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何故、AIは雇用を奪う(ことにされている)のか?

Last updated at Posted at 2017-10-18

#AIを活用した労働生産性向上(≒AIによる雇用の代替)への期待の高まり

近年において、「AI」1への注目がかつてなく高まっています2。この、AIへの注目の高まりの一端を担っているのが、AIを活用した労働生産性向上(≒AIによる雇用の代替)への期待です。そうした期待の一つのあらわれとして、雇用市場ではAI人材の不足が主張されています3。そして、AI人材の不足をもたらすような高水準の人的需要が生じている背景として、AI(人工知能)の進化、応用により高い成長が期待される企業に対して、金融市場からの資金が急速に流入していることが挙げられます4

しかしながら、AIを活用した労働生産性向上(≒AIによる雇用の代替)への高い期待は、本来あるべき水準と比較して著しく過大であるかも知れません。例えば、センセーショナルなマスコミ報道に起因して、AIによる雇用の代替の可能性(≒AIが雇用に与える脅威)が過剰に印象付けられているような状況も想定されます。そして、仮に、AIに対する現実離れした期待が崩壊するならば、最終的には、「AI人材」としての個々の技術者が何らかの悪影響をこうむることとなるでしょう。

その上で、この記事では、「AIによる雇用の代替」への「期待」が形成されるにあたって大きな役割を果たした、フレイ、オズボーンの共著による2013年の論文「雇用の未来("THE FUTURE OF EMPLOYMENT: HOW SUSCEPTIBLE ARE JOBS TO COMPUTERISATION?")5への解説、および評価を通じて、「AIが雇用を奪う」とみなす「期待」の妥当性(≒「何故、AIは雇用を奪うことにされているのか?」という問いへの答え)について考えてみます。

#「雇用の未来」論文に対する解説、および考察

##「雇用の未来」論文の概要
フレイ、オズボーンの共著による2013年の論文「雇用の未来」は、「米国における雇用の47%はコンピューター化により失われるリスクがある」という結論(図1)を主張することを通じて、日本においても各種のメディア経由で多くの注目を集めました6

Frey and Osborne Fig.3.png

図1. 米国における、雇用のコンピューター化の実現可能性(「Probability of
Computerisation」)に対する雇用者数の分布。図中右側の「47% Employment」に属する雇用がコンピューター化(≒AIによる雇用の代替)のリスクに瀕していると主張されている。(出典: Frey and Osborne (2013)

同論文の主張を借りることによる、国内メディアによる典型的な論旨展開を以下に例示します。

  1. 「雇用の未来」論文によれば、将来的には、多くの職業がコンピューター(≒AI)により代替されることとなる
  • そのため、これからのビジネスの現場ではAIを活用しなければならない
  • AIを活用するためにはAI技術、AI人材が必要である

上述したような論旨展開に基づくメディア発信の好例として、リクルートワークス研究所の刊行物「Works」における特集「同僚は、人工知能7を挙げることが出来ます。AI技術やAI人材へのニーズの高まりの前提として、AIによる雇用の代替(を通じた労働生産性の向上)への期待があることを、こうしたメディア刊行物からも読み取ることが出来ます。

##「雇用の未来」論文で行われた分析内容
###「雇用の未来」論文で分析対象とされたデータ

各職業(「Occupation」)のコンピューター化の実現可能性(「Probability of
Computerisation」)を算出するために、米国の職業データベースである「O∗NET」が用いられています。この職業データベースで特徴的なのは、データベースでカバーする900種類を超える職業のそれぞれが持つ様々な特性が定量的な数値(1~100のスコア)として評価されていることです(図2)。

ONET画面サンプル.png

図2. 「O*NET」における職業評価の例(「Aquacultural Managers」職業への評価)

###「雇用の未来」論文での分析手法

「雇用の未来」論文で行われたデータ分析の流れは以下の3ステップに要約されます。

  1. 「O*NET」が扱う職業群から抽出された70種類の職業それぞれに対して、そのコンピューター化の可否を機械学習の専門家の主観に基づき判定する(「1=コンピューター化可能」、もしくは「0=コンピューター化不可能」の二値のいずれかのラベリング)。
  2. 70種類の職業に対するラベリング結果、および、それら70種類の職業それぞれが保持する特性値を教師データとする機械学習により、「O*NET」データベースがカバーする任意の職業に対してコンピューター化の可否を二項分類するための数理モデルを生成する。
  3. 生成した数理モデルを用いて、各職業でのコンピューター化の実現可能性を定量評価する。

上述した分析を行うにあたっては、「O*NET」データベースがカバーする各職業が保持する特性値の絞り込みが行われています(表1)。また、特性値の絞り込みに際しては、コンピューター化にあたってのボトルネックになり得ると判断した特性値(例: 芸術的な知識や技能が職種で求められる度合いを表現するための特性値)を選択した旨が述べられています。

表1. 選択された特性値の一覧(表中の「O*NET Variable」列)。「Computerisation bottleneck(コンピューター化のためのボトルネック)」に基づき特性値が選択されたことが示されている。(出典: Frey and Osborne (2013)

Frey and Osborne Tab.1.png

###「雇用の未来」論文での分析結果

「雇用の未来」論文のAppendixには、データ分析の結果として得られた、各職業でのコンピューター化の実現可能性(「Probability of Computerisation」)の値の一覧が添付されています(表2)。

表2. 各職業でのコンピューター化の可能性の一覧(抜粋)(出典: Frey and Osborne (2013)

Frey and Osborne Appendix.png

また、コンピューター化の実現可能性(「Probability of Computerisation」)と表1で示した各職業の特性値との間での相関が、散布図として論文中で示されています(図38

Frey and Osborne Fig.2.png

図3. コンピューター化を阻害し得る職業特性(分析の対象として採用された9つの「データ次元」)とコンピューター化の実現可能性(「Probability of
Computerisation」)との相関を示した散布図(散布図中の各プロットが個々の職業に相当する)(出典: Frey and Osborne (2013)

そして、米国の雇用統計データ(「O*NET」とはまた異なる雇用統計データ)と表2に例示される各職業でのコンピューター化の実現可能性とを突き合わせることにより、各職業でのコンピューター化の実現可能性と雇用者数とを対比した分布が得られています(図4)。

Frey and Osborne Fig.3.png

図4. (再掲)米国における、雇用のコンピューター化の実現可能性(「Probability of Computerisation」)に対する雇用者数の分布(出典: Frey and Osborne (2013)

##「雇用の未来」論文で行われた分析に対する評価
###「雇用の未来」論文の要点
「雇用の未来」論文の要点は以下にまとめる通りであると、本記事の筆者は考えています。

  • オックスフォード大学に所属する機械学習の専門家が、70種類の職業を対象にして、コンピューター化の実現可否の判定を主観的に行った。
  • 70種類の職業に対して行った主観的な判定を、より広範な職業に対して一貫性を保ちつつ拡張するために、主観的な判定を再現するための数理モデルを、機械学習を用いて生成した。
  • 数理モデルを用いた判定の結果として、コンピューター化の実現可能性が「低い」職業群、およびコンピューター化の実現可能性が「高い」職業群が抽出された(本記事の図4のグラフにおける左右のピーク)

上述した要点をマスメディアへの掲載に適したレベルまで更にダイジェストすると、以下に示す文章が得られます。

「オックスフォード大学に所属する機械学習の専門家は、いくつかの職業でコンピューター化が技術的に実現可能であると主観的に判定した。その上で、米国の職業データベースに対する定量的な分析を通じて、コンピューター化が実現可能であるとして専門家により主観的に判定された職業と類似した職業を客観的に抽出した。そのようにして抽出された職業には、米国の雇用の47%が属していた。」

###「オックスフォード大学に所属する機械学習の専門家」が「主観的に」行った判定は果たして妥当か?
「オックスフォード大学に所属する機械学習の専門家」が「主観的に」行った、各職業に対するコンピューター化の可否判定(ラベリング)の妥当性が大きな問題となります。そもそも、こうしたラベリングは「機械学習の専門家」が単独で行うべきではなく、各職業での業務内容に精通したスペシャリストを交えたディスカッションを通じて実施することが望ましいことは言うまでもありません。

ともあれ、まずは、実際に行われたラベリング結果の抜粋を実例として以下に示します。

  • コンピューター化が実現可能であるとラベリングされた職業(抜粋)
    • 保険引受人(Insurance Underwriters)
    • データ入力者(Data Entry Keyers)
    • 融資担当者(Loan Officers)
    • 信用分析担当者(Credit Analysts)
    • 損害賠償解決員(Claims Adjusters, Examiners, and Investigators)
  • コンピューター化が実現不可能であるとラベリングされた職業(抜粋)
    • 医師(Physicians and Surgeons)
    • 歯科医(Dentists, General)
    • 社会福祉・社会事業サービス管理者(Social and Community Service Managers)
    • 幼稚園教師(Preschool Teachers, Except Special Education)
    • 聖職者(Clergy)

このラベリングの妥当性について、論文中では「我々が最も自信をもって判定を行える職業のみを対象として判定を行った(Labels were assigned only to the occupations about which we were most confident)」と述べられています。しかしながら、「何故、自信をもって判定を行えたのか?」という問いへの答えが示されていない以上、論文でのラベリング結果を無条件で受け入れるべきではないでしょう。

なお、「雇用の未来」論文で行われたラベリングの傾向については、各職業でのコンピューター化の実現可能性(「Probability of Computerisation」)と、各職業における賃金水準、および教育水準との強い相関を示す分析結果(図5)が得られていることからすると、「単純労働はコンピューターを用いた自動化により代替される」ことが暗黙の前提となっていたことが推察されます。

Frey and Osborne Fig.4.png

図5. 雇用のコンピューター化の実現可能性(「Probability of Computerisation」)と賃金水準、および教育水準との相関。左側のグラフが賃金(wage)との相関を、右側のグラフが学歴(学位の所持率)との相関を示している。(出典: Frey and Osborne (2013)

また、本記事の筆者の印象としては、コンピューター化による省力化が実現した際に生じ得る各職業での需要の変化が(おそらく無意識的に)ラベリング結果に織り込まれているようにも感じられました。つまり、仮に、保険引受人(Insurance Underwriters)が担当する業務がコンピューター化によって省力化されたとしても、保険引き受け業務(保険契約の締結に関わる一連の事務的作業)への需要は一定程度を保つでしょうから、結果として、保険引受人の雇用はストレートに失われることが予想されます。一方で、AIを活用した診断などを通じて医師(Physicians and Surgeons)が行う業務の効率性が向上したならば、おそらく、より高度な医療を求める社会からの要請に起因して医師の雇用は保たれることでしょう9

#何故、AIは雇用を奪う(ことにされている)のか?
「何故、AIは雇用を奪う(ことにされている)のか?」という問いに対する、「雇用の未来」論文の文脈に基づく回答は、「オックスフォード大学に所属する機械学習の専門家がそう感じたから」というものとなります。そして、図5に示される、雇用のコンピューター化の実現可能性(「Probability of Computerisation」)と賃金水準、および教育水準との相関を見る限り、「オックスフォード大学に所属する機械学習の専門家」は「単純労働がコンピューターを用いた自動化により代替される」という暗黙の前提を頭の中に抱えているようです。

結局のところ、「AIによる雇用の代替」への期待が形成されるにあたって大きな役割を果たした「雇用の未来」論文での主張には、限られた機械学習の専門家の主観に大きく依存しているために、その裏づけに乏しいという懸念が付いて回ります。そうした懸念が何らかの形で顕在化したならば、結果として、AIを活用した労働生産性向上(≒AIによる雇用の代替)への過剰な期待が剥落することとなるでしょう。

もし、AIを活用した労働生産性向上(≒AIによる雇用の代替)への期待が剥落するならば、AIを活用した労働生産性の向上を何らかの機会において提案するにあたって、以下に示すような対処が必要とされると予想します。

  • AIを活用することにより労働生産性(もしくは業務品質)が向上することを示すためのロジックをより具体的、かつ、精緻な形で示すこと。
  • より短期間で「結果を出す」ことを前提として提案内容を構成すること。

端的に言って、「雇用の未来」論文が主張する「AIによる雇用の代替」を決定事項として議論を組み立てることには危うさが伴います10。「雇用の未来」論文の主張を無批判に取り込みつつ「AIによる雇用の代替」を煽る論説を見掛けたならば眉に唾すべきでしょう11

  1. 本記事では「AIが雇用が奪う」という文脈における世間一般での認識に合わせて、「AI」という用語をかなり広義に捉えています。本記事で「AI」と呼称する情報技術に対応しているのは、業務の効率化、自動化に寄与し得る一連の認知技術(ルールエンジン・機械学習・人工知能等)に相当します。

  2. 人工知能の歴史-第3次AIブーム

  3. Google検索結果(「AI人材」+「不足」+「site:go.jp」)より、AI人材の不足を訴える主張にアクセスすることが出来ます。

  4. "The 2016 AI Recap: Startups See Record High In Deals And Funding"記事によれば、過去数年間においてAIへの投資は右肩上がりで増加し続けています。

  5. Carl Benedikt Frey and Michael A. Osborne (2013), "THE FUTURE OF EMPLOYMENT: HOW SUSCEPTIBLE ARE JOBS TO COMPUTERISATION?"

  6. Google検索結果(「オズボーン」+「フレイ」+「新聞」)からは当該の論文がマスメディアに与えた影響が伺えます。

  7. リクルートワークス研究所 機関誌Works バックナンバー No.137 「同僚は、人工知能 」

  8. 一見、相関がそれほど強くないため、分析のために用いた数理モデルの性能への懸念が沸くところですが...しかしながら、数理モデルを用いた二項分類におけるAUC(Area Under the Curve)値が0.9を超えているために、数理モデルの性能は十分である旨が論文に記述されています。ちなみに、機械学習における性能評価基準であるAUCの概念について「【統計学】ROC曲線とは何か、アニメーションで理解する。」記事で分かり易い解説がなされていました。

  9. ただし、論文の著者であるマイケル・オズボーンは、職業に対する社会的な需要変動までは考慮に含めていないとの旨の発言を行っています(参考: RIETI - 第31回「IoTが雇用に与える影響;マイケル・オズボーンへのインタビュー」)。

  10. OECDによるレポート「Melanie Arntz, Terry Gregory, Ulrich Zierahn (2016/6), "The Risk of Automation for Jobs in OECD Countries"」を「雇用の未来」論文の改良版として位置づけている論説を度々見かけます。しかしながら、このレポートでは統計分析のためのインプットデータとして「雇用の未来」論文の分析結果(「Probability of Computerisation」値)をそのまま用いてしまっています。そのため、「雇用の未来」論文が抱える「主観的なラベリング」への懸念を払拭するために、このOECDレポートを用いることは困難です。

  11. ちょっとしたTipsとして、「米国の雇用の**47%が失われる」、もしくは「日本の雇用の49%**が失われる」というキーワードを、眉に唾するためのトリガーとして用いることが出来ます。ちなみに、前者のキーワードは「雇用の未来」論文の主張、後者のキーワードは「雇用の未来」論文の後続研究にあたる、野村総研によるプレスリリースを出典としています。

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