何かと話題の「鬱」という病気。近年、社会全体にも「誰でもかかる病気」「いつ自分がかかるか分からない」と認識されているように思います。
言うまでもないことかもしれませんが、鬱は決して他人事ではありません。ある日突然、自分が、あるいは家族が、友人が、同僚が、部下が鬱になってしまうことがあります。
特に、我々のいる IT 企業では、プレッシャーや責任感に耐えられず鬱になる人が多いように感じます。弊社も例外ではなく、昨日まで現場で元気に活動し、メンタルが強そうと思われていたメンバーが、次の日には鬱になってしまうこともありました。
───さて、その時が ”突然” やってきたとします。
あなたはとある案件のリーダーです。メンバーのひとりが鬱になって、休職を余儀なくされました。このとき、あなたが鬱になったメンバーにしてあげられることはあるのでしょうか。あるいは、何もしない方がよいのでしょうか。
もしかしたら「そっとしておけばいいんじゃないの?」という意見が多いかもしれません。ふむふむ、確かにそんな気もします。鬱の原因が仕事に起因しているのであれば、仕事から遠ざけて、ゆっくり休ませるのは直感的に正解な気がします。
今回は特別に2つの選択肢をご用意させていただきました。
①電話をせず、そっとしておく。
②電話をして、気にかけてあげる。
あなただったら、どちらを選びますか?
Kさんが鬱になってしまった
1年前、Microsoft 365 運用のお手伝いとして、とある大企業に常駐させていただいていた時の話です。運用メンバーは5人で、上司(部長)が1人、相談者(技術)が1人、ワーカーが私を含む3人でした。
ある日、ワーカーのひとりが鬱になり休職してしまいます。そのワーカーさんに名前をつけましょう。仮に「Kさん」とします。
Kさんの鬱の原因は「タスクの見える化」ができていないことによるタスクの肥大化でした。頑張っているのに評価されない、それどころか何もしていないように見える───こんなところです。
毎朝の朝礼で「今日はこれとこれをします」と言っていたのに、終礼で「これもこれも終わってません」→上司の「なぜ?」に詰められるのをほぼ毎日のように見ていました。
タスク管理表はありますが、いちいち書いてもいられない程度の小タスクが不定期にポコポコと湧いてくる現場だったので、「タスク管理の方法」に問題があるのはあきらかでした。
───とはいえ、今日はこれ以上「何が悪い」「誰が悪い」の話はしません。(だって、皆さんもその手の話題にはウンザリしているでしょう?)代わりに、鬱になったKさんに対する、部長の『神対応』に感銘を受けたのでその話をしようと思います。
Kさんは1ヶ月で復職してきた
休職したKさんに、正式に鬱病の診断が出たと「風のウワサ」で聞きました。その時に、1ヶ月休職をすることを知らされます。
私は過去、鬱で休職した人が復職したのを見たことがなかったので「このまま静かにいなくなるんだろうな…」と思っていました。
しかし、予想は裏切られました。
1ヶ月後、Kさんは復職してきたのです。
復職から1週間、Kさんの様子は以前と変わりませんでした。休職前と愚痴の内容も変わりません。「自分のタスクが消化しきれず辛い」「上司はタスクの重みが分かっていない」「ユーザーは簡単にやってくれと言ってくる」───まるで、1ヶ月前の光景です。
ちなみに、当たり前のように現場はなにも改善されていません。あいわらずタスクの見える化もできていません。Kさんが小タスクに追われることも変わっていません。むしろ、休んでいる間に溜まっている中タスクすらあります。
はて、これはいったいどういうことなのでしょうか。
上司は電話で「困った困った」言っていた。
Kさんが頑張れている理由、それを直接聞くことができました。
Kさんは本当に元気になったようで「あの時はちょっと頑張りすぎたかもね(笑)」と言っていたくらい軽やかな感じで、なんてことないように話してくれました。
どうやら、上司は1ヶ月間、3日に一度くらいのペースでKさんと10分程度の電話をしていていたようです。そして、上司は1ヶ月間ずっと ”困っていた” というのです。
(´・ω・`)
調整してくれてたBの件だけど、やっぱり君じゃないとうまくいかないみたいだ…代わりのメンバーが作業してくれてるけど、どうも効率が悪い。
(;´・ω・)
〇〇の件だけど、回答を延期させてもらったよ。こっちで頑張って人員調整しているけど、検証も調査もなかなかうまく進まなくてね。工数がかかって仕方がない。
(;゚Д゚)
QAがヤバいほど溜まってる。もしかして今まで個別チャットで対応してもらってた?窓口がパンクしてる。あと、問い合わせって英語でくることあるんだ。
(´;ω;`)
ユーザーに結構専門的なこと聞かれてて回答できないわ。”Kさんなら分かるはず”とか言われてるけど、Kさんいないし詰んでるわ。
マジでずーーーっとこんな具合だったというのです。
さらに、Kさんはこう続けました。
別に、休んでいる間も仕事や病気、心配ごとは頭から離れなかった。そういう意味では、電話のせいで会社のことを思い出して辛くなるなんてことはなかったかな。
逆に上司が3日に1度くらい電話をくれて、帰りを待っていてくれていることを暗に伝えてくれてたのはありがたかった。
多分、電話がなかったら「やっぱり私は不要なのか」「別にいなくても何も変わらないのか」そんな考えに押しつぶされてしまって、もっと気持ちが落ち込んでたと思う。
まだまだ続きます。
あと、「なんで来ないの?」「いつくるの?」「調子はどう?」などの質問系の電話が来なかったのも良かった。凄く安心できた。
そういえば、何の電話なのかってくらいなにも聞かれなかった、ただただ上司の話を聞くだけの、不思議な電話だったけど、興味を持ってもらっているのは素直にうれしかった。
上司は困ってたっぽかったけど「だからこれ教えて」とか「これどうなってた?」とかは聞かれなかったな…ホントになんで電話かけて来てたんだろ。
私は最初「思い切った電話したなぁ」と思いました。
こういう内容の電話を入れると、「いやいや、逆にプレッシャーやろ。自分がいないことで迷惑になってるって、気を使わせるやん!」と思ったからです。
若手社員(20~30代)は①を選ぶ人が多い
最初の選択肢を覚えていますでしょうか。
①電話をせず、そっとしておく。
②電話をして、気にかけてあげる。
これのことです。
私の感覚ですが、若手ほど①を選ぶ人が多いように思います。また、「自分が鬱になっても、電話されたくないわ。」とよく言います。
若手の考え
・仕事のことは、忘れさせてあげようよ。
・なんで電話かけるねん。ほっといてやれよ。
・どうせやめるやろ。復帰した人見たことないわ。
・ふつうに考えて復帰もしづらいだろ。もう諦めろよ。
弊社の、私の周りの場合ですが鬱の経験が浅い(自分がなったことも、周りの人がなったこともない。)若手ほどこんな話をコソコソしている印象です。
───逆に、おじさん世代の方の考えは私には分かりません。統括リーダーみたいな人が何を考えているかなんて、聞く機会もないからです。
ただ、部長職や、おじさん世代の人はよく鬱になってしまったメンバーに電話をしたり、面談の時間を作って会話しています。
もし、その電話や会話が、鬱になった人を救っているのだとしたら?若手社員の意見との対比が面白くないですか?
(まぁ、会社としても大事に育ててきた社員を失うのは単純な「損失」のはずなので、上から「会社に戻ってくるように働きかける」ような指示が出てるのかもしれませんが。)
なぜ「自己肯定感を高める」電話が効果的か。
少し話がそれました。つまりは「自己肯定感」の話がしたいです。
セクション名だけでも、なんとも「そりゃそうだろ。自己肯定感を高めることは大事だろ。」と思う人が多いと思います。結論、私は自己肯定感が『鬱の特効薬』だと思うワケです。
そもそも「なぜ鬱になるのか?」について、私は「自分なんていなくてもいいと思った人が鬱になっていく」と思っているからです。
これを分かりやすく書いてくれている方がいました。
今は、昔に比べて鬱病が増えた。その理由は、一つしかない。
それは、居場所を失った人が増えたからだ。「自分が生きる意味はあるのか? ……いや、ない」と絶望する人が増えた。だから、鬱病が増えたのである。
鬱病は「自分が生きる意味はない」という絶望を抱く人がかかる病気だ。
そして、そういう絶望は、職場や学校や家庭で抱かされる。つまり、集団の中で抱かされる。
その集団の中で、自分の居場所を見失うから抱くのだ。
例えば、会社で自分の居場所を見失う人がいる。
それは、会社の仕事が自分がいなくても問題なく円滑に回る、と分かるからだ。
病気で休んだとき、その会社の業績が傾いたら、誰も鬱病になどかからない。しかしほとんどの場合で、そういうことは起こらない。ほとんどの場合で、会社は誰かが休んだとしても円滑に回る。
出典:Books&Apps. (2019/1/23)
"「自分は世の中に必要のない人間だ」と気づいてしまった人が、うつ病になる。そんな人を救う方法について。"
https://blog.tinect.jp/?p=55493
また、多くの書籍でも自己肯定感の重要さについて触れられています。例えば、(私も異論ありませんが)最強クラスの自己啓発書と名高い、デール・カーネギーの『人を動かす(How to Win Friends and Influence People)』には次のように書かれています。
このような欲求は、たいていは満たすことができるものだが、一つだけ例外がある。この欲求は、食物や睡眠の欲求と同様になかなか根強く、しかも、めったに満たされることがないものなのだ。つまり、八番目の”自己の重要感”がそれで、フロイトの言う”偉くなりたいという願望”であり、デューイの”重要人物たらんとする欲求”である。
あなたの電話もひとりの鬱を救うことになる?
鬱の回復について調べてみたところ、「時間」+「治療」+「支え」の組み合わせが重要という情報がありました。具体的には以下のような対応が効果的だそうです:
・時間:環境を変える。ストレスを減らし、十分な休息を取る。
・治療:心療内科や精神科での診断と適切な治療を受ける。
・支え:自分の居場所を見つける。家族や友人、職場の理解を得る。
もし、「そっとしておく」という選択肢を取った場合、症状が自然に治ったように見えても、実際にはその人が会社以外の心のよりどころを見つけただけ、という可能性があります。
そうなると「別に会社を辞めても、こっちで生きていくわ。」という別の居場所をモチベーションに復活しただけであり、その場合、離職はさけられないでしょう。
ここで重要になるのが、会社からの連絡です。
(この記事でいうと、上司であるあなたからの電話です。)
ただし、単に電話をするだけでは不十分です。相手の自己肯定感を高め、職場での存在意義を感じさせるような内容が必要です。そうすることで、(誤解を与える言い方になってしまうかもしれませんが)会社に「繋ぎとめる」ことができるはずです。
私はこれまで、鬱になった人はもう終わりで「どうせ戻ってこないんだから、そっとしておくべき。」と思っていましたが、今は違います。
以上です。