で多様体について基礎事項を述べたので、それをベースに多様体の例としてリー群についてみていきたいと思います。
\newcommand{\diff}[2]{\frac{d #1}{d #2}}
\newcommand{\pdiff}[2]{\frac{\partial #1}{\partial #2}}
\newcommand{\R}{\mathbb{R}}
リー群
$d$次元$C^\infty$級微分可能多様体$G$に演算子$\cdot$による群構造を定めたとき、
\begin{align}
(g_1,g_2) &\rightarrow g_1\cdot g_2 \\
g &\rightarrow g^{-1}
\end{align}
の2つが$c^\infty$級微分可能写像であるとき、$G = (G,\cdot)$をリー群と言います。
行列群の距離
特に行列を元とするリー群を行列群といい、行列群は$A,B \in G$に対して
\begin{align}
|A| &= \sqrt{\sum_{i,j}|A_{ij}|^2} \\
d(A,B) &= |A-B|
\end{align}
で距離を定義できます。
左移動
リー群$G$の元$a \in G$による左移動写像
L_a: G \rightarrow G
を
La(g) = ag \quad \forall g \in G
で定義します。左移動は$G$から$G$への微分同相写像になっています。
左不変ベクトル場
ベクトル場
X \in \mathfrak{X}(G)
が任意の$a \in G$による左移動の微分写像に対して
L_{a*} X(g) = X(ag) \quad \forall g \in G
を満たすとき、$X$を左不変ベクトル場と呼びます。
例えば、単位元$e \in G$のもと、
V \in T_e G \\
X_V(g) = L_{g*} V
とすると、
L_{a*} X_V(g) = L_{a*} L_{g*} V = (L_a L_g)_* V = L_{ag*} V = X_V(ag)
なので、$X_V$は左不変ベクトル場です。一方で任意の左不変ベクトル場は
X(g) = L_{g*} X(e)
と変形できて$X(e) \in T_e G$です。よって,
すべての左不変ベクトル場は$X_V$の形で書けることが分かります。
リー代数
$G$の左不変ベクトル場全体の集合を$\mathfrak{g}$とすると、これは$T_e G$と線形同型です。これに次に述べるリー括弧を定めたものをリー代数$\mathfrak{g}$と呼びます。
リー括弧
$X,Y \in \mathfrak{g}$を各開集合でのチャート$(\phi,U)$を用いて($x = \phi(g)$)
\begin{align}
X(g) &= X^i(g) \pdiff{}{x^i(g)} = X^i(\phi^{-1}(x)) \pdiff{}{x^i} \\
Y(g) &= Y^i(g) \pdiff{}{x^i(g)} = Y^i(\phi^{-1}(x)) \pdiff{}{x^i}
\end{align}
と表します。これに対して左不変ベクトル場同士のリー括弧を
[X,Y] = X^i(\phi^{-1}(x)) \pdiff{Y^j(\phi^{-1}(x))}{x^i} \pdiff{}{x^j} - Y^i(\phi^{-1}(x)) \pdiff{X^j(\phi^{-1}(x))}{x^i} \pdiff{}{x^j}
と定義します。
1パラメーター部分群
リー群$G$に対して
\begin{align}
\phi: \R &\rightarrow G \\
\phi(s) \cdot \phi(t) &= \phi(s+t)
\end{align}
となる微分同相写像を1パラメーター部分群と言います。開集合$\R$の接ベクトルは$\partial /\partial t$ただ1つなので、
\phi_* \diff{}{t}|_{t} = \phi_* L_{t*} \diff{}{t}|_0
= (\phi L_t)_* \diff{}{t}|_0 = (L_{\phi(t)} \phi )_* \diff{}{t}|_0 = L_{\phi(t)*} \phi_* \diff{}{t}|_0
$g = \phi(t)$は任意の$G$の元をとり、$V = \phi_* \diff{}{t}|_0 \in T_e G$なので、これは左不変ベクトル場です。
逆に任意の左不変ベクトル場$X$に対して微分方程式
\begin{align}
c_* \diff{}{t}(t) &= X(c(t)) \\
c(0) &= e
\end{align}
で、対応する1パラメーター部分群$c$(積分曲線とも言います)がただ1つ定まります。よって、左不変ベクトル場と1パラメーター部分群は1-1対応します。
指数写像
リー代数の指数写像
\exp: \mathfrak{g} \rightarrow G
を左不変ベクトル場に対応する1パラメーター部分群$c_X(t)$を用いて
\begin{align}
\exp (X) &= c_X(1) \\
\exp (tX) &= c_X(t)
\end{align}
と定めます。$\mathfrak{g}$は$T_e G$と同型なので
\exp: T_e G \rightarrow G
とも言えます。リー代数or$T_e G$はリー群の微小変化を表していると言えます。
例:GL(n,R)
あるチャート$x$を用いて表すと、元は
x(g) = \begin{pmatrix}
x^{11}(g) & \cdots & x^{1n}(g) \\
\vdots & \ddots & \vdots \\
x^{n1}(g) & \cdots & x^{nn}(g)
\end{pmatrix} \in GL(n,\R)
となり、
\begin{align}
L_a g &= ag \\
x^{ij}(ag) &= x^{ik}(a) x^{kj}(g)
\end{align}
とすれば、左不変ベクトル場は
V = V^{ij} \pdiff{}{x^{ij}(e)} \in T_e GL(n,\R)
を$x(e) \rightarrow x(g)$と座標変換したものなので、
\begin{align}
X_V(g) &= V^{ij} \pdiff{x^{kl}(g)}{x^{ij}(e)} \pdiff{}{x^{kl}(g)} = V^{ij} \pdiff{(x^{km}(g) x^{ml}(e))}{x^{ij}(e)} \pdiff{}{x^{kl}(g)} \\
&= V^{ij} x^{km}(g) \pdiff{ x^{ml}(e)}{x^{ij}(e)} \pdiff{}{x^{kl}(g)}
= x^{ki}(g) V^{ij} \pdiff{}{x^{kj}(g)} \\
&= x^{ik}(g) V^{kj} \pdiff{}{x^{ij}(g)} \quad (\text{ラベルの付け替え})
\end{align}
です。また、接ベクトルの定義から積分曲線の微分方程式において
c_* \diff{}{t}(t) = \diff{x^{ij}(c(t))}{t} \pdiff{}{x^{ij}(c(t))}
なので、この微分方程式をチャート$x$を用いて表すと各$\pdiff{}{x^{ij}}$が線形独立なので、その係数を比較して
\begin{align}
\diff{x^{ij}(c(t))}{t} &= x^{ik}(c(t)) V^{kj} \\
x^{ij}(c(0)) &= \delta^{ij}
\end{align}
つまり、普通の行列の微分方程式になります。よって解$c$のチャート$x$による表示は行列の指数写像
x(c(t)) = e^{tV}
です。
例:SO(3)群
リー群$SO(3)$を行列群
SO(3) = \left\{ M \in GL(3,\R) \mid MM^T=I, \det M = 1\right\}
で定義します。これは3次元回転行列の集合のことなのですが、それを計算で明らかにしていきます。
まず、$T_e SO(3)$を求めます。$SO3$は$GL(3)$の部分群なので、$T_e SO(3)$の基底は行列の$(i,j)$成分を$x_{ij}$として、
\pdiff{}{x_{ij}}
の線形結合の形で書けます。また、リー代数$\mathfrak{so}(3)$の元は反対称行列でなければなりません:
任意の1パラメーター部分群$c(t)$とすれば、
\begin{align}
c(\Delta x) &= 1 + A\Delta x + O(\Delta x^2) \\
c(\Delta x)c(\Delta x)^T &= 1 + A\Delta x + A^T \Delta x + O(\Delta x^2) = 1 \\
&\xrightarrow{\Delta x \rightarrow 0} A = -A^T
\end{align}
したがって、$\mathfrak{so}(3)$の次元は3なので、3つの線形独立な接ベクトルを求めればよいことが分かります。
$e$を通る曲線として
\begin{align}
c^1(\theta) &= \begin{pmatrix}
1 & 0 & 0 \\
0 &\cos \theta & -\sin \theta \\
0 & \sin \theta & \cos \theta
\end{pmatrix} \\
c^2(\theta) &= \begin{pmatrix}
\cos \theta & 0 & \sin \theta \\
0 & 1 & 0 \\
-\sin \theta & 0 & \cos \theta
\end{pmatrix} \\
c^3(\theta) &= \begin{pmatrix}
\cos \theta & -\sin \theta & 0 \\
\sin \theta & \cos \theta & 0 \\
0 & 0 & 1
\end{pmatrix}
\end{align}
をとると、これら3つを代表元とする同値類が与える接ベクトル$V_1,V_2,V_3$はそれぞれ、
\mathscr{L}_n = \left( \pdiff{c^n_{ij}}{\theta} \right)_{\theta = 0} \pdiff{}{x_{ij}} = (L_n)_{ij} \pdiff{}{x_{ij}}
となり、線形独立です。
ただし、
\begin{align}
L_1 &= \begin{pmatrix}
0 & 0 & 0 \\
0 & 0 & -1 \\
0 & 1 & 0
\end{pmatrix} \\
L_2 &= \begin{pmatrix}
0 & 0 & 1 \\
0 & 0 & 0 \\
-1 & 0 & 0
\end{pmatrix} \\
L_3 &= \begin{pmatrix}
0 & -1 & 0 \\
1 & 0 & 0 \\
0 & 0 & 0
\end{pmatrix}
\end{align}
です。これらを基底として任意の$V \in T_e SO(3)$は
\begin{align}
V &= \theta K(\vec{n}) \\
K(\vec{n}) &= n_1 \mathscr{L}_1 + n_2 \mathscr{L}_2 + n_3 \mathscr{L}_3 \\
\theta &\in \R \\
\vec{n} &\in \R^3 \ s.t. \ |n| = 1
\end{align}
と書けて、$GL(n,\R)$と同様にして任意の$e$を通る積分曲線$R(\theta)$は
\begin{align}
R(\theta) &= e^{\theta K(\vec{n})} = I + \sin \theta K(\vec{n}) + (1-\cos \theta) K^2(\vec{n}) \\
&= \begin{pmatrix}
\cos \theta + n_1^2 (1-\cos \theta) & n_1 n_2 (1 - \cos \theta ) -n_3 \sin \theta\ & n_3 n_1 (1 - \cos \theta ) + n_2 \sin \theta\ \\
n_1 n_2 (1 - \cos \theta ) + n_3 \sin \theta\ & \cos \theta + n_2^2 (1-\cos \theta) & n_2 n_3 (1 - \cos \theta ) -n_1 \sin \theta\ \\
n_3 n_1 (1 - \cos \theta ) -n_2 \sin \theta\ & n_2 n_3 (1 - \cos \theta ) + n_1 \sin \theta\ & \cos \theta + n_3^2 (1-\cos \theta)
\end{pmatrix}
\end{align}
となります。これはロドリゲスの回転公式と言われる$\vec{n}$周りに$\theta$だけ回転させる回転行列に一致しています。
積分曲線は$V$の取り方を変えれば$e$と任意の$g \in G$を通るようにとれるので、$GL(n,\R)$のときに用いたチャート$x$の$SO(3)$への制限を用いると、$SO(3)$の元はすべてこの行列の形で表されることが分かります。
補足
もちろん、違うチャートを使えば違う表示の仕方になります。例えば物理学でよくあるのは、
xy,yz,zx,2z^2-x^2-y^2,x^2-y^2
を基底とした3次元回転に対する$5\times 5$行列の変換$\tilde{R}(\theta)$で表す表示の仕方です。(いわゆるd軌道です。) このチャートを$\phi_d$とします。
\begin{align}
T_1 &= \begin{pmatrix}
0 & 1 & 0 \\
1 & 0 & 0 \\
0 & 0 & 0
\end{pmatrix} \\
T_2 &= \begin{pmatrix}
0 & 0 & 1 \\
0 & 0 & 0 \\
1 & 0 & 0
\end{pmatrix} \\
T_3 &= \begin{pmatrix}
0 & 0 & 0 \\
0 & 0 & 1 \\
0 & 1 & 0
\end{pmatrix} \\
T_4 &= \begin{pmatrix}
0 & 1 & 0 \\
1 & 0 & 0 \\
0 & 0 & 0
\end{pmatrix} \\
T_5 &= \begin{pmatrix}
2 & 0 & 0 \\
0 &-1 & 0 \\
0 & 0 &-1
\end{pmatrix}
\end{align}
とすれば$r = (x,y,z)$に対して基底は
r^T T_i r \quad i=1,\cdots,5
で表されて、その線形結合は$TrM = 0$となる$3\times 3$対称行列を使って$r^T M r$とを表すことができます。したがってこの空間は$TrM=0$となる対称行列がなす線形空間で表すことができます。よって$\phi_d(g)$は$r=(x,y,z)$の表示$\phi_p$に対して
\phi_p(g)^T T_i \phi_p(g) = \sum_j (\phi_d(g))_{ij} T_j
となります。
参考
- 中原 幹夫 著・訳 佐久間 一浩 訳 理論物理学のための幾何学とトポロジー1 [原著第2版]