本書は2017年4月1日にTeradata Japanのブログに掲載された内容を、再掲載したものです。
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著者 山本 泰史 (やまもと やすし)
「マーケターのためのデータマイニング・ヒッチハイクガイド」シリーズのコンテンツです。
マーケティングへの適用
データマイニングによってもたらされる知識はモデルという形で示されます。そしてモデルは大きく、数式とルールに大別されます。言い換えれば、数式とルールによって与えられたデータが説明できるということになり、「与えられたデータはこう言っている」とデータマイニングが翻訳した結果が数式とルールであるということになります。企業がデータマイニングに取り組もうとするとき、その直接的な目的はこのような数式とルールを得るためであり、数式とルールという形で示された知識を得るためです。では、なぜ企業は知識を欲するのでしょうか。しかもレポーティングやオンライン多次元分析では得られないような高次の知識が、なぜ必要となるのでしょうか。
ありとあらゆる企業はすべからく利益を追求し、その最大化を図ります。利益があって初めて、その持ち主である株主に配当を還元でき、商売の場を提供してくれた市民(直接的には彼らの利益を代弁し、保護する政府)に納税できるようになります。そしてその上で余剰した利益は次の商品やサービス、そしてそれを提供する上で必要となるヒト、モノ、カネに再投資されることになり、利益最大化の追求は企業が存続する限り永遠に続きます。利益を最大化する上で、最も不確実性の高い要素は市場であり、顧客です。ご承知のように利益は売上から経費を差し引いて生まれます。経費はある程度のレベルまではコントロール可能ですが、売上は市場、つまり顧客によってもたらされるものであり、コントロールの許容度が最も低い(不確実性が高い)ものです。また、企業が経費をゼロで済ますということは非現実的であり、これはそのまま、期待する売上が得られない場合に赤字に陥る危険性を有しているということを意味します。加えて経費を投入する目的は、収益を最大化できる投資対象を選択するということと同義であり、投資単位あたりの収益を最大化させるためには、売上を最大化させることが必要となります。つまり、企業は売上という形で定量化された、市場/顧客の支持があって初めて成長可能であり、表裏背反としてその支持が得られなくなった時点で望まない結果に陥ることになるのです。さすれば、企業が市場/顧客に対する知識を渇望するのは、当然の帰結であると言えます。そして不確実性が増せば増すほどに、渇望の度合いも増すことになります。
また、競合他社が存在し、その中でさらなる成長を求めるとき、今現在の知識で充分であるという結論にも行き着きません。知識に対する要求は終わりのないものであり、また市場/顧客が変化していく中においては保持した知識そのものが劣化してゆくものです。もちろんレポーティングやオンライン多次元分析から得られる知識の限界まで得ていない企業にとっては、データマイニングの必然性に行き着かない場合もあることでしょう。しかしながらもしその企業が成長し、競合他社に打ち勝ち、生き残るのであれば、背後に知識獲得の手法を携え、そこへ取り組むことが不可欠となります。そしてその知識獲得の進化過程においてデータマイニングの手法は避けて通るのが難しい分野であり、多くの企業にとっては取り組むべきテーマとなるはずです。
■データを利益に変える
もちろん、得られた知識が他社を抜きんでていても、それを業務やプロセスに転換することが出来なければ、最終的な利益を獲得することはできません。データマイニングを行うことが目的ではなく、業務に必要な知識を得ることが目的です。データもデータマイニングも、日常の業務が自信に満ち溢れ、最善の結果を得られるようにするための手段でしかありません。
従って、必ずしも得られた知識の総和がもっとも大きな企業が、利益を最大化できる訳ではありません。得られた知識の総和がもっとも大きく、かつ得られた知識を最大限に業務やプロセスに転換できた企業が利益を最大化できるということになります。そして、このたび重なる転換の中でスループットロスが発生し、利益に減耗をもたらすことになります。従って、知識の最大化がそのまま利益の最大化とはなりません。でも知識の最大化ができなければ、利益最大化の大前提は崩れることになります。同じ行動力を持ち、同じスループットロスが発生している2つの同規模企業間で利益額の大小を分けるのは「知識」であり、だからこそ企業には知識が、そして知識析出手法としてのデータマイニングが必要になるのです。
では逆に、無知や凡庸な知識は何を生み出すことができるでしょうか。残念ながら無知や凡庸な知識は、凡庸な行動しか生み出しません。そして凡庸な行動が少なくとも凡庸な利益を生み出してくれれば御の字なのですが、競争環境下において差別化できないような凡庸な行動が、利益を生み出すかどうかは大いに疑問の残るところです。なぜか。商売の世界で凡庸であるということは、平均点に終始しているということであり、それは常に最高点ではないということです。最高点ではないということは、顧客から選択されないということです。知識が利益を決定付けるわけではありません。しかしながら利益を決定付けるためには常に、知識が必要となるのです。
■マーケティングにおける行動とは何か
得られた知識を行動やプロセスに転換しなければならないとして、マーケティングにおける行動とは、そしてプロセスとは何を意味するのでしょうか。当然ながら顧客に対して購入やサービス利用を働きかけることであり、顧客の心理を変容させ、購入へと導くことです。そして現代の細分化された市場におけるこの働きかけの単位は、「キャンペーン」と定義されます。つまり行動とは、キャンペーンのことであり、プロセスとはキャンペーンを計画から実行、評価へと進める枠組みを意味します。行動という観点からすれば、ある単一のキャンペーンの構成要素をより精度の高いものにするために知識が活用されるべきです。より反応確率の高い顧客リスト、より反応確率の高い商品やサービス、メッセージ、より反応確率の高いチャネルの選定、実施タイミングの選定がこれにあたります。これこそが行動の変化であり、これらの精度を高めるためには、市場、そして顧客に対する知識が不可欠であり、データマイニングが貢献できる点がここにあります。
そして、プロセスという観点から考えた場合、このような精度の高いキャンペーンを、より多く、より早く実行できるかどうかが重要な点となります。つまりは量と、スピードです。知識の析出とその蓄積が多ければ、キャンペーンのアイデアが実行に移るまでのスピードが短縮されます。当然ながらキャンペーン実施タイミングはより反応確率が高いタイミングを選定することになる為、必ずしもスピードが求められる訳ではありませんが、その準備と実施後の評価が短縮されれば、キャンペーンの前後処理そのものが短縮されることになります。これは単一キャンペーンあたりの負荷が小さくなることを意味し、マーケティング部門のキャンペーン生成における生産性が向上することを意味します。マーケティング部門に5人の社員がいて、仮に今までは1人年1回分のキャンペーンしか生成できなかったとします。これが1人年4回分のキャンペーンを生成できることになれば、生産性は4倍になり、キャンペーンの総量も4倍になります*3。それぞれのキャンペーンがどの程度の顧客をカバーし、どの程度の利益を生成するかはここでは定義できませんが、少なくともスピードが量を生み出すことはご理解いただけるはずです。そしてデータマイニングは、ビジネス機会の発見や思い立ったアイデアの検証、発展に役立つことになります。精度を維持しつつ、そのスピードを短縮することが出来れば、必然として利益額そのものにも好影響を与えるのは言うまでもありません。
■マーケティングをもっと賢く、確信的に
では具体的にマーケティング活動に対して、データマイニングが知識を適用することを考えた場合、マーケティング活動のどの分野に適用可能でしょうか。あまり固定概念に固執するのは良くないかもしれませんが、典型的にマーケティング活動に適用される分野をここでは整理します。もちろん、「適用可能な分野」とは想像力の限界が規定すべきコトであり、ここで紹介される分野に限定されるものではありません。また、基礎的な傾向を掴み、データが持っている構造から顧客行動の特性を理解することも、これらの前提として重要になります。基礎的な指標や重視すべきセグメンテーションのモニタリング、マーケティング調査結果の分析、特定の課題に対する原因追及を目的とした試行錯誤的な分析等もこれにあたります。
分類
データマイニングの数式、ルールが適用できる分野として最初に挙げられるのが「分類」、つまりセグメンテーションです。RFMの例を持ち出すまでもなく、セグメンテーションはデータマイニング手法の興隆以前からマーケティング業務において利用されてきた手法です。しかしながら、データが示している論理的な「分岐点」をセグメンテーションカットに用いることができれば、近似の性質を持つ顧客を適切にグルーピングできることにつながり、訴えるべきメッセージの尖度を鋭くすることが可能となります。また、セグメンテーションによって顧客に対する全般的な理解を深めることが可能になれば、マーケティング活動全般における素地となり、またここで得られた知識は企業戦略の策定や調整、チャネル資源の割当等の様々な分野においても礎とすることが可能となります。
セグメンテーションの対象は主に顧客となりますが、場合によってはそれを代替表現するコトもセグメンテーションの対象となりえます。チャネル(例えば店舗は、ある近似の商圏下に居住する顧客の代替表現)、商品(ある特定のニーズを持つ顧客の代替表現)、取引(ある特定の購買行動をとる顧客の代替表現)等、市場において発生しているありとあらゆる事象がセグメンテーションのテーマとなりえます。
予測
データマイニングが適用可能な分野のもう1つが「予測」です。もちろん、正確な意味において「将来に何が起こるのか」を理解するのは不可能に近いですが、大まかな意味において「将来に何が起こるのか」を理解することは可能であり、その発生確率を理解することも可能です。この予測は、ある商品を購入する顧客(正確にはそれぞれの顧客がその商品を購入する確率)、あるキャンペーンに反応する顧客(正確にはそれぞれの顧客がそのキャンペーンに反応する確率)といったその企業にとってポジティブな予測だけでなく、離反・解約予測のようなその企業にとってネガティブな予測も対象となります。また定量的な予測、サービス利用時間や購入金額に関してもこれは同様です。これらのトリックは、既に予測の対象となる顧客行動を既に起こした人(そして起こさなかった人)を対象に分析することにあります。仮に離反予測を考えた場合、離反を起こした顧客はどのような行動を起こしていたのか、そしてそれがどのようにデータに表れているのかを分析していくことにより、逆から見ればある行動を起こしている顧客、そしてそれがデータに現れた顧客が、離反可能性の高い顧客として認識されることになります。
また、このようなデータが存在しない場合には、それを事前に作り出せば良いということになります。それがテストマーケティングです。あるキャンペーンのクリエイティブ案Aと案Bで迷っているとします。サンプリングされた顧客に対してテストマーケティングを行い、反応が得られれば、クリエイティブ案Aに反応した顧客、クリエイティブ案Bに反応した顧客、いずれにも反応しなかった顧客が得られます。彼らのデータを逆引きすれば、反応を予測/示唆しているデータが見つけられるかもしれません。
そして、予測の対象には量的なコトや確率的なコトだけではなく、行動そのものを予測する場合にも適用可能です。例えばIF THENの構造を用いれば、ある商品を購入した顧客が、次にどんな商品に関心を持ち、購入に至ったのかを理解できるようになります。論理的には、この構造を用いることによってある商品を購入した顧客に対しては、次にどのような商品を推奨すべきかを理解できることになります。同様にどのチャネルから顧客がアクセスしてくるか、いつアクセスしてくるか、といった予測に拡大することが考えられます。これらの背後に存在するのは顧客の嗜好性であり、そこから導かれる顧客の行動パターンです。これらを利用して、マーケティングキャンペーンの各構成要素(いつ、誰が、どこで、何を購入するのか)を個別化させ、反応率を向上させることによって、最終的にはキャンペーン収益を最大化させるための知識を得ることが可能となります。
マーケティング活動を行なうときに、このような形でセグメンテーションが施され、そしてその結果、実施マーケティングキャンペーンのパズル1つ1つが確信に満ちたものになると想像してみてください。作成したキャンペーン対象顧客リストの論拠が明確となり(反応確率の高い、例えば確率0.8以上の顧客)、それぞれの顧客に案内する商品に対して、この上ない合致性を想定できるとき、自社のマーケティング活動は今までよりも少し賢くなったことを意味し、暗中模索から、おぼろげながらでも確信を得られる状態に変わったことを意味します。そしてこのような活動を積み重ねることによってマーケティング部門の知的レベルは向上し、市場に対する視界はクリアに開けてくることになります。そしてこれが、マーケティング上の成果、つまり利益をもたらすための大前提であることは言うまでもありません。
*3: ここでいうキャンペーンの総量とは、キャンペーンの実行数であり、必ずしもアプローチする顧客数の増加を意味するものではありません。市場におけるニーズが細分化されたとき、細分化されたニーズそれぞれに対してアプローチできればそれぞれのキャンペーン効果は高まります。一方でそれが出来なければ、ニーズの共通項に着目して、「誰にでも訴えることができる」が「誰にとっても訴求力がない」凡庸なキャンペーンに終始するかもしれません。
つまりここでいうキャンペーンの数は、識別されたニーズの総量を意味します。端的な例で考えれば、今までは4名の顧客に対して同じキャンペーン(1つのキャンペーン)を案内していたのが、4人それぞれのニーズに合わせて異なるキャンペーン(4つのキャンペーン)を案内できるようにすることを意味しています。