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Physics Lab.Advent Calendar 2024

Day 14

駒バックはpullbackであり、単位の追い出しは押し出しである。

Last updated at Posted at 2024-12-13

はじめに

こんにちは。数理物理班副班長です。最近一週間に一回くらい鍋をしています。鍋っていいですね。簡単で美味しい。本を開きながら鍋を食べて、本を汚さないように気をつけたいです。

この記事の内容

この記事では、圏論における引き戻し(pullback)と押し出し(pushout)の概念を使って駒バックと単位の追い出しを定式化します。記事の長さをあまり長くしたくなかったので、圏の基礎事項については紹介程度にとどめます。

モチベーション

書く余白がない1

諸定義

この記事で使う概念の定義についてざっくりと触れておきます。

駒バックと単位の追い出し

まず、駒バックについて説明しましょう。東京大学には、進学振り分け(通称「進振り」)と言う制度があります。これは1年、2年の間は前期教養学部に所属し、その後2年後期から専門の学科に配属されるというものです。東京大学には、学部生が講義を受けるキャンパスとして駒場キャンパス、本郷地区キャンパスがありますが、1、2年の前期教養学部は全員駒場で講義を受け、2年後期でも多くの学科は駒場で講義を行います。3年以降は学科に応じて駒場か本郷地区で講義を行います。
ここで、3年で本郷地区キャンパスで講義を受け、かつ駒場キャンパスで行っていた2年後期の単位を落としてしまった場合に発生するのが「駒バック」です。本来2年後期の単位を全て取っていれば、本郷地区のみで講義を受ければ良いのですが、2年後期の単位を落としてしまった場合には駒場キャンパスに戻って講義を受けなければいけません。これを「駒バック」と呼びます。
次に単位の追い出しについて説明しましょう。これは進振りに関わることですが、進振りでは、希望通りの学科に行けるかどうかが、成績(進振り点)で判定されます。この際、選択科目の成績は全てが反映されるわけではなく、上位科目のみが反映されます2。そのため、1年前期などの選択科目であまり良くない成績を取ってしまった場合には、その後の期間に別の科目でより良い点を取ることによって、その科目の点数を進振り点に反映されない順位にまで「追い出し」ます。これが単位の追い出しです。

次に、この記事で使う数学の概念を定義しましょう。圏論の概念の定義はマックレーンの『圏論の基礎』を参考にしています。

とは、以下の性質を満たすようなものである。
圏は、以下の構成要素からなる。

1. 対象(object)の集まり
2. 各対象$A,B$に対する(morphism,arrow,map)の集まり
圏は、さらに以下の4つの演算をもつ。

1. ドメイン(domain):各射$f$に対して、対象$a= \mathrm{dom}\ f$を割り当てる。
2. コドメイン(codomain):各射$f$に対して、対象$b= \mathrm{cod}\ f$を割り当てる。

射$f$のドメインが$a$であり、コドメインが$b$であることを$f:a\rightarrow b$で表す。
3. 恒等射(identity):各対象$a$に恒等射$\mathrm{id}_a=1_a:a\rightarrow a$を割り当てる。
4. 合成(composition):$\mathrm{dom} g=\mathrm{cod} f$を満たす射の組$\langle g,f\rangle$に対して合成射と呼ばれる射$g\circ f:\mathrm{dom} f \rightarrow \mathrm{cod} g$を割り当てる。

これらの演算は、以下の性質を満たす。
1. 結合性(assosiativity):射$f:a\rightarrow b,\ g:b\rightarrow c,\ k:c\rightarrow d$があるとき、$k\circ(g\circ f)=(k\circ g)\circ f$が成り立つ。
2. 単位元律(unit law):すべての射$f:a\rightarrow b$と$g:b\rightarrow c$に対して、$1_b\circ f=f$かつ$g\circ 1_c=g$が成り立つ。

可換図式

圏の中の対象と射の関係を表すのに可換図式を用いることが多いです。図は、ある対象からある対象へ移る際に二つのルート(矢印)を通っていくことができる際には、そのどちらを通っても同じ結果である、すなわち二つのルートに対応する射の合成は一致すると言うことを表します。

関手

関手は、二つの圏の間に定義されます。圏$C$から圏$D$への関手は以下のものから構成されます。
1. 対象関数:$C$の対象$c$に$D$の対象$F(c)$を割り当てる。
2. 射関数: $C$の射$f,g$に対して$D$の射$F(f),F(g)$を割り当て、次に二つの性質を満たす。

\displaylines{
F(1_c)=1_d\\
f,g\text{が合成可能な時、} F(g\circ f)=F(g)\circ F(f)
}

自然変換

自然変換は二つの関手の間に定義されます。

二つの関手$F,G:C\rightarrow D$が与えられた時、自然変換$\tau:F\rightarrow G$は、$C$の各対象$F(c)$から$G(c)$への射$\tau_c$を割り当てるものであり、$C$の全ての射に対して以下の図式を満たすものである。

これが成り立つ時、$\tau_c$は$c$において自然であるという。

今回使う圏

四角形(仮)

以下のような射が存在するようなものは圏になります。

恒等射のみの圏

ある集合$S$の元を対象とし、射として各対象に対応する恒等射のみを持つような圏を考えることができます。

順序集合

順序集合$O$があるとき、その元$a$を対象とし、$a\leq b$ならば、またその時に限り射$a\rightarrow b$が一意に存在するような圏を考えることができます。これが圏になっていることを確認してみましょう。射に対してドメインとコドメインが存在することは明らかです。$a\leq a$より恒等射は存在します。合成は、$f:a\rightarrow b$と$g:b\rightarrow c$があったとき、$g\circ f:a\rightarrow c$によって定義されます3

$g\circ f$が存在することを示せば証明が完了するのですが、これは$a\leq b$かつ$b\leq c$ならば$a\leq c$ですから、$g\circ f$の存在がわかります。
通常順序集合の圏は$a\leq b$ならば射が存在するとしますが、この記事では、逆に$a\geq b$ならば射が存在するような圏を使います。このような圏でも上に述べた性質で不等号を逆にしたものがそのまま成り立ちます4

関手の圏

圏$C$から$D$への関手を対象として持ち、二つの関手の間の任意の自然変換を射として持つような圏を考えることができます5

引き戻し(pullback)と押し出し(pushout)

引き戻しも押し出しも「極限」、「余極限」と呼ばれるより一般の概念の一例ですが、ここでは極限、余極限の定義はせず、引き戻しと押し出しのみ定義します。また、引き戻しや押し出しは「添字圏」からの関手の圏を考えると綺麗なのですが、実用上わかりにくいと思うので添字圏は持ち出しません。

引き戻し(pullback)

圏$C$の中で、以下の図式を満たす$\langle P,p_1,p_2\rangle$を引き戻しと言います。

言葉で言うと、圏$C$の対象$X,Y,Z$と射$f,g$を固定し、以下の図式が可換になるような任意の射の組$q_1,q_2$を考えます。また別に、図式の中の四角形を可換にするような、対象$P$と射$p_1,p_2$があります。$q_1,q_2$に対して、ただ一つの射$\tilde{q}:Q\rightarrow P$で図式を可換にするようなものが存在する時、$\langle P,p_1,p_2\rangle$の組を引き戻し(pullback)といいます。

押し出し(pushout)

圏$C$の中で、以下の図式を満たすものを押し出しと言います。

言葉で言うと、圏$C$の対象$X,Y,Z$と射$f,g$を固定し、以下の図式が可換になるような任意の射の組$j_1,j_2$を考えます。また別に、図式の中の四角形を可換にするような、対象$P$と射$i_1,i_2$があります。$j_1,j_2$に対して、ただ一つの射$\tilde{j}:Q\rightarrow P$で図式を可換にするようなものが存在する時、$\langle P,i_1,i_2\rangle$の組を押し出し(pullback)といいます。

駒バックがpullbackであること

四角形の圏に名前をつける

まず、四角形の圏に名前をつけましょう。以下のように4つの対象に二つずつ「駒場」、「本郷」を割り当てます。また、射に+1(本),+1(駒),「合格」、「back」の名前をつけましょう。

$0,-1$という数字は、$0$は単位を落としていないこと、$-1$は単位を落とした(単位が足りない)ことを表しています。

pullbackの図式に当てはめる

さて、pullbackの図式に、次のように当てはめましょう。左側の図は、2年後期の単位を全て取得した場合、右側の図は2年後期で単位を落とした場合です。変わるのは、「本」と「駒」の番号だけです。

2024-11-30 22.28の画像.jpg

このとき、pullbackの中の対象は単位を全て取得した場合には「駒0」、単位を落とした場合には「本-1」となります。pullbackの中の下向きの射は、単位を全て取得していれば「駒0」の恒等射、単位を落としていると「本-1」からのback射となります。単位を落としている場合のみ、back射が発生し、これが「駒バック」となります。

証明

ここから、前節で提示したものが確かにpullbackになっていることを証明します。証明は、定義をそのまま確認するだけで、あまり難しくありません。

まず、単位を落としていない場合について証明しましょう。固定されている$X,Y,Z$は駒0、本0、本0になります。pullbackの対象(仮)は駒0となるので、小さい方の四角形の図式は、縦が恒等射になっています。これは明らかに可換です。
次に、外側の四角形を可換にする任意の対象と射について、一意的な射が生えることを示しましょう。そもそも、駒0をコドメインにもつ射は駒0、駒-1、本-1からの射だけです。これらは次のような図式になります。それぞれの左上の対象から駒0へ、図式を可換にする一意的な射が生えることは明らかです(可換性については確認してみてください。一意性はそもそもの圏の設定からすぐにわかります)。
2024-11-30 22.35の画像.jpg

次に、単位を落とした場合を考えましょう。固定されている$X,Y,Z$は駒0、本0、本0になります。pullbackの対象(仮)は本-1なので、小さい方の四角形の図式は、次のようにすれば可換になります。実は、そもそも本-1をコドメインにもつ射が恒等射のみなので、四角形を可換にする図式は下の図のみです。よって本-1と以下に示した射たちの組がpullbackになることは明らかです。

以上で証明は終了です。ここまでの議論で、単位を落としていない場合にはpullbackの射として恒等写像と合格が得られ、単位を落とした場合には$back$射と$id_{本_{-1}}$が得られます。単位を落とした場合に現れる$back$射が「駒バック」を表します。得られた結果は、(雑にいうと、)

「駒バックはpullbackである。」

となります。

単位の追い出しが押し出しであること

次に、単位の追い出しが押し出しであることを示しましょう6

単位の追い出しは、駒バックほど明確ではないので、この記事だけの定義を与えておきます。

「1Aセメスターまでに取得した単位のうち、点数の低い科目$n$個($n$は任意の自然数)を考える。2Sセメスターに取得した単位によって点数の低い$n$科目の点数が進振り点に加算されないようになることを、単位の追い出しという。」

つまり、1Aセメスターまでの単位で点数の低いものから議論を始めて、2Sセメスターまでに取得した単位による進振り点に更新される過程を議論します。

また、単位の追い出しが起こりやすい2Sセメスターの場合を議論します。また、「上位の単位を更新する」という用語は、進振り点に加算される単位が変更されることをいうことにします。

使う圏の定義

今回使う圏を定義します。

センタク
対象:選択科目全体

射:それぞれの対象の恒等射のみ

得点
対象:集合$\{out , 0,1,\cdots, 100, \text{未取得}\}$の元

射:$b\leq a \Leftrightarrow a\rightarrow b$が一意的に存在する。ただし、任意の$a\in$得点に対して、$out \leq a$であり、任意の$a\in$得点に対して、$a\leq \text{未取得}$である。


これは初めに紹介した順序集合の圏ですね。はじめに書いた通り、普通と逆向きに射
を入れています。
得点${}^{\text{センタク}}$
対象:センタクから得点への関手

射:関手の間の自然変換


これは初めに紹介した関手の圏です。
ここから先の議論で使う関手を定義しておきましょう。
$1A$:センタク$\rightarrow$得点
対象:1Aセメスターまでに単位を取ったものの中で進振り点に加算されるものに対しては、その単位の点数に送る。取得した単位の中で、1A時点で進振り点に加算されない単位は、$out$に送る。取得していない単位は、未取得に送る。

射:恒等射しかないので恒等射に送る

$1A^-$:センタク$\rightarrow$得点
対象:2Sセメスターに追い出される単位に対しては、その単位の点数に送る。それ以外は、未取得に送る。

射:恒等射しかないので恒等射に送る


これが、初めに言っていた議論のスタート地点を表す関手です。
$2S$:センタク$\rightarrow$得点
対象:2Sセメスターまでに単位を取ったもので2Sセメスター時点で進振り点に加算されるものに対しては、その単位の点数に送る。取得した単位の中で、2Sセメスター時点で進振り点に加算されない単位は、$out$に送る。単位を取っていない場合は、未取得に送る。

射:恒等射しかないので恒等射に送る


この関手が、単位が追い出された結果を表すものです。
$2S^+$:センタク$\rightarrow$得点
対象:2Sセメスターに単位を取ったものの中で上位の単位を更新するものに対しては、その単位の点数に送る。2Sセメスターまでにとった単位の中で2Sセメスター終了時に進振り点に加算されない単位については、$out$に送る。それ以外は、未取得に送る。

射:恒等射しかないので恒等射に送る

押し出しの図式に当てはめる

今紹介した圏の中で、次のように押し出しの図式に当てはめます。$P$は可換図式が成り立つような任意の関手です。

このとき、実は押し出しは上で定義した$2S$になります。次節でこれを証明します。

証明

前節で示したものが確かに押し出しになることを示します。

準備として、センタクから順序集合の圏($a\leq b$ならば$b\rightarrow a$が存在する)への二つの関手$F$から$G$へ、自然変換$\alpha$が存在する条件を考えましょう。任意のセンタクの対象$i$に対して$Fi$から$Gi$への射が存在しなければなりません。順序集合の圏での射の性質を考えると、$F$から$G$への自然変換が存在する必要十分条件は、「任意のセンタクの対象$i$に対して、$Fi \geq Gi$が成り立つ」になります。また、自然変換は存在すれば一意です。

次に、図式の中の小さな四角形が可換になることを示します。順序集合の射の性質から、射の存在だけ示せば可換であることは明らかです。$f,g$については、どの対象が$out$と未取得へ送られるかに注意すると、射の存在が確認できます。実際に、$1A^-$で点数に送られる単位$i$については、$1A$では同じ点数に、$2S^+$では$out$に送られています。そのため、$1A^-i$から$1Ai$や$2Si$への射が存在します。それ以外は、$1A$では未取得に送られているので、$1A$や$2S$でどこに送られていても、その対象への射が存在します。よって、$f,g$の存在が示せました。

また、$i_1,i_2$については、各単位$j$に対して$i_{1,j}, i_{2,j}$は

1. 点数から$out$へ
2. 同じ点数へ
3. 未取得から点数または$out$へ
の3パターンしかなく、それぞれ射が存在するので、自然変換が存在します。

次に、任意の関手$P:$センタク$\rightarrow$得点で押し出しの定義の外側の四角形が可換になるような自然変換が存在するようなものを考えて、$2S$から$P$へ一意的な自然変換が生えることを証明します。$2S^+$,$1A$から$P$への自然変換が存在するための必要十分条件は、任意の$i\in $センタクに対して$Pi \leq 2S^+ i$かつ$Pi\leq 1A i$です。ここで、$2S$から$P$への自然変換が一意的に存在することを示すには、任意の$i\in $センタクに対して$Pi \leq 2S i$であることを示せば良いです。このために以下のように場合分けします。

$1A i$または$2S^+ i$が$out$であるとき
$Pi \leq 1A i$かつ$Pi \leq 2S^+ i$なので、 $Pi=2S i=out$です。
2Sセメスター終了時に進振り点に加算されるような単位$i$
$1A$での値が点数、$2S^+$で未取得であるか、$1A$で未取得、$2S^+$で点数となっているような場合です。このとき$2S i$はその点数になっており、$Pi$はその点数以下です。
未取得の単位$i$
$2S i$は未取得なので、明らかに$2S i$から$Pi$への射が存在します。
以上で、$2S$から$P$への一意的な自然変換が存在することが証明できました。

以上の、$1A^-$という追い出される単位からスタートして、「押し出し」として単位が追い出された結果である$2S$を得られました。得られた結論は、

「単位の追い出しは追い出しである」

です。

まとめ

駒バックがpullbackであり、単位の追い出しが押し出しであることを見てきました。いかがでしたか?少しでも楽しんでいただけたら幸いです。もし、知り合いに「駒バックって何?」とか、「単位の追い出しって何?」と聞かれたら、いま定義したpullbackや押し出しだと教えてあげてください。

参考文献

S. マックレーン. 圏論の基礎. 丸善出版, 2012.

  1. 「モチベーションを書く」という行為がモチベーションの存在を仮定して定義されていれば、モチベーションを書く余白があるならばモチベーションがあるという命題は真なので、モチベーションがないならモチベーションを書く余白はありません(!?)

  2. 正確には、下位科目の重みがとても軽くなります。

  3. 射は存在すれば一意だから、これだけでwell-definedな定義になっていることに注意。

  4. 逆にしても性質が変わらないのに逆のものを使うのは、不等号の意味がそちらの方が適切になるからです。

  5. やったことがない人は、これが圏になっていることを確認してみると良いでしょう。

  6. 進振り点の制度は面倒なので、「選択科目Aから上位⚪︎単位」などという条件は無視します。

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