この記事は、イベント「今年の転職活動で考えたこと・やったことを書き残そう」のキャンペーン記事だ。このイベントをみつけたとき、ずっと感じていたモヤモヤを吐き出すのにいい機会だと思った。
「転職活動すらしていない私が書いてもいいものか」
と思いもしたが、
「私と同じ状況のひとがいるかもしれない…とても少ないかもしれないけど、同じひとにだけ刺さればいい。」
そう思い、筆をとった。
内容についてはタイトルの通りだ。
転職はした方がいい?
今は大転職時代なのだろうか。
電車の広告は転職だらけだ。
ネットショップを見ていても、テレビを見ていても、YouTubeを見ていても、生活のところかしこに───プライベートで楽しんでいる時間にも───転職の広告があらわれる。
「転職しやすいらしいし、転勤や異動も少ないみたいだから IT 業界がいいな。」と言う高校生もいるらしい。「そいつだけだろ(笑)」と思われるかもしれない。そうかもしれない。
でもこんな世の中だ、私とて否定するつもりはない。夢をみるくらいはいいだろう。頑張れば楽園に行けるかもしれない。カイジみたいに地下帝国に行くことになるかもしれないが。
まぁ冗談はさておき、たぶん転職はした方がいい。
きっと、年収も上がるんだろう。
そんなこと、詳しくなくても分かる。一般ピーポーで、お金にあまり興味のない私ですらそれを肌で感じているのだから。
年収があがって嬉しくない人はいない。もしかしたら今は「乗るしかねぇ、このビッグウェーブに!」の状態なのかもしれない。
ただ、「たぶん」と表現しているのは、私が転職をしたことがないからだ。
それどころか、転職活動すらしたことがない。
なので念のため調べてみた。
やはりそうなのか、転職をした結果賃金が上がったという人が増えてきているらしい。2023年時点でこの増加率だと、たぶん2024年もこの傾向は続いているのだろう。もしかしたら今はもっと増えているのかもしれない。
出典:厚生労働省. “-令和5年雇用動向調査結果の概況-”(2024/8/27) - https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/koyou/doukou/24-2/dl/gaikyou.pdf
転職はすべきなんだろうな、と私は思う。
ただ、どうしても転職活動をはじめる気にならないのだ。
転職サイトに登録したけど
今年のはじめに、転職サイトに登録をした。
とてもやる気があったのを覚えている。「転職してみようかな」と思ってから、転職サイトへの登録も早かった。しかし、現在にいたるまでなにも活動をしていないのが現実である。
なぜ、転職サイトに登録もしたのに、転職活動をしていないのか。
私の中で、すでに理由とその原因については結論がでている。
理由は一つ。
単純に面倒になったから。
そして、その原因は、今の環境や生活を変えることは疲れてしまうからだ。
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妻に「別にあまり調べてなくてもいいでしょ(笑)。とりあえず登録してみたら?」と言われ、転職サイトに登録をした。
だが、次の日には「やり方が分からない」とサイトにログインしなくなった。
半年前にも「自分の市場価値くらいは知っておいてもいいかもね。」と、やんわり転職のきっかけとなる言葉をもらった。
だが、その場で「時間がない」と言ってしまい、それでおしまいだった。
我々は「面倒くさい」と言うと、だいたい「だらしない!」「ダメなやつだ!」という印象をもたれる。だから代わりの言葉を使う。(クソでか主語ですみません。)
これは自分にもウソをつくことになるが、認知的不協和を起こすために「自分がたんに面倒くさがったこと」に気が付けない。そして、あたかも別の理由があったかのように錯覚する。
私が妻に言った「やり方が分からない」「時間がない」も「面倒くさい」を言いかえているだけに過ぎない。なので、「やり方を教えるから!」や「時間のあるときにやればいいよ。」などと、あれこれ後押しをされても無駄だったのだ。
なぜ無駄なのかというと、この「面倒くさい」という怪物は、人間の活動を抑制する力がとんでもなく強いからだ。少なくとも、他人がとやかく言ったところで突破はできない。また、そもそも「面倒くさい」に対してはあらゆる解決策は無力化される。
ちなみに、「面倒くさい」の"力"を補足するため、とある研究で私が納得のできる説明がされていたので、それを合わせて紹介したい。
『めんどうくさい』は実際に行ってみて手間がかかるので不快だというニュアンスではなく、行う前に手間がかかりそうだと予想するニュアンスで、しばしば行為を行わない暗示がある。
出典:名古屋大学大学院 国際言語文化研究科. “「うっとうしい、わずらわしい、めんどうくさい」の意味分析” - https://www.lang.nagoya-u.ac.jp/nichigen/issue/pdf/12/12-02.pdf
しばしば行為を行わない暗示がある。
言いたいことはこれである。
軽い気持ちで「なんとなく面倒なんだよなー」と考えていたら痛い目をみる。「面倒くさい」というのは、もっともっと根の深い問題であり、私たちが思っている以上に行動を大きく制限してしまう要因なのだ。
なぜ「面倒くさい」と感じているのか。
なぜ私は「面倒くさい」と感じてしまうのか。これは上述しているとおり「今の環境や生活を変えることは疲れてしまう」からだ。
もしかしたら、みなさんの中に「つべこべ言わず、それくらい我慢してはよやれよ。」という人が出てくるしれない。なので先に書いておくが、これが解消されることは99%ない。これは私の性格にも関係する問題のため、解消するのが非常に難しいからだ。
───そもそも、私は変化を好まない。生まれてから約30年間「今あるものでやっていく」スタイルで生きてきた。多くを望まず、もし不満があっても「変えよう」とするより「受け入れていこう」としてきた人間だ。
だからなのか、”環境や生活の変化”にはひどくアレルギー反応をおこす。
変化についてあれこれ考えるのも面倒だ。今までやったことのないこと、知らないこと、分からないことを考えるのは特に疲れる。膨大なエネルギーが必要なのでやりたくない。
私が転職サイトに登録「だけ」はできたのにも納得している。だって、転職サイトに登録するだけではなにも変わらないから。そして、登録するだけならなにも考えなくていいから。
聞いたことのあるサイトを検索し、登録ページに言われるがままにメールアドレスを登録する。これだけの作業だからできた。
ただ、プロフィール作成とか、会社さがしはちょっと考えないといけない。
今の生活は変えたくないな。家から近いところで通勤できるといいな。出張とか異動がない会社がいいな。休日出勤とか残業は少ないほうがいいな。こういうことを考えながら会社を探さないといけないのも面倒くさい。
また、これは「年収は上げたいが、今の生活は変えたくない。」という結構無茶苦茶なことをいっているため、条件にあった転職先など簡単に見つかるわけもない。そんで「いいとこないなー、なんか面倒になってきたな、あーあ、やめようかな…」となる。
仮に、転職で年収アップが確定しているとしよう。それでも、私は今の環境や生活を変えてまで転職しようとは思わない。少なくとも年収アップ程度では「へぇ…(まぁ気が向いたら)」程度である。
そういえば、最近は妻からも転職に関係する話はめっきり出なくなったか。
妻は賢いからすぐに気が付いたのだろう。
本気じゃない人に何を言っても無駄ということに。
「面倒くさい」は突破できない
もう伝わっているかもしれないが、念のためにこれも書いておく。
この「面倒くさい」は、1つ極悪な特性を持っている。それは「やる気」だけではこれを突破することはできないということだ。
そして、この面倒くさいを唯一突破することができるシルバー・バレット、それは「向上心」である。
───だが、これまでの話でお分かりいただいているとおり、私には向上心もない。「私は変化を好まない」といったが、それは「いまをより良くしよう」をいう想いも含まれる。
なんなら「いまをより良くする」などの向上心は持ったことがないと言っても過言ではない。いつだって私は今ある環境、今あるリソースだけでうまいことやってきたつもりだ。(むしろそっちのスキルは高いかもしれない。)
そんなわけで、向上心もなく、面倒なことから逃げたい私は転職活動をはじめられずにいる。
今もダラダラとQiitaを書いている。
大した成果も出していないクセに、発信していれば「いつか誰かが私を助けてくれるかも」なんて他人任せで可能性ゼロでろくでもないことばかりを考えている。
いつか、きっと。
とはいえ、「面倒くさい」から逃げつづける日々…本当にこれでいいのだろうか、とも思う。
これはまごうことなく”自分の人生”である。
30年も生きていれば、「面倒なことは必ず発生する」ことは分かっている。だったら、30年分の充電を使ってちょっと頑張ってみてもいいんじゃないか?
なぁに、なにもいますぐ転職をしようというわけではない。「これは面倒なことなんかじゃない」と、そう慣らしておけばいい。
───と、ふつうの人ならここで転職活動をはじめてハッピーエンドになるのだろうが、私の場合はそうもいかない。人は簡単には変われないのだ。
「いつか、きっと…」
そうつぶやき、ドラゴンクエスト6を開く。
「あ、そうだ。はやく僧侶をきわめてパラディンに転職しないと。転職なんてやったもん勝ちなんだから。」
P.S. ひさしぶりにオーディエンスを置きざりにする完全なポエムを書きました。楽しかったです。