}{7-2} = 0.333
と計算できます。RA値は$0~1$の値なので、グラフの頂点間の値を比較しやすい指標になっています。ただ、規模が異なる他のグラフと比較する際にはあまり適していません。
そこで、頂点数$n$の影響を受けないようにRRA値 (Real Relative Asymmetry Value)として、$D_{n}$という値を用いて標準化します。
RRA値
RRAとは、RAから対象領域の規模による影響を取り除いた数値であり、他の対象領域と比較可能にするために標準化した値です。
D_{n} = \frac{2[n(\log_2 (\frac{n+2}{3})-1)+1]}{(n-1)(n-2)}
$D_{n}$は、$n$個の頂点が上図(c)のようなダイヤモンド型グラフのとき、depthが最大となる頂点(図中の●)のRA値。
頂点$i$のRRA値はRA値を$D_{n}$で除して標準化し、
RRA_{i} = \frac{RA_{i}}{D_{n}}
と定義されます。したがって、頂点➄の$RRA_{5}$は、
RRA_{5} = \frac{RA_{5}}{D_{7}} =\frac{0.333}{0.340} = 0.981
となります。RRA値が小さいほど、そのグラフの頂点の中心性が高いと解釈できます。
Integration (統合値、Int値)
RRA値の逆数であるIntegrationという指標も良く用いられます。逆数にするのは、値が大きいほど中心性も高いという感覚に合わせるためです。
Int_{i} = \frac{1}{RRA_{i}} = \frac{n[\log_2 (\frac{n+2}{3})-1]+1}{(MD_{i}-1)(n-1)}
➀Int値が大きい
移動距離が短く、アクセスが容易。つながりが強い。統合 (integrate) されている。
例)リビング
➁Int値が小さい
移動距離が長くアクセスが困難。つながりが弱い。分離 (segregate) されている。
例)家の外
Int値にはグローバルとローカルがあります。グラフのすべての頂点からのdepthを計量の範囲とする場合をグローバルレベル、グラフの各頂点からのdepthを限定した場合をローカルレベルといいます。
Int値は、空間構成の「中心/周縁」、「近接/遠隔」を表す指標になっています。
まとめ
今回は、空間構造の分析手法であるSpace Syntaxについてまとめました。実際の都市空間に適用して分析する手順についてもまとめたので、そちらもぜひご覧ください。
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画像:Dettlaff, W. (2014). Space syntax analysis–methodology of understanding the space. PhD Interdisciplinary Journal, 1, 283-291.
引用元原論文:Jiang, B., & Claramunt, C. (2002). Integration of space syntax into GIS: new perspectives for urban morphology. Transactions in GIS, 6(3), 295-309. ↩ -
Hillier, B. (2007). Space is the machine: a configurational theory of architecture. Space Syntax. ↩
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貞広幸雄,山田育穂, 石井儀光 他. (2022). 空間解析入門 都市を測る・都市がわかる. 朝倉書店, 第4刷. ↩ ↩2 ↩3