#ビル・ゲイツが薦めた書籍
「コンテナ物語」という書籍があります。この書籍は、ビル・ゲイツによる「The Best Books I Read in 2013(2013年に私が読んだ最良の書籍)」と題されたブログエントリで紹介されたものです。ビル・ゲイツは、この書籍が「コンテナ輸送へのシフトが経済のグローバル化と世界のビジネス慣行にとてつもないインパクトを及ぼしたことを、自然な語り口で記述している」として、この書籍を賞賛しています。
#「リアル」コンテナと「IT」コンテナとの関係性
ここで興味深いのは、Dockerをはじめとする「IT」コンテナ技術が注目を集め始めた2013年に、「リアル」コンテナがもたらしたイノベーションを取り上げた書籍を、「あの」ビル・ゲイツが紹介していることです。仕事柄、「IT」コンテナ技術にも注目せざるを得ないような私などからすると、この偶然(もしくは必然?)は「リアル」コンテナが辿った運命と「IT」コンテナがこれから辿る運命との一致を示しているようにも感じられます。
ここで、「リアル」コンテナと「IT」コンテナでの(一目で分かるような)類似性について端的にまとめると以下の箇条書きの通りとなります。
- 機能
- 「リアル」コンテナ
- 物流の過程を通して輸送対象の物品を格納する
- 「IT」コンテナ
- ソフトウェアモジュールのライフサイクルを通してソフトウェアモジュールを格納する
- 「リアル」コンテナ
- 利用にあたってのメリット
- 「リアル」コンテナ
- 輸送物品の貨物船への積み下ろしに伴うコスト、および期間を削減する。
- 輸送物品の貨物船への積み下ろしに伴う瑕疵を防止することを通じて、輸送品質を向上する。
- 「IT」コンテナ
- ソフトウェアモジュールの環境(開発環境、本番環境...etc.)へのデプロイに伴うコスト、および期間を削減する。
- ソフトウェアモジュールの環境へのデプロイに伴う瑕疵を防止することを通じて、システムの運用品質を向上する。
- 「リアル」コンテナ
- 規格への依存
- 「リアル」コンテナ
- 規格の統一をトリガーとしてエコシステムが発達することが決定的にプラスに働く
- 「IT」コンテナ
- 規格の統一をトリガーとしてエコシステムが発達することが決定的にプラスに働く
- 「リアル」コンテナ
- 規模の経済
- 「リアル」コンテナ
- 規模の経済が働く(コンテナ輸送船、コンテナ港湾の大規模化との相性が良い)
- 「IT」コンテナ
- 規模の経済が働く(システム、システム基盤、およびデータセンターの大規模化との相性が良い)
- 「リアル」コンテナ
#「リアル」コンテナが世界にもたらした影響
では、「リアル」コンテナは何を世界にもたらしたのでしょうか?この疑問への回答が、冒頭で紹介した書籍「コンテナ物語」にまとめられています。その上で、ここでは、「リアル」コンテナが世界にもたらした影響、および、「リアル」コンテナの普及を彩るエピソードについて、(私のような)IT業界の人間にとって興味深いものをいくつか抜粋して以下に紹介します。
- 「リアル」コンテナの普及以前では、国際貿易の際に(輸送対象の商品によっては)輸送運賃が製品価格の25%に達するケースもあった。そして、このような過重な輸送運賃が国際間貿易の発達を阻害していた(コンテナ物語:第1章 「最初の航海」)
- (ある報告によれば)海上貨物輸送にかかる経費の60%~75%は、貨物船が海上にある期間ではなく、港で停泊している期間に発生していた(コンテナ物語:第2章 「埠頭」)
- (貨物船「ウォーリア号」を対象とした調査によれば)ニューヨーク⇒ドイツへの海運輸送にあたって、航海日数が10.5日間であったのに対して、出発港、および到着港での荷役には10日間を要した(コンテナ物語:第2章 「埠頭」)
- コンテナの普及での荷役においては、貨物船毎に最適化された荷物の積み下ろしが必要とされた。その背景としては、船体の安定、荷物の搭載順の制御を通じた荷役効率の向上、また、荷物同士の相互の物理的な干渉に伴う荷物の破損の防止を挙げることが出来る(コンテナ物語:第2章 「埠頭」)
- コンテナ普及以前での荷役と比較すると、巨大なコンテナ専用船での荷役は工数も時間も1/60になった(コンテナ物語:第1章 「最初の航海」)
- コンテナの普及に伴い、コンテナ輸送に対応出来なかったマンハッタン埠頭での港湾労働者の延べ労働日数は、1963年~1964年での年間140万人日から、1975年~1976年には13万日まで激減した(減少率91%)(コンテナ物語:第5章 「ニューヨーク対ニュージャージー」)
- 国際間コンテナ輸送が本格化した1965年から世界の海運におけるコンテナ積載能力(≒輸送量)が爆発的に拡大した(1965年~1974年までの10年間で10倍以上に拡大)(コンテナ物語:第11章 「浮沈」)
- 米国において、コンテナ輸送の普及前に使用されていた混載船(バラ積み船)が、コンテナ船の普及に伴い駆逐された(1968年には615隻だったのが、6年後には半減。その一方で1968年~1975年の期間に406隻のフルコンテナ船が定期航路に投入された)(コンテナ物語:第11章 「浮沈」)
- コンテナの普及に伴う輸送コストの低減により、グローバライゼーションが加速した(コンテナ物語:第14章 「コンテナの未来」)
#IT技術者の立場に沿った(単純な)洞察
上述した「リアル」コンテナと「IT」コンテナとの間での類似性、および、「リアル」コンテナの普及に伴う出来事を踏まえると、以下のような(単純な)洞察が成立します(「貨物船」≒「サーバー」、また、「荷物」≒「ソフトウェア」として考えてみます)。
- 「IT」コンテナの普及に伴い、サーバー上でソフトウェアを導入、設定するような、所謂「構築作業」へのニーズが激減する
- 「IT」コンテナの普及に伴い、個々のサーバーへのソフトウェアの配置時に、その最適化(インストールの順序、インストールパス...etc.)にいちいち頭を悩ませる必要がなくなる(そのような最適化に従事していた要員にとっての仕事が無くなる)
- 「IT」コンテナの普及に伴い、ソフトウェア調達の多様化が進む(地理的に離れたサプライヤーからの調達の拡大、国籍が異なるサプライヤーからの調達の拡大、組織的に隔絶したサプライヤーからの調達の拡大...etc.)
#書き切れない魅力的なエピソード達
本記事では、ある意味「分かり易い」エピソードを優先して紹介してみました。その一方で、「コンテナ物語」には、以下に示すような考察に繋がる魅力的なエピソードがまだまだ含まれています。
- 業界への新規参入者がイノベーションに果たす役割
- ビジネス環境や政府による規制がイノベーションに与えた影響
- 規格の制定(および制定過程)とイノベーションの普及時期との関係
- イノベーションにより発生したレッドオーシャン市場における最終的な勝者が決定する過程
イノベーションの普及を活き活きと描いた良質のケーススタディーを求められている方は、是非、本書を手に取っていただくことをお勧めします(Google検索することにより書評も大量にヒットします)。