日本人には、「反対意見」と「人格攻撃」を区別できない人が多いといいます。そのために、知識労働者に必要とされる「率直なモノ言い」が、そのままトラブルにつながります。
欧米でうまれた『心理的安全性(Psychological Safety)』という言葉が日本でも使われはじめて久しいですが、その本質を受け止めきれていない現場も多いようです。
次のような文化的背景があるからでしょう。
- 衝突を避ける
- 空気を読む
- 遠回しな言いかたが礼儀
このような文化のなかでは、欧米的な「率直なモノ言い」は攻撃的と受け止められやすいです。「反対意見=人格否定」と捉えるひとが多いのは、対立に慣れていない社会の問題なのです。
私も例にもれず、「率直なモノ言い」に戸惑うことがあります。
指摘をするのが苦手です。嫌われないかな。嫌に思われたりしないかな。気に病んだりしないかな。と思ってしまいます。「まぁ、別に指摘しなくてもいいか…」という思いが、首をもたげてきます。
ですが、じっさいの私は指摘をすることに躊躇がありません。
───それはなぜか? 「IMO」を伝えているからです。
「IMO」とはなにか?
「IMO」とは何か?
In My Opinion.
私だったら直すけど。
───のことです。
ソースコードのレビューをうけた人は見たことがあるかもしれませんね。コメントの前に「IMO」や「LGTM」、「NITS」などの略語をつけることがあります。コメントの意図をタグ付けすることで、指摘の意図を伝えることができるのです。
参考:Zenn.「コードレビューでよく見る略語(LGTM、IMO…)の意味、知ってますか?」(2024/10/18)- https://zenn.dev/chamo/articles/f2740957e10519
「Q」と「MUST」は、ふだんから使っているひとも多いのではないでしょうか。言うまでもなく、「Q」はシンプルな疑問、「MUST」は修正が必須という意味です。
上司からの指摘は「命令」ではない
上司「このコード、ここ変えてもいいかもね。」
ボク「分かりました!修正します!」
上司「ここの説明が足りないと思うんだけど。」
ボク「分かりました!追加します!」
上司「レビューしてコメント入れたから見といて。」
ボク「分かりました!修正します。」
私が新入社員だったころ、このようなやり取りは日常でした。上司からの指摘はどんなものであれ「対応してください。」という命令と同じだったのです。
それが、QUESTION(質問)なのか、OPINION(感想)なのか、MUST(指摘)なのか区別がつかず───もはや区別しようとも思っていなかったのかもしれません。上司の指摘には反論の余地がなく、私もそれに慣れてしまっていたのです。
しかし、私のそんな態度を見抜き、直すように指導してくれた上司がいます。今も尊敬するその上司はこう言いました。
😁しばらく(ソースコードやドキュメントの)レビューコメントに3つのタグをつけるようにします。「Q」「IMO」「MUST」です。
Qは質問です。回答してください。
IMOは感想です。参考にしてください。
MUSTは指摘です。必ず修正してください。
「IMO」は、あなたが 修正する/修正しない を判断してください。判断した理由は聞きません。ただ、自分の中で答えは持っておいてください。
あの頃、繰り返しトレーニングをしてくれた上司には感謝しかありません。
会話に「タグ」をつける
日本の職場で、建設的なコミュニケーションを活性化させるためには、この「IMO」のようなタグを有効活用することが大事だと考えています。
難しいことはなにもありません。
会話の最初に「これは議論です。」「これは意見です。」と伝えるだけです。これだけで、「相手がどんなボールを投げてきたか」が分かります。あとは同じ強さで投げ返してもらえばよいだけです。
「あいつはあまり否定されることになれていないから…」
「あの人はまず受け止めて欲しいタイプの人だから…」
このように、人によってことばを柔らかくしたり、対応そのものを変えるなど、管理側が疲弊する必要もありません。誰にでも同じボールを投げることができます。
多くの書籍や記事では、心理的安全性を確保するには:
- 「率直さ」を制度に組み込む(ルール化)
- 「意見」と「人格」を明確に区別する教育を行う
- 「率直さ」よりも「建設的さ」に焦点を当てる
などなど、こんなことが大事だと言われています。
これもタグをつければ解決できるでしょう。
「意見を聞きたいだけ。」
「否定しているわけではない。」
「議論をしたい。」
あらかじめ伝えるだけです。
管理側にも『心理的安全性』を
心理的安全性というと、コツは "怒らないこと" だと考えてしまう人がいます。相手に安心を与える、怒らない、詰めない、肯定することが大事だと思ってしまうようです。
そうして、「怖がらせないように、萎縮させないように。」と、指摘をやめてしまうのです。改善としては最悪です。(そもそも最初から怒っていません。)
しかし、効果があるように思い込んでしまうことがあります。
指摘をやめることで、レビューはうまくいった風になるためです。あまりまえです。指摘が減ると議論が短くなり、あたかもスムーズに終わったように見えます。
真に建設的なレビューには、会話や議論がつきものです。ふつうはレビューが長くなるはずです。よいレビューとは、早く終わるレビューではないはずです。
そもそも『心理的安全性』は、「このチームでは自分の意見や疑問を安心して発言できる」と感じられる状態のことを指すようです。
であればそれはレビュワー(管理側)にも適用されるはずです。このようなこと───「怖がらせないように、萎縮させないように。」───を考えている時点で、心理的安全性がありません。
メリットいろいろ
最後に、(レビューや会話で)「IMO」などのタグをつけることのメリットをまとめます。
①相手とのコミュニケーションが増えた。
「IMO」に対して、追加の質問をされることがあります。命令でないことがわかると議論がしやすいようで、向こうから積極的に会話を求められるようになります。
その場で、相手の考え方を理解することもできます。「こういう理由があって、今の書き方にしている。」→「なるほど、じゃあこうしたらもっと良くなるかも。」と、発展的な議論につながりやすいです。
不用意に相手を否定してしまうこともなくなりました。
②相手が防御的にならずに意見を受け止めてくれる。
「否定ではない」「批判ではない」ことをことばにする(確定させる)と、指摘が受け止めやすくなります。
ひとつ絶大な効果があり、それが「自分でもその指摘について深く思考してくれる」ということです。"改善の選択肢" として考えられるため、指摘がただの指摘として終わらず、次の議論に発展しやすいです。
③レビュワーである私がビビらなくてもいい。
レビュワーは相手を潰してしまわないように、萎縮してしまいがちです。特に「個人の好みもあるし、あまり言えないな。」「わざわざ指摘するほどでもないな。」など、荒波を立てない道を選んでしまうことで、積極的な議論が行われなくなります。
その場では言わなかったものの、あとからモヤモヤが大きくなったり、後悔することがあります。精神的健康によろしくありません。これも解消することができます。
④優先度が明確化された。
「Q」「IMO」「MUST」のタグを使うパターンはわかりやすいですね。「MUST」は必須対応なので、いちばん優先度が高いです。つぎに「Q」で、これは相手との会話が必要になるため、状況によっては「MUST」よりも優先度が高くなるかもしれません。
───みたいなことを考えられるようになります。
また、優先度から相手が「IMO」を直さなくても気にならなくなりました。じっさい、指摘した内容が直されないことは多々あると思っています。しかし、指摘した側の心理としては「せっかく教えてあげてるのに」と思ってしまいます。
なので、自分が「IMO」にしたのであれば、相手が直さなかったとしても自分を納得させる材料になります。少なくとも「いやいや、なんで直さんの?」という思い上がりをなくせます。
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日本人の「「率直なモノ言い」は攻撃的と受け止められやすい」文化は、これはこれでよいものだと思います。無理にかえる必要もないでしょう。
その代わりに、適応できるものを採用すればいいだけです。
そのひとつの案として、今回「IMO」などのタグを紹介させていただきました。多くを語られるテーマですが、「コミュニケーションの改善」という点において有効な手段だと思っています。
以上です。