土曜の早朝だというのに、新宿から池袋に伸びる道はなかなか進まない車でごった返していた。
私は制限速度を20km/hは下回るスピードに不安を募らせながらハンドルを握っている。
2車線の片側は配達のトラックや乗り降りで停まっているタクシーで占拠されている。
それなのに何故そちらの車線が空いていると思って車線を変えようとするのか。どうせまたすぐ戻ってくるのだあなたは。
そう、あなたはこちら側の人間なのだ。
私は早く着きたいのだ。あなたもそうなのだ。仲間なのだ。
それでもなかなか前に進まない。もどかしさだけが残るまま私は会社を遅刻した。
— 小説「新宿は朝の8時に過ぎたのに」より冒頭部分引用
こんにちは、京極春彦です。こちらの記事は金属加工プラットフォームを開発・運用するCatallaxyのCatallaxy Advent Calendar 2021の第6日目の記事となります。第5日目の記事は信州の廻船問屋さんによる「御老公様によるgemとnpmのアップデートとそのリリース」でした。
本日はCatallaxyで実施されているリモートワークについてエンジニア視点で書いてみたいと思います。が、こんな名前なのでタイトルとは打って変わって怪奇まじりでお話していきます。
朝
Catallaxyのリモートワークの朝は、出社の挨拶から始まる。
Slack上の挨拶用チャンネルで交わされる其れは歪な文様をしていて、だがしかし彼らはお互いに其れが恰も普通の会話であるかのやうに気にしない。
唖々、まるで異世界への扉を開くための呪文のやうだ。まるで何も理解らない。
Catallaxyの始業時間は朝八時から十一時までの間と決められているので私はこれを毎朝三時間も見続けなければならない。
Slackの通知音がするたびすっと背筋が凍る。
と。
またgatherと呼ばれるSaasへのログインをしなければならない。
会社のオフィスを模された二次元空間で各自好きな位置に陣取って、必要があれば音声や動画でのコミュニケーションを取るのだ。
オフィスを模しているのだからデスクがあり自席のやうに使っている者もいる。私もそうだ。
朝いつものやうに自席に着こうとすると、妙だ。肉の塊が私を邪魔する。
嗚呼、私は何を言っているのだ?気でも狂ってしまったのか。
昨夜よく寝られなかったからか?もしや来る場所を間違えてしまったのか?
だがしかし現実のやうだ。諦めて仕事を始めるしかない。
十一時を過ぎ、エンジニアの朝会の時間となる。
いつもは、そういつもは教えてくれるのだ。Googleカレンダーと連携したSlackアプリが。
私と、予定を繋げてくれるのだ。
知らない音が聞こえた。Slackの通知音でもなく、誰かの声でもなく。
やはり私の部屋には何かいるのか。
また聞こえた。なんなのだ。
周りを見渡すが何もない。
そうすると誰かの声がした。
「朝会の時間ですよー」
時計を見ると予定を一分過ぎている。
何故…
通知してくれるはずなのに。
私と予定を繋げてくれているはずなのに。
音はgatherで呼び出しをしたときの音だった。
同僚の人ありがとう。
通知してくれるはずのSlackアプリいつもありがとう。
今日は何故…
朝会では進捗と予定を共有する事になっている。
私の番だ。
昨日の成果を伝えようとマイクをオンにした。
「オハヨウゴザイマス」
エンジニアは基本会話が少なめで今日数回目の発声だからイントネーションがおかしい。
だがまあいい、気持ちが大事なのだ。コミュ障だって仕方ないのだ。
続けようとした。
「キノウノシンチョクデスガ」
「ギャフベロハギャベバブジョハバ」
まて私はこんな事言ってない!ギャフベロハってなんだ!と思っていると横で猫たちが喧嘩をしていた。
やめてくれ。私は今日ここでしか同僚の方たちと話さないのだ。
せっかくの時間を奪わないでくれ。
「スミマセンネコタチガウルサクテ」
言い訳していると
「ハハハハハ可愛いですねー」
皆さん優しい。私は一人泣きながら進捗と予定を報告した。
昼
十二時を過ぎよう頃になるとお昼休憩の挨拶をSlackで交わすことになっている。
そうだ。また或れが来るのだ。
呪術だ。
色も大事なのだろうか。
それとも並びなのだろうか。
これらの織り成す模様が私たちを食事へと誘うのだ。
空腹を満たす呪術がこの会社を支えているのだ。
そうして昼から帰ってくる。仕事の続きだ。
そう、私は仕事をしているはずなのだ。この仮想空間で。
誰にも邪魔されることなく、コーディングをしているのだ。
そのはずなのだ。
なのに。
「くっきーたべよ」
そう、聞こえるのだ。
「クッキーたべよ」
確かにそう聞こえた。
「クッキー食べよ」
はっきりと。
部屋は私一人だ。窓も閉めている。
幼子の声だ。
どこだ。
私の部屋に入ってくるな。
私は仕事をしなければならないのだ。
クッキーなんて此処には無いのだ。
……
ふとgatherの画面を見ると同僚の方のマイクがオンになっているやうだ。
そう言えばお子さんがいらっしゃったな、と独りごちる。
クッキー、か。しばらく食べてないな。
マイク、オンになってますよと伝えた。
たまに忘れてしまうやうなのだ。
私もそういうことがある。
やはり確認は必要なのだ。
エンジニアなのだから。
リモートワークだから顔を合わせることは少ない。
エンジニアの朝会も基本的には音声のみだ。
寝癖はそのままになっていたりしても顔が見えなければどうということはない。
私は自由だ。自由に仕事できている。この会社に感謝している。
呼ばれている。Slackだ。私にメンションだ。
「今からMeetで打ち合わせいいですかー?」
時間的には問題無い。
そう、時間的には。
寝癖は直らないままだ。
もはや寝癖など無いのだ。寝癖だと思うから寝癖なのだ。
寝癖すごいですね?これは寝癖ではない。こういう髪型なのだ。
きっとそうなのだ。
こうして私はすごい寝癖のままMeetで打ち合わせを続けた。
夕方
夕方、十八時を過ぎると当日分のリリース作業が始まる。
Slackのリリース報告チャンネルに、今日マージされた機能の概要や使用方法を、機能作成した担当者が書き込む。
Catallaxyではこの書き込みによってリリース作業自体必要なのか担当者が判断する。
だが、人は忘れるもの。
今日は何をしていたか忘れていることなどザラだ。
特に私は今日は寝癖のまま打ち合わせをしていて精神的にも疲れている。
そうすると彼は来るのだ。
まるで借金取り立てをする輩のやうに。
怒声が聞こえる。
いつもは優しい同僚の方たちが。
この一刻ばかりは。
修羅になるのだ。
忘れてはならないのだ。
この身を削って創り上げたモノを。
その念が叫びを上げるのだ。
私は、そっと、リリース報告ちゃんねるを開いた…
そうして漸く今日の業務も終わりだ。
Slackの挨拶チャンネルに業務終了の報告を投稿する。
所感や作業内容の報告、様々な内容が伝わってくる。
こうして魍魎に満ちたCatallaxyのリモートワークは一日の終わりを告げるのだ。
今日は眠れるだろうか。
それともまた声が聞こえるだろうか。
明日もまたこれが続くのだ。
よく、休まなければ。
終わりに
Catallaxyのリモートワークの一部をエンジニア視点でお伝えしました。いかがでしたでしょうか。
実際は更にカオスかもしれません、カオスじゃないかもしれません。
興味を持たれた方は採用情報をご覧ください。
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