顧客の文脈
本書は2017年4月1日にTeradata Japanのブログに掲載された内容を、再掲載したものです。
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著者 山本 泰史 (やまもと やすし)
みなさんは自分が“涙を流した瞬間”のことを覚えていますか? 例えば、世界で最も多くの人が観た映画である「タイタニック」のクライマックスは、タイタニック号が沈没し、レオナルド・ディカプリオ扮する主人公がヒロインをかばい、自らは海底に沈んでいくシーンでした。物語の展開が読めてしまうのに、なぜか泣けてしまう不思議なシーン…でもあのシーンは、映画の象徴ともいえる「船先で両手を広げ、主人公とヒロインが寄り添う」シーンの美しさとは対照的な、「深く、暗い海へ、 蒼白い顔をしたディカプリオが沈んでいく」という陰鬱なシーンだったはずです。2時間に及ぶストーリー展開を経ることなく、突然銀幕にあのシーンが映し出されたら、きっと涙を誘うことはないのでしょう。1つのシーンではなく、それらのシーンが連続してあるべき順番に並び、1つの文脈を紡いだとき、人は心を動かされる、のだと思います。
涙を流すほどではないにせよ、同じことはマーケティングにも言えるのではないか? というのがここでのテーマである“文脈”です。コンテクスト、ストーリー、シーケンス、シナリオ…似たような意味の言葉は色々ありますが、人がモノを買い、消費するという一瞬の為に必要なマーケティングメッセージを順に揃えることができれば、鮮やかに人の心が動く瞬間を導き出すことができるのではないでしょうか。 1つ1つのシーンの積み重ねが人の心を動かす映画になり、1つ1つの音符の積み重ねが人の心の琴線に触れる曲を創りだすように。
以上のような観点から、今回を含め4回の連載を通じて、マーケティング活動を最も自然な形にするための4つの文脈についてご紹介し、テーマである“文脈”に傅くマーケティングを探っていきます。第1回目の今回ご紹介するのは、“顧客”の文脈です。
顧客の文脈
最初に理解するべきは、顧客が保持している文脈の理解です。前述の通り、映画のように1つ1つのシーンを積み重ねることが文脈であるとすれば、主人公である顧客がどのような心理変化を経て今現在、もしくはマーケティングメッセージが届くタイミングに至るのかということは非常に重要であり、理解をするべき最初のポイントです。もちろん顧客とのコンタクトの中で、その文脈を形成していくことも必要となりますが、それ以前に顧客自体が持つ文脈の力はあまりに大きなものです。 この文脈の流れの中からその慣性や変化を発見することにより、提案商品を自然に受け入れられる文脈を保持した顧客、そして顧客文脈上の必然性を保持した商品を選定することが可能となります。
想定マーケティング
顧客文脈を理解するための例として、スキンケアの化粧品を想定したマーケティングシナリオを展開していくことにします。当然ながら今まで取引の無い顧客の過去の文脈を理解することは不可能に近いですが、現在取引を頂いている顧客に関しては、完全ではないまでもその文脈を類推することが可能です。ここでマーケターは、以下のような顧客の属性を利用可能であるとします。
・年齢
・アンケートデータ1:自分の肌質について
・アンケートデータ2:実施しているスキンケアについて
・購買実績 (購入商品、金額、日時及びチャネル等)
・Web ログデータ (メールマガジン及び Web サイトの訪問ログ)
今回、毎日のケアに時間がかかる一方で高い効果が期待できるフェイスパックを案内することにします。この商品はお肌の乾燥を防ぎ、潤いを与えるものです。命題は、その際に最もレスポンスが高いであろう顧客を選定することです。利用可能な属性から以下のようなプロセスを経ることによって、レスポンス可能性の高い顧客群を導き出すことが期待されます。但し、これらの条件は選択可能性であり、実際にどの程度絞り込んだ条件を採択するべきかは、期待されるレスポンスや、それによる獲得利益と獲得費用のバランスに依存することにご留意ください。
1. 潤いを必要とする顧客層の認識
・潤い成分配合の化粧水を定期的に購入している顧客
・フェイスパックを定期的に購入している顧客と同様の属性を持つ顧客(アンケートデータ1の肌質=乾燥肌、年齢が34歳以上)
2. 主婦層の認識
・平日の10時から18時の間に注文があった顧客
・配送先指定が近くのコンビニではなく自宅である、もしくは夜間配送ではない顧客 …
他にも様々な条件が想定できますが、ここでは、この両方の条件に合致してかつ、今現在まだフェイスパックのユーザーとなっていない顧客に絞り込むことで、これらの顧客から高いレスポンスを期待できることでしょう。ちなみに2は主婦の行動特性を想定しており、この商品が想定するケアにまつわる時間的な自由度の高い顧客ということで選定しています。逆に2の条件に該当しない顧客は、お勤めで帰りが遅いことが想定されます。非常に大雑把に考えれば、1を “潤いセンシティブ” セグメント、2を “主婦” セグメント、そして2に該当しない顧客層を “お勤め/残業” セグメントと捉えることが可能です。もっとも “主婦” セグメントは職業に関するデモグラフィック属性を顧客からお預かりしていれば、もっと正確に理解することができるでしょう。また “お勤め/残業” である顧客は、毎日のフェイスパックをする暇が無い、もしくはやる気になれない顧客であると想定し、今回の命題に対する合致条件から外しています。これら “潤いセンシティブ” でかつ “お勤め/残業” セグメントに含まれる顧客に対しては、潤い成分をより多く配合したハイエンドの化粧水など、時間消費の比較的少ない商品の方が自然な案内かもしれません。
それでは、以下のような条件に合致した場合には、この顧客行動の変化をどのように理解し、マーケティングに活かすべきでしょうか
・Web サイトにて、N回以上フェイスパックの商品情報を閲覧した顧客
・“潤いセンシティブ” に含まれる顧客の中で、かつ “お勤め/残業” から “主婦” に移動した顧客
これらの条件に合致する顧客は、特定の顧客行動やセグメント間の移動といったイベントが発生した顧客と捉えられます。このイベントに加えてフェイスパックを未購入の顧客に対して、お試しサンプルをお送りするのが良いかもしれません。その気が無いかもしれない顧客にサンプルを経験させるよりは、少しでも兆候の見られる顧客に対してこれらのサンプルを経験させたほうが、よりリアリティの高い経験と購買誘発を得られることでしょう。
顧客属性の理解
顧客文脈に話を戻します。タイトル付けがなされた各セグメントとその動きは、そのまま顧客文脈を示します。各セグメントに属し続ける顧客はある一定の慣性に基づいた文脈下に存在することを示し、Web サイトの閲覧やセグメント間の移動といった、マーケターにとって顧客の重要な変化と認識できるイベントは、変動する文脈下に存在する顧客の “鼓動” と位置づけることが可能です。そしてこれらの文脈理解に用いられているのが顧客の属性です。顧客属性には、年齢/性別等のデモグラフィック属性、アンケートデータ等のサイコグラフィック属性、そして、取引データやその企業のチャネル上で発生するやりとり-インタラクションデータ等のビヘイビアル属性に分類されます。これらの属性が同じ、または近似であるという状態に基づいて分類する手法がセグメンテーションであり、実施するキャンペーンの観点から、どのセグメントに対してキャンペーンを実施するべきかを選定する手法がターゲティングです。
そして属性の中でも、文脈という観点から特に注目するべきは属性の変化、特にビヘイビアル属性です。もちろんデモグラフィック/サイコグラフィック属性が意味を失った訳ではありませんが、これらの属性にプラスしてビヘイビアル属性に注目することで、顧客の文脈を理解することが可能となります。もちろんこれらの属性は顧客と自社のコンタクト履歴でしかなく、顧客は自社の感知し得ない時空においても様々な行動を行い、その背景には、複雑な心理や環境与件が存在します。従って完全な解とはなりえませんが、ビヘイビアル属性から類推することは可能です。また関係が密になれば “鼓動” を多く捉えることが可能となり、顧客の解像度は鮮やかになります(一方で信頼度/依存度も増し、それはすなわちプライバシー保護に対する期待値が高まることも意味します)。
しかしながら、顧客文脈だけで獲得可能なレスポンスにも限界はあります。顧客文脈をベースに、発見したセグメントに応じて提案する商品に調整を加えることができれば、レスポンス率の更なる向上を期待することができるでしょう。そのためには、“商品”の文脈について理解し、これを顧客文脈と重ね合わせることが必要となります。これによって、顧客文脈にフィットした商品の提案が可能となります。次回はこの商品の文脈に関してご紹介します。