この本書は2017年4月1日にTeradata Japanのブログに掲載された内容を、再掲載したものです。
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著者 山本 泰史 (やまもと やすし)
購買時のエクスペリエンス - 2
人間の基本特性に対するアプローチ
人間の基本特性に対するアプローチは、極めて動物的な行動特性に影響を与えんとするアプローチです。購入決定基準に対して矛盾した購入が発生するのは主にこのためであり、論理的な決断の対象から外れるのもこの理由からです。その幾つかをここでは整理しておきます。このようなアプローチは本質的にテクニックに依存したものであり、商品そのものの魅力や価値を理解してもらうのではなく、商品の魅力や価値を高く「見せる」ことに主眼が置かれている点は注意しなければなりません。これらのメカニズムは社会心理学上検証されているものであり、その背後には人間の基本特性、つまり動物的な行動特性が影響を与えています。つまり人が論理的に自らの思考と矛盾したモノを購入する買うメカニズムや、本当は必要としていなかったモノを購入してしまうメカニズムは、知性を持った人間ではなく、その基盤として存在している動物としての人間が保持している行動特性にアピールしているということです。
1. 集団迎合/従順性
皆が購入している商品に、「右に倣え」で購入するという集団迎合/従順性は、集団化とその集団行動に対する盲目的な迎合に由来しています。特に食物連鎖の上位に位置する、他の種から自分の身を守らなければならない種は、この傾向を強く持つことになります。集団化によってその存在を大きく見せ、集団行動に対して盲目的に従うことによって他種から攻撃を受ける確率を低く抑え、結果的に自身の生存確率を高めることが目的となります。野鳥や小魚の群れはこの典型です。野鳥でもワシとスズメでは集団の大きさが異なりますが、食物連鎖のどの位置にいるかが集団の大きさを決定付けています。
人間は頭脳、知識といった生物史上類稀なる機能を保持することによって、今や食物連鎖の頂点に君臨しますが、頭脳や知識の歴史は浅く、それよりも遥かに長い期間他の種から身を守らなければならない立場に置かれてきました。論理的、理知的に行動している限りにおいて人間は人間であり、購入においても論理性を追及する傾向にありますが、経済的なインパクトが大きくない場合においては人間の動物としての部分が図らずも露見し、このような行動に流されることがあります。
集団におけるリーダーシップや権威、そしてそれに対するフォロアーシップや帰属意識、同質化も、元々はこのような考え方の範疇に含まれるものであり、集団を集団足らしめ、集団に秩序をもたらすことを目的としたものです。その本質は生存欲求であり、そのために無意識下に巧妙に仕組まれた集団共通の特性です。公共的な性格を持つ機関の引用や、著名な人間にマーケティングメッセージを代理発信させることによってもたらされる効果は、権威に対する従順さを利用するものです。
2. 差異化
大衆迎合/従順性に対して反発し、異なる何かを求めるような購買行動は、生殖行動において異性を惹き付け、競合する他の同性個体に対する優秀性を誇示する行動に立脚しています。差異化の最も多いパターンは他人よりもより良いもの、高いもの、価値のあるものを求めるケースです。それがもたらす効果は美しく大きく広げられたクジャクの羽根と同じであり、競合する他の個体に打ち勝つことにあります。
高級車やきらびやかなアクセサリーを身につける意図は、クジャクが羽根を広げるのと同じなのです。この欲求がもたらす力は非常に強いものらしく、高級車やきらびやかなアクセサリーは購入される商品の中でも突出して高い価格を提示するものであり、またそれが許容される商品でもあります。それは本質的に富や権力、希少性の象徴であり、高くなければならないのかもしれません。
論理的には利益を最大化するように行動するはずの人間が、日常生活を営む上で本質的な意味を持たないアクセサリーに現実離れした金額を支払うのは、それが動物の本質的な行動目的である種の保存にとって大きな意味をもたらすものであり、優秀な異性を惹き付ける上で意味があることを、無意識のうちに理解しているからなのでしょう。
3. 希少性
希少性がもたらす購買への影響は、差異化されるべき優秀な個体が、その他の平凡な個体に対して少ないが故にもたらされる行動と捉えることが出来ます。また厳しい生存環境において摂取すべき餌や、身を守る、もしくは身を隠す環境は貴重であり、このような中での生存欲求/生存競争が鍛え上げてきた行動特性であるとも言えます。そして、希少性を強く意識する行動のもうひとつが単一個体あたりの繁殖数量です。魚が繁殖する、つまり卵を産むとき、その数は膨大であり、生存競争が厳しく、食物連鎖の構造の中で相対的下位に位置していることが背景として存在します。
一方で猿やライオンの子供は少なく、ホモサピエンスに至ってはさらに少なくなります。そして先進国において特に出生率が少なくなっていることも特筆すべき点です。もちろん人間の出生率を動物的な観点だけで説明しきるのは無理があります。しかしながらここで注目するべきは魚、猿やライオン、そして人間が自らの子供を育て、一人前にするまでにかけるコストの違いです。人間を含めた動物の目的が種の保存であるとしたとき、繁殖数量が多いことは、生存競争が厳しいことを差し引いたとしても、生存確率が高いことを意味します。さすればその種は子供にコストをかける必要がありません。
魚が自らの子供をケアするのはせいぜい卵から幼魚が生まれるまでです。しかしながら猿やライオンではそうは行きません。人間に至っては、自らの遺伝子を未来へと運んでくれる個体に、さらに多大なコストをかけることになります。それはその個体数が希少だからであり、本質的に1個体からの繁殖数量が少なく、生存確率を高めるために多大なケアをしなければならないからです。このような生殖行動、生存競争、そして繁殖活動において養われた、希少性に対する強迫観念が無意識のうちに人間に影響を与えているのです。
4. 競争原理
オークションや、かごに山積みされたバーゲンセールの目的は、競争原理を煽ることにあります。これは希少性にも影響を受けていますが、前述のように厳しい生存環境において摂取すべき餌や環境が貴重であったことに起因していると言えるでしょう。希少性を演出し、合わせて競合する他者の存在を意識させることによって購買対象をより価値の高いものと捉え、緊急性を誘発します。これは競争によるコストの高さが眼前に存在することを意識すれば、その競争に打ち勝つことによって得られる価値は高いものであるはずと錯覚することに起因しています。またこのような購入機会自体の希少性も、競争的行動を加速化させ、ある種の熱狂を生み出すことに成功しています。
5. コントラスト
人間の五感は、相対的な感覚に強く影響を受けます。価格 1つとっても、「あれだけ高かった商品が今は安くなっている(からお買い得だ)」、または「普通この程度の値段の商品なのにこんなに高い(からきっと良い商品だ)」という印象の裏には、商品に対する絶対的な価格観念は存在しないか、希薄であり、通常の価格観念を基準に人間が感受を得ることを示しています。
接客時におけるクロスセリングもこのテクニックをうまく利用したものです。例えば自動車購入時の様々なオプションや、スーツを購入する際に薦められるシャツやタイも、この価格的なコントラストを利用しています。最初に購入を意図した商品の価格の大きさと、その意思決定をしたことによって得られる心理的なプレッシャーから開放されたタイミングを利用し、相対的に価格の低い商品をアプローチすることによって、その成約率を高めています。 このようなコントラストは価格という商品属性だけでなく、同様に色彩やパッケージボリュームに対する感覚、その他人間が感受可能な感覚の全てにおいて適用されます。
人は(そして多くの動物は)動くものに反応し、派手な色彩や音、匂いに反応します。これらの反応を広告デザインや販促手法がうまく利用しているのは言うまでもありません。正確には、必ずしも派手なものに対して反応するわけではありません。重要なのはコントラストです。小さなモノの中に大きなモノを置く、大きなモノの中で小ささをアピールする、同様に地味なものから派手なものへ、派手なものから地味なものへと、うまく目立たせることによって、感覚的な差別化を実現し、競合する商品やサービス、そしてメッセージから自社のそれを際立たせることが可能となります。
(注:このようなメカニズムは人間の無意識下に存在するものです。このメカニズムを必要以上に積極的な形で、利用するべきか否かという論点は、ここでの議論から外れます。例えばサブリミナルメッセージのように、あまりにそれが狡猾であれば企業活動としての倫理的側面に抵触することになり、盲目的にこのメカニズムを追求することは危険かもしれません。 一方でこれらのメカニズムは購入する側にとっても利益をもたらす場合があります。オークションやバーゲンセールにおける購入者が、正しい情報に基づいて購入を行うのであれば、それは販売主体から見ても倫理上適切な販売行為であり、購入者にとっても好ましい機会です。 本稿の目的は何よりも事実としてこのような行動特性があることを明らかにし、倫理上適切であるという前提においてこのアプローチの効果を評価する手法について整理することにあります。このようなメカニズムに立脚したアプローチのテクニックを先鋭化させることが目的ではありませんし、ましてや倫理上問題のあるレベルまで狡猾にすることは意図していません。)
以上、商品とその置かれた環境と、それによって顧客に映る「魅力」の在り処を整理してきました。図6 はここまででご紹介してきた構造を整理したものです。
図の上側は、顧客の集合体としての市場、そして顧客それぞれが置かれた「時と場合」としてのケースを記述しています。つまり、ここにニーズが存在し、顧客が商品を求めるとき、このいずれかからその必然性が生まれ出でます。そしてそれらを括る方法として、生活スタイル、生活ステージ、生活シーンが想定されます。
これに対して図の下側には、商品に関する構造を記述しています。商品にはアウトライン(どんな商品かを定義したもの)と、その商品自身で構造化され、商品自身が保持する幾つかの事実は作用に、そして幾つかの作用が便益に結びついています。そしてこの便益を達成することが顧客にとっての目的となり、顧客にアピールする単位となります。顧客から見た場合、この複数の目的が自らの購入決定基準を充足/合致/凌駕したとき、購買を結論付けます。さらに商品には商品が置かれた環境が存在し、これらが商品の見え方/映え方に影響を与えます。
環境としては、背後に存在する企業活動、他の商品、そして「場」として定義される購買後のエクスペリエンスと、購買時のエクスペリエンスが存在し、商品購入に影響を与えます。購買時のエクスペリエンスは企業側が作成/演出する「場」であるため、ここに適切なアプローチ方法を織り込むことになります。これに対して、購買後のエクスペリエンスは顧客が購入後にそれぞれのケースで発生させる「場」であるため、類推の材料にして、メッセージ内容に織り込みます。またこのような購買後のエクスペリエンスは、顧客及び顧客のケースそのものを分類するものであり、ある程度においては顧客セグメンテーションの手法を適用することも可能です。
このような、商品、そして商品の置かれた環境の中で、どのファクターが顧客にとって魅力的に映るかを理解し、それらをメッセージ内容として織り込むことが必要になります。マスマーケティングから個別化されたマーケティングへと利用可能な手法が拡大/変容するにつれ、マジョリティ向けのマーケティングメッセージと共に、顧客毎に個別化され、また顧客それぞれが持つケースごとに個別化されたマーケティングメッセージが求められます。また商品の立場から見れば、それぞれのケースごとにもっとも魅力的であるポイントを理解し、メッセージングに活用することが求められます。次回以降、この構造の中で見出された、自社の商品が保有する魅力を用い、商品をアピールしていくための方策について検討を進めていくことにします。