はじめに
衛星通信や5G NRのような無線通信においては,16QAMやQPSKのようなディジタル変調方式が利用されています.信号を伝送する際,伝送速度[bps]と帯域幅[Hz](信号が使用する周波数幅)は非常に重要です.筆者が調べた限り,無線通信における帯域幅と伝送速度の具体的な関係を述べた記事はほとんど見つけられなかったので,まとめてみたいと思います.
ディジタル無線通信の構造
まずはディジタル無線通信の概要を示します.
構造
下図は最も基本的なディジタル無線通信の構成を示しています.
- ベースバンド信号:ベースバンド信号ではビット値に応じて電圧を設定します.通常は図のようなパルス波となります.この例では,ビットが1の時に電圧A[V]を,0の時には電圧0[V]を設定していますね.
-
RF信号:ビット列(ベースバンド)はキャリア(搬送波)と呼ばれる信号$s(t)$に乗せて運びます.
$s(t)=A \cos(2\pi f t + \theta)$
上式から分かるように,キャリアには振幅$A$,周波数$f$,位相$\theta$が含まれます.そこで,ビット値に応じて,上記のいずれか(または複数)を変化させることでビット値をキャリアに乗せます.- 変調 (modulation):キャリアに情報(ビット値)を乗せる処理のことで,変調された信号を変調波と呼びます.
- 復調 (demodulation):変調波から情報を取り出す処理のことです.
- MODEM:変調と復調を行う機器のことです.
変調方式とビットレート・シンボルレート
次に,ディジタル変調方式とビット値の対応関係について述べるとともに,ビットレートやシンボルレートといった伝送速度の概念に触れます.
種々の変調方式
- 前述のキャリア
- $s(t)=A \cos(2\pi f t + \theta)$
- のうち,どの部分にビット値を乗せるかで方式が変わります.
- ASK:振幅$A$にビット列値を乗せる方式
- PSK:位相$\theta$にビット値を乗せる方式
- FSK:周波数$f$にビット値を乗せる方式
変調方式とビット値の対応関係
- 上記の各種変調方式とビット値の対応関係を詳しく見ていきます.
- これを理解するためにIQ平面というものを考えます.IQ平面はビット値とディジタル変調方式における信号状態の対応関係を示したものです.
- 説明のために位相$\theta$にビットを乗せるPSKを例にとります.
- BPSK(2PSK):$\theta=0~\rightarrow~$0,$\theta=\pi~\rightarrow~$1
- QPSK(4PSK):$\theta=\pi/4~\rightarrow~$00,$\theta=3\pi/4~\rightarrow~$10,...
- このようにPSK方式にもいくつかあり,位相の状態(後述のシンボル)を増やすことで,乗せられるビット数も増やすことができます.
補足:BPSK=2PSK,QPSK=4PSKと呼ぶこともあります.
シンボルと相数
- 上記のようにBPSK方式では2つの状態($\theta=[0,~\pi]$),QPSK方式では4つの状態($\theta=\left[\cfrac{\pi}{4},~\cfrac{3\pi}{4},~\cfrac{5\pi}{4},~\cfrac{7\pi}{4}\right]$)を取ります.この状態をシンボル(後述)とよび,状態の数を相数と呼びます.
- 上記から相数$M$とビット数$N$には次の関係があることが分かりわかりますね.
- $N=\log_2 M$(例 QPSKなら相数$M=4$なので$N=\log_2 4=2~\mathrm{bit}$)
- なお,変調方式名の頭についている数字は相数を表しています.
- 例:BPSK(相数=2,bit数=1),QPSK(相数=4,bit数=2),8PSK(相数=8,bit数=3)
シンボルとビット
- 前述のように,シンボルとは信号状態を示したものでPSK方式なら位相で決まります.図に示すように1つシンボルをいくつかのビットを詰め込む箱と考えることができます.
- B-PSK:1シンボルに1bitを格納
- Q-PSK:1シンボルに2bitを格納
- 8-PSK:1シンボルに3bitを格納
シンボルレート
- シンボルを定期的に発送することでビットが伝送されます.
- シンボル周期:シンボルを送る時間間隔でシンボル周期が短くなるとより高頻度でbitを伝送できます.
- シンボルレート:シンボル周期の逆数(単位:sps)で,1秒あたりのシンボル数(シンボルの送信頻度)です.後述しますが,この値は帯域幅に直結(比例)する値です.
- 1秒当たりのbit数がビットレート$b~\mathrm{bps}$となりますが,シンボルレート$R_S~\mathrm{sps}$,相数$M$とは次の関係があります.
- $b~\mathrm{bps} = R_S~\mathrm{sps} \times \log_2 M$
- 例:10Mbpsの伝送レートを,BPSKまたはQPSKで伝送することを考えます.この場合,
シンボルレートと帯域幅
ここからは,毛色を変えて帯域幅を考えていきます.
フィルタとロールオフ率
- シンボルレートと帯域幅の関係を理解するにはフィルタ理論が必要になりますが,ここでは概要のみ述べます.
伝送速度(ビットレート)と帯域幅
- では,ロールオフ率とシンボルレートにはどのような関係があるのでしょうか.
- 詳細は割愛しますが,フィルタの(両側)帯域幅$B_b$はシンボルレート$R_s$と次のように結ばれます.
- $B_b = (1+\alpha) R_s$
- さて,シンボルレート$R_s$とビットレート$b$は既に示したように次の関係を持ちます.
- $b~\mathrm{bps} = R_s~\mathrm{sps} \times \log_2 M \leftrightarrow R_s = \cfrac{b}{\log_2 M}$
- よって帯域幅$B_b$とビットレート$b$は次のように結ばれます.
- $B_b = (1+\alpha)R_s = (1+\alpha)\cfrac{b}{\log_2 M}$
計算例
- 下図にBPSK~16PSKまでの変調方式における帯域幅と伝送速度(ビットレート)の関係を示します.
補足
上記の議論では,符号化方式やガードバンドなどの議論はしていません.符号化方式を考えると,冗長なビット列を付与することになるので,伝送レートは下がります.また,ガードバンドは隣接帯域との干渉を避けるために設けるマージンですが,ガードバンドも考慮すると帯域幅は広がります.
参考文献
- 高畑,"ディジタル無線通信入門 (情報数理シリーズ)",培風館,2002.
- 生岩,"ディジタル通信・放送の変復調技術",コロナ社,2008.
- 石井,"無線通信とディジタル変復調技術",CQ出版,2005.
- 鈴木,"ディジタル通信の基礎: ディジタル変復調による信号伝送",数理工学社,2012.
- 筆者(@epppJones),ディジタル変復調,個人レポート,https://www.dropbox.com/s/k5jur2jg7pg0rid/20221104_DigitalMod.pdf?dl=0