2019年10月2日、たまたまr/OutOfTheLoopサブレを訪れた私は、「Stack Exchangeで一体今何が起こっているのですか? (英語)」という質問スレに目が吸い寄せられた。
私は長年Stack Overflowにはお世話になっており、日本語版のモデレーターだったこともある。Stack Exchangeの目指す、将来に渡って役立つQ&Aライブラリの構築、というビジョンには共感し、何もできないながらも応援していた。一体何が起こっているというのか?
そのスレへの回答を起点に読み漁っていくと、色々な問題が錯綜していることが分かってきた。今回の件をきっかけに活動を停止したモデレーターは70人以上、SO社の社員による投稿は1000以上のマイナス票を集めている。これは炎上といっていいと思う。
過去6ヶ月のメタSEの質問・回答・コメント数のグラフから見ても、この件は注目を集めているのがわかる:
この数字はStack Overflow本家の投稿数の1-3%といったところだが、Stack Exchange全体の運営ポリシーに関わることが議論されているので、どういう経緯で炎上しているのか、そして今後の動向について私は注目している。
あらまし
10日10日、「相手が指定した代名詞(heやsheやtheyやzeなど)を使わなければいけない」とする文言がStack ExchangeネットワークのCode of Conduct(ユーザーのあるべき姿を定めたもの)に追加された。
よりフレンドリーなサイトにしていく意図での追加だったが、これにまつわっておおよそ以下の観点から批判が噴出している:
- 強制的すぎる・モデレーションが難しくなる・むしろ排除的、など
- とある有名なモデレーターが代名詞の具体的な運用について質問をしていたところ、よくわからない理由で一方的にクビにされた
- ユーザーの声がないがしろにされ続けている
用語
- Stack Overflow: プログラミングに関するQ&Aサイト。2008年に開設。
- SO社: 上記サイトおよびStack Exchangeネットワークを開発運営する会社。
- Stack Exchange、Stack Exchangeネットワーク: Stack OverflowのQ&Aエンジンを他の専門分野にも拡大したもの。Stack Overflowを含む170以上のサイトの集まり。2010年に開始。
- Stack Exchangeメタ、メタSE: Stack Exchangeネットワーク全体に関わるトピックに関するメタQ&Aサイト。
知っておいた方が理解が深まる背景知識
Stack Overflowの仕組み: メタ、モデレーターとは
メタ
コーディング上の問題解決や回答に使っているだけではその存在に気付きにくいのが、Stack Overflowの裏の顔、メタQ&Aサイトだ。ほとんど見た目は変わらない。何がメタかというとQ&Aの内容で、サイトの運営方針や個々の質問・回答の扱いについて議論したり、バグ報告・機能要望を投稿したりできる場、さらにはSO社側から新機能へのフィードバックを求めたりアナウンスしたりできる場として設置されている。
メタはQ&Aサイトごとに設置され、Stack Exchangeネットワークの新しいサイト1などでは「どういう種類・方向の質問を受け付けるのか」というレベルから議論される。SO社の社員であるコミュニティーマネージャー達も議論に参加し、経験に基づく意見を提供するが、基本的には(メタ)ユーザーの総意でサイトの運営に関する方針が決まっていく。
モデレーター
メタサイトに組み込まれた特殊機能として、モデレーター選挙がある。
Stack Exchangeでは役立つ質問・回答をするほどポイントが溜まり、ポイントが溜まるにつれ、モデレーターでなくとも他のユーザーのコンテンツに対して直接手を加える権限が行使できるようになっていく。例えば他のユーザーによるレビューなしに質問を編集したり、スパム投稿に削除票を入れたりなど。
モデレーターは、ユーザーコンテンツに対してさらに強力なアクションが取れる上に、他のユーザーに対してアカウント一時停止などの措置を取る権限が与えられている。ユーザー同士では解決できない例外的事態に対処するための役割であり、立候補したユーザーの中からユーザーによる投票によって選ばれる2。
英語における三人称単数代名詞と男女の区別
[wp:en] はウィキペディア英語版へのリンク、 [wk:en] はウィクショナリー英語版へのリンク。
「スチュワーデス」ではなく「フライトアテンダント」と呼称するようになってきたように、性別や婚姻状態によって人の呼び方を変えることはやめよう、とする考え方 [wp:en] がある。
英語で「彼」は"he"、「彼女」は"she"という。では男女の区別をすることなく第三者に言及するにはどうすればよいか。これはまだ世間一般に受け入れられる解が出ていない。多数の新語 [wk:en] が提案されている中、三人称複数の"they"はどうか、という意見も出てきている。"They"は14世紀頃以降三人称単数として使われてきたが [wp:en]、19世紀後半以降はその使い方は文法的に間違っているとされてきた。
もう1つ、どの三人称単数代名詞を自分に対して使ってほしいかは個人が選択するものである、あるいは個々人に固有のものである、とする考え方がある [wp:en]。この考え方は、トランスジェンダー・クィア・Xジェンダーの人の存在が広く認知されるにつれ、インクルージョン、社会的包摂の考え方に呼応して広まった。例えば「自分を指すときは"he"を使ってほしい」とお願いされたのに、"she"を使い続けるのは失礼にあたると考える。
以上を疑似コードで書くと:
pronoun = pick_pronoun(person.sex) # 男女を区別する
pronoun = "they" # 中立語の例
pronoun = person.pronoun # 個々人に固有
全部"they"に統一すればいいものでもなく、その用法は文法的におかしい・変な感じがするという意見、"they"を自分に対して使われるのは不快だという意見もあり、アメリカ社会全体でまだ答えを探っているのが現状だ。
何が起きて何が批判されているか
タイムライン
今回の件に絞って、外部から見える主な出来事を書くとこうなる。
- 2019年9月26日: 文学に関するQ&Aサイトのモデレーターが自主的に退任
- 2019年9月27日: SO社が別のモデレーターからモデレーター権限を剥奪
- 2019年9月28日: 他にも自主的に退任するモデレーターが現れ始める (このメタSE投稿にまとめがある)
- 2019年9月29日: モデレーター本人が声明を投稿、SO社の社員がその投稿及び他のモデレーターの退任声明に対して同一内容のコメントを投稿
- 2019年10月1日: イギリスのIT系ニュースサイトThe Registerがこの件に関する記事を掲載
- 権限を剥奪されたモデレーターの本名がSO社社員のコメントに含まれていること、モデレーターの名誉毀損となる文言がコメントに含まれていること、ユーザーには沈黙を守りながらメディア取材には応えたことが批判される
- 2019年10月3日: SO社の社員が謝罪声明をメタSEに投稿
- 真摯な謝罪とは受け取られず、現在投票スコアはマイナス1800以下、メタSEで最もスコアが低い投稿である
- 2019年10月5日: モデレーター本人が事の経緯を自身のブログに投稿
- 2019年10月6日: SO社のCTOが謝罪声明をメタSEに投稿
- はじめはプラス票を500以上集めたが、徐々に減り現在投票スコアは100を切っている
- 2019年10月6日: モデレーター100名以上が署名した公開書簡がメタSEに投稿される
- 2019年10月10日: SO社がCode of Conductへの変更内容をブログで発表、FAQをメタSEに投稿
- FAQの投稿スコアは現在マイナス1700以下
- 2019年10月17日: コミュニティーマネジメントチームが公開書簡への返答を投稿
Code of Conductに追加された人称代名詞に関する文言
Code of Conduct(行動規範)の日本語版の全文はこちら。今回の変更は英語のサイトのみが対象なので、日本語版への変更はない。以下の翻訳で原文が変更前と変わらない部分はこちらを借用した。
旧: Avoid sarcasm and be careful with jokes — tone is hard to decipher online. If a situation makes it hard to be friendly, stop participating and move on.
新: Avoid sarcasm and be careful with jokes — tone is hard to decipher online. Prefer gender-neutral language when uncertain. If a situation makes it hard to be friendly, stop participating and move on.
「皮肉な言葉は避け、冗談にも気をつけてください。オンライン上ではそれらのトーンを解釈し辛いものです。**[相手のジェンダーに]確信がない時は、中性的表現を優先しましょう。**フレンドリーな態度を保ち辛い場合は一度そこから離れて心を切り替え、次に進んでください。」
旧: We don’t tolerate any language likely to offend or alienate people based on race, gender, sexual orientation, or religion — and those are just a few examples. When in doubt, just don’t.
新: We don’t tolerate any language likely to offend or alienate people based on race, gender, sexual orientation, or religion — and those are just a few examples. Use stated pronouns (when known). When in doubt, don't use language that might offend or alienate.
「人種や性別、性的指向、宗教などに基づき個人やグループを攻撃するような言葉は許されません。**(分かっている場合は)指定された代名詞を使います。**これらはいくつかの例であり、攻撃的かどうか判別がつきかねる言葉自体許されません。」
以下、あらましで挙げた点について見ていく。
「強制的すぎる・モデレーションが難しくなる・むしろ排除的」
FAQで特に問題になっているのが以下:
Q9:
Do I have to use pronouns I’m unfamiliar or uncomfortable with (e.g., neopronouns like xe, zir, ne... )?
聞き慣れない代名詞や気が引ける代名詞でも使わなければいけませんか?
Yes, if those are stated by the individual.
はい、もし相手が指定したものであれば使ってください。
Q11:
If I’m uncomfortable with a particular pronoun, can I just avoid using it?
もし特定の代名詞を使うのが気が引ける場合は、使うのを避けてもいいですか?
We are asking everyone to use all stated pronouns as you would naturally write. Explicitly avoiding using someone’s pronouns because you are uncomfortable is a way of refusing to recognize their identity and is a violation of the Code of Conduct.
文脈上、あなたが通常なら代名詞を使うところであれば指定された代名詞を、どんなものであっても使うようお願いします。気が引けるからあからさまに誰かの代名詞を避ける、というのは相手のアイデンティティを認めることを拒否することにつながり、行動規範に反する行為です。
また、「質問・回答の本文に投稿者が自分の代名詞を記載した場合、他の人が編集で削除してはいけない」というポリシーが社員のコメントで明らかになった。
具体的な批判の例
これらの括弧「」は引用を示すものではなく、主観的意見であることを強調するために使っている。以下同様。
強制的すぎる
- 「個人的にしっくりこない代名詞でも、言われたら使わなければいけないというのは表現の自由の侵害、いや表現の強制だ」
- ↔ 「基本的な礼儀の問題で、自由の侵害などではない」(これはCode of Conductの文言のことなのか、FAQのことなのかで意味が大きく変わる)
- 「ちょっと間違えたり、過去に代名詞を伝えられたことを忘れたりしただけで悪意があると見なされて、アカウント停止になるのではと不安になる。権限剥奪されたモデレーターの例もある。この変更はオーバーヘッドが高すぎる」
- ↔ 「何らかの抗議があった時はモデレーターがきちんと判断するから心配ない」
- ↔ 「言われたら代名詞を修正するだけ、とくに積極的に相手のプロフィールを確認したりする必要はない」
- 「指定された代名詞を使いたくない理由は様々考えられる。とりくくって侮辱とみなすのは乱暴すぎる」
- 「zeとかeyのような新しい代名詞であっても言われたら使うように要求するのは行き過ぎだ。もっと緩い変化なら受け入れやすい」
モデレーションが難しくなる
- 「どうやってこのルールを一貫性をもって公平に適用・徹底するというのか。一見ふざけてみえる代名詞の指定でも、"attack helicopter"のような荒らし目的のものなのか真摯なものかは判断できない」
- ↔ 「何かあれば通報してあとはモデレーターに任せればいい」
- ↔ 「フライングスパゲッティ教信者が免許証に使える写真の制限事項を緩和してもらった例がある。行動規範はユーザーを守る盾であるべきなのに、このルールは荒しユーザーの武器になる」
- ↔ 「何かあれば通報してあとはモデレーターに任せればいい」
- 「モデレーターとして、特定の大義名分に加担することはできない」
むしろ排除的
- 「ユダヤ教やキリスト教の宗派の中には、生まれ持った性別とは別の性別を認めることは神への反逆と見るものがある。その考え方の尊重はしないのか」
- 「英語が母語でないユーザーには参加の壁が高くなる」
- 「強制的なルールのせいで、むしろLGBTQ+ユーザーへの偏見が高まり居心地が悪くなった」
行動規範のような汎用的なドキュメントに載せるべきでない
- 「技術的Q&Aサイトなのだから、質問者あるいは回答者とのやりとりの中で3人称代名詞を使うことはめったにない。行動規範に載せるにはあたらない」
- ↔ 「Stack Exchangeネットワークの中には質問内容自体において性別が重要になることがあるQ&Aサイトがある」
- ↔ 「Stack Exchangeネットワーク上で、LGBT者は長年差別的コメントに傷付いてきた。これまでの行動規範では実効力がなかった」
- 「自分で自分の代名詞を指定するというのは、アメリカ合衆国の一部で最近出てきた考え方だ。世界中にユーザーがいるStack Exchangeに持ち込むのはどうなのか」
Q&Aに集中すべき
- 「人の感情を守るべきと主張するのがポリティカル・コレクトネス、人を守るべきと主張するのがリベラルである。SEはQ&A内容に集中してきたからこそうまくいってきた。感情に介入してもうまくはいかない」
- 質問・回答に代名詞情報を記載してよいというルールに関して 「Q&Aの内容を第一に考えるStack Exchangeでは代名詞情報は質問・回答にはいらない、ノイズだ」
2次災害
- 「社員のこのリツイートは特定のユーザー層をサイトから追い出すのが目的ということなのか」
「よくわからない理由で有名なモデレーターが一方的にクビにされた」
タイムライン
権限を剥奪されたモデレーターのことは、モデレーターAとし、同一人物であることが明らかにされている場合はB、C、...と表記することにする。
なお、以下の内容はモデレーターA本人のブログ記事の要約になる。視点が偏ることになるが、SO社側からは同様の詳細は発表されていないので致し方ない。
- 2018年6月 @ Teachers' Lounge3(以下TL): 代名詞についての議論があり、指定された代名詞を使うべきという見方と、わかりやすい文章をめざす理由からあいまいな代名詞は使わないというモデレーターAの見方が衝突し、ピリピリした雰囲気になった
- 2018年夏 @ TL: とあるモデレーターがトランスジェンダー・Xジェンダーの人に対してとても偏見のこもった攻撃的な発言をした
- しばらく後、当時Xジェンダーであることを明らかにしていたモデレーターが辞任
- 2019年1月 @ モデレーター用非公開Q&Aサイト: トランスジェンダーのモデレーターBが、指定された代名詞4を使うことをユーザーに義務づけるべきという主張を自己Q&Aの形で投稿
- モデレーターAは「相手が嫌な言動はしないことという禁令が既に行動規範にある」「特定の行動を義務づけるべきではない」「ジェンダーに中立的な表現は可能である」「実際のQ&Aで3人称代名詞が必要になることは滅多にない」「代名詞をまったく使わないことはミスジェンダリング5ではない」という内容の回答を投稿した
- 2019年2月 @ モデレーター用非公開Q&Aサイト: コミュニティーマネージャーDが、この問題には取り組んでいる、気になることがあればメールしてほしいとの回答を投稿。モデレーターAが送ったメールには返信はなかった
- 2019年9月 @ モデレーター用非公開Q&Aサイト: コミュニティーマネージャーDが質問を投稿し、モデレーター向けの研修に予算がつくとすれば、何が役立つかについて意見を募集した。質問内で挙げられた例にはダイバーシティとインクルージョン(以下D&I)が入っていた。
- モデレーターBはとても攻撃的な口調の回答を投稿し、特にトランスジェンダーに関するD&Iについての研修を必須とすべきとした。その口調から回答はマイナス票を集め、モデレーターBはそれをトランスフォビアとみなした。
- 別のD&Iに関する回答もあり、そちらはプラス票を集めた
- 2019年9月18日 @ TL: モデレーターCが2019年1月にモデレーターAが投稿した回答を引用し、偏見のかたまりと呼んだ
- モデレーターAは、いわれのない非難であること、自分の立場を説明できるよう、具体的に何に反対なのか示してほしいということを返信。モデレーターCの返信内容から、モデレーターAは個人的な見解の違いで、さらに大きな問題があるわけではないと判断。
- 2019年9月18日 @ TL: 「ディレクター」の肩書をもつ社員が、予定されているCode of Conductへの変更を告知。指定された代名詞を使うことを義務づけ、使うのを避けることを禁止する内容だった。
- モデレーターAは「これまで通り中立的表現で書いて問題ないのか」「避ける意図があったかどうかはどうやって判断するのか」について質問。他にも疑問を呈するモデレーターが複数人いた。
- 別のモデレーターが、モデレーターAが提案していたやり方に問題があることを指摘し、モデレーターAはその表現方法はとらないことに同意した。
- ディレクターは数時間後に戻ってきて、「私達は可能な限りはっきりと説明した、そちらの価値観はこちらのものからずれている」とコメント。モデレーターAはとまどい、TLから退室した
- 2019年9月20日 @ TL: コミュニティーマネージャーの一人がこの件は終了とする、他に何かあればメールしてほしいと発言。クィアのモデレーターが反対し、コミュニティーマネージャーの一人がTLを一時凍結した
- 2019年9月23日: コミュニティーマネージャーDが2月にモデレーターAが送ったメールに返信。
- モデレーターAはTLでの発言に関する誤解があったものと判断し、質問や説明を記した返信を送った
- コミュニティーマネージャーDは体調を崩してすぐには返信できず、最終的に27日に返信することを約束
- 2019年9月26日: あるクィアのモデレーターが怒りをあらわにした退任声明を投稿。
- 同モデレーターは10月8日に別の投稿で退任理由について以下のように説明した: これまでにもトランスジェンダー者をないがしろにする態度が露呈したことは複数回あったが、今回のTLの凍結は、トランスジェンダーなんて嘘っぱちであるという意見に対してSO社は何もしないことを意味する
- またモデレーターAの過去の投稿について: クィア者への公平な扱いに欠ける内容はあったが、悪意があったとは思わないし、対照的に、それをきっかけに偏見ある意見をあらわにした者たちに何のとがめもないのは偽善である、とした
- 2019年9月27日: SO社がモデレーターAの権限を剥奪。理由については以下を参照。
何故この措置がとられたか
SO社が公表した剥奪の理由は「既存の行動規範に繰り返し抵触し、コミュニティーマネージャーが再三行動を修正するよう要請しても拒否してきたため」。一方的に剥奪したことについては、何らかの緊急性があったことが示唆されているが、詳細は明らかにされていない。
モデレーターが自身のブログに記載した理由は「変更後の行動規範を当モデレーターは守らないだろうとSO社が考えたため」。
何が批判されているか
- 剥奪理由について
- 「モデレーター本人は既存の行動規範に抵触したこと、そして改善要請があったこと自体を否認している。SO社は嘘をついているのか」
- ↔ とある別の辞任したモデレーターは、実際に見たやりとりにもとづいて剥奪自体には同意すると言っている
- ↔ 別のモデレーターによると「当モデレーターのTL内での発言について非常にきつい物言いだった箇所があり、既存の行動規範に抵触していた」が、それに反対するコメントもついている
- モデレーター本人によると、「今回の件にまつわって行動規範に抵触するような発言をしたモデレーターが複数人いるが、同様の措置は受けていない」 [公平性に欠ける]
- 「モデレーターはこれまで常に公平で相手を尊重する人として知られてきたし、複数のサイトでモデレーターの任をこなし、メタSEのモデレーターにもSO社側から指名されるほどだった。行動規範の抵触など信じられない」
- 「モデレーター本人は既存の行動規範に抵触したこと、そして改善要請があったこと自体を否認している。SO社は嘘をついているのか」
- 剥奪の仕方について
- 「通常なら、警告→アカウント一時停止→アカウント停止というように段階的に対処するところを、手順を無視して措置をとった。モデレーターを退任させる手続きも既にあるのに、それも無視した」
- ↔ 「既存の退任手続きはコミュニティー内で処理の話で、SO社が退任させる場合の手続きではない」
- 「まだ新しい行動規範について質問をしている最中に唐突に剥奪した」
- 「モデレーターが敬虔なユダヤ教徒で、祭日には完全にオフラインになることはよく知られていた。安息日の直前、そしてユダヤ暦新年祭の2日前に権限剥奪するというのは配慮に欠ける」
- 「通常なら、警告→アカウント一時停止→アカウント停止というように段階的に対処するところを、手順を無視して措置をとった。モデレーターを退任させる手続きも既にあるのに、それも無視した」
- その後のSO社の対応について
- 「外部メディアに対してモデレーターの本名の開示と名誉毀損にあたるコメントをした」(モデレーターは本名をユーザー名として使っている)
- 謝罪声明について「権限を剥奪したことを「金曜日の午後にリリースすべきではなかった」とソフトウェア開発になぞらえるのは敬意にかける」
- 「SO社は剥奪の仕方が早急すぎたと認めたのであれば、今後は改善するなどと言っていないで、外部メディアへのコメントの取り消しとモデレーター権限の返還をすべきだ」
- 「この件が解決する前にCode of Conductを変更すべきではなかった」
「ユーザーの声がないがしろにされ続けている」
代名詞の件とモデレーター権限剥奪の件は今回の炎上のきっかけにすぎず、根はもっと深いと見る向きもある。
以下に関連する出来事をまとめてみたが、大まかにいってこれらのテーマが共通しているように思う:
- コンテンツのクオリティを重視するか質問者の問題を解決してあげることを重視するか
- どの程度ユーザーのフィードバックを求め、考慮し、納得を得られるよう努力するか
- どうやってマネタイズするか・その過程でどう変更を導入するか
関連する出来事のタイムライン
ユーザーの声に深く関わるものから、Stack Exchangeのマイルストーン的なものまで俯瞰性を重視して一覧にした。参考にした投稿・ページは脚注を参照6
- 2008年 Stack Overflow開設
- 2009年 Stack Overflowメタ開設
- 2010年 Stack Exchange開始
- 2011年 Stack Overflow Careers開設 (求人サイト)
- 2012年 創業者の一人ジェフ・アトウッドが退社7
- 2016年 Stack Overflow Enterprise開始(非公開Q&Aサイトを開設できる有料プロダクト)
- 2016年1月 質問・回答内にあるソースコードをCCライセンスからMITライセンスへ変更するプランがメタSEに投稿されたものの、多数の反対意見を受けて凍結される
- 2017年7月 DAG(Developer Affinity & Growth)チームがSO社内に作られる(ユーザー定着に取り組むチーム)
- それまで停滞していたQ&Aやモデレーションまわりの機能改善が進むのではないかと期待が高まる
- 2017年11月 社員の20%がレイオフ(Q&Aプロダクトに集中するためとの公式回答)
- 2017年12月 Stack Overflow Channels(現在はTeams)アルファテスト開始8(Enterpriseの小規模版のようなもの)
- 2018年3月 サイトデザインの更新プランが投稿される(レスポンシブデザインなどの導入のため、それまで個性的だった各Stack Exchangeサイトのデザインが標準化される)
- それまであったものが無くなったことへの反発と、ユーザーの声が無視されている感から不満が高まる
- 2018年4月 「Stack Overflowはあまり友好的でない」という公式ブログ記事を皮切りに、Welcome Wagonプロジェクトが始まる(新しいユーザーがとっつきやすいサイト・環境にしていくのが目的)
- ブログ記事は既存・パワーユーザーを責めているようにも解釈でき、反発をかった。システムの問題なのか人的問題なのかという疑問もある
- とあるツイートがきっかけ9、あるいは何らかの外部サイトの記事がきっかけ10で始まったと推測されている
- 2018年4月 チャットルームで行動規範に沿わない発言が野放しになっている場合、恒久的にそのチャットルームを閉鎖する、とのポリシーが発表される
- そうした発言をモデレーションするためのツールが不足しているとの声があがる
- 2018年5月 利用規約の更新を発表(GDPR対応などの他、SO社とユーザー間の紛争は法廷ではなく仲裁によって解決するという条項を追加)
- 2018年6月 Q&Aだけでなく、コメント欄でも親切でフレンドリーなトーンを保とうとの公式の呼びかけ
- 2018年6月 非ログイン状態でStack Overflowにアクセスした時のホームページが質問一覧からよくある製品説明のようなデザインに変更される
- 2018年7月 それまでのBe Niceポリシーを元に行動規範が定められる
- 2018年10月 とあるツイートをきっかけに、対人スキルに関するQ&AサイトがHot Network Questionsサイドバー11(HNQ)から外され、そのサイトへのトラフィックが80%減少
- HNQに掲載される質問をもっとコントロールできるようにしてほしいという機能要望は前からあがっていたのに、単なるツイートに、それも1時間以内に反応したことが批判される
- 2019年3月 Stack OverflowのCEOおよび創業者のジョエル・スポルスキが、CEOを辞任し取締役会会長に就任すること、新CEOを探していることを発表
- 2019年6月 Stack Overflow以外でも広告が表示され始める
- 不適切な内容の広告があるという指摘、動画広告は不愉快・重い、以前は表示しないというポリシーだったという指摘、新しく始まったブラウザーフィンガープリントの取得は個人情報の取得にあたるという指摘がなされる
- 2019年7月 Stack OverflowのサイドバーからHot Meta Posts12が削除される(「業務上メタに投稿しなければいけなくなった社員はパニック症や悪夢を経験する、新しい一般ユーザーに同じことを経験してほしくない」との公式説明)
- 2019年9月 Stack Exchangeのユーザーコンテンツが、既存のものを含めCC-BY-SA 3.0からCC-BY-SA 4.0にライセンスが一括変更される
- 2019年10月1日 新CEOプラシャンス・チャンドラセカールが就任
最近の、どちらかというとユーザーには悪印象の出来事はほぼ以下のような展開をたどってきたらしい:
- 告知不足あるいは考慮不足からユーザーから反発を受ける出来事が起こる
- メタが活性化するが、社員は沈黙を守る
- 公式回答が投稿されるが、ユーザーからの質問のほとんどには答えておらず、内容も不十分
- これでいいことにしようというユーザーと、さらに反発したユーザーの間で議論が継続する
- 問題が解決されないまま誰も話題にしなくなる
モデレーターの辞任声明には(全部読んではいないけれど)こうした背景を引用しているものが少なからずあるように思う。
今後
10月17日、コミュニティーマネジメントチームがモデレーターからの公開書簡に回答し、具体的に取り組んでいること、問題と認識している事柄のリスト、そしてコミュニティーと共に今後進めていくことを約束したい、という内容を記した。具体的に取り組んでいる事柄は
- 外部メディアからモデレーターについてコメントを求められた時はノーコメントとするポリシーを定めた
- モデレーターを解任する手続きと復帰させる手続きを制定中であり、10月22日に公開する予定である
- 有志によって作成された改訂版を参考に、代名詞に関するFAQを10月22日に更新する予定である
何らかの動きがあったことは好意的に受け取られたものの、「実際の内容を見るまでは判断を保留する」「権限剥奪されたモデレーターへの公式な謝罪と権限返還があるまでは解決したとは見なさない」「CCライセンスの件を忘れないでほしい」というコメントもある。
カバーしきれなかった読みもの、その他参考記事
有志によるまとめ
HNQとツイッタードリブン開発について
- 2018年10月 ツイートを重んじモデレーターを軽んじると見受けられるSO社の行動についての記事(筆者はモデレーター)
- 2018年10月 メタとSO社の関係と開発手法の変遷についての記事(筆者はコミュニティーマネージャー)
有名なモデレーターの辞任声明(順不同)
Stack Overflowのビジョンのぶれについて
- 2019年6月 The Stack Overflow I wish to build and participate in is no longer supported
- 2019年8月 Does the company still want this to be a library of knowledge?
-
まだ若いQ&Aサイトでは、投票を行える段階までコミュニティが成長したとSO社が判断するまでは、SO社がモデレーターをユーザーの中から任命する。 ↩
-
Stack ExchangeネットワークのモデレーターとSO社社員のみアクセスできる非公開チャットルーム。モデレーション上の一般的および具体的な問題について議論が交わされ、モデレーター同士本音が言いあえる場になっている。そうした性質上、チャットの内容を外部に漏らすことは固く禁じられている。雰囲気が悪いので入室しないというモデレーターもいる ↩
-
原文ではpreferred pronoun(選択・希望する代名詞)。「代名詞は希望するものではなく自分に固有のものなので、単にpronounあるいはstated pronounと言うべき」という見方があり、preferred pronounという言い方は好まない人もいる。 ↩
-
トランスジェンダーの人が自己認識している性とは異なる性で呼ぶこと。 ↩
-
Let's take a look at the interaction between staff and the “power users” of the network、An apology to our community, and next stepsへの回答、公式サイトの社史 ↩
-
"some external articles about negative experiences by new users" ↩
-
現在閲覧しているQ&Aサイト以外のStack Exchangeネットワークサイトで現在話題になっている質問が表示されるサイドバー ↩
-
現在そのサイトのメタで話題になっている質問が表示されるサイドバー ↩