はじめに
コンピュータネットワークの概念提唱からインターネット誕生までに生まれた数々のネットワークをまとめた。
概念の提唱
- BBNテクノロジーズ(後にARPAのIPTOの部長)のJ・C・R・リックライダー氏が60年代初期に現在のコンピュータネットワークの基礎となる概念を提唱した
- 1960年の論文「Man-Computer Symbiosis」
- 1962年のウェルデン・クラーク氏との共著論文「On-Line Man Computer Communication」
- 1963年にARPAのIPTOの助成機関宛に送ったメモランダム「Memorandum For Members and Affiliates of the Intergalactic Computer Network」
- それまでは電話のような回線交換方式が主流だったため、革命的なアイデアだった
最初期の実験
- J・C・R・リックライダー氏が1964年にARPAのIPTOの部長を退いた後、彼の部下であったアイバン・サザランド、ロバート・テイラーが1965年にネットワークの実験を行う
- 実験自体は失敗したが、これが後のARPANETへと繋がっていく
- ちなみにこの実験は以下の三拠点を接続するという内容だった
- サンタモニカのSDC(System Development Corporation)
- UCバークレーのProject GENIE
- MIT
Mark I
- 1965年に提案、1970年に設計・構築が行われたNPL(イギリス国立物理学研究所)で使用されたネットワーク
- 「パケット交換」という用語の名付け親であるドナルド・ワッツ・デービス氏が提案・設計・構築に携わった
メリット・ネットワーク
- 1966年にMichigan Educational Research Information Triadとしてミシガン州の3つの公立大学でコンピュータネットワークを研究し、ミシガン州の教育や経済の発展に寄与することを目的として創設
- ミシガン州とNSFが資金援助を行った
- 後にTymnetやTelenetとも接続している
- NSFが関わったこともあり、後のCSNET(NSFNET)にも繋がっていくこととなる
ARPANET
- 1967年、ARPA(現DARPA)の資金援助によりプロジェクトが発足
- 設計はドナルド・ワッツ・デービス氏とローレンス・ロバーツ氏によるものだとされている
- いくつかの大学と研究機関によって構成されていた
- 1969年の運用開始時は以下の4拠点から構成されていた
- UCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)
- SRIインターナショナル(旧スタンフォード研究所)のARC(オーグメンテーション研究センター)
- UCSB(カリフォルニア大学サンタバーバラ校)
- ユタ大学
- 1972年には国際間接続も実施され、北大西洋条約機構(NATO)加盟国のイギリスとノルウェーにも拡大された
- 1969年の運用開始時は以下の4拠点から構成されていた
- ルータの原型となるIMP(Interface Message Processor)や、TCP/IPの原型となるNCP(Network Control Program)が開発された
- ARPAが資金援助をしていたこともあり、しばらくの間は研究用と軍事用のネットワークが混在していたが、1983年に軍事部門がMILNETとして分離された
- 1990年にNSFNETが発展したこともあり、役目を終える
ALOHAnet
- 1970年にハワイ大学が開発したネットワーク
- 低価格のアマチュア無線のようなシステムを使ってキャンパス間のネットワークを形成するものだった
- ARPANETは有線で繋がった二点間の通信で構成されていたが、ALOHAnetでは全ノードが同じ周波数帯で通信を行うため、媒体アクセス制御の必要性が明らかとなり、これは後に無線LAN等における通信にも影響を与えている
- 1972年にはARPANETとも接続している
- ちなみにこれはARPANETに他のネットワークが接続された初めての例である
Tymnet
- 1971年に構築
- 2004年に終了
CYCLADES
- 1970年代初期に構築され、1973年に公開された
- ARPANETとは異なる設計を模索すべく構築された
- データグラムやエンドツーエンド原理という概念を取り入れ、初めてネットワーク自体ではなくそこに接続されたホストがデータの信頼性に責任を持つという方針を採用し、このコンセプトは後にTCP/IPにも取り入れられた
- ルイ・プザン氏を中心に構築された
- フランス政府が出資し、IRIA(現INRIA)がその調整役をつとめた
- 1981年、CYCLADESはTranspac(後述)と競合するということで資金援助を打ち切られ終了
Mark II
- 1973年に構築されたネットワーク
- Mark Iの後継
- 1986年まで成長を続けた
PACNET
- 1973年に構築されたネットワーク
- NASAのATS-1と呼ばれる衛星を用い、ハワイ大学、NASAのエイムズ研究センター、アラスカ大学、東北大学、電通大、シドニー大学の間を接続した
SERCnet
- 1974年、イギリス国内の学術機関をColoured Book protocols(後に標準化されX.25となる)で接続するネットワーク
- 「Science and Engineering Research Council」でSERC
Telenet
- 1974年に構築
- Telnetではないことに注意
- 後にSprintに買収され、Sprintnetという名前に変わった
N-1ネットワーク
- 1974年に誕生、1981年に正式運用開始
- N-1は「日本一号」という意味らしい
- 東京大学、京都大学のコンピュータを電電公社(現NTT)が開発していたDDX-TP(Digital Data eXchange Telephone Packet)を利用して接続することを目標としていた
- 2000年問題への対応を契機に1999年末で終了した
Transpac
- 1976年にフランス郵政・電信・電話省(PTT)がX.25に準拠したネットワークとして構築した
IPSS
- 1978年に構築された
- 「International Packet Switched Service」でIPSS
- イギリス郵政省、ウエスタンユニオン、Tymentの三者が共同で構築した国際的なネットワーク
- 90年代には世界規模のネットワークを提供していた
UUCPNET
- 1979年に誕生
- UUCP(Unix to Unix Copy Protocol)を用いたネットワーク
- UUCPではバケツリレーの要領でパケットが転送される
- 1980年にはUUCP上でネットニュースを配送するUsenetというシステムが誕生する
CSNET
- 1981年に運用開始
- 「Computer Science Network」でCSNET
- NSF(米国科学財団)からの資金援助によって誕生
- 利用規約等の制限からARPANETを直接利用できない組織のネットワーク接続を行うために作られた
BITNET
- 1981年にIBMのメインフレームを利用する研究者を接続するネットワーク
- 「Because It's. Time Network」でBITNET
- ニューヨーク市立大学(CUNY)とイェール大学を接続する目的で開始した
- UUCPに似た独自のプロトコルが用いられていた
- 最盛期の1991年には500組織3000ノードに到達した
- CREN(Corporation for Research and Educational Networking)がサポートしていた
- 1996年にサポートが終わり、個々のノードが抜けてゆくに従いネットワークは分裂されたが、2007年時点でインターネット上でBITNET IIを使用するユーザが数人観測されている模様
SPAN
- 1981年に誕生
- 「Space Physics Analysis Network」でSPAN
- NASA関連の研究を行う科学者を支援するために構築された
- DECnetと呼ばれるDECが開発したプロトコル群を使用していた
EUnet
- 1982年にヨーロッパで生まれたネットワーク
- オランダ、デンマーク、スウェーデン、イギリスの四カ国を結んだ
MILNET
- 1983年にARPANETから分離されたことにより作られたネットワーク
JANET
- 1980年初頭に計画が始まり、1984年に稼働開始
- SERCnetを拡張する形で誕生した
- その後もJIPS(Janet IP Service)やSuperJanet(いくつかのバージョンが存在する)等も提供された
FidoNet
- 1984年にカリフォルニア州サンフランシスコのトム・ジェニングスが非商用ネットワークとして開始した
- 主に草の根BBS間を結ぶネットワークとして使用された
- 草の根BBSの減少に従い、規模が縮小した
CERNET
- 1984年に誕生
- CERN(欧州原子核研究機構)の所有するコンピュータを接続するためのTCP/IPによるネットワーク(イントラネット)
- 1988年までは外部との接続に非互換なプロトコル群を使用していたが、1989年頃から外部との接続にもTCP/IPを使用するようになった
HEPNET-J
- 1984年に開始
- 「High Energy Physics NETwork - Japan」でHEPNET-J
- KEK(文部省高エネルギー物理学研究所、現高エネルギー加速器研究機構)、筑波大学、東京大学、東京農工大学、京都大学、広島大学、名古屋大学、中央大学の7つの大学を接続したネットワーク
JUNET
- 日本の学術組織を中心として構成されたネットワーク
- 1984年に村井純氏が個人的な用途で慶應大と東工大を接続したことから始まり、最終的に700の機関を結ぶこととなる
- UUCPを使用するネットワークでメールやネットニュースに使用され、ここでJUNETコード(後のJISコード)が生まれる
- 1985年にはUUCPNET、1986年にはCSNETと接続
- 当時はKDD研究所(現KDDI総合研究所)が提供する国際接続実験サービスを共用する形で提供していた
- しかし海外のネットワークと無償で接続するとKDD法に違反するとされ、有償提供するための国際科学技術通信網利用クラブ(InetClub)が1987年に設立され、これは日本初の国際ISPとなった
- 会長は村井純氏の上司でもある石田晴久氏だった
- 1991年に役目を終え、一部の機能はJPNICに移管された
- JUNET終了後は他のネットワークに移行することが困難な組織向けにJUNET協会が設立されたが、こちらも1994年に解散している
BITNETJP
- 1985年に東京理科大学とニューヨーク市立大学(CUNY)を接続したネットワーク
- これにより、日本がBITNETへ参加できることとなった
ESnet
- 1986年に誕生
- 「Energy Sciences Network」でESnet
- エネルギー省(DOE)が構築した
- いくつかのバージョンが存在する
NSN
- 1980年代中頃に構築
- 「NASA Science Network」でNSN
- 世界中の宇宙科学者、データを相互接続した
- 後にCSNET、ESnetと接続しており、TCP/IPに基づく初めてのWANとなった
NSFNET
- 1986年にCSNETの置き換えとして構築され、主にネットワークのバックボーンとして活躍した
- 1995年には商用のISPがバックボーンを代替するようになり引退
学術情報ネットワーク
- 1987年に誕生
- NACSISネットワークとも呼ばれた
- 学術情報センター(NACSIS、現国立情報学研究所)により、研究組織間での学術情報の提供を目的として運用開始
- 後継のSINETには複数バージョンが存在し、2022年現在はSINET6が最新となっている
UUNET
- 1987年に設立
- ボランティアによって運営されているノードのUsenetや電子メールによる負荷を低減するために提供開始
- ちなみにUUNET(UUNET Technologies)は世界初の商用ISPだった
- 大規模なSPAM送信業者に利用されていた
- 1996年にWorldcomに買収された後、2001年に全米歴代2位の経営破綻によりベライゾン・コミュニケーションズに買収された
- ちなみに1位はリーマン・ブラザーズ、3位はエンロン
JAIN
- 1988年に開始
- 「Japan Academic Inter-university Network」でJAIN
- 研究目的の大学間ネットワークで、学内LAN同士を繋いでいた
WIDEインターネット
- 1988年のWIDEプロジェクトが発足後、実験用のネットワークとして構築された
- ちなみに1985年に前身の組織であるWIDE研究会が発足している
- 1991年にはBITNETと接続している
INSネット
- 1988年に提供開始
- NTTが世界初のISDN網の提供を開始
- 2回線同時に使用できるという特徴がある
- インターネットと電話を同時に使える
- 64kbps x 2回線で128kbpsで通信できる(PPP Multilink Protocol)
- Bフレッツ登場後はNGN(Next Generation Network)に取って代わられた
- 現在はIOWN(Innovative Optical and Wireless Network)もホットなトピックである
NSI
- 1989年に開始
- 「NASA Science Internet」でNSI
- DECnetに基づくSPANとTCP/IPに基づくNSNが接続された
- 世界初のマルチプロトコルのWAN
AARNet
- 1989年に開始
- 「Australian Academic and Research Network」でAARNet
- オーストラリアの教育機関と研究機関を接続した
- AARNet1からAARNet4までの世代が存在するが、このうちAARNet1は1995年にTelstraに譲渡された
- 非営利団体のAARNet Pty Ltdが運営しているが、現在はNERN(National research and Education Network)の一部である
TISN
- 1989年に開始
- 「Todai International Science Network」でTISN
- 東大国際理学ネットワークとも呼ばれている
- 国の予算等で活動を行う研究機関や企業、地方自治体や特殊法人等に対する科学技術の研究を支援するネットワーク
NIPRNet
- 1980年代にMILNETを置き換える形で作られた
- 「Non-classified Internet Protocol Router Network」でNIPRNet
- ニパーネットと読む
- 「取り扱い注意だが機密扱いではない」情報を内部の利用者間で交換するために存在する
- DOD(アメリカ国防総省)の所有するルータで構成され、DISA(アメリカ国防情報システム局)が管理している
- ちなみにSIPRNetやNIPRNetをまとめてDISN(Defense Information Systems Network)と呼ぶ模様
SIPRNet
- 1980年代にMILNETを置き換える形で作られた
- 「Secret Internet Protocol Router Network」でSIPRNet
- シッパーネットと読む
- アメリカ国防総省で使用されているネットワーク
- 非公開(Classified)のうちセキュリティレベル2の極秘(Secret)以上の情報を扱える
- ちなみにSecret以上の閲覧権限を持つ人間は400万人いる模様
JWICS
- 1980年代にMILNETを置き換える形で作られた
- 「Joint Worldwide Intelligence Communications System」でJWICS
- アメリカ国防総省で使用されているネットワーク
- 非公開(Classified)のうちセキュリティレベル3の最高機密(Top Secret)以上の情報を扱える
TECHNET
- 1990年にシンガポールで構築されたネットワーク
TUNET
- 1991年に中国初のTCP/IPのネットワークとして清華大学が運用開始
- インターネットとの相互接続は1994年となる
Clear Channel Satellite
- 1997年に提供開始
- アフリカ初のTCP/IPの衛星通信のネットワーク
RIPRNet
- 2007年のイラク戦争において、アメリカと連合軍が使用するためにイラクに設置されていたネットワーク
- 「Radio over Internet Protocol Routed Network」でRIPRNet
- IP上で無線通信を行えるものだった
インターネット
- 「ここからがインターネット」といった明確な区切りはない
- 「internet」という用語の初出は1974年に発行されたRFC 675の「SPECIFICATION OF INTERNET TRANSMISSION CONTROL PROGRAM」で「internetworking」の省略形として扱われた
- ちなみにRFC 675はTCPに関する最初のRFCである
- それ以降、TCP/IPを採用したネットワーク群を世界規模で接続する概念としてインターネットが提唱され始める
- 元々ARPANETにCSNETやNSFNETが接続され拡張されてきたネットワークだったが、商用のISPの興隆によって徐々に置き換えられていき、1995年にはインターネットの商業化が完了した
余談
- アメリカの軍用ネットワークは系譜が複雑で数も多く情報が少ないことから調べきれなかった