Introduction
IT系で長く仕事をしているとテッキーな現場から離れて管理業をしなくてはならないシーンがある。
そんなときによくわからない横文字「ハードネゴシエーション」すべきだと言われたので少し考察してみた。
そもそもハードネゴシエーションとは?
言葉自体は「厳しい交渉/激しい交渉」のような意味合いだが、
私が体感する限りではこの言葉は**「自分の意見を強く言い突き通すこと」**という使われ方をしているように思う。
※蛇足で言えばこういう横文字が好きじゃないけど使います
考えの前提として自分自身の交渉方法は基本ソフトネゴシエーション寄りであり、かつ極力寄り添う形で良い落とし所と長期的な関係性を意識して行うことが多い。
表面上はソフトであるがどちらかというとタフネゴシーエーション・良き関係性の構築を基本とした「気持ちのいい両者合意」を基本としている。
その交渉方法に対しての苦言として、「管理職やより上の立場を目指すためにお前に足りてないのはハードネゴシエーションだ」と言われる機会がとても多くなってきたので、なぜ必要なのかについて考えてみた。
まずはネゴシエーション先について
こと日本企業において仕事というのは例外もあるがほぼ「顧客のため」に行う行為がほとんどだと思う。
営業や小売であれば直接顧客でわかりやすいが、例えばプログラマーであればアプリの利用者、事務職であればその事務を必要とする社員、社内SEも同様に利用する社員、管理職であれば自組織内外のステークホルダーを顧客と見立てることができると思う。
顧客がいる以上は客商売であり、顧客に対して何が提供できるか。そして提供の結果喜びや利便性、幸せにつながるようなどういったメリットを感じてもらえるかが重要になるのは絶対的な基本だと思う。
今回の主題である「ハードネゴシエーション」はこの**「顧客」**に対して行うものだとまずは設定して考えてみる。
ハードネゴシエーションの必要性について
自分の意見、ひいては自分の組織の方針を突き通したい、それで何かを達成したいといった場合に、
このハードネゴシエーション、いやネゴシエーション自体が必要だとされる場面はシンプルで、
・やりたいことを実現したいから
の一言に尽きると思う。
では何故ハードネゴシエーションが必要なのか?
例えば一例で挙げた営業。それであれば達成したいことが、
・自分自身のノルマ
・顧客にとって絶対有用だと思う提案
といったものが想像できる。
また別の例として社内SEであれば、
・組織の目標を達成するため
・計画通りにどうしても遂行したいプロジェクトがある
などなど、まぁ色々な達成したいことがもっともっと挙げられるとは思う。
そういった「達成したい目標」に対してのアプローチとしてハードネゴシエーションが必要な理由について考えてみたい。
達成したい目標があるとして、それに対するアプローチ方法は多様であると思うしそれが然るべきだとも思う。
このアプローチ方法自体に対して指摘を入れてくるということは"お前のアプローチ方法では不足がある"ということだろう。
それは受け入れつつ最善な手段による最短期間での達成を求めていく、のはご尤もである。
ただし何故か最善手が「ハードネゴシエーション」であると説いてくることが多い。
あくまでの目先の案件や短期的なゴールの達成という意味であれば使えなくもないが、長期的観点での関係性の確保を意識した場合には単なる悪手である場合が多いと感じる。
何故か。
ハードネゴシエーションのデメリット
少しだけ書いてみる。
ここまででも書いた部分もあるが、ハードネゴシエーションを行うことによるデメリットは大きい。
まずは自己中心的な人間であると見られてしまう。そして主張を変えない。
結果的に相手の気持ちを優先することができず、長期的な関係性の構築ができない。
状況次第ではあまりにも自分の意見を強く押し通す姿勢が感情的なコミュニケーションであるとさえ受け取られる可能性もある。
もちろんネゴシエーションの手法なので個々の性格ではないのだが、このコミュニケーション手法を使っていくことで相手側には印象が作られていく。
そいつがどれだけ意識して仕事のために頑張ってハードネゴシエーションをしていたとしてもそんなのはしったこっちゃない、印象は作られる。
果たして自分と相対する人間がそうだったらどう思うか。
自分ならめんどくせぇからこいつと関わるの辞めよう、と素直に思うね。
メリットはシンプルに「自分の成し得たいことを通す」程度であろう。
話戻って
シンプルにハードネゴシエーションを繰り返す人間は「自己中心的」であり本質的に「パワハラじみた」人間が多く良好な関係性も信頼も心理的安全性もあったもんじゃない。場合が多い。(超主観)
いわば現代では通用しない昭和な考えをアップデートできず、自分の行動が会社のためになると信じ込んでいる旧人類であろう。
こと正解なんてない仕事において相手の意見を無視した一方的な正解など絶対に無い。
極端かつ印象づけにもなるような言い方だが、自分のやりたいことを強固に押し通し相手の意見も聞かず中庸を見つけようともしない人間をどう思うだろうか。
そして何度でも言うが**「顧客のための仕事」**という観点を無くして何が仕事で何が成功なのだろうか。
社内的な自分の評価だけを求めて果たして何が仕事か。
話が変わってしまうが、評価を求めて仕事をするんではなく顧客に喜ばれて最終的に評価がついてくればそれでいいじゃないと思う。
さて、そんなマイナスな印象が多いのに何故「部下に対してハードネゴシエーションが必要だ」と説く人間がいるのかと考えてみると、その言葉を口にする人間の成功体験に基づくものである可能性が高い。
自身はその交渉方法により「成功を得た」と感じているんだろう。
「俺はちゃんと言うことを言って今の立場を確立した」であるとか「いう事突き通さないとナメられる」だとか。
そういうホコリが乗った成功体験か、またはそのまた上司にそう言われているか程度だろう。
ただしその成功は一方的なもので、利己的な目標に対しての達成で計られている場合がほとんどだと感じる。
実際に定義した顧客に意見を聞いてみると評判がすこぶる悪かったり信頼性なんてあったもんじゃなかったりする。
もしハードネゴシエーションを基本としながら顧客にものすごい信頼を置かれているパターンがあるなら紹介してほしい。
あと最終的に目標を達成するのが重要、であればそこの人間関係を俯瞰でみて何かを言うなんてのは意見としては幼稚すぎる。
※関係性なんて外から見えるもんじゃないって事ぐらい誰でもわかるでしょ
上記の通り基本的にはハードネゴシエーションは短期的に有効な策でしかないにも関わらず、かつそれが有用だと信じ続けているからこそ部下後輩にもその必要性を説いてくるんだろうと思う。
実際に顧客からはどう思われようが短期的な実績を出したいならこの方法は有用なのかもしれない。
ただ、ちゃんと仕事をしていく。長期的に自分の立場を作りたいのであればやはりこの方法はどう考えても悪手であるとしか思えない。利己的な成果でありかつ顧客からの信頼もなくなる手法を選ぶ事自体が、本来の仕事の意義と反している。
ハードネゴシエーションの必要性に対しての理論があるわけではなく、実績があるからという理由で言っているだけにも感じるし、他のアプローチ方法を望んで取っていることに対しての許容性がなさすぎるのではないか。
言ってしまえば自分の成功体験を押し付け、自分のクローンを作りたいようにも思えてくるし、自分が出来る人間だと過信し過ぎのようにも感じてくる。
そもそもで言えばハードネゴシエーションは「言いたいことを言う」という一番原始的な手法であるし、周り気にせずやろうと思えばだれでも出来る。ただそれをあえてしていない理由を考えてみたらどうだろうか。
本来視座が上がれば上がるほど長期的目線を持った対応が必要とされるのはもちろんだと思うのだが、何故そういう方々がこの手法を求めるのかより理解ができない。
結論
現時点で必要性は**「無い」**。
あえて言うのであればハードネゴシエーションではなく、相手に流されないように・自分の意見を変えないようにコミュニケーションを取りなさいよ。っていう言葉なんじゃないかな。
要はゴール地点を相手に寄せすぎるな。ってことであれば一定は納得できるけど。という程度。
ただ、補足として言っておくが言うべきことは発信している。
こちらはタイミングや言う場を選んでいるだけであるということを慮ってほしい。
しかし、かといってソフトネゴシエーションがいい。というわけでもなく極端じゃないネゴシエーションが必要だろう。
こちらの意見、相手の意見をちゃんと理解した上でちょうどいい落とし所を見つけて両者が納得して一緒に先に進んでいける。
むしろそれができないなら交渉でもなんでもないだろう。
それが私としては目指すべき世界であり、成し得たい手法である。
勝った負けたとかマウントとったりとか子供じゃないんだから。
私は「相手の為」として発信されるこういう一方的な押しつけ、おこがましい改善要求が所謂心理的安全性の悪化や居心地の悪さを生み出している根源であり、日本社会の悪ではないかと考えている。
感想
もしかすると私の仕事スタイルが優柔不断に見えてしまっていることが原因でもあるのかもしれない。
ただ表面的に見えているものと、実際握っているものは違うのでその全量が見えているとも思えない中で断言してほしくないという思いと、その上でアウトプットに対して文句があるなら全面的に受け止めたいと思う。
しかしこっちとしても言いたいことはある。
まずこの話を推測してみたきっかけとしてハードネゴシエーションが何故必要か?を直接聞いても耳あたりのいい言葉しか出てこず本質的な意見が全く聞けないこと。そういった話の一連で納得できる説明が一切出てこない、腑に落ちていないことなどがある。
本来こういう話は個の性質に依存する部分もあるため「こうしたほうがいい、何故ならばこうだから」に対して「こうでもよくないですか?」のラリーがあってその上で両者合意の「こうしましょう」が作られるべきだと思う。
そういった何故ならばの説明もなければ、そういった話し合いの時間も持てないのであれば相手のためになんてならないんだから言わないほうがマシ。
大事なのは**「こうしろと言う事」ではなく「何故こうしたほうがいいのかを納得させる事」**だ。
そういう話でしょ、ハードネゴシエーションを説いているみなさん。
皆様の発言がどう響いてるか今後のために是非ともフィードバックして差し上げたいところではあるが、その人達が望むハードネゴシエーションでお伝えすると単なる険悪なムードになって終わるのでね。
例:ハードネゴシエーションが必要だ!という人に対して「いや違くないですか?」といっても「なんだこいつ反発してきやがってお前のためを思っていってやってんだぞ!」って雰囲気になる無意味さ。そりゃそーですよ。それがハードネゴシエーションでしょうから。反発を嫌うネゴシエーション手法を取ってる相手に何言っても無駄ですね。
一連を通して思うのはあくまでも交渉で必要なのは突き通すことではなく説得・納得。
ちゃんとした背景や状況などの説明をして粘り強く話し合いをすることが大事なのであって、相手が納得できないうちに突き通すのは馬鹿。
そして何より仕事をする上では顧客や発揮すべき価値を明確に定めてその上で活動をすること。
一番大事なのは顧客であって自分や自組織ではない。
その顧客とは向き合ったり寄り添ったりするものであって言い負かす相手ではない。
顧客のためにならないこと、顧客が嫌な顔しても押し通すのであれば最低限その行動の意味を説明する責任ぐらいはあるはず。
どこまで行っても人と人。仕事だとしても人間関係はスポットのフロービジネス型ではなくストックビジネス型として長期的に最善な関係性を見据えてコミュニケーションを取っていくのが絶対良い。
自身が顧客になったときに望むような対応を自分がやっていますか?
アプローチが正しいと思って発信している方々は相手の気持ちを一回考えてみてほしいものである。