本書は2017年4月1日にTeradata Japanのブログに掲載された内容を、再掲載したものです。
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著者 山本 泰史 (やまもと やすし)
企業の文脈
これまで 3回にわたり連載してきた文脈に傅くマーケティングも、今回が最終回となります。文脈に従順で、顧客から見て自然かつ必然に満ちたマーケティングを実施していく上で必要となる、顧客文脈、商品文脈、そして時空の文脈を概観してきました。これらのそれぞれは、顧客が体験するシーンの 1つ 1つです。これらのシーンを丁寧に、そしてあるべき順番に並べていくことができれば、顧客はその連続したシーンを自らにとっての自然/必然と素直に感じ、そのシーンの流れに沿って自らの心を動かすことに違和感を覚えなくなることでしょう。
一方、これらの文脈を構築する上で考慮するべき、もう 1つの文脈があります。企業の文脈です。企業の文脈とはとどのつまり、シンプルに収益性であり、これを獲得できるか否かがその論点です。この収益性を考慮しなくとも良いのであれば、顧客が普段何気なく観るテレビや雑誌、通りの看板から、通勤/通学電車のポスターに至るまで、顧客が目に入れるすべての視界を自社が訴えたい文脈で独占し、その文脈の帰結へと誘導することも是となります。これに投じた費用を凌駕して余りある利益を獲得できるのであれば、この手法は選択されるべきです。しかしながら、企業が持つ資金資源には限りがあり、それぞれの資金投下オプションから得られる利益もそれぞれに異なります。マーケターはこれらのオプションの中から最も投資効率の高いオプションを選択し、最大限の利益を得なければならず、同時に投資効率の低いオプション(もしくは資金の持ち出しとなってしまうオプション)を排除しなければなりません。
企業の文脈-顧客レベル
これを顧客レベルで見た場合、1人の顧客に対してマーケターが実施すべきモーションは、
1. できるだけ早く取引を開始する
2. できるだけ多額の取引を行う
3. できるだけ長く取引を継続する
4. できるだけコストを少なくする
の4つです。これらはそれぞれ顧客の獲得、優良顧客の育成、顧客リテンション、マーケティング経費の効率化というテーマで表現することが可能です。すべてのマーケティング活動はこのいずれかに帰結し、最終的には企業文脈である獲得利益の拡大と合致することになります。
しかしながら実際には、顧客、もしくは見込み客 1人ひとりに対してこれを行っていくことは至難の業であり、何よりも上述の(4)に抵触します。(1)から(3)のモーションに対して(4)は制約条件となり、その収益が最大化されなければならず、このルールに合致しないオプションは選択されるべきではありません。
企業の文脈-キャンペーンレベル
そこで、もっとも適切な範囲に顧客をグルーピングし、これらの顧客グループに対してモーションをかけていく必要があります。これがキャンペーンです。マーケターは、キャンペーン単位で顧客、商品、そしてその両方を引き合わせる時空の流れを括ることによって、効率的にマーケティング活動を進めていくことが可能となります。キャンペーンを実施していく中で考慮されるべきは、これらのキャンペーン構成要素の中からそれぞれ効果を最大化できる選択肢を比較吟味し、可能であればそれぞれの選択肢がもたらす結果を金額比較し、最良の選択肢を探し当てることです。結局のところマーケティング活動は、顧客を選択し、商品を選択し、時間を選択し、空間を選択することです。求められるのは、利益を最大化することであり、選択可能なオプションの中から、利益を最大化させることができる選択をできるかどうかにかかっています。もちろんメッセージを訴えるための情報収集力や、構造設計力、そして表現力がその前提に必要であり、これこそがマーケティングに携わる人間のコアコンピテンシーではあるのですが、一方でこれらの能力が上述したキャンペーンの構成要素に帰結しなければ何の意味もありません。そして何よりも最終的な利益の最大化につながらなければ、ただの優雅で醜いお遊びでしかないのです。
キャンペーンの利益を最大化させるためには、売上を最大化させ、そして同時にコストを最小化させるしかありません。商品原価やそのほかの販管費を所与のものとして扱う前提において、コントロール可能なコストとはキャンペーン経費を指します。そして同じコストでより効果が高い顧客を選択する、もしくは同じ効果で、よりコストの低い顧客を選択することがここでは求められます。当然ながらこれは商品の選択、時間、空間の選択においても同義です。同じ効果をもたらすことができるのであれば、よりコストの低いチャネルが選択されるべきです。
想定マーケティングシナリオ
企業文脈を意識し、収益性を最大化させるための判断例として端的なものをご紹介します。前回同様スキンケア化粧品を前提とし、ある新発売の洗顔剤をマーケティングしていくことにします。いくつかのチャネルを用いたキャンペーンプランを作成したのですが、追加的にある雑誌媒体に広告を掲載するかどうかを判断しかねており、ここではその広告掲載の是非を判断することを命題とします。広告掲載を行わないオリジナルプランをプランA、広告掲載を追加する場合をプランB とし、どちらを選択するべきかという命題を検討します。
1. プランAの投資対効果検討
仮にプランA において想定される獲得顧客数を10,000名、これらの顧客 1人からの獲得利益が1,000円で、合計 1,000万円であるとします。そして、この獲得利益は、売上高から商品原価、応分の販管費、今回のキャンペーンにまつわる経費を差し引いたものであるとします。このとき、収益性算出の対象となるのはキャンペーンにまつわる経費と獲得された利益の関係です。キャンペーン経費を分母に、そして獲得利益を分子としたときの投下資本収益率が 20%以上であることがここでの期待値であるとした場合、キャンペーン経費は 5,000万円以下であることが求められます(許容可能なキャンペーン経費を X としたとき、1,000万円/X=0.2で求める X の値)。
2. プランBの投資対効果検討
次に、プランB によって追加的に獲得できる顧客数を 1,000名であると仮定します。顧客 1人からの獲得利益が同様に 1,000円であると仮定すると、100万円の追加獲得利益を得ることになります。そして同様に、期待する投下資本収益率を 20%と置いた場合、500万円以下で雑誌媒体への投資がなされなければなりません。
3. 両プランに対する意思決定ポイント
プランB で投下資本収益率が 20%となるのであれば、オリジナルのプランA と同等の収益率を持つことになります。この際にどちらを選択するかは、その企業が収益金額の最大化と、経費抑制のどちらを重んじるかに依存します。しかしながら、仮に雑誌の読者層が新商品の対象とずれてしまっていたために獲得顧客が 1,000名未満となり、一方で媒体費用 500万円が所与のものであるとした場合、投下資本収益率は 20%未満に落ちることになります。この場合には、投下資本収益率の期待値 20%以上を獲得できるほかのキャンペーンに経費は振り向けるべきであり、プランB は選択されるべきではありません。
ここでは、雑誌媒体というチャネルを選択の対象として挙げましたが、同様のことは顧客、商品、実施タイミング等のすべてのキャンペーン構成要素に適用されます。顧客セグメントA を対象とすることによってレスポンス率が向上し、それが投下資本収益率の向上につながるのであればセグメントA を対象に含むべきですし、仮にレスポンス率が向上し、いくばくかの獲得利益が増加したとしても、その分のキャンペーン経費がそれ以上にかさみ、結果的に投下資本収益率が低下するのであればセグメントA は選択されるべきではありません。この選択によって投下資本収益率が最大化する組み合わせを見つけ出すことが企業収益上不可欠であり、この最大化された組み合わせこそが企業文脈であると言えます。
まとめ
以上4回にわたり、文脈に基づいた、自然で必然に満ちたマーケティングを行っていくための構成要素、考慮ポイントについてご紹介してきました。これらの文脈に忠実に、かつ、その形成を積極的に仕掛けていくことによって、顧客の心を動かし、必要な成果を得ることが可能となります。ただし、これはテクニック論ではありません。それぞれの顧客文脈に合致した文脈を持つ商品が選択され、それが必要な時空を経て案内されるとき、そこにあるのはメッセージの一貫性であり、モノゴトのつじつまです。どんなに映像手法に優れた映画でも、優れたストーリー展開が無ければ感動を与えることはありません。多少の意外性も、話のつじつまが合ってこそであり、テクニックだけで人を感動させることはできません。より正確に表現するならば、適切なテクニックを用いた表現がなければ何も伝わりませんが、伝えるべきストーリーがあってこそのテクニックなのです。
みなさんは自分が “涙を流した瞬間” のことを覚えていますか?涙の出処は人によってさまざまであり、必ずしもディカプリオの映画である必要はありません。でも、もしかしたらそんな瞬間が、そしてそこに至った文脈が、みなさんがお相手しているお客様の、心を動かすヒントなのかもしれません。