はじめに
データラーニングギルドAdvent Calendar 2021 12日目の記事として、私がここ一年の間にデータサイエンティストとして取り組んだ化学系製造業におけるDX(Digital Transformation)について書いていきたいと思います。
今、日本社会では様々な方々がDXに取り組んでいますが、なかなか思うように進んでいないという方が多いのではないかと思います。
このことはIPA(情報処理推進機構)の出しているDX白書2021に掲載の結果でもよく現れています(特にこの調査結果では日本とアメリカの差が強調されて報告されていました)。
DXが進んでいないことには会社の風土や従業員のマインドセットなど色々な理由があると思いますが、私がこの一年の活動の中で得た情報や役に立ったことを共有することで、この記事を通じて読まれている方がDXにうまく立ち向かう参考になれば幸いです。
また、1年の取り組みを通じて参考になった書籍・記事も紹介しますので合わせてご参考ください。
そもそもDXって何?
世の中の定義(IDC Japanの定義より)を引用して紹介すると、DXは以下のように定義されています。
企業が外部エコシステム(顧客、市場)の破壊的な変化に対応しつつ、内部エコシステム(組織、文化、従業員)の変革を牽引しながら、第3のプラットフォーム(クラウド、モビリティ、ビッグデータ/アナリティクス、ソーシャル技術)を利用して、新しい製品やサービス、新しいビジネス・モデルを通して、ネットとリアルの両面での顧客エクスペリエンスの変革を図ることで価値を創出し、競争上の優位性を確立すること
小難しく、かつ色々な業界を念頭に網羅的に書いてありますね!
おそらくこのままだとよくわからないですし、「ああ、なんかIT業界じゃない人たち(自分たち)には関係ないんだなー」という印象を持つ人も少なからずいると思います。(私も上記の定義そのままだとそう感じます)
というわけで、この1年で出会ったいろいろな記事や書籍、実際のDXの取り組みを通じて私が考えた「DXとはなにか?」を以下のように簡潔に一言でまとめてみました。
「DXとは、私たちが顧客へのより高い・新しい価値提供を行うための手段です」
いかがでしょうか?
抽象度が高い表現になってしまいましたが、主語がはっきりして少しはわかりやすくなったのではないでしょうか。
これはDX以前の業務革新と似た思想ではありますが、デジタルを前提としていることに大きなスコープの違いがあると私は考えています。
以降ではそういったDXに私が取り組んだことを書いていこうと思います。
DXの取り組み〜社内編〜
ちょっと意外に思うかもしれませんが、DXを推進する段階におけるデータサイエンスを使った仕事というのはほとんどありませんでした。
というのも、データサイエンス以前の様々な障害にぶつかり、これを解決する仕組みや仕掛けをすることが必要だったからです。
大まかには以下のような壁に形を変え、タイミングを変え、何度もぶつかりました。(こちらの記事でも類似の話があったので色々な企業で普遍的な問題なのかもしれません)
- IT・制度の壁
- データインフラの壁
- 組織の壁
- 人の壁
- ケイパビリティ(能力)の壁
- マインドセットの壁
上記はIDC Japan社の定義の中を使うなら「社内のエコシステム」の問題とまとめることができます。
つまり、私の今年1年の殆どの仕事は社内のエコシステムの変革だったわけです。
こちらの記事にて非常にわかりやすく構造化されたDX全体の流れ(下図)が紹介されていましたが、まさにこの図の「自社組織の変革」がそれに当たります。
少し取り組んだ課題の一部を抜粋して詳細を書いていきたいと思います。
データインフラをどうにかする
社内のデータインフラにはDXを推進する上でいくつか重大な設計・運用上の問題がありました。
一言で言えば、データ活用できる形でデータが溜まっていない、かつ接続できない状態でした。
IT担当者や利用者に色々とヒアリングしてみた結果として分かったことは、「データ活用するという意識もリテラシーも無いまま、短期的なニーズベースでデータインフラを作ってきた」ことが原因ということでした。
これは後述の人材育成にも関わってくる問題で、個人的には今年の最優先課題でした。
あまり詳細はかけませんが、諸々の社内提案・調整を頑張った結果、データインフラについては先3年をかけて関係部署・コンサルを交えて腰を据えて改善に取り組むことに決まりました。
過去作り上げてきたものの悪さ加減を認識して、デジタルを前提にリデザインしていく、そのためにまずは現状認識と目指すべき方向性を関係者の腹落ち感を持って進められるかどうかが最も重要なポイントで、正直ここにデータサイエンティストの要素はほとんどありません。
とはいえ、企業のDXを進めるためには多かれ少なかれどの企業でも誰かがやらなければいけない、DXの登竜門的なタスクなのかなと個人的には思います。
好き嫌いせず、「DXを遂げる」という目標に向かってプロ意識を持って取り組んでいきましょう。
費用対効果の話
ここで書くか悩みましたが、IT部門とのデータインフラの議論の中で最も悩まされた費用対効果の話についてちょっとだけ触れたいと思います。
企業でなにかをする際には費用対効果だとかROIといったものを指標として、投資・アクションするかどうかを判断することが多いと思います。(社長の鶴の一声、ということもあるかもしれませんがさておき)
そんなときに使い古されたデータインフラの改善に対する費用対効果を技術サイドであるデータサイエンティストとして聞かれるとなかなか納得の行く回答は難しいです。
というのも、「あまりにも問題があって今のビジネスにおいてすでに機会損失が起きている」、というような状態であれば費用対効果は説明のしようがありますが、現状なんとか手動なり何なりで使いこなしている状況に対して、「データをリアルタイムで見れると日々の意思決定の助けになる」だとか、「月次管理している情報を日次で確認できるようにすればオペレーションが助かる」だとかいうメリットは明確な費用対効果を定量的には算出できないからです。
例えば、自動化が進めば工数が減る、というのは費用対効果として数字で算出できますが、その空いた時間(デジタル化によって生まれた”余力”)でできること(デジタルを前提とした新規ビジネスの検討等)の定量的な評価はできません。
一方で、DXは単なるデジタル化や自動化ではないので、目指したいのはそういう後者の取り組みになるはずですが、そこで費用対効果を突き詰めてしまうと足元のデータインフラ改善は全く進まなくなってしまいます。
そういう状況は会社ごとに異なるとは思いますし、銀の弾丸的な"たった一つの冴えたやり方"があるわけではないと思いますが、私個人の考えとして、DX推進組織だけで頑張るのではなくビジネス現場サイドから強いニーズとビジョンを出してもらうように働きかけることが一つの進め方だと考えています。
つまり、IT部門にデータ活用のための要求をデータサイエンティストからするのではなく、ビジネス現場からビジネスニーズをIT部門に伝えてもらって、その上で必要なデータインフラ整備を行っていくというステップです。
どちらも最終的に目指しているデータ活用のゴールは同じですが、費用対効果を強く語れるビジネス現場と協力することがDX推進の近道だと考えています。
人材育成(人の変革)
「社内のリテラシーを向上させる必要がある」だとか「データ分析のスキルを教えたほうがいい」というのは色々なDX関連の書籍やセミナーで言われていることですが、これを社内で実施する場合には結構色々悩ましいことがあります。
例えば以下のような点を具体化する必要があります。
- 社内で教育するとして何をゴールにすべきか
- 教育を内製するか、外注するか
- 教育のスコープをどうするか(リテラシーレベル、実務レベル、プロレベルなど)
- 教育後のステップをどうするか(定着化、人事評価、受講者のポジションなど)
- 社内への働きかけをどうするか(人事との協力、各部署への教育の意義の説明や人選依頼)
特に設計が難しいのは教育後のステップです。
リテラシー教育であれば情報としてインプットするだけでも目標達成できるので良いですが、実務をDXするレベルの教育をする場合、日々の業務に追われて忙しい人にただ教育しても定着しません。
個人的に一番労力を注ぎ込んだのはこの問題への対応で、教育-実務を繋ぐ仕組みを3重、4重に作ることである程度の定着を図ることができました。
参考までに、全体のごく一部ですが以下のような仕組みを作りました。
- 職場課題を扱ったBI教育を実施
- 進捗や相談をすべて個別サポート
- 教育受講者の限定の社内相互交流コミュニティを設置
- 教育後の取組発表の公開、上司の招待 などなど
社内をDXするためにぶつかってきた壁を俯瞰してみる
色々書いてきましたが、これまでぶつかってきた壁を俯瞰して見ると、こちらの資料のようなDXの阻害要因のフレームワークにほぼ集約できます。
費用対効果を示しにくい、変えるために負担がかかる、主導者がいない、時間がない、社内の組織が不十分、データがサイロ化されているなどなど、DXを推進するということはそういう今のビジネスの問題点を一個一個革新していく作業にほかならないのだと思います。
そう考えるとDXにおけるデータサイエンティストの仕事というのはデータやデジタル技術にリテラシーのあるコンサルのようなもので、一昔前に日産自動車がやっていたような業務革新の延長線上にあるものも多いです。
とはいえ、デジタル技術を使った社内の業務革新だけがDXではありません。
社内のDXと並行して、社外と連携して新規ビジネスモデルの創出のための取り組みも進めていました。
以下ではその話を書いていきます。
DXの取り組み〜社外編〜
DXは社内の悪さ加減に向き合うだけでは進めることができないと私は考えています。
というのも、DXの主戦場はIT企業やソフトウェアの世界であり、その世界の動きや人・技術から学ぶこと、キャッチアップしていくこと、人とのネットワークを作っていくことがオールドエコノミーに属する(私の所属する)企業のDXを俯瞰的・客観的な視点を持って進めるために不可欠だと思うからです。
というわけで、社外に出ていく取り組みを取り入れました。
各種コミュニティでのネットワーキング
1つ目の取り組みはデータサイエンティストのネットワークを作ることです。
この分野は日進月歩かついろいろなところで環境変化が起きているので、wetな情報を得るためにいろいろな情報網を持つことが重要と考えました。
具体的には、以下のようないくつかのデータサイエンティストが集まるコミュニティをピックアップして参加するか吟味していきました。
- Team AI
- Datascience_Hub
- Process-, Materials- and Chemo-informatics
- データラーニングギルド(今ここの所属として記事を書いてます!)
コミュニティでの活動では情報共有・疑問点のQ&A・読書会・勉強会など様々参加させていただき、DX担当者兼データサイエンティストで大変得るものが多かったです。
データラーニングギルドのコミュニティメンバーには大変感謝しています!
DX担当者は社内では常に企画側であり、なかなか相談できる人がいない等の辛いところがあると思いますが、こういったコミュニティの繋がりをDXの清涼剤にすると良いと思います。
新しいビジネスモデルの探索
2つ目の取り組みとして、新しいビジネスモデルの探索を進めました。
DXというのはただデジタルで既存の仕事のやり方を置き換えるだけではなく、既存のビジネス自体を変革することが最終的な(DXとしての)ゴールになります。
現在、社内で進めているのはあくまで前者で、後者を進めるためには新しいビジネスモデル学び、自社のビジネスにどう適用するかを検討していくプロセスが不可欠ですので、プロアクティブな取り組みとして取り組んでいきました。
新しいビジネスモデルって何? というのが一番気になるところだと思いますが、色々な文献を読み漁る中で出会った「勝ち続ける仕組みを作るAI時代の戦略デザイン ダブルハーベスト」で提案されているハーベストループがこの一つの答えではないかと私は考えています。
ハーベストループというのはビジネスを続けることで蓄積されるデータによって顧客提供価値(UVP:Unique Value Proposition)を向上させるというループ構造を作るフレームワークです。
こちらの記事から参考図(下図)をお借りして紹介すると、一番右上の「より安全な運転体験」がこのビジネスモデルのUVPであり、それを達成するためのデータ、AI、機能がループ構造の中で整理されています。これがハーベストループです。
この例では2つのハーベストループが一つのUVPを中心に回っており、ループが一周するたびに競争優位になっていく仕組みになっています。
素晴らしい!と思うかもしれませんが、このフレームワークを実際に自分のビジネスに適用しようとするとなかなか難しいものですし、実際設計上のいろいろな落とし穴があります(例えばUVPの設定の仕方やその場合のAIの機能、考慮すべきUXなど)。
私の場合「自分ひとりではやりきれないな」と早々に見切りをつけてダブルハーベストの著者であるシナモンAIの堀田創氏が主催しているダブルハーベストコミュニティに参加し、ワークショップでのフレームワークの活用実践・フィードバックを通じて取り組むことにしました(今も継続しています)。
これまで参加してきたワークショップから実感したこととして、ビジネスモデルを考えるということは自分の中でのビジネスのパーパスをくっきりと明確化にするプロセスが最も難しく、一方でそれが決まってしまえば具体化させるプロセスは案外ロジカルにできるということでした。
山口周氏が著書「自由になるための技術 リベラルアーツ」の中で
「正しさは、もうコモディティだ」
と述べていたように、世の中を変革するような新しい価値を生み出すという営みはもはやロジカルなだけでは生み出せないということなのかもしれません。
どんな未来を作りたいのか、というパーパスから考えていくことが新しいビジネスモデルを作ること、ひいてはDXに必要なのだと思います。
DXにあたって役立ったスキル
さて、色々な取り組みを社内外で進めてきましたが、私の実感として最も役立ったスキルは以下の2つでした。
- コンサルスキル:課題の分解・構造化、ロジカルシンキングなど
- ファシリテーションスキル:合意形成のプロセス設計、社内議論活性化の仕掛けづくりなど
課題解決のために補填的にデータサイエンスの知識を使うシーンももちろん有りましたが、課題解決に最も寄与したのはそれよりも課題設定の良し悪しであり、その後のプロジェクトマネジメントだったというのがこの1年の体験を通じた私の実感です。
今のビジネスをきちんと理解して分析した上で、What(何が問題なのか)やWhy(なんで変えなければいけないのか)をしっかり関係者と議論・合意するプロセスが大切なのだと思います。
おわりに
さて、これまでかなり長々とDXに取り組んだ経験を振り返ってきましたが、振り返る中で気がついたのは私が出会ったほぼすべてのDXの問題は、人や既存の組織に起因するものだということです。
データサイエンスを学んでいると私達はあたかもDXを実現する力を持っているような錯覚に陥りがちですが、DXの多面性を十分に認識して取り組まないと誰も得しない結果になってしまいます。
DXに取り組むために、データサイエンティストはデータサイエンス以外の力(データエンジニアリング力やビジネス力)を身に着け、発揮する必要があります。
以下のことわざのような状況になっていないか、注意しながら進めて行きましょう!
If all you have is a hammer, Everything looks like a nail
(トンカチしか持っていなければ、そのひとにはすべてが釘のように見える)
私個人としては、DXというのは仕事の移り変わりであり、終わりのある変化だと考えています。
デジタルを前提としてビジネスをRe-Designし終わるまで、まだまだ私を含むDX推進担当者たちの苦悩は続くとは思いますが、DXをやりきった後に今よりも良い会社・社会が訪れていることを願っています。
P.S.
書き終わった記事を読み返してみると、データサイエンティストが書いているにもかかわらず内容にも参考文献にもほとんど技術の話が入っていないことに気が付きました。
しかし、何度も書いてきたように、それはおそらくDXの真実なのだと思います。
つまり、DXというのは技術の話ではなく、業務変革のプロセスの話だと言うことです。
このプロセスを完了させて次のステップに早く踏み出したいですね!
参考になった記事たち
DXに関して大きな示唆を私に与えてくれた記事・文献などを紹介します。
- DXを妨げる要因と実現へのアプローチ:DXが進まない理由やそれに対するアプローチがとてもわかり易く解説されている文献。これを読めばDXの勘所が分かります。
- DXコンサルが絶対に言わない後ろめたい真実:DXの本質をうまく分析しています。
- データとアナリティクス戦略への支持を獲得するための6つのステップ:DXを戦略的に進めるためのフレームワークが紹介されています。
- Noを伝える技術:DXで何でもやろうとしがちですが、そうでもないことが分かります。
- DXレポート2.1:経産省のデジタル産業の創出に向けたレポート。新しいビジネスモデルを考える際の参考になります。
- できない理由を探すより、できる方法を探してみよう:前向きになれます。
- データで出費を最適化し、未来と若者に投資を:課題に対する処方を考えるときに、自分が今どういう課題設定をしているのかを意識すると関係者の認識の齟齬を少なくできそうです。
- データサイエンティストたちが考えるDX:データサイエンティストとしてのDXへの関わり方が分かります。