はじめに
(ディジタル)無線通信では,信号表現についてまとめました.特にベースバンド帯と搬送波帯の違いに焦点を当てています.
ディジタル変調方式
ご存じの方も多いかと思いますが,ディジタル変調方式の数式表現を定義しておきます.ここでは,PSK(位相変位変調, Phase Shift Keying)を例にとります.
変調波=複素包絡線×搬送波??
情報が乗った変調波$s(t)$を次のように表現されます.
s(t) = A \cos\{ 2\pi f_c t + \phi_m(t) \}
\quad(1)
ここに,$f_c$は搬送波周波数で,PSKなら位相$\phi_m(t)$に情報を乗せます.上の式を解釈しやすくするために,次のように変形します.
\begin{align}
s(t)
&= \{A \cos\phi_m(t)\} \cos(2\pi f_c t) - \{A \sin\phi_m(t)\} \sin(2\pi f_c t)~~~\quad(2) \\
&= Re[z(t)] \cos(2\pi f_c t) - Im[z(t)] \sin(2\pi f_c t) \qquad\qquad\qquad~~(3)
\end{align}
ここで,$z(t)$は次のように定義しています.
\begin{gather}
z(t) \equiv A e^{j \phi_m(t)} = A \{ \cos\phi_m(t) + j \sin\phi_m(t) \} \quad(4)\\
\rightarrow
\begin{cases}
Re[z(t)] = A \cos\phi_m(t) \\
Im[z(t)] = A \sin\phi_m(t)
\end{cases}
\end{gather}
上記のような変形をした理由は,情報が乗った成分($z(t)$; 複素包絡線)と搬送波を切り離して考えられるからです.この様子を下図に示します.$z(t)$は同図に示したように,実質的に情報が乗っている部分です(PSKならデータに応じて$\phi_m(t)$を変える).ここで,以下の1),2)理由から$z(t)$を複素包絡線と呼びます.
- 同図(b)を見て分かるように,$z(t)$は周波数$f_c$の搬送波の係数となっています.難しく言うと包絡線になっています.
- $z(t)$は,データに応じて複素平面に配置される複素数です.例えば,BPSKでデータ0を送信する場合は,$z(t)=A\exp[ j \phi_m(t)]_{\phi_m(t)=0} = A \exp[j0]= A$となります.このように複素平面上に0,1のデータがどのように配置されるかを視覚的に表したものをIQ平面とか信号空間ダイヤグラムと言います.
■ 補足1:
式(2)を眺めると第1項は複素包絡線と搬送波が互いに$\cos()$同士なので同相(In-Phase)軸と呼び,第2項は第1項に対して直交関係にある$\sin()$なので直交(Quadrature)軸と呼びます.
■ 補足2:
上記のように,搬送波と複素包絡線を切り離して考えられるのは,変調波 = 複素包絡線 × 搬送波のような比例関係(線形関係)だからです.その意味でPSK(およびASK)を線形変調方式と呼びます.
ベースバンド帯と搬送波帯
上述のように,(線形変調方式では)情報が乗った複素包絡線$z(t)$と搬送波を切り分けて考えることができます.
- 前者は,式(4)からも明らかなように,(中心)周波数は0 Hzです.その意味で,ベースバンド帯域とか基底帯域と呼びます.下図(a)にその様子を示します(補足3).ベースバンド帯で考えると,情報0,1に対応するパルス(BPSKなら振幅は$z(t)=Re[e^{j\phi_m(t)}]_{\phi_m(t)=0 ~\mathrm{or}~\pi}=\pm A$)が一定の期間$T_s$だけ継続します.$T_s$が短いほど高速な伝送となります.
\begin{gather}
z(t) \equiv A e^{j \phi_m(t)} = A \{ \cos\phi_m(t) + j \sin\phi_m(t) \} \quad(再掲4)\\
\rightarrow
\begin{cases}
Re[z(t)] = A \cos\phi_m(t) \\
Im[z(t)] = A \sin\phi_m(t)
\end{cases}
\end{gather}
- 後者は,式(3),(4)に示したように,複素包絡線$z(t)$に搬送波がかかっており(中心)周波数が$f_c$となります.その意味で,搬送波帯と呼びます.周波数を搬送波帯までもっていくのは,1) ベースバンド帯の場合,(中心)周波数が0 Hzなので空間に電波を放射するのが困難になるからです.2) 無線通信ではシステム毎に周波数が割り当てられているため,許容された周波数までシフトする意味もあります.
\begin{align}
s(t)
&= \{A \cos\phi_m(t)\} \cos(2\pi f_c t) - \{A \sin\phi_m(t)\} \sin(2\pi f_c t)~~~\quad(再掲2) \\
&= Re[z(t)] \cos(2\pi f_c t) - Im[z(t)] \sin(2\pi f_c t) \qquad\qquad\qquad~~(再掲3)
\end{align}
■ 補足3:
同図では,同相のI軸のみ示しています,実際にはQ軸もあります.両者は本質的には同じ考え方なので省略しています.
参考
- 高畑ほか,ディジタル無線通信入門,培風館,2005年.