はじめに
私たちは日々、様々な情報に触れますが、その解釈は人それぞれです。背景知識、経験、価値観の違いによって、同じ情報から異なる意味を読み取ってしまうことはよくあります。
では、どのようにすれば、相手に自分の意図を正確に伝え、共感を得られるのでしょうか?
その鍵となるのが「ストーリー」です。
映画館の例 - 共有されるナラティブアーク
映画館で映画を見る人々を想像してみてください。年齢も職業も異なる、それぞれの人生を歩んできた人々が、暗闇の中で一つのスクリーンを見つめています。
映画が始まると、観客は登場人物たちの織りなす物語に引き込まれていきます。ハラハラドキドキしたり、笑ったり、涙したり、時には怒りを感じたりしながら、登場人物たちの旅路を共にします。
これは、観客が映画のナラティブアークを共有しているからです。
ナラティブアークとは、物語の構造を図式化したもので、一般的には以下の要素で構成されます。
- exposition(導入): 物語の舞台、登場人物、状況が説明されます
- rising action(上昇): 問題や葛藤が生じ、物語が動き始めます
- climax(クライマックス): 物語の最高潮、緊張感が最大になる場面です
- falling action(下降): クライマックス後の出来事、解決に向かう過程が描かれます
- resolution(解決): 物語の結末、問題が解決したり、新たな状況が始まったりします
観客は、このナラティブアークに沿って感情を揺さぶられ、登場人物たちに共感し、最終的にはカタルシスを得ます。
映画が終わった後、観客たちは同じナラティブアークを体験した者同士となり、自然と会話が生まれます。「あのシーン良かったよね」「主人公はどうなるかと思った」など、共通の体験を基にしたコミュニケーションが生まれるのです。
ストーリーの力 - 共通認識を築く
このように、ストーリー、特にナラティブアークを共有することで、人々の間には共通認識が生まれます。
ストーリーは、単なる情報の羅列とは異なり、感情、経験、価値観といった人間の深層心理に訴えかける力を持っています。だからこそ、人々の心を動かし、共感や理解を促し、強い結びつきを生み出すことができるのです。
自分の意見を伝える - ストーリーで共感を呼ぶ
日常会話の中でも、ストーリーの力は発揮されます。
例えば、あなたが新しいスマートフォンの購入を検討しているとします。
友人に「新しいスマートフォンが欲しいんだけど、どれがいいと思う?」と聞く際に、単に「カメラの性能が良いものがいい」「バッテリーの持ちが良いものがいい」と伝えるよりも、ストーリーを交えて伝えることで、より相手にあなたの意図が伝わりやすくなります。
例えば、以下のように伝えることができます。
"最近、趣味で写真を撮るのにハマっててね。それで、もっと綺麗に写真が撮れるスマートフォンが欲しいんだ。前に旅行に行った時、景色がすごく綺麗だったんだけど、スマホで撮ったら全然良さが伝わらなくてがっかりしちゃったんだよね。だから、今度はそんな思いをしたくないんだ。"
このように、なぜ新しいスマートフォンが欲しいのか、どんな経験からそう思ったのかをストーリーで伝えることで、友人はあなたの気持ちに共感し、より的確なアドバイスをくれるでしょう。
これをナラティブアークで考えると、例えば以下のようになります。
過去の失敗体験
- 導入: 趣味で写真を撮るようになったという状況
- 上昇: 以前のスマートフォンで綺麗な景色をうまく撮影できなかったという問題の発生
- クライマックス: 旅行先での美しい景色と、それを写真に残せなかったという失望感
未来への期待
- 導入: より良い写真撮影へのニーズの高まり
- 上昇: 新しいスマートフォンへの期待と情報収集
- クライマックス: ついに新しいスマートフォンで、目の前に広がる美しい景色を写真に収める瞬間
- 下降: 撮影した写真を確認し、その美しさに満足する過程
- 解決: 新しいスマートフォンによって、今後も素晴らしい瞬間を写真に残せるという確信
このように、日常会話の中でもナラティブアークを意識することで、相手に自分の考えや気持ちをより深く理解してもらうことができます。
ストーリーテリングのポイント
効果的なストーリーテリングには、以下のポイントが重要です。
- ターゲットを意識する: 聞き手の背景知識、興味、関心を考慮し、共感しやすいストーリーを構築します。
- 感情に訴えかける: 具体的なエピソードや事例、登場人物(自分自身や関係者)の心情描写などを効果的に活用します。
- メッセージを明確にする: ストーリーを通じて何を伝えたいのか、核となるメッセージを明確に持ちましょう。
まとめ
ストーリーは、人々の間にある壁を取り払い、共通認識を生み出す強力なツールです。ナラティブアークを理解し、ストーリーテリングのスキルを磨くことは、エンジニアにとっても非常に有益です。
技術的な内容を説明する際、単に専門用語を並べるだけでは、相手に正確に伝わらないことがあります。しかし、開発の背景、技術的な課題、それをどのように乗り越えたのかといったストーリーを語ることで、聞き手はより深く理解し、共感することができます。
例えば、新しい技術の導入を提案する際に、その技術が解決する課題、導入によって得られるメリットを具体的なストーリーとして語ることで、関係者の賛同を得やすくなります。また、チーム内で知識や経験を共有する際にも、成功体験や失敗談をストーリーとして伝えることで、教訓がより深く浸透し、記憶に残りやすくなります。
ナラティブアークの構造を意識し、感情に訴えかける要素を取り入れながらストーリーを語ることで、エンジニアは技術的な専門性を効果的に伝え、周囲の人々を巻き込み、共感を育むことができるでしょう。ストーリーテリングは、エンジニアのコミュニケーション能力を向上させるための強力な武器になると思います