本書は2017年4月1日にTeradata Japanのブログに掲載された内容を、再掲載したものです。
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著者 山本 泰史 (やまもと やすし)
顧客識別とチャネル間誘導
時は金なり、データは?
「広告宣伝に使った費用の半分は無駄だった。問題は、その半分の無駄がどこだかわからないことだ」。これは、百貨店という業態を最初に作り出した実業家、John Wanamaker の言葉である。この言葉は、経営者が持つ広告活動に対するフラストレーションを端的に表している。実際のところ、広告が誰にリーチしたのかわからない、そして誰が広告に反応したのかわからないという、識別不可能性の問題だ。
企業は顧客から「お金」を頂戴し、「商品やサービス」を提供する。しかしながら顧客を確保できなければ、広告を出稿して顧客を確保しようとする。生活者に自社を知ってもらうためには、生活者の時間を確保する必要があり、生活者の時間を販売するメディア産業が勃興した。メディア企業は生活者から「時間」を頂戴し、代わりに「コンテンツ」を提供する。そしてこの反対側で、広告主である企業から「お金」を頂戴し、商品である「生活者の時間」を提供する。こうして、生活者の時間は、換金可能となった。
だが Wanamaker が指摘する通り、従来型メディアが持つ生活者の識別不可能性は、広告活動の効力に対する定量的な理解を妨げている。一方、インターネット広告などを提供する新たなメディア企業は、識別不可能性の低下に成功している。Google や Facebook に代表される企業は、自社のサービスを提供する代わりに「時間とデータ」を頂戴し、販売商品である「生活者とその時間」を補強、細分化することによって、広告主がより的確に広告出稿できるようにしている。これは、データも時間を通じて換金可能になったことを意味する。自社チャネルやソーシャルメディアといった識別可能なメディア/チャネルの位置付けが大きくなってきたこともあり、識別不可能なメディア/チャネルの活用割合は相対的に低下している。
顧客識別が重要
顧客と直接的にやり取りする企業は、自社のチャネルを有する。この当たり前の事実は、重要な意味を持つ。それは、「顧客の時間とデータを確保し、分析と働き掛けを通じて直接換金できる可能性を有している」点だ。端的に言って、この点においてメディア企業と同等の機能を有していると考えてよい。もちろん集客力やその根底にあるコンテンツ生成力には差があるため、顧客の獲得段階では、外部支払型のメディアを利用する必要もあるだろう。
図表は、チャネル展開に関する全体像を表現したチャートである。縦軸に並んでいるのは、利用可能なチャネルである。業種業態によって利用可能なチャネルは異なるため、適時読み替えていただきたい。これに対して横軸には、各チャネルの属性が並んでいる。太枠で示した 3つの列:外部支払型、自社所有型、評価獲得型は、一般にトリプルメディアと呼ばれる区分である。またここでは、自社から顧客に対して働き掛ける自社起動(アウトバウンド)、顧客の側から接触する顧客起動(インバウンド)という機能的側面に着目している。そしてもうひとつ、顧客識別が可能かどうか、購買や利用といったゴールとなる行動が可能であるかどうかという観点にも着目した。濃い網掛けは当該属性を有していることを意味し、薄い網掛けは限定的に当該属性を有していることを意味する。
この時、最も重要なのは、識別可能、契約可能なチャネルに接触できる顧客を最大化することであり、データベース上に蓄積される顧客リストを最大化することである。これによって直接的な接触が可能となり、時間とデータの獲得が可能となる。そしてインバウンド接触に首尾よく対応できれば、顧客ニーズに基づいた自然な文脈の下で、購買や利用につなげることができる。インバウンド接触のない顧客に対しては、顧客を識別可能なアウトバウンド・チャネルでの接触によって、直接提案や誘導が可能だ。この 2つの接触を適切に行うこと、そしてその積み重ねが顧客とのリレーションシップを強化する。しかしながら当然、顧客はさまざまな理由で離反する。その分を補充し、今以上に成長するためには、外部支払型のメディアを通じて案内を行い、自社所有型のチャネルへと誘導し、生活者を識別可能な顧客へと転換する必要がある。そして社会的な評判、クチコミを獲得するため、積極的にソーシャルメディア上での言及を促し、自社所有型チャネルへの波及回収を狙うことも肝要だ。
チャネル間誘導
このように考えた時、各キャンペーン活動はこの全体戦略の一翼を担うことが求められ、その際、チャネルからチャネルへと顧客を誘導する能力が必要になる。技術的には、URLリンク(eメールや広告配信から自社サイトへ)、QRコード(オフラインからスマートフォンのカメラ機能を経由してオンラインへ)、検索キーワードやフリーダイヤル(マス媒体から自社チャネルへ)などが利用可能だ。最近では、O2O(Online to Offline)と呼ばれる、モバイル端末と位置情報を利用して実店舗に誘導する技術や、ソーシャルメディアへの誘導を促すソーシャル・プラグインの機能も普及しつつある。ただ、技術的な実装とは別に、誘導の目的も考慮しなければならない。
チャネル間誘導の目的は、顧客体験の提供が可能なチャネルと、顧客が出没するチャネルのギャップを埋めることにある。そして、顧客体験の提供は、購買や利用など、企業が期待するゴール行動の誘発が目的であり、キャンペーン活動における反応率の改善が課題となる。例えば、ワインのおいしさを伝えたいのであれば、実際に来店して試飲していただくことが望ましい。顧客の購買判断上の疑問点を整理し、的確に解消したいのであれば、コールセンターや営業担当者など、対話が可能なチャネルに誘導する必要がある。
そしてこの時、顧客がどこにいるのか、そしてどこへなら誘導可能なのかを知る必要がある。これに必要なのがデータである。実施するキャンペーンを考えた場合、案内対象顧客、提案内容、そして案内タイミングに加えて、「提案内容と合致する顧客群はどこにいるか」という観点で分析がなされ、誘導元チャネルが決定される。そして、「提案内容を訴求するのに最適な顧客体験は何か」という観点で誘導先チャネルが決定される。さらに顧客それぞれのチャネル嗜好性や、チャネルごとのパーミッションが考慮され、場合によってはチャネル自体が個別化される。
このように考えると、データの換金レートを決定付けるのは、「誰に対して、何を、いつ、どのチャネルを通じて提案すべきか」を意思決定する能力であり、それを支える顧客理解と分析のスキルであり、基盤となるデータであることがわかる。そしてそのデータは、顧客を基準として統合することによって、パズルのピースが組み合わされ、その威力が増す。
今後も、テクノロジーや社会、そして人々の生活が変われば、それにつれて利用されるチャネル、そして取得可能なデータも変容するだろう。でも、マーケターにとって重要なことは変わらない。それは、収入を与えてくれる顧客に働き掛けることであり、それを適切に行うための知識を導き出すことであり、知識の源泉となるデータ=顧客の鼓動に耳を澄ますことなのである。