多変数関数の定義とテイラー展開
連続最適化において、目的関数は実数値多変数関数であり、$n$次元実ベクトル空間から実数への写像 $f: \mathbb{R}^n \to \mathbb{R}$ として定義されます。入力となるベクトル $\mathbf{x} \in \mathbb{R}^n$ に対して、スカラー値 $f(\mathbf{x}) \in \mathbb{R}$ を出力します。
多変数関数のテイラー展開は、ある点 $\mathbf{x}_0$ における関数の局所的な振る舞いを多項式で近似する手法です。関数が十分滑らかである(具体的には、展開点の近傍で必要な階数まで連続的微分可能である)とき、その点の周りでテイラー展開が可能です。二次の項まで考慮した場合の展開式は次のようになります。
f(\mathbf{x} + \Delta \mathbf{x}) \approx f(\mathbf{x}) + \nabla f(\mathbf{x})^T \Delta \mathbf{x} + \frac{1}{2} \Delta \mathbf{x}^T \nabla^2 f(\mathbf{x}) \Delta \mathbf{x}
ここで、$ \nabla f(\mathbf{x}) $ は勾配ベクトル(1次の偏導関数を要素とするベクトル)、$ \nabla^2 f(\mathbf{x}) $ はヘッシアン行列(2次の偏導関数を要素とする行列)を表します。
この形式は、二次形式(quadratic forms)と密接な関係があります。二次形式は、ベクトルと対称行列を用いて表される二次の多項式で、一般的には以下の形式を持ちます。
q(\mathbf{x}) = \mathbf{x}^T A \mathbf{x}
ここで、$ A $ は対称行列(転置すると元の行列と同じになる行列)、$ \mathbf{x} $ は任意のベクトルです。二次形式は実数値を出力する関数であり、行列 $ A $ が対称であることから、$ \mathbf{x}^T A \mathbf{x} = \mathbf{x}^T A^T \mathbf{x} $ が成り立ちます。
テイラー展開の2次の項 $ \frac{1}{2} \Delta \mathbf{x}^T \nabla^2 f(\mathbf{x}) \Delta \mathbf{x} $ は、二次形式の定数倍($\frac{1}{2}$倍)として表現できます。ここで重要なのは、ヘッシアン行列 $ \nabla^2 f(\mathbf{x}) $ が対称行列になるという性質です。これは、例えば $\frac{\partial^2 f}{\partial x \partial y} = \frac{\partial^2 f}{\partial y \partial x}$ のように、微分の順序を入れ替えても結果が同じになる(シュワルツの定理)ことから保証されます。
この2次の項は、関数の「曲がり具合」(曲率)を表現します。具体的には:
- 2次の項が正の値をとる方向では、関数は上に凸な形状(⋃のような形)
- 負の値をとる方向では、下に凸な形状(⋂のような形)
- 正負が混在する場合は、鞍点(馬の鞍のような形状)
となります。この性質は、関数の最小値や最大値を見つける際の手がかりとして重要な役割を果たします。
ちょっとまって、関数ってベクトルで微分できるの?
勾配 (Gradient)
勾配は、多変数スカラー関数(つまり、複数の変数を持ち、一つの実数値を出力する関数)の一階偏導関数を各変数について集めたベクトルであり、関数の一次の微分情報を表現する基本的な概念です。
\nabla f(\mathbf{x}) = \begin{bmatrix}
\frac{\partial f}{\partial x_1} \\
\frac{\partial f}{\partial x_2} \\
\vdots \\
\frac{\partial f}{\partial x_n}
\end{bmatrix}
この勾配ベクトルは、関数の各点において、その点での最大の増加率を与える方向を指し示します。より正確には、任意の単位ベクトル $\mathbf{u}$ に対して、方向微分 $\nabla f(\mathbf{x})^T\mathbf{u}$ は $|\mathbf{u}| = 1$ の制約のもとで、$\mathbf{u}$ が勾配ベクトルの方向のときに最大となります。つまり、勾配ベクトルの方向に微小に進むことで、他のどの方向よりも関数値が最も急激に増加します。
ヘッセ行列 (Hessian)
ヘッセ行列は、スカラー関数の二階偏導関数を要素とする正方行列です。関数 $ f: \mathbb{R}^n \to \mathbb{R} $ のヘッセ行列は、各要素が二階偏導関数で構成される $ n \times n $ の行列として以下のように定義されます。
\nabla^2 f(\mathbf{x}) = \begin{bmatrix}
\frac{\partial^2 f}{\partial x_1^2} & \frac{\partial^2 f}{\partial x_1 \partial x_2} & \cdots & \frac{\partial^2 f}{\partial x_1 \partial x_n} \\
\frac{\partial^2 f}{\partial x_2 \partial x_1} & \frac{\partial^2 f}{\partial x_2^2} & \cdots & \frac{\partial^2 f}{\partial x_2 \partial x_n} \\
\vdots & \vdots & \ddots & \vdots \\
\frac{\partial^2 f}{\partial x_n \partial x_1} & \frac{\partial^2 f}{\partial x_n \partial x_2} & \cdots & \frac{\partial^2 f}{\partial x_n^2}
\end{bmatrix}
ラプラシアン (Laplacian)
ラプラシアンは、スカラー関数の各変数に関する二階偏導関数の和として定義される微分演算子です。ユークリッド空間上の関数 $f: \mathbb{R}^n \to \mathbb{R}$ に対して、ラプラシアン $\Delta f$ または $\nabla^2 f$ は以下のように定義されます。これは、ヘッセ行列の対角成分の和(トレース)としても解釈できます。
\Delta f = \sum_{i=1}^{n} \frac{\partial^2 f}{\partial x_i^2}
ここで、$ n $ は次元数を表します。ラプラシアンは関数がどのように平坦化するか、またはどのように極値を持つかを理解するのに役立ちます。
ヘッセ行列とラプラシアンの関係性は次のとおりです:
\Delta f = \text{trace}(\nabla^2 f)
つまり、ラプラシアンはヘッセ行列の対角成分の和に等しいです。
ヤコビアン (Jacobian)
ヤコビアンは、ベクトル値関数(複数の変数から複数の出力を持つ関数)の一階偏導関数を行列形式で表したものです。関数 $ \mathbf{f}: \mathbb{R}^m \to \mathbb{R}^n $ を $ \mathbf{f}(\mathbf{x}) = (f_1(\mathbf{x}), f_2(\mathbf{x}), ..., f_n(\mathbf{x})) $ とするとき、そのヤコビアン行列は各要素が一階偏導関数である $ n \times m $ 行列として定義されます。
J = \begin{bmatrix}
\frac{\partial f_1}{\partial x_1} & \cdots & \frac{\partial f_1}{\partial x_m} \\
\vdots & \ddots & \vdots \\
\frac{\partial f_n}{\partial x_1} & \cdots & \frac{\partial f_n}{\partial x_m}
\end{bmatrix}
この行列は、ベクトル値関数の各入力変数に対する局所的な線形近似を与えます。具体的には、各要素 $(i,j)$ は、$i$ 番目の出力が $j$ 番目の入力の変化に対してどの程度敏感に反応するかを表します。
スカラー値関数 $f: \mathbb{R}^n \to \mathbb{R}$ の場合、ヘッセ行列は勾配ベクトル $\nabla f: \mathbb{R}^n \to \mathbb{R}^n$ のヤコビアン行列として定義することもできます。つまり、$\nabla^2 f = J_{\nabla f}$ となります。この関係は、混合偏導関数の連続性(シュワルツの定理)により、ヘッセ行列が対称行列となることを保証します。
ニュートン法の適用
ニュートン法では、上記のテイラー展開を用いて、$ f $ の局所的な最小値を見つけるための反復式を導出します。具体的には、二次の項までを考慮して、次のように反復式を設定します。
\mathbf{x}_{\text{new}} = \mathbf{x} - [\nabla^2 f(\mathbf{x})]^{-1} \nabla f(\mathbf{x})
この式は、$ \nabla f(\mathbf{x}) = \mathbf{0} $ となる $ \mathbf{x} $ を見つけることを目的としています。この点が局所的な最小値となるためには、その点でのヘッセ行列が正定値であることが必要十分条件となります。ヘッセ行列が正定値でない場合、その点は鞍点や局所的な最大値である可能性があります。また、ヘッセ行列が特異(非可逆)な場合、ニュートン法の更新式は定義できません。
ニュートン法ってあの関数の根を求めるやつ?
はい、その通りです。一般的なニュートン法は関数 $g(x)=0$ の解を求めるアルゴリズムとして知られています。最適化問題におけるニュートン法は、この一般的なニュートン法を特別な場合として適用しています。具体的には、最適化問題では目的関数 $f$ の停留点(極値を取りうる点)を見つけるために、その勾配がゼロとなる点、つまり $\nabla f(\mathbf{x}) = \mathbf{0}$ を満たす $\mathbf{x}$ を求めます。これは $g(\mathbf{x}) = \nabla f(\mathbf{x})$ とおいた場合の方程式 $g(\mathbf{x})=\mathbf{0}$ を解く問題と同等です。ただし、最適化問題では得られた解がローカルな最小値であることを保証するために、ヘッセ行列の正定値性などの追加の条件が必要となります。
最小二乗法問題をニュートン法で解く
最小二乗法は統計学やデータサイエンスで広く用いられる方法です。この問題は連続最適化問題として定式化でき、ニュートン法を用いて解くことができます。特に、線形最小二乗問題の場合、目的関数が二次関数となるため、ニュートン法は1回の反復で厳密解に到達します。これは、二次関数の二次のテイラー展開が関数そのものと一致するためです。
最小二乗問題の目的関数 $f(\mathbf{x})$ は次のように定義されます:
f(\mathbf{x}) = \|A\mathbf{x} - \mathbf{b}\|^2
ここで、$A$ はデザイン行列、$\mathbf{b}$ は観測された出力ベクトルです。この関数を展開すると、以下の二次形式が得られます:
f(\mathbf{x}) = (A\mathbf{x} - \mathbf{b})^T(A\mathbf{x} - \mathbf{b}) = \mathbf{x}^T A^T A \mathbf{x} - 2\mathbf{b}^T A \mathbf{x} + \mathbf{b}^T \mathbf{b}
勾配とヘッセ行列
この関数の勾配とヘッセ行列は以下のように計算されます:
- 勾配(グラディエント)
\nabla f(\mathbf{x}) = 2A^T A \mathbf{x} - 2A^T \mathbf{b}
- ヘッセ行列:
H = 2A^T A
ニュートン法の更新式は以下のようになります:
\mathbf{x}_{\text{new}} = \mathbf{x} - H^{-1} \nabla f(\mathbf{x})
解の導出
ヘッセ行列 $H$ は定数行列 $2A^T A$ であり、これが逆行列を持つと仮定すると($A$ がフルランクの場合)、更新式は次のように単純化されます:
\mathbf{x}_{\text{new}} = \mathbf{x} - (2A^T A)^{-1} (2A^T A \mathbf{x} - 2A^T \mathbf{b})
\mathbf{x}_{\text{new}} = \mathbf{x} - \mathbf{x} + (A^T A)^{-1} A^T \mathbf{b}
\mathbf{x}_{\text{new}} = (A^T A)^{-1} A^T \mathbf{b}
ニュートン法の解と擬似逆行列
線形代数において、特に$A$がフルランクでない場合や方程式が過剰決定系の場合、最小二乗問題の解は擬似逆行列(ムーア・ペンローズ逆行列)を用いて表されることが一般的です。この擬似逆行列$A^+$は、$A$がフルランクの場合は$(A^T A)^{-1} A^T$と表されますが、一般的には特異値分解(SVD)を用いて計算されます。フルランクでない場合でも、SVDを用いることで数値的に安定した解を得ることができます。
A^+ = (A^T A)^{-1} A^T
ニュートン法による更新式から得られる解 $\mathbf{x}_{\text{new}} = (A^T A)^{-1} A^T \mathbf{b}$ は、上記の擬似逆行列の定義を使用して次のように再表現できます:
\mathbf{x}_{\text{new}} = A^+ \mathbf{b}
ヘッセ行列の逆行列と分散共分散行列
二次形式で表される関数の等高線は楕円体となり、その形状はヘッセ行列 $ \nabla^2 f(\mathbf{x}) $ の固有値と固有ベクトルによって決定されます。具体的には、固有ベクトルが楕円体の主軸の方向を、固有値の逆数が各軸方向の長さを決定します。このとき、ヘッセ行列の逆行列 $ (\nabla^2 f(\mathbf{x}))^{-1} $ は、確率分布における分散共分散行列と同様の役割を果たします。
多変量ガウス分布との関係
1. 関数の二次形式での近似
関数 $ f(\mathbf{x}) $ のある点 $ \mathbf{a} $ でのテイラー展開は以下のように表されます(ここでは2次まで展開):
f(\mathbf{x}) \approx f(\mathbf{a}) + (\mathbf{x} - \mathbf{a})^T \nabla f(\mathbf{a}) + \frac{1}{2} (\mathbf{x} - \mathbf{a})^T \mathbf{H} (\mathbf{x} - \mathbf{a})
ここで、$ \mathbf{H} $ は $ f $ のヘッセ行列(二階偏微分の行列)です。最適化問題などでよく使われるのは $ \mathbf{a} $ が極値(例えば最小値)である場合で、この時 $ \nabla f(\mathbf{a}) = \mathbf{0} $ となります。したがって、
f(\mathbf{x}) \approx f(\mathbf{a}) + \frac{1}{2} (\mathbf{x} - \mathbf{a})^T \mathbf{H} (\mathbf{x} - \mathbf{a})
2. 負の対数尤度関数としての表現
尤度関数 $ L(\mathbf{x}) $ を $ L(\mathbf{x}) = \exp(-f(\mathbf{x})) $ と定義します。このとき、$ f(\mathbf{x}) $ が上記のように二次形式で近似される場合、$ L(\mathbf{x}) $ の負の対数尤度 $ -\log L(\mathbf{x}) $ は $ f(\mathbf{x}) $ そのものとなり、
-f(\mathbf{x}) \approx -f(\mathbf{a}) - \frac{1}{2} (\mathbf{x} - \mathbf{a})^T \mathbf{H} (\mathbf{x} - \mathbf{a})
3. 正規化
正規化定数 $ C $ を使って、尤度関数の積分が1になるように調整します。$ C $ は次の積分の逆数として求められます:
C = \int \exp\left(-\frac{1}{2} (\mathbf{x} - \mathbf{a})^T \mathbf{H} (\mathbf{x} - \mathbf{a})\right) d\mathbf{x}
ガウス積分の性質から、$ C $ は $ \mathbf{H} $ の行列式 $ |\mathbf{H}| $ と次元に依存します。結果として、
C = (2\pi)^{n/2} |\mathbf{H}|^{-1/2}
4. 多変量ガウス分布
結局、次の式で示される $ L(\mathbf{x}) $ は、平均 $ \mathbf{a} $ と共分散行列 $ \mathbf{H}^{-1} $ を持つ多変量ガウス分布です:
$$ L(\mathbf{x}) = \frac{|\mathbf{H}|^{1/2}}{(2\pi)^{n/2}} \exp\left(-\frac{1}{2} (\mathbf{x} - \mathbf{a})^T \mathbf{H} (\mathbf{x} - \mathbf{a})\right). $$
多次元ガウス分布の一般的な形式は次のようになります:
$$ p(\mathbf{x}) = \frac{1}{(2\pi)^{n/2} |\Sigma|^{1/2}} \exp\left(-\frac{1}{2} (\mathbf{x} - \mu)^T \Sigma^{-1} (\mathbf{x} - \mu)\right). $$
ここで、平均 $\mu = \mathbf{a}$ とし、共分散行列を $\Sigma = \mathbf{H}^{-1}$ と置き換えると、上記の導出した式と一致します。このため、ヘッセ行列の逆行列が共分散行列と一致し、見慣れた多次元ガウス分布の形になります。
多次元ガウス分布は、簡単に $ N(\mu, \Sigma) $ と表すことができます。
1次元の場合
1次元の場合、関数 $ f(x) $ を点 $ a $ でテイラー展開し、負の対数尤度を考えると以下のようになります:
$$ f(x) \approx f(a) + \frac{1}{2} f''(a)(x - a)^2. $$
ここで、$ f''(a) $ は $ f $ の2階導関数です。負の対数尤度は次のようになります:
$$ -f(x) \approx -f(a) - \frac{1}{2} f''(a)(x - a)^2. $$
正規化定数 $ C $ を用いて尤度の積分が1になるように調整すると、以下のように積分の結果を得ます:
$$ C = \int \exp\left(-\frac{1}{2} f''(a)(x - a)^2\right) dx = \sqrt{\frac{2\pi}{f''(a)}}. $$
この定数を用いて、尤度関数 $ L(x) $ は次のように記述できます:
$$ L(x) = \frac{\sqrt{f''(a)}}{\sqrt{2\pi}} \exp\left(-\frac{1}{2} f''(a)(x - a)^2\right). $$
これは、平均 $ a $ と分散 $ (f''(a))^{-1} $ を持つ正規分布の形です。正規分布の一般的な形式は次のようになります:
$$ p(x) = \frac{1}{\sqrt{2\pi\sigma^2}} \exp\left(-\frac{(x - \mu)^2}{2\sigma^2}\right). $$
ここで、平均 $\mu = a$ とし、分散を $ \sigma^2 = (f''(a))^{-1} $ と置き換えると、先ほど導出した式と一致することがわかります。
2次元の場合
2次元の場合、関数 $ f(\mathbf{x}) $ は、点 $\mathbf{a} = (a_1, a_2)$ で次のように展開されます:
$$ f(\mathbf{x}) \approx f(\mathbf{a}) + \frac{1}{2} (\mathbf{x} - \mathbf{a})^T \mathbf{H} (\mathbf{x} - \mathbf{a}), $$
ここで、$\mathbf{H}$ は $ f $ のヘッセ行列(2階微分行列)です。この場合の正規化定数 $ C $ は次の通りです:
$$ C = \int \exp\left(-\frac{1}{2} (\mathbf{x} - \mathbf{a})^T \mathbf{H} (\mathbf{x} - \mathbf{a})\right) d\mathbf{x} = (2\pi)^{n/2} |\mathbf{H}|^{-1/2}. $$
この定数を使うことで、多変量ガウス分布(多変数正規分布) $ L(\mathbf{x}) $ は次のように表されます:
$$ L(\mathbf{x}) = \frac{|\mathbf{H}|^{1/2}}{(2\pi)^{n/2}} \exp\left(-\frac{1}{2} (\mathbf{x} - \mathbf{a})^T \mathbf{H} (\mathbf{x} - \mathbf{a})\right). $$
この式は、平均 $\mathbf{a}$ と共分散行列 $\mathbf{H}^{-1}$ を持つ多次元ガウス分布です。
多次元ガウス分布の一般的な形式は次のようになります:
$$ p(\mathbf{x}) = \frac{1}{(2\pi)^{n/2} |\Sigma|^{1/2}} \exp\left(-\frac{1}{2} (\mathbf{x} - \mu)^T \Sigma^{-1} (\mathbf{x} - \mu)\right). $$
ここで、平均 $\mu = \mathbf{a}$ とし、共分散行列を $\Sigma = \mathbf{H}^{-1}$ と置き換えると、上記の導出した式と一致します。このため、ヘッセ行列の逆行列が共分散行列と一致し、2次元でも見慣れた多次元ガウス分布の形が現れます。
最尤推定とニュートン法の関係
最尤推定は、与えられたデータに対して尤度関数を最大化することでパラメータを推定する統計的手法です。これは対数尤度を最大化すること、あるいは負の対数尤度を最小化することと等価です。この最適化問題を解くための効率的なアプローチの1つがニュートン法です。ニュートン法は、関数の2階微分情報(ヘッセ行列)を利用して、目的関数の2次近似に基づいて次の推定値を計算します。以下では、最尤推定とニュートン法の関係性に着目し、特に最尤推定値がニュートン法によってどのように得られるかを解説します。
平均ベクトルの推定
多変量正規分布のサンプル集合 $\mathbf{X} = {\mathbf{x}_1, \mathbf{x}_2, \dots, \mathbf{x}_m}$ に対する対数尤度関数は以下のように表されます:
$$ L(\boldsymbol{\mu}, \Sigma) = -\frac{mn}{2}\log(2\pi) - \frac{m}{2}\log |\Sigma| - \frac{1}{2}\sum_{i=1}^m (\mathbf{x}_i - \boldsymbol{\mu})^T \Sigma^{-1} (\mathbf{x}_i - \boldsymbol{\mu}). $$
この対数尤度関数を $\boldsymbol{\mu}$ について最大化するため、導関数を0に設定します。すなわち、
$$ \nabla_{\boldsymbol{\mu}} L = \Sigma^{-1}\sum_{i=1}^m (\mathbf{x}_i - \boldsymbol{\mu}) = 0. $$
この方程式は、ニュートン法の1回の更新ステップのように見えます。式を $\boldsymbol{\mu}$ について解くと、次のような算術平均で表される推定値が得られます:
$$ \hat{\boldsymbol{\mu}} = \frac{1}{m}\sum_{i=1}^m \mathbf{x}_i. $$
ここで、ニュートン法を適用するイメージでは、1回のステップでこの解に到達します。これは、平均ベクトルについての最尤推定が線形で簡単なためです。
共分散行列の推定
次に、共分散行列 $\Sigma$ について同様に対数尤度関数の導関数を0に設定します。
$$ \nabla_{\Sigma} L = -\frac{m}{2} \Sigma^{-1} + \frac{1}{2} \Sigma^{-1}\left(\sum_{i=1}^m (\mathbf{x}_i - \boldsymbol{\mu})(\mathbf{x}_i - \boldsymbol{\mu})^T\right)\Sigma^{-1} = 0. $$
この方程式を $\Sigma$ について解くと、共分散行列の推定値 $\hat{\Sigma}$ は以下のように表されます:
$$ \hat{\Sigma} = \frac{1}{m}\sum_{i=1}^m (\mathbf{x}_i - \hat{\boldsymbol{\mu}})(\mathbf{x}_i - \hat{\boldsymbol{\mu}})^T. $$
共分散行列の最尤推定は、対数尤度関数の2階導関数(ヘッセ行列)を用いた最適化問題として定式化できます。この場合、対数尤度関数は共分散行列に関して凸関数となるため、ニュートン法を適用すると大域的な最適解に収束することが保証されています。実際、共分散行列の最尤推定値は閉形式で表現できるため、ニュートン法を実行する必要はありませんが、理論的にはニュートン法による反復計算の収束点と一致します。
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混合ガウス分布と最尤推定の複雑性
混合ガウス分布は、複数のガウス分布の加重和でモデル化される確率分布です。これは、データが異なるガウス分布から生成されるという仮定に基づいています。数学的には、$K$個のガウス分布の混合で表され、各ガウス分布は特定の平均 $\boldsymbol{\mu}_k$、共分散行列 $\Sigma_k$、そして混合係数(混合比率を表す重み)$\pi_k$ を持ちます。混合ガウス分布の確率密度関数は次のように表されます:
$$
p(\mathbf{x}) = \sum_{k=1}^K \pi_k \mathcal{N}(\mathbf{x}; \boldsymbol{\mu}_k, \Sigma_k)
$$
ここで、$\mathcal{N}(\mathbf{x}; \boldsymbol{\mu}_k, \Sigma_k)$は平均 $\boldsymbol{\mu}_k$ と共分散 $\Sigma_k$ を持つ多変量正規分布の確率密度関数です。
最尤推定の問題点
混合ガウス分布のパラメータを最尤推定する際には、対数尤度関数を最大化する必要があります。この対数尤度は次のように表されます:
$$
L(\pi, \boldsymbol{\mu}, \Sigma) = \sum_{i=1}^m \log \left( \sum_{k=1}^K \pi_k \mathcal{N}(\mathbf{x}_i; \boldsymbol{\mu}_k, \Sigma_k) \right)
$$
この式での主な計算上の問題は、$\log$の中の和(log-sum-exp)です。これは以下の理由で計算が難しくなります:
- 数値的安定性: $\mathcal{N}(\mathbf{x}_i; \boldsymbol{\mu}_k, \Sigma_k)$が非常に小さくなる場合、数値的に不安定になることがあります。
- 導関数の計算: 各パラメータに関する導関数を求める際に、内部の和に対して外部の$\log$関数を微分しなければならず、これが複雑で計算コストが高くなります。
Log-Sum-Exp関数の有用性
一方で、log-sum-expは計算上の問題を引き起こす一方で、その数学的特性から非常に便利なツールとしても使用されます。特に、
-
Smooth maximum approximation: Log-sum-expは複数の値の中での最大値を「滑らかに」近似することができます。つまり、複数の項の最大値を取る代わりに、それらを柔軟に統合して一つの値にすることが可能です。これにより、最大値関数の微分不可能な点を避けることができ、最適化アルゴリズムで扱いやすくなります。
-
多峰性のモデリング: 混合ガウス分布のように、複数の異なる統計的集団を一つのモデルで表現する場合、log-sum-expはこれらの異なる分布を効果的に統合し、データの多峰性を自然に表現することができます。
このように、log-sum-exp関数は計算の複雑性を増す一方で、モデルの表現力と最適化の柔軟性を大きく向上させるため、統計学や機械学習で広く用いられています。