はじめに
Metaps Advent Calendar 第 24 日目の記事です。
(多分) 何を書いても良いということで、年末年始に読みたい SF 小説と題して、過去に読んだことのある SF 小説から 3 作選び、それぞれについて紹介したいと思います。
1. 変数人間 - フィリップ・K・ディック
変数人間は『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』 で有名なフィリップ・K・ディックが書いた 1953 年出版の短編 SF 小説です。
ページ数は文庫本サイズで 130 ページほどで、あまり概念的な描写はないため SF 小説を読んだことがないという方におすすめです。
SF 小説に度々見られる「科学者 vs 官僚」の構図がとても面白く、あらゆることが予測可能となった時代に過去から現れた一人の人間 (= 変数人間)によって予測ができなくなり、物語が行き着く間もなく進みます。
時は 2136 年の話です。
ケンタウルス系 (= プロキシマ・ケンタウリ)と呼ばれる太陽系とは別の系と地球軍は戦争間際の状態にあるところから始まります。
ケンタウルスは地球よりも古く、現段階で地球軍よりも力を持っていたけれども古いだけに活力は乏しいようです。
地球のテクノロジーがケンタウルスに追いつき追い越す日は近く、そのため「いつ開戦するか」という判断はとても重要でした。
その判断をするために SRB コンピュータと呼ばれる統計的確率を出力するコンピュータを使用していました。
なぜなら、このコンピュータによって正確に勝率が予測可能であったからです。
24 : 18 でケンタウルスの有利, その 1 ヶ月後には 21 : 17 とケンタウルスの優勢ではあるが確実にその差は縮まっていきます。
地球軍の軍事設計局部トップの超一流科学者シェリコフはイカロスと呼ばれる新兵器の開発をしており、その開発は大詰めを迎えていました。
イカロスは光速を上回る爆弾で、光速と等しくなった瞬間に消失するため探知することも阻止することもできないという特徴があります。(= ローレンツ収縮 [以下公式])
\displaylines{
(動いている物体の長さ) = \
(静止時の物体の長さ) \cdot \
\sqrt{1 - \left(\frac{物体の速度}{光速度}\right)^2}
}
シェリコフはイカロスの開発にあと最大 10 日かかると見積もっていました。
ラインハート公安長官は SRB コンピュータにそのデータを含んで計算させると 6 : 7 で地球の有利という結果が算出されるやいなや、評議会が開かれて様々な議論の結果この機を千載一遇のチャンスと捉えて開戦することが承認されました。
その矢先に歴史調査局のタイムトラベル装置が帰還すると 20 世紀初頭の謎の男コールを持ち帰っていたことが発覚します。
さらに謎の男コールは逃走をしています。
この事件は SRB コンピュータに何の影響も与えないとラインハートは考えていましたが、この事件のデータが入力されると SRB コンピュータは次々とケンタウルス有利の数値や地球有利の数値を出力し、やがてモニターが空白となりました。
この事件について SRB コンピュータは処理することができなかったのです。
つまり、謎の男コールはこの時代の変数人間として存在することに。
すぐさまラインハートはコールを抹殺する命令を出しました。
他方で、新兵器イカロスにはたった 1 つの障害が残っており、シェリコフは頭を悩ませていました。
その障害は適切な瞬間にイカロスを亜光速に戻すために必要な中央制御タブレットにありました。
このタブレットの配線には肉眼では見えない極微な工具とリード線を使用するため綿密な作業が必要とされます。
人間よりも器用な作業ロボットでさえこの作業は難しい、、、
逃走中のコールが修理した映話機が報告され、それを見たシェリコフはコールの腕にイカロスの障害解決の可能性を見出します。(過去の時代でコールはよろず修理屋として働いていた)
シェリコフはコールを生かすべきだと考えますが、ラインハートは抹殺すべきだと考えます。
コールの行末は、イカロスの開発の行末は、地球軍とケンタウルスの戦争の行末は、、、
という感じです。
2. スノウ・クラッシュ - ニール・スティーヴンスン
スノウ・クラッシュは「メタヴァース」という語を生み出したことで知られる 1992 年出版の SF 小説です。
個人的な話ですが 2022 年に重版された時にすぐ買った思い出があります。
それまでどこの書店にも置いておらず Amazon では確か中古で 8000 円くらいで売られていて、当時学生だった私は買うことができず、重版が決定され書店に並んだスノウ・クラッシュを見て心の中でガッツポーズをしました。
スノウ・クラッシュは上下巻に渡っていて分量多く 1 回しか読んでいないのと 2 年弱くらい読んでいないのが相まってあまり内容を覚えていない、、、(年末読みます)
ということで、強烈に覚えているエピソードを紹介します。
主人公ヒロの元恋人のジャニータはヒロと共にブラック・サンという会社でアヴァター作りの仕事をかつて共に行なっていました。
ヒロは身体を、ジャニータは顔を担当していました。
ジャニータが顔を担当したのは、アヴァターに顔など重要ではないと誰もが思っていたからです。
自分は賢いから性差別なんかしないと信じきっているテッキーの男たちによるたちの悪い性差別です。
しかし、結果的にブラック・サンが軌道に乗ることができたのは、まさにジャニータが開発した顔のおかげによるものでした。
なぜなら、メタヴァース上でも表情を汲み取った商談を可能にさせたからです。
メタヴァースにおいて (特に日本人のビジネスマンにとって) 話の細かいニュアンスは翻訳によって削ぎ落とされるため、相手の表情から相手が何を考えているかを知ることは非常に役立つ情報だったのです。
このエピソードから、瑣末だと思われた機能がビジネスインパクトを生み出す可能性や、市場に未だ存在しない新しいプロダクトにおいてどのような機能によってどのような価値をユーザーが感じるのかは未知数であることや、機能を考える上で思い込みは良くない、というようなことを考えたりします。
あからさまに差別的な理由で振られた仕事に対しても、表情の細部まで拘って開発したジャニータの姿勢も好きです。ジャニータを取り巻く当時の環境は嫌いですが。
3. 量子宇宙干渉機 - ジェイムズ・P・ホーガン
量子宇宙干渉機は 1996 年に出版された量子力学の多世界解釈に基づく SF 小説です。
弊社メタップスグループで行っている社内外含めたオープンな交流の場として、業務で使っている知識、技術を紹介し、共有する会である Meta p.s. で、今年の 6 月に開催された「量子コンピューター超入門」でファシリテーターを務めたことをきっかけに再読した小説です。
多世界解釈 (= パラレルワールド)って想像するだけでわくわくが止まりませんよね。
1 世界に 1 人の自分がいるわけですから、「存在とは何か」「意識とは何か」などそのような問いが散りばめられているのも好きなポイントです。
また、最初に紹介した変数人間と同様に「科学者 vs 官僚」の構図が面白いです。バチバチです。
国防総省の極秘プロジェクトとして始まった量子コンピュータ QUADAR 。
QUADAR によって多世界の任意の世界へ自分の意識を移動させるこのプロジェクトでは、学者と官僚の両者の思惑が渦巻きながら実験が進んでいきます。
このプロジェクトのモチベーションは端的に言うと、他世界での失敗や成功を知れれば自分たちの世界では失敗を回避でき、うまくいく選択肢を選ぶことができる、というところにあります。
実験を進める中で他世界への転移が成功し、多世界には自分の世界との「距離」があることが判明していきます。
近い世界ではそれほど変わらない自分という存在や出来事が起こる中で、遠い世界では自分の名前、年齢、容姿や職業はまるで異なりその世界の歴史も自分の世界とは異なっています。
その発見から QUADAR の次の課題は、意図した世界へ転移する方向制御となります。
方向制御の実験を進めようとした矢先に対立が生まれます。
政府側の人間は量子コンピュータ QUADAR を軍事利用したいため、遠い世界への転移の実験はコストの無駄と考えます。
なぜなら、遠い世界は自分たちの世界とは全く異なり全く参考にならないからです。
しかし、学者にとって遠い世界へ転移するということは研究の対象であり、わざわざ距離を制限する意味がなかったのです。
数理生物物理学者のシャンドウィッツの提案によって、業務時間は政府の指示に従い、それ以外では許可を受けず極秘に自分たちのやりたい実験、遠い世界への転移を実験を行うことにしました。
結果的には遠い世界への転移の実験から生まれたアイディアによって方向制御が可能となるわけです。
ここまでが小説の前半で、後半からはさらに物語が加速して著者の政治に対する思想的な部分も明確になっていきます。
おわりに
開発も面白いし SF 小説も面白いです。