この本書は2017年4月1日にTeradata Japanのブログに掲載された内容を、再掲載したものです。
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著者 山本 泰史 (やまもと やすし)
購入心理プロセスの考察
顧客が購入を決めるまで
ここからは、商品をアピールしていくための方策について検討を進めていきます。連載の初回において述べたように、商品と市場、つまり商品と顧客の関係を考える際には以下3つのアプローチを考える必要があります。
1. その商品の魅力が最も映える市場を見つけ出すこと
(オリジナルフィットを発見する)
2. 市場にその商品が持つ魅力を気付かせること、誘導すること
(市場変容を促す)
3. その商品に市場が感じる魅力をリサーチして調整し、改善すること
(商品、訴求ポイントを改善する)
そしてこのアプローチを考える際、顧客が購買に至るまでのプロセスを考慮しなければなりません。当たり前のことですが、顧客は脈絡無く購入を決するわけではなく、企業も含めた様々な環境からのインプット、そして心理変化を通じて購入意欲が醸成され、他の商品との比較検討を経て、最終的な購入を決するからです。購買時における心理プロセスを類別する手法には、有名な AIDMA(Attention-Interest-Desire-Memory-Action)と呼ばれる手法等が様々に存在しますが、ここでは非常にシンプルに、以下の 3つのプロセスに基づいて整理することにします。
1. ニーズの感知
2. 購入意欲の醸成
3. 選定条件の整理
(4. 購入決定)
1. ニーズの感知
人は、生活の中で様々なシーン、ステージに属し、その生活を進めて行くために様々なスタイルを有しています。これが前述した生活スタイル、ステージ、シーンと呼ばれるものであり、これらを総称してケース(=時と場合)として整理しました。この「ケース」において、人はときに自分がこうありたい、こうあって欲しいというイメージとのギャップを抱きます。この理想と現実の狭間を「ニーズ」と呼びます。それは欲望であったり、不安であったり、必然性であったり、解決策や改善策であったりするのですが、理想と現実の狭間を埋めてくれる、「はしご」のようなものであると捉えると分かり易いと思います。人が何か商品やサービスを購入するとき、それはこの「はしご」の役割を果たしてくれることを期待しています。従って、その人が「ニーズ」を感じているか否かが、その人を市場、顧客として捉えるか否かの最初のポイントとなります。逆にニーズがないことが明らかなのであれば、その人は市場ではなく、顧客でもありません。この人々に何かしらのアクションを行なうことは全て無駄であり、避けなければなりません。
これに対して、このようなニーズに無意識である方に対しては、啓蒙活動や気付きを与えることによって、ニーズを認識させなければなりません。現実に満足し、現実と理想が同一レベルにある人にとって、「はしご」は無用の長物です。しかしながら、より高い「理想」を垣間見せることができれば、それが新たな理想となります。伝書バトしか遠隔通信手段を持たない人にとって携帯電話の情報量、双方向性、そして即時性は地殻変動にも等しいものであり、水彩画しか描いてこなかった人にとって、油彩画の重厚感は新たな理想なのです。従って、マーケティング活動、もしくはアプローチのポイントがあるとすれば、この無意識に対する覚醒が1つのポイントであると言えます。
そして、このようにして何らかのニーズを意識した顧客は、それに対する解決策や、対応方法、つまり「はしご」を必要とします。このはしごが必ずしも、企業が販売し、提供する商品やサービスでない場合もありますが、商品やサービスのビジネス機会はここにしかありません。また、ある「考え方」と「商品」のセットが解決策をもたらす場合もあることでしょう。例えば、「絵を描きたい」というニーズに対して対応する商品には画材があります。しかしながら、それだけで完結するものではなく、実際に絵を描く行為や、そのための時間、そして上手に描くためのテクニックも必要になります。
また、アプローチポイントとして、対応する商品を顧客が理解していない場合もあります。卑近な例ですが、MDプレイヤーしか知らないという人にとって MP3プレイヤーの蓄積容量と大きさは驚きであり、「もっとたくさん曲を詰め込めたらいいのに」、「もっと小さければ持ち運びに便利なのに」といったニーズに対応してくれる「はしご」の役割を担うのです。
このような思考の流れと、それに対する企業の関与可能性を整理したのが、図7 となります。前述のように、ニーズに対する意識喚起、そして対応策に対する知識の植え付けが企業のアプローチ可能なポイントとなります。これによって、消費者はニーズと、対応する商品を結びつけ、買うべきか、買わざるべきかという次のテーマに思考を移すことが可能となります。逆の言い方をすれば、この 2つのポイントにおいて消費者を刺激し、見込み客(=想定市場)を拡大させることが必要となります。
2. 購入意欲の醸成
自らのニーズを意識し、それに対応できる商品が存在することもわかった人は、その商品を買うべきか、買わざるべきかという判断を行ないます。欲しい商品を全て買っていたら財布の中のお金が幾らあっても足りず、時間がどれだけあっても消費しきれないからです。企業の観点から考えると、この段階にある顧客に対して、なるべく「買う理由」を最大化させ、「買わない理由」を最小化させることが必要となります。
「買う理由」を考える際には、その商品の購入目的を、顧客の中で引き立たせる必要があります。啓蒙活動、商品調整等のアプローチによって、買う理由を強力にする必要があります。この購入目的がなんであれ希薄であれば、それはそのまま買わない理由(まあ、無くてもいいや)になります。また、他に優先される目的や、購入によって阻害されてしまう目的に関しても注意を向ける必要があります。阻害目的が無ければ購入に際する障壁は存在しません。またこれが希薄であれば、顧客は本来の購入目的との関係で目をつむる事も考えられるでしょう。しかしながら阻害目的が強力であった場合、それは購入に際する大きな障壁となります。これに対するアプローチとして、市場変容や商品調整によって、優先される目的や阻害目的を除去する努力が必要となります。
また、購入目的以外の観点も考慮することが必要です。顧客が緊急性を感じている場合、これは大きなチャンスであり、早く購入まで結び付けたいため、競合も含めた様々な自社商品の購買阻害要因の参入を避けることが可能となります。一方で緊急性が無ければ、顧客はじっくりと検討することになりますし、「今買わなくてもいいや」という心理的帰結に陥る可能性も有します。これに対するアプローチとしては、時限的なインセンティブを提供し、なるべく購入を前倒しさせることが有効な場合もありますが、必ずしも有効であるわけではありません。顧客は正しい選択をできないことによる損失リスクと、今購入しさえすれば得られる追加的な利益を天秤にかけるため、この場合においてインセンティブオファーが必ず勝利するとは限らないからです。
予算許容度も大きなファクターです。明らかに自分の資金、信用では手に入れられないものであれば、顧客はあきらめざるを得ません。また、前述の緊急度とも関連するのですが、時間があればあるほどに、より良い条件を求めるものです。これに対するアプローチの可能性としては、価格を調整する、ありていに言えば割引によって対応することが考えられます。また、それ以上の利益を得られることを立証する(投資対効果の立証)ことも、もう 1つのアプローチです。もちろん、商品やサービスの原価も存在するため、全て割引によって対処できるわけではないのは、ご承知の通りです。
最後に、時間的な許容度も考慮の対象となります。購入にまつわる時間的な手間や、その後の利用に伴う時間的な支出が大きい場合、顧客は購入を躊躇することもあります。もちろんこれも得られる利益との兼ね合いです。好きなミュージシャンのコンサートチケットであれば、チケットセンターに並んででも購入するかもしれませんが、「暇なら聴いてもいいかな」程度のミュージシャンであれば、そこまではしないはずです。同様に忙しい中時間を作り、コンサート会場に足を運ぶかどうかは、そのミュージシャンに対する入れ込み度合いにかかっています。「暇なら聴いてもいいかな」程度のミュージシャンであれば、せっかくチケットをとっても他の予定に優先されるかもしれませんが、好きなミュージシャンのコンサートであれば万障お繰り合わせいただけるはずです。これに対して考えられるアプローチとしては、購入時、もしくは購入後の利便性を確保することです。ただし、もちろんこれにも限界はあります。チケットの予約販売はできるかもしれませんが、席数には限りがあります。また、ミュージシャンが自宅に押しかけてコンサートを始めることも現実的ではありません。
以上のような各要素を考慮に入れ、顧客は自身の購入意欲を整理し、購入に対する具体的な選定段階へと移ります。買うという行為に対してポジティブな要素が多ければ購入へ傾き、逆にネガティブな要素が多ければ欲しいけど買わないという選択肢も選択可能です。また、この間には、「良いモノがあれば買うつもり」という中途半端なモードも存在します。これは実際の商品やサービスを比較吟味し、お眼鏡に適うようであれば購入し、そうでなければ購入しないという選択も辞さないという心理状態です。ここで少なくとも購入しないという意思決定に至らない限りにおいては次の段階に進むことになります。
3. 選定条件の整理
「よし、買うぞ」と顧客が思ったとしても、必ずしも自社商品を選択するわけではありません。顧客の購入目的を達成できる商品はあまた存在し、顧客はその中からもっとも適切な商品を選択します。この段階において自社は競合商品を意識し、これらに対して優位性を誇示することが必要となります。そして、商品間の優劣を決定するのは、顧客が持つ購入決定基準です。これに基づいて顧客はそれぞれの商品を吟味し、これに基づいてそれぞれの商品を比較します。従って、顧客との対話や顧客からの情報収集、そしてその結果得られた情報の分析によって、顧客の購入決定基準が何であるかを理解することが、アプローチを行なう上で有用となります。自社商品と競合商品、そして購入決定基準を照らし合わせ、自社商品のフィットが高ければ素直にアプローチすることによって購入という結論へと導くことが可能です。一方で自社商品よりも競合商品のフィットが高ければ、市場変容、つまり購入決定基準の変容を促す、または逆に自社商品を改善/調整することも必要になってきます。購入決定基準の理解は、何らかの形で挽回しなければならない際にも、挽回すべきポイントを明確にしてくれるという利点があります。
また、購入決定基準には「まあ、いいか」と思える程度でしかない、言わば妥協可能なレベルと、「これ以上の条件は望めない」と思えるレベルが存在します。選定される商品が保持している条件はこの間のいずれかに落ち着くことになります。この両方の基準をそれぞれ「最低条件」、「最高条件」とした場合、もっとも最高条件に近しい商品が選択されます。また、最低条件をクリアしなければ、購入されることはありません。そして帰結としては、この条件に照らし合わせ、自社商品の購入、他社商品の購入、もしくは購入しないという結論のいずれかが導き出されます。ここで、他社製品に優位性が存在する場合や、購入されないという選択が想定される場合には、収益性が確保できるという前提において、商品の調整、または市場変容によってこの評価を覆す必要があります。一方で必要な情報が顧客との間で共有し尽くされておらず、その結果として他社商品が好まれているのであれば、差別化に主眼を置いた証明情報の共有が必要となります。
ご紹介した 3つのプロセスを経ていくことによって、自社の対象市場はそのボリュームを劣化させていくことになり、代わりに市場、つまり顧客の購買意識は高められて行くことになります。最初の段階で発見された市場の大きさをなるべくそのままに、購入まで至らせることが理想ですが、一方でこのプロセスの途中で購買の必然性を抱くまでに至らない顧客や、他社商品を選択する顧客も存在します。そしてこのプロセスに影響を与え、自社商品への購入に対するスループットロスを最小化することが、最終的な購買を最大化する上で重要になります。このような中、図7、図8 及び図9 の各グレー網掛け部分は、マーケティング活動における関与が可能な部分であり、自社の対象顧客、つまり市場を拡大するという観点からは、積極的な関与が必要となる部分です。そしてこの関与においては、自然にニーズにフィットできる商品と顧客の組み合わせを探して訴えること、ニーズと自社商品にギャップがある場合にはそのギャップを埋め、フィットをもたらすために市場を変容させる、または商品の側を調整することが必要となります。