はじめに
インセプションデッキを調べてみると、プロジェクトの初期段階でチームが共通の理解を持つために実施することが多いようです。
しかし今回はプロジェクトの進行途中、それに加えサービスなどのプロダクトではなくデザインシステムのチームでインセプションデッキを行いました。
あまりこういった事例を見かけなかったので、どのようにインセプションデッキを行なったかを紹介したいと思います。
インセプションデッキを行うまでの背景
現在、私たちのチームではマネージャー・デザイナー・エンジニア含めた少数のメンバーでデザインシステム構築を行なっています。
デザインシステム構築の作業として、デザインガイドラインや Figma デザインキットの作成、コンポーネントの実装などがありますが、
その他にも新たな利用者への説明や要望・質問対応など、やるべきことがどんどん増えている状況です。
やるべきことが増えている中で、どこから着手すれば良いか、メンバー間で認識が固まっていないため中々決めきれないという課題がありました。
この課題を解決するために、インセプションデッキを行って現状や今後の方向性について話し合い、共通の認識が持てることを目指しました。
インセプションデッキとは
以下のサイトなどを見ると、インセプションデッキについて大まかに理解できるかと思います。
簡単に説明しますと、インセプションデッキの 10 個の質問に対してメンバーで話し合って答えを出すことで、プロジェクトへの理解や共通の目標を持つことができるワークショップです。
質問内容の詳細は参考サイトをご覧ください。
当初は 10 個全部やるのは時間がかかりそう・・・と思って嫌になっていたのですが、品質観点でみたインセプションデッキとその改善 などを見ていると、質問の数や取り組む順番、質問内容のニュアンスもプロジェクトの状況に応じて意見が出やすいように変えて良さそうだったので、カスタマイズして取り組みました。
結局全部で 6 個の質問に答えるようにしましたが、ワーク自体は 3~4 時間ほどかかりました。
インセプションデッキをやる前に
インセプションデッキに限ったことではないですが、ワークショップをやるにあたっての目標を明確にしました。
今回はインセプションデッキ実施後に「課題の優先順位や、 新たな課題への対応方法を考える際の 判断基準ができている」 状態になることを目標としました。
何か決めるべきことが今後出てきた時に、「確か前のインセプションデッキでこう考えたよね」という感じでメンバーが納得して判断できるようになれればと思いました。
今回取り組んだインセプションデッキの問いと感想
それではここから、今回取り組んだインセプションデッキの問いを紹介します。
1. ご近所さんを探せ
これはプロジェクトに関わるステークホルダーを洗い出しておき、今後信頼関係を築いていくことを目的としたワークです。ステークホルダーがどのくらいいるのか認識してちゃんと繋がりを持っておくことは、プロジェクトを成功させる上で大切だからだそうです。
今回はデザインシステム構築プロジェクトにおけるステークホルダーの洗い出しと、ステークホルダーにとっての価値を分析しました。
私達の状況としては、デザインシステムを展開するために様々な部門に説明会を行なっている段階であり、ステークホルダーが徐々に拡大している状況でした。
そのため、改めてどんなステークホルダーがいて、それぞれがデザインシステムを利用することでどのような価値を得られるのかの認識合わせを行いました。
ステークホルダー分析や価値分析モデルの作成については、4. 実践トライアル編(企画モデル編)などを参考にしました。
またこのサイトを紹介していた品質観点でみたインセプションデッキとその改善も参考にしました。
以下取り組んだ内容と感想です。
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ステークホルダーの洗い出し
"ステークホルダー"を「対象ビジネスを成功させるために必要となる人たち」と捉えると書き出しやすかったです。
またあらかじめステークホルダーを「我々」「既存のステークホルダー」「未来のステークホルダー」「最終顧客」と種別分けしておくことで、ステークホルダーの漏れが少なくなると感じました。
下図は上記サイトに掲載されているサンプルです。
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価値分析モデル
ステークホルダーを 4~5 個くらいの職種名や部署名にまとめて、それぞれが得るであろう価値を書き出します。
ここでの価値は「価値を感じる場面」「課題解決する手段」「価値の言葉」を意識して書くと、より具体的な言葉で書き出せます。
例)
「効率的に UI 開発を行うことができる」
→「新規案件開発時に(価値を感じる場面)、デザインシステム一式を利用することで(課題解決する手段)、デザインに忠実な画面開発ができる(価値の言葉) 」
ステークホルダーが得る価値を改めて考えたことで、「こういう価値もありそう」という仮説が見つかったので、今後のステークホルダーへのヒアリング時に検証していく予定です。
2. なぜここにいるのか?
これはインセプションデッキの中でも重要な問いかと思いますが、もう少し答えやすいように今回は「なぜデザインシステムを作っているのか?」という問いに変えました。
またインセプションデッキの取り組み事例でも 1 番最初に取り掛かる場合が多い印象でしたが、今回の場合では2 番目にしました。これは進行中のプロジェクトであるということも踏まえ、先にステークホルダーを整理しておいた方が、この質問に対する答えがいろいろ出てくるかなと思ったからです。
デザインシステムを作っているとどうしてもエンジニアやデザイナーに対する意見が多く出てしまいますが、ステークホルダーを意識したことで会社全体や最終利用者のことを考えた意見も出てきたので、この順番にして良かったかなと思いました。
またここでは出てきた答えから、「ビジョン」と「コンセプト」の関係図を作るワークも行いました。
デザインシステムを作る理由は多くありますが、それらには「一番の理想の状態(ビジョン)」と「その状態に到達するために達成しておくべきこと(コンセプト)」に分けられると考えました。分けることで、「まずはこの課題を解決しないと、その次のステップには進めない」といった判断がしやすくなるのではと考えたからです。
実際のところ、このビジョンとコンセプトを考えようとすると一つ前の理由以外のことも考えてしまうようになり、なかなかまとまらず時間を結構使いました。なので個人的には今回はここまで作らなくても良かったかなというのが正直な感想です。
3. 夜も眠れなくなるようなリスクは?
この問いもなかなか答えにくかったので、「このプロジェクトの負け筋は?」という質問に置き換えました。
負け筋を考え、それに対して自分たちで対応できることなのか、対応できる場合はどのような策があるかを考えました。
内容としてはリスクが発生する前に対策を考えられるので良いかなと思ったのですが、デザインシステムの場合は負け筋が結構多く出てきてしまい、且つどれも対応できるといえばできることだったので、一つ一つの対応策を深く考えることができませんでした。
ここでの反省点としては、負け筋を出した後により現実的な負け筋を 2~3 つに絞り込み、対応策を考えれば良かったなと思いました。
4. トレードオフスライダー
ここでは通常、品質・予算・納期・スコープの 4 つの要素に対して、どれを優先するかの比重を考えます。
ただ今回はデザインシステムのプロジェクトの中で、「何を優先的に進めるか」を考えたかったため、スコープに焦点を当てました。また比重だとなかなか値が決めづらいと思ったので、スライダーではなくランキング形式に順位をつけていくことにしました。
スコープの内容を詳細にして、以下のように順位づけを行いました。
- 社内のデザインシステムに対する認知・利用の拡大
- 利用者からの要望対応
- デザインシステムの整備(コンポーネント追加、品質向上など)
- 他アプリ(Mobile 等)のコード用意
この順位付けを行ったことで、現状はデザインシステムを利用している人が少ないので、今は認知・利用の拡大を最優先にするということを明確にできました。
スコープの内容の項目は、すでに「これからやらなければいけないことリスト」が存在していたので、それをカテゴリ分けするような形で出しました。
5. やらないことリスト
ここでは「やること」「やらないこと」「あとで決める」を書き出して、やらないことを明確にして今やるべきことに集中できるようにします。
「4. トレードオフスライダー」のより詳細版という感じで取り組みました。
ただこの項目のままだとなかなか振り分けづらい(やらないとは言い切れない)と思ったので、以下のようにしました。
- 「1 年以内にやる」
- 「3 年以内にやる」
- 「当分やらない」
時間軸でそれぞれの項目を具体的にすることで、割り振りがしやすくなりました。割り振るもとのリストは、4. でも使用した「これからやらなければいけないことリスト」から出しました。
ざっくりいつ頃に終わるのか
本来のインセプションデッキでは、初回のリリースまでに必要な予算、メンバー、期間をざっくり見積もります。今回は「5. やらないことリスト」のワークで「1 年以内にやる」としたタスクに対して、何月ころ取り組むかを考えました。なのでそこまで時間はかかりませんでした。
1 年以内にやると決めたことを、その場で具体的にいつ頃取り組むかを考えることで、ただワークを行っただけで終わるのではなく、次の行動へ移りやすく状態になったかなと思います。
また少し内容からはみ出して、「何年後、デザインシステムの専任という立場ではなくなるか」「いつまでに何件の案件にデザインシステムを導入することを目指すか」など、ざっくばらんに将来のことを話し合いました。
以上で今回のインセプションデッキは終了しました。
終わりに
今回はプロジェクトの進行途中、且つプロダクトやサービスではなくデザインシステムという状況でインセプションデッキを行いました。
参加者がいつも顔を合わせているメンバーということもあり、新しい発見などは少なかったように思います。
ただそれよりも各メンバーが現在取り組んでいるデザインシステムに対して漠然と考えていたことを可視化して、今やるべきこと・やらないことなどの認識を合わせられたのが良かったかなと思いました。
インセプションデッキの中で作成した成果物は情報を整理して、今後また課題の優先順位や対応を考える際の判断基準として利用していく予定です。