こんにちは、Henry Advent Calendar 5日目は 魚の伝道師 giiita です。
私は昔から趣味程度に料理を嗜んでいるのですが、医療と料理の共通点には少なからず共通点があったりします。
まぁ当然と言えば当然ですね。魚を下ろす際、食べる臓器と食べない臓器の仕分け、掃除なんかはさながら執刀医の気分です。
「浸透圧」と言えば馴染み深い言葉ですが、具体例がパッとイメージが付くでしょうか?意外とつかない人も多いかもしれません。
浸透圧というのは、細胞膜(半透膜)を隔てる2液の濃度の違い (=浸透圧の差) によって、圧が強い方から弱い方へ浸透し、濃度を均等にしようとする現象です。
浸透圧(しんとうあつ)は、物理化学の用語である。
半透膜を挟んで液面の高さが同じ、溶媒のみの純溶媒と溶液がある時、
純溶媒から溶液へ溶媒が浸透するが、溶液側に圧を加えると浸透が阻止される。この圧を溶液の浸透圧という[1]。
なお、本職ではございませんので以後表現の語弊はご容赦ください ()
医療分野において、浸透圧は結構いろんなところで関係します。
例えば水道水で目を洗う時に痛みというか、ごわごわ?異物感がありますよね。
これは真水に比べて眼球の細胞内の溶液の浸透圧が高いため、外側の水分子が細胞内へ浸透して細胞が膨張し、その時に痛みを伴うそうです。それを踏まえると、目薬や鼻うがいが痛くない理由も明らかで、浸透圧が近いから細胞内に浸透しないためですね。これを生理食塩水と呼ぶそうです。
これだけでなく、むくみ (※1) も浸透圧による影響だそうです。血中の栄養が低下すると、血管の外に対して、血管内の浸透圧が低下し、血管内に水分を保てなくなり、血管の外に水分や塩分が増え、身体がむくむそうです。
他にもバスソルトだったりOS1(経口補水液)だったり、身近なところでも色々浸透圧を利用したものはいろいろあるのでした。
※1 参考: 浮腫の基礎
さてこの浸透圧、料理においてもとても重要です。
出汁編
和食の基礎であり究極である出汁ですが、これも浸透圧で説明できます。
出汁は何で取るか、どの状態から取るか、一つ一つ意味目的があり、一口に出汁と言ってもさまざまで、昆布や魚に限らず、葉物野菜や根菜、肉などなど、水と合わせれば大体出汁がでます。
出汁って何なんでしょう?ズバリそれは、素材から流出した成分 (栄養素) です。つまり浸透圧で流出したものですね。
カツオ出汁を例に考えてみます。一番出汁は60℃で抽出します。60℃を超えると雑味が出ますので、一番出汁ではこれをこえてはいけません。ただしこの雑味は強い旨みですので、血合のように避ける物ではありません。一番出汁の出し殻に、追い鰹をしてより高温で煮出したものは二番出汁と呼ばれ、一番出汁より強い旨みを持ちます。この温度変化による違いってなんなんでしょう?そうです。これこそ浸透圧。浸透圧は温度の上昇とともに強くなるそうで、これにより細胞膜から押し出される成分をコントロールしている...のかと思われます。
煮干しなんかは顕著で、何も考えずに煮干しを長時間高温で煮込んだりするととんでもなく苦い仕上がりになり、とても口にできません。
このように、浸透圧を利用するため、基本的に調味済みの溶液で出汁を取ることはありません。出汁を閉じ込めてしまうためです。
上の画像を見てイメージできるものがあります。
塩水ウニや生食用牡蠣。釣った魚を持ち帰る際はクーラーボックスに氷水で冷やした海水を入れて持ち帰りますが、それもこの仕組みを利用しています。
煮物編
今度は根菜を例に取ってみましょう。たとえばミネストローネなどの根菜を煮たスープで考えてみます。
「結構時間かけて煮た割には硬いな...」とか、「あれ、適当だったわりにはとてもうまくいったな」とか。もちろんすべて理由があります。
そもそもミネストローネの味の決め手は何だと思いますか?~~酸だとか、コンソメだとか、いろいろ要素はありますが、要約すると具材 (野菜) の出汁です。「いやいや、コンソメじゃないの?」 と思われた人もいるでしょう。その疑問は的を射ています。コンソメってなんだかご存知でしょうか?正体は調味野菜出汁の素です。実際時間さえかければコンソメスープの素を使わずにコンソメの味をほぼ再現することができます。
なぜ時間をかけないとできないのか。それは相手が根菜だからです。先ほどの例ではかつお (花カツオ) だったため、低温短時間で抽出できましたが、根菜ともなるとそうも行きません。極薄スライスしているわけでもないですし、乾燥させているわけでもありません。根菜の出汁を煮出すには時間がかかります。
これも鍋蓋で圧力をかけながら (※1) 高温で (※1) 長時間煮ることで比較的早く煮ることができます。※2
時間をかけたのに野菜がゴリゴリで深みがでない...それはズバリ浸透圧不足です。水の量によって浸透圧は変わります。少量でいいからと、少量の水で調理することで十分に圧力がかからずにいつまでもゴリゴリの煮物が出来上がります。
また、一部調味類も浸透圧を下げる要因になります。たとえば片栗粉。粘度が上がれば当然浸透性は下がります。 (これを浸透圧といえるのかはあまり自信がありません...)
※1 浸透圧を強くするためです。
※2 一口に煮物と言っても、煮込み、煮浸し、煮付け、煮しめ、含め煮、炊き、など、山ほど調理方法があり、なんでもかんでも水で煮出せばよいというわけではありません。
他にも、浸透圧を意識するだけでおいしくなる料理は数えきれないほどあるので説明しきれませんが
- 筑前煮: 強い塩分濃度で肉を長時間煮ると肉がギチギチに固くなる
- 生姜焼き: 醤油を含んだ下味に漬け込むと水分が抜けて固くなる
- 生姜焼き: 片栗粉でコーティングして焼くことで、片栗粉がゼラチン状に硬化し、味付け時に強い浸透圧で水分が抜ける現象を阻害できる
- 唐揚げ: ブライン液につけることで、浸透圧によって浸透したブライン液が水溶性たんぱく質?を溶解することで加熱による筋肉の収縮が阻害され、柔らかくジューシーになる
- 牛丼: 低温で煮ることで柔らかく仕上がる
など、などなどなど...
さて、突然ですが、某TV局にて、 [子供たちが科学的根拠に基づいて上手に〜〜を作る] という趣旨の番組をやっているのをご存知ですか?とても勉強になるのでぜひ見てみてください。
一例ですが、おでんの大根を早く染みしみにするにはどうしたらよいか、という放送回がありました。その答えは 「塩水で煮る」 でした。
- 水600mlに対して、塩15gを入れて沸騰させる。
- 面取り / 隠し包丁を入れた大根を鍋に入れて(落とし蓋をして)30分下ゆでする。
- 下ゆでをした大根を味付けをしたダシ汁で(落とし蓋をして)30分煮る。
- 鍋ごと氷水で急冷(10分冷ます)
- もう1度温め直す。
というものです。めちゃめちゃ浸透圧を利用しています。見事な浸透圧2段活用です。
しかし、これで急速に効果を得られるのは間違い無いですが、芯まで出汁を吸った狐色にはなりません。おでん屋さんのような芯まで出汁が溢れる大根にするには時間がかかります。時間をかけなければいけないのです。1~2日出汁に沈めておきましょう。結局どんな小技も手間には及びません。
鮮魚編
みなさん、スーパーなどの魚屋さんが刺身用の魚を下ろしている光景を見たことがありますか?職人さんが威勢よく手際よく巨体をバラしている姿を見るとそそられますよね?
私はそそられません。もちろん魚は大好きなので魚屋にも行きますし良いモノがあれば平気で5kg10kgの魚をまるごと買ったりしてます。お店の店員さんには業者だと思われていることでしょう。
しかし私はどんなに空いていようがめんどくさかろうが解体を頼むことはありません。(空いていれば鱗くらいはひいてもらったりします) その一番の理由は浸透圧が関係しています。
—— 水をつけるな!!! ——
魚は鱗や内臓を取ったり、骨を外して刺身なら柵取りと切りつけと...下ごしらえが多く、手際が悪ければ業務が崩壊するほど忙しいため、販売業において一尾一柵に時間をかけていられません。
魚屋さんは基本的に多くのお客さんを抱えており、魚の切りつけを行っているお店なんかは大忙しで、効率が求められます。そのためまた板は蛇口の真下か、脇から伸びたホースで常に血や鱗を洗いながら解体しています。
もうお分かりですよね?そう、真水による魚の洗浄は浸透圧によって細胞を破壊します。
軽微なら分からない、そんなに変わらないという方もいますが、時間の経過や度に応じて顕著に現れます。
魚を扱う高級店でひのきまな板のうえでびちゃびちゃにしながら魚を下ろしている光景を見たことがありますか?そう言ったお店は効率よりも、手間をかけて味に心血を注いでいます。
鱗や腹わたの掃除は身が皮に覆われているため影響はないですが、身に包丁を入れる際はかならずまた板と包丁を拭きあげます。
残念ながら、釣りに行って釣果が爆発したてしまった際にはそんな優雅なことを言っている暇はありません。台所も魚もびちゃびちゃにしながら揺れる三半規管と重たいまぶたをどうにかこじ開け、いかに時間をかけずに処理するか...なんて時もありますが、そんなものは魚への冒涜です! (自戒) 肉魚と水の接触は禁忌です。
最低限これを知っていれば、より上等な魚を見極めることができるでしょう。
—— 水を抜け!!! ——
さて、魚と相対する上での掟はそれだけではありません。
先ほどとは逆に、浸透圧で脱水してあげることでまた一つ格をあげることができるのです。
最近は浸透圧シートなるものも売っているようで、使ったことはないし、どういった理屈でシートに包んで浸透圧がかかるのか私にはわかりませんが、理にかなっています。
鮮度の良い魚というのはかなり水分を含んでいます。良いお店では腐敗の原因となる血液や内臓を抜き、脱水処理をした上で数日寝かせると言ったことも珍しくありません。単純に水分は抜ければ抜けるほど旨味は凝縮されます。鰹節だったり、ドライフルーツ、干し芋なんかも大体同じものだろうと思っています。
刺身においてはカピカピにしたら食べれないので、抜き切ればいいというものではありません。あくまでも 余分な 水分を抜きます。
これにはいろいろな方法があります。
例えば開きもの。よく血合を洗って開いたあと、8~10%程度の塩水に小一時間つけます。そうです。これこそ浸透圧ですね。塩気が浸透するため、つけすぎると塩辛くなってしまうので、熟練の技が光るところですが、これによって余分な水分が勝手に抜ける状態となり、干すことでこれを飛ばします。水分が飛んでいるので当然旨味は凝縮されるわけです。釣り人によっては「開きが一番うまい」という人も居たりします。好みはあるので正解とは言えませんが、旨みという観点では的確な舌なのかもしれません。
刺身の場合、柵取りし、塩をまんべんなく振る人もいれば、塩は当てず、キッチンペーパーで無理なく脱水することもあったり、料理酒に浸して浸透圧をかけることもあります。昆布締めという方法もあったり、いずれにせよ水分を抜くことで、これまた旨みが凝縮します。これは身質(水分量や脂の量など)にもよって異なるのでこの魚にはどれがいい、とは一概には言えないのが難しいところですが、いろいろ試してみると発見があるかもしれません。
兎にも角にも、魚は水分量のコントロールで大きく味が変わります。
まとめ
このように、浸透圧は多くの料理に応用が効く、料理の基本中の基本でもあり奥義です。
もちろんこれ一つで料理ができるわけではありませんが、本職の方でもこのあたりの理解のない方はおり、こういった応用ができるかできないかで、料理のレベルは相当な差が生まれるでしょう。
ぜひ今年のクリスマス・お正月には、浸透圧料理をチャレンジしてみてください。
乾燥お待ちしております!