この本書は2017年4月1日にTeradata Japanのブログに掲載された内容を、再掲載したものです。
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著者 山本 泰史 (やまもと やすし)
キャンペーンの定義とキャンペーン利益の抽出
概要
コンピューティング・テクノロジーの発展と企業経営を取り巻く経済趨勢の変化によってもたらされた、顧客マーケティングの進化に伴って、マーケティング・キャンペーンの収益性はより厳密な理解が求められています。また今日における先鋭的な顧客マーケティングは、より細分化した顧客層に対して実行され、長期化し、複雑なステップを踏むという特徴を持つようになってきているため、これらの特徴をカバーした形で評価されることも求められています。
このコラムでは、キャンペーンの収益性に対する評価方法と、複数のキャンペーン計画の比較、相互のキャンペーン間における影響の理解、また実施後のキャンペーンを評価する手法についてご紹介していきます。またキャンペーン評価にあたって管理が必要となる指標と、その指標値の継続的な管理手法について、一つの雛形を通じてご紹介していきます。
最初に-キャンペーンの(大まかな)定義
このコラムの目的はキャンペーンを評価するための手法についてご紹介していくことですが、本題であるキャンペーンの評価という内容に入る前に、まず簡単にキャンペーンそのものについての定義を行い、その後キャンペーン評価の手法について触れていきます。
今日の企業は、ほとんどの場合において複数、しかも膨大な商品(物財、非物財、もしくはその混合財)のラインナップを持ち、それらを多様かつ膨大な顧客層に対して販売しています。また様々なチャネルを通じて顧客とのコンタクトを持ち、販売やサービスデリバリー、そしてマーケティング活動を行っています。トラディショナルなビジネスモデルにおいては、商品と顧客、そしてチャネルが1本の"糸"でつながっており、その上にメッセージをのせて運ぶことがビジネスそのものでした。マスプロダクションによって準備した商品を、マスマーケティングによって案内し、マスに対して販売していく形は、1本の"糸"でつながっているという意味においては一貫しており、供給を上回る需要が存在した高成長市場においては最も効率的なモデルであったといえるでしょう。
しかしながら、マス-つまり人口全体を同一の行動パターンを示す顧客の集合体であるとの前提条件にたつことは、供給者優位の世界においてのみ受容される手法であり、供給が需要を上回り、顧客の側に選択権が移った際には単に融通が利かないモデルとなってしまいました。顧客は選択という形で多様性を主張し、企業はその多様性を受容し、選択に耐えうることなくして生き残ることができなくなったのです。買い手市場、消費者主導型の社会...表現は多々あるかもしれませんが、この変化は、企業活動に変化を及ぼすようになります。それまでマーケティング活動は販売活動やサービスデリバリー活動を支援するものとして捉えられ、場合によっては同義と捉えられていましたが、これらの変化に伴って本質的な意味合いに回帰することを求められています。
それでは、マーケティング活動の本質的な意味合いはどのように捉えることが可能でしょうか。定義の仕方は色々あるかもしれませんし、唯一絶対と呼べるものはないかもしれませんが、ここでは[多様化した顧客に基づいて多様化した商品、そして販売及びサービスデリバリーチャネルから、ある特定の顧客とある特定の商品、そしてチャネルを組み合わせ、一貫性のあるメッセージという1本の"糸"でつなげること]と定義します。前述したようにトラディショナルなビジネスモデルにおいて、この"糸"は1企業=1本の糸でしたが、現代的なビジネスモデルは、1企業=n本の糸であることを求めています。そしてこの1本1本の糸を紡ぎだすことがマーケティング活動として求められていることであり、マーケティング活動のコントロール単位であり、今回言及しようとしている"キャンペーン"です。
ここからキャンペーン自体の定義として、キャンペーンが保持するべき構成要素も導きだされます。1.ある特定のニーズやそれを表現している近似の変数を持つ顧客層、2.それらのニーズを満たす商品、3.顧客と商品を引き合わせ、マーケティングメッセージの案内から、販売、そしてサービスデリバリーを行うチャネル、4.ある特定のニーズに訴えかけるメッセージが最低限必要となります。この他にもキャンペーンを行うにあたって必要な構成要素は多々有りますが、以降の論を進めるにあたっての定義としては十分であるために割愛し、本題であるキャンペーンの評価手法について触れていきます。
利益生成単位としてのキャンペーン
ありとあらゆる企業活動と等しく、キャンペーンの目的は顧客から商品やサービスの購入という形で支持を得て、結果として利益を生成することです。顧客の支持を得ることができるが利益を生成しないキャンペーン、そして顧客の支持を得ないが利益を生成できるキャンペーンは実施されるべきでは有りません。誤解を恐れずに表現すれば、結果論として前者はボランティアに近しい行為であり、逆に後者は(もし仮にこれが実現したとすれば)詐欺に近しい行為であると言えるでしょう(一般的には支持を得ることがないキャンペーンは売上をもたらさず、最終的な利益ももたらしません)。企業活動とは利益を生成する活動であり、それは顧客の支持を代弁した"売上"によってもたらされるものでなければなりません。この原則はキャンペーンにおいても適用されます。ここから、キャンペーンの評価は、最終的に利益を生成するか(生成したか)に着目されなければならないことがお分かりいただけるでしょう。
また前述したように、ある一定の環境においては1企業=1本の糸であることが最も効率的で、利益を最大化できる場合も存在します。キャンペーンを1企業=1本(Mass Marketing)の糸で行うべきか、1企業=[顧客数]本(One to One Marketing)の糸で行うべきか、それともその中庸で行うべきか、はたまた顧客それぞれの生活シーンといった顧客数よりもはるかに多い本数で行うべきか...このターゲティングの粒度に関する問題への解は、どのレベルで行うことが一番効率的で、利益を最大化できるかという観点に依存します。正しくは、例えばMass MarketingとOne to One Marketingを組み合わせて実施することが利益を最大化させることができる可能性も存在するため、どちらの手法を選択するべきかという二者択一論に帰結するわけではありません。いずれにしても利益を最大化するということがキャンペーン評価の目的であり、キャンペーンターゲット顧客(だけでなく、商品やチャネル等、キャンペーンの構成要素全て)のサイジングは利益を最大化させることができるレベルに収斂されることが求められます。
利益算出のモデル
それでは、キャンペーンの利益とはどのように算出されるべきでしょうか。まずは、至極シンプルなモデルに当てはめて考えていくことにします。シンプルなモデルとして、和菓子屋さんを想定してみましょう。この和菓子屋さんはご主人が1人で経営し、100円の桜餅を1日10人の顧客に、1個ずつ販売して1,000円の売上金額を作り出しています。桜餅の原価は1個40円です。来店し、桜餅を買っていただけた顧客にお茶を1杯出してくれます。このお茶の費用は顧客からは頂戴しませんが、1杯10円です。従って1日が終わったとき、1,000円の売上金額、400円の売上原価、100円の販売及び一般管理費が発生しています。従って利益金額は500円となります。このモデルを仮にキャンペーンの影響を受けていない、ナイーブモデルとします。
ある日、ご主人はもっとたくさんの顧客に桜餅を販売したいと思い、チラシを配ることにしました。チラシを100枚配り、それによって10人の顧客が追加され、1日20人、20個の桜餅が売れました。この日が終わったとき、2,000円の売上金額、800円の売上原価、200円の販売及び一般管理費が発生しました。従って、利益金額は1,000円となります。チラシの費用は1枚1円、100枚で100円でした。このモデルをキャンペーンの影響を受けた、バイアスモデルと名付けます。この2日間を整理すると2つのモデルは図1のような形に整理されます。
このとき、チラシを配るという行為をキャンペーン活動とした時の利益金額は、以下のような形で算出されます。
1.まずバイアスモデルにおける利益金額(1,000円)からナイーブモデルにおいても実現できたと想定される部分を差し引く(キャンペーン粗利金額:500円=1,000円-500円)
2.キャンペーン粗利金額500円からさらにキャンペーン経費金額である100円を差し引く(キャンペーン利益金額:400円=500円-100円)
以上のプロセスを経て、キャンペーン効果は利益金額で400円であったということになります。言い換えれば、100円で400円の儲けを導き出したのがこのバイアスモデルであったということになります。そして利益率という観点では400/100=400%となります。
ここまでの計算方法を整理すると、以下のような手順になります。
1.販売及び一般管理費に通常含まれてしまうキャンペーン経費を、ここでは販売及び一般管理費に一切含めない。
2.売上金額から原価金額、販売及び一般管理費を差し引き、バイアスモデルにおける利益金額を算出する。
3.キャンペーンのバイアスをかけなくとも生成されるはずであった利益金額(ナイーブモデルの利益金額)を差し引き、バイアスモデルのみに依存したキャンペーン粗利金額を算出する。
4.キャンペーン経費を差し引き、最終的なキャンペーン効果としての利益金額を算出する。
5.利益率はキャンペーン効果としての利益金額を分子に、キャンペーン経費を分母に置いて算出する。
ここでナイーブモデルにおける利益金額の500円は想定で利用されていますが、現代的なマーケティングにおいては、誰がキャンペーンによってバイアスを加えられたのか分かる仕組みを採用することが可能であることは、ご承知の通りです。もっともTVCMや看板広告のように難しいケースも存在しますが、仮にチラシのようなローテクメディアにおいても"チラシを持参してくださった方に1円割引"等とチラシに銘打てば、10円を犠牲にすることによって10名の新規に買い物に来ていただけた顧客を識別することが可能となります。実際には11名がバイアスモデルに含まれ、残りの9名がその日における本来のナイーブモデルに含まれるべき顧客であったことが判明するかもしれません。
話を利益金額と利益率に戻すと、純粋なキャンペーンによる利益金額部分と、キャンペーンの経費金額部分だけを抽出し、この部分を利用することによって、正確なキャンペーンの利益金額を算出する、そして利益率を算出することが可能となります。そして、この算出過程においてキャンペーン利益金額がマイナスとなるのであれば、収益性を伴わない、つまり実施する価値のないキャンペーンであるということが出来ます。