はじめに
それはただのキューピー人形だった。
柔らかい樹脂でできた、小さくて丸い目の人形。
机の上に置いておけば、誰もが「かわいいね」と笑って通り過ぎる──
はずだった。
でもその人形は、
人の気配を感じ取って、突然こちらを振り向く。
高専の実習で「自由制作」という時間が与えられたとき、
僕はなぜか「首が回る人形を作ろう」と思い立った。
モーターを仕込み、センサーで人の存在を感知し、
振り向くことで“意思”のようなものを持たせたかった。
今思えば、実用性は皆無。
けれど、そこにはたしかに“自分の手で動く仕掛けを作った”という確かな体験があった。
この記事は、そんなちょっと不穏で、でも真剣だった技術の記録です。
目次
- きっかけ
- 設計構成
- イメージ図
- 使用部品(主な構成)
- 仕込み構造(テキスト疑似図)
- 問題と現実
- 動きの描写
- あとがき
- おわりに
きっかけ:なぜ振り向かせたのか
昔から、ホラーっぽい仕掛けには妙に惹かれるところがあった。
動かないはずのものが、突然こちらを向く──そんな演出ができたら面白いんじゃないか。
そう考えたとき、まず頭に浮かんだのが「人形の首を回す」というアイデアだった。
ただ置いてあるだけの人形が、人の気配に反応してこちらを振り向く。
想像しただけでちょっとゾッとするし、ちゃんと作れたらインパクトも強い。
問題は素材だった。
あまり大きくなく、加工がしやすくて、首と胴体が別れていて、見た目も多少“愛嬌”があるもの。
そうして探してたどり着いたのが──キューピー人形。
通販で見つけた、全長十数センチほどのキューピーを1体購入。
価格は確か3,000円ほど。高専生の懐事情にはやや重たかったが、
中が空洞な構造で、モーターや配線を仕込むにはちょうど良さそうだった。
可愛さと不気味さの中間にあるような表情。
その人形がこちらを向く様子を想像しながら、構成のイメージを固めていった。
設計構成:あなたを“見る”仕組み
このキューピー人形の首振り装置は、3人チームでのグループ制作だった。
とはいえ、アイデアの発案や素材の選定、そして首を180°回して振り向かせるという設計の軸は、僕が主導して進めていた。
イメージ図

使用部品(主な構成)
-
サーボモーター(180°回転)
首の回転動作を担う。180°まで回せるタイプを使用し、人形の首が“真後ろ”を向く動作を狙った。 -
赤外線センサー
人の接近を検知するために設置。一定距離内に人が入ると、出力をONにする。 -
PICマイコン
センサー入力を読み取り、サーボ制御信号を出す中心的な制御装置。A/D変換の必要性を後で痛感することになる。 -
押しボタンスイッチ(代替入力用)
センサー動作が断念された後、手動トリガーとして使用された。 -
粘土・補強材
サーボを人形の体内に固定するために使用。内部が空洞な人形に、安定した機械構成を実現するための工夫。
仕込み構造(テキスト疑似図)
┌──────────────────────────┐
│ キューピー人形(中空) │
├──────────────────────────┤
│ ● 首:サーボモーター直結 │
│ ● 胴体内:粘土で固定&配線 │
│ ● センサー or ボタン入力 │
│ ● PICで制御信号出力 │
└──────────────────────────┘
この構成によって、「人が近づくと自動で首を180°振り向かせる」という構想は一応、形にはなった。
もちろん、実際には理想通りにはいかないのだけれど──
問題と現実:未熟さが招いた仕様破綻
理屈の上では、センサーで人を検知し、サーボで首を回すだけのシンプルな仕組みだった。
しかし、現実の回路設計はそんなに甘くなかった。
問題は、赤外線センサーの出力がアナログ信号だったことにあった。
信号値を適切に読み取るには、A/D変換(アナログ→デジタル)処理が必要。
けれど、当時の僕はその前提を完全に見落としていた。
使用していたPICマイコンにはA/D変換機能自体はあった。
だが、設定と実装の知識が足りず、センサーの値を正確に扱うことができなかった。
結果、
「人の接近を検知して自動で振り向く人形」ではなく、
「ボタンを押している間だけ首が回る人形」になってしまった。
それでも、サーボモーターによって人形の首が180°グイッと回る様子は、
じゅうぶんに不気味だった。
しかもボタンを押し続けている間、サーボはずっと力を込めて首を回し続ける。
動作音、表情、動きの滑らかさ──
どこを取っても「なにかがおかしい」と思わせるだけの説得力があった。
動きの描写:その動作は愛らしさと無縁だった
完成したキューピー人形は、見た目こそ市販のかわいらしい姿そのままだった。
丸い目、ちょっと口を開けたような表情、小さな手足。
机の上に飾っておけば、何も知らない人は「癒しグッズかな」と思ったかもしれない。
だが、首が“動く”だけで印象は一変する。
それもただ動くだけではない。
ボタンを押すと、グイッと180°、首だけが無理矢理振り向くのだ。
体はそのまま、首だけが後ろを向く──
その姿を見た人たちは、まず一瞬無言になって、そして笑う。
「あー、やっちゃってるな」と。
音もそれなりにうるさい。
サーボの動作音が「ギギギ……」と唸り、回転が止まると、
人形の顔はこちらをじっと見ている。
本来「かわいい」を演出するための造形が、
動き方ひとつで不気味さに変わる。
そのギャップこそ、この作品が持つ最大の魅力だったのかもしれない。
あとがき:それでも作ってよかった
この人形は、結局、展示や発表の場で誰かに使われることもなく、
最終的には学校の研究室に寄贈して、僕の手元を離れた。
センサーは思ったように動かず、想定した仕様は達成できなかった。
それでも、実際にモノを動かすために必要なことの多さと難しさを、
肌で感じられた制作だった。
サーボの制御、センサーの仕様、配線の工夫、
そして「人形に中身を仕込む」という構造設計の発想。
それらを一つひとつ手探りで組み上げていった経験は、
間違いなく今の僕を形作る土台のひとつになっている。
今あらためて考えると、
「人の気配を感じて振り向く人形」なんて、どう見ても実用性はゼロだ。
だけど、“意味があるかどうか”より、“面白いかどうか”を優先した制作というのは、
技術者として原点に近い経験だったように思う。
振り向くたびに少し笑えて、ちょっと怖くて、
でもどこか憎めないあの人形を、僕は今でもよく覚えている。
おわりに
この人形の制作を通じて得たものは、完成品そのものよりも、
「技術を通じてちょっとだけ現実を歪める感覚」だった。
首が回る、ただそれだけの仕掛け。
でも、それを人形に仕込むだけで、周囲の空気がわずかに変わる。
笑いが起きたり、引かれたり、「なんでそんなものを…」と問い返されたり。
技術って、本来そういう“ちょっと異常なもの”と手を結びやすい性質があると思う。
だからこそ、ホラーとか、違和感とか、不穏なものと相性がいい。
あのときの僕が作りたかったのは、
「何か目的があるもの」ではなくて、
**ただ“面白がられる異物”**だったのかもしれない。
もしこれを読んで、
「それ自分もやってみたい」「くだらないけど最高」
なんて思ってもらえたら、それが何よりの成果です。