はじめに
Qiitaは本来技術的なお話をするところかなと思いますが、アドベントカレンダーの最終日ぐらい分野外の消える魔球でも許されるに違いない!と判断しましたので、今回は「技術そのもの」について考える技術哲学のお話を少しだけお届けしようと思います。私からのクリスマスプレゼントです
技術哲学とは
そもそも技術哲学ってなんだ?というところから説明します。技術哲学とは、哲学の一分野として、技術的な人工物やプロセスの性質、意義、倫理的意味などを探究する学問です。哲学は世界の万物を学問の対象にしているので、技術も例外ではないわけですね。ある技術がどのように機能しているかだけでなく、技術が人間社会や文化にどのような影響を与えているのか、影響を受けているのかを理解するところまでがスコープです。技術哲学は、技術そのものの性質を理解するとともに、技術がもたらす問題や可能性に対して原理的かつ批判的な視点を提供することを目的としています。これによって、技術の発展がより良い方向へ進むための指針を探ることが目指されます。
なぜ技術哲学が必要か
現代社会を自律的な個人として生きるために必要なことだからです。何を言っているのか意味不明だと思うので、順を追って説明します。
私たちが生活を送る上で、技術はなくてはならない存在である、というのは自明になりつつありますよね。スマートフォンなしの生活は考えられない、という人も多いと思います。そのような技術の存在に頼っているのは社会全体も同じで、仕事をする上でも、また余暇の時間を過ごす上でも、今や技術が関与しない生活はありえません。
不可視なままの技術
技術は現代社会にとって不可欠ではありますが、みなさんは普段の生活でその存在を意識することはあるでしょうか?何気なく車に乗ったり、本を読んだり、スマホを見たり、具合が悪くなったら病院に駆け込んで処置を受けることもあるでしょう。そこに技術を感じ、毎度思いを馳せることはあるのでしょうか?(自分の関わる分野の技術に毎分毎秒思いを馳せること、それは職業病と呼んだりしますよ!)
技術は現代社会において当たり前に存在し、私たちは数多の技術の恩恵を受けて生活しながらも、それを問いの対象とすることはほとんどありません。もちろん、技術が意識され、考察の対象となることもあります。技術に関して何か問題が生じたとき、たとえば、ある技術に無視できない脆弱性が発見されたり、新しい技術が社会へ与える影響に懸念が生じたりするときがそうです。そのような場合、技術は社会的に関心の的となります。チクチクするセーターを着る時は、そのセーターの存在が意識され、時にはそれのことしか考えられなくなるほどですが、普通の服を着ている時に、「俺は服を着ているぜ!」と常に思い続ける人はほぼ存在しないのと一緒です。
何も問題が起こっていなければ、当たり前のこととして特段意識することなく生活を送るわけです。
文明社会の野蛮人
スペインの哲学者ホセ・オルテガ・イ・ガセットは、『大衆の反逆』の中で、そうした人々を「文明社会の野蛮人(原始人)」と呼び、批判的に論じています。手厳しい!「新しい人間は自動車を欲し、それを楽しむ。しかし彼は、自動車がエデンの園の木から自然に生じた果実だと信じている」とオルテガが語るように、確かに、我々は自動車がどう作られ、どのような原理で動いているのかを知らずに、その技術だけを享受しています。
どんどん技術が進化している現代の高度技術社会において、一人の人間が技術の全貌を把握することはほぼ不可能です。かといって、すべてを専門家に押し付ける態度は、まさに野蛮人として生きることだと思います。
ITの技術も膨大で、これに関しては賢人を名乗れるという分野があったり、ギリギリ人の形を保っていたり、120%野蛮人として生きていたり、さまざまだと思います。人間は森羅万象を知らなければならない!というわけではなく、知るべきことを知らずに放置するな、知る努力を怠るなということだと解釈すれば良いでしょう。人は皆、最初は野蛮人ですから、気楽にいきましょう。
技術者は結局何をすべきか
結局ここで何が言いたかったのかというと、まず我々技術者が技術そのものに対して興味を持つところから始めましょう、ということです。まずは高度化・複雑化した技術、それゆえにブラックボックス化した技術の箱を開けることだと思います。よりよく技術を使っていくためには、まずその技術が何をしているのか知ること、そしてそれが人間や世界にとってどのような影響を与え、逆に与えられているのかを考える必要があるということです。
電気技術、交通、インターネットの発達によって、私たちの「近さ」の感覚は大きく変わりました。かつては遠かった場所へも、短時間で移動できるようになり、世界中の人々と瞬時に繋がることができるようになったからです。
自動車の登場は、私たちの生活様式を一変させました。新鮮な食材が手に入るようになり、都市部から郊外へと居住地が広がり、休日は自動車や電車で遠出を楽しむようになりました。
インターネットは、さらに大きな変化をもたらしました。場所を選ばずに仕事ができるようになり、オンラインショッピングが普及し、SNSでいつでも誰とでも繋がれるようになりました。このように、技術は私たちの生活、そして社会全体を大きく変容させてきました。技術が人間や社会に与える影響を深く理解するためには、こうした変化に自覚的である必要があります。さらに、それがどのような変様を人間社会にもたらしうるのか、新しい技術が社会へ実装される前に考案できることも求められることがあるはずです。
技術が世に与える影響は、良いものも悪いものありますね。私たちの生活を豊かにする一方で、時に予期せぬ問題を引き起こすこともあります。良いようにも悪いようにも転がるからといって、技術自身がそもそも中立的な立場と断定できるのかも不明です。だからこそ、技術に関心をもち、必要に応じて専門的なことを学びながら、私たち一人ひとりが技術と向き合い、その方向性を決めていく。そうすることで、技術は真に社会を豊かにする力となるはずです。
我々エンジニアは、専門家として民衆を導く立場にならないといけないわけですね。重責だ
読書案内
今回は技術哲学概論第1回目のシラバス読み合わせみたいな序盤の序盤しか書けなかったので、もっと知りたいのに!という方向けにおすすめの本を紹介しておきます。
金光秀和, 吉永明弘編, 2024,『技術哲学』 昭和堂.
今回はこの本をもとにして書いています。つい最近出た本ですが、初学者向けの非常に読みやすい本だと思います。工学、農学、医学、宇宙科学など、さまざまな分野の技術について書かれていますが、IT技術自体がそれらの技術と深く関わってくるので、読んでおいて損はないはずです。もちろんAIやIoTなど、ド直球にITと関わってくるものの言及も多いテキストですよ。初めて技術哲学へ触れるエンジニアの方におすすめ!
http://www.showado-kyoto.jp/book/b649828.html
M. クーケルバーク, 直江清隆・久木田水生監訳, 2023,『技術哲学講義』丸善出版.
こちらはどちらかといえば哲学側の議論が多い本です。哲学的な背景を知らないと読んでる途中で泣いちゃうかも!私は2回泣きました。初めて手に取る本がこれだと少し厳しい感じはします。逆に哲学徒はこれを買いに今すぐ書店へ走った方がいい
もしエンジニアでこの本勉強したい方がいらっしゃいましたら、ぜひ私を呼んでください。秒で駆けつけて勉強会を開催します。
https://www.maruzen-publishing.co.jp/item/b304836.html
その他技術者倫理の本
1冊は持っておくと良い。先人たちの流した血から多くの学びを得られると思います。「これを守っておけば大丈夫!」な万能倫理は存在しないと思うので、学説をインストールするだけでなく、「技術とどう関わるべきか」について考えるきっかけになればと思っています。おすすめは黒田光太郎・戸田山和久・伊勢田哲治編, 2012,『誇り高い技術者になろう[第2版]-工学倫理ノススメ-』名古屋大学出版会
https://www.unp.or.jp/ISBN/ISBN978-4-8158-0706-1.html
さいごに
技術哲学はまだまだ発展途上であり、試行錯誤している間にも技術は目まぐるしく進歩していきます。私たちと共にあるはずの技術が私たちから離れていかないよう、技術を志向し続けなければなりません。そのためには、哲学側からのアプローチだけでなく、技術者からのアプローチが必要だと考えています。人文学的技術哲学だけでなく、工学的技術哲学の立場あってこその「技術」です。考えて、考えて、考え続けた先に何があるのかは誰にも分かりませんが、ひとりでも多くのエンジニアが、自分なりの「技術とはなにか?」をもって、さまざまなものを生み出してくれればいいなと思っています。
これからは、みなさまの思考の足場となれるよう、人文学の側の技術哲学をまとめていけたらと考えています。次の記事もお楽しみに!