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量子技術を利用したコドン最適化によるマラリアタンパク質発現の向上 Advancing Malaria Gene Expression: A Quantum Approach to Codon Optimization

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愛媛大学プロテオサイエンスセンター マラリア研究部門
× 株式会社ビッグツリーテクノロジー&コンサルティング リサーチセンター

Quantum computing is making strides in fields like medicine and biology, with potential impacts on vaccine development against diseases. This technology's role is crucial in optimizing codons in protein sequences, a key factor in creating effective vaccines. Previous research has shown quantum annealing (QA) can optimize codon selection for mRNA structures, competing with traditional genetic algorithms. This study extends these findings using D-Wave’s quantum annealing to focus on malaria-related proteins, demonstrating faster and more efficient optimization. The approach suggests quantum computing could speed up vaccine development and production, marking a step forward in using computational advances to address health challenges.

Keywords: Quantum Computing, Quantum Annealing, Codon Optimization, Malaria Vaccine.

関連記事『愛媛大学と 「量子コンピュータを利用したコムギ無細胞系によるマラリアタンパク質発現系の最適化」に関する共同研究を開始』

序論「マラリアコドン最適化×量子技術」

  量子コンピュータのユースケースが拡大している現代において、その利用可能性は医学や生物学の分野にまで及んでいる。量子化学の分野での進歩に加え、生命科学におけるタンパク質の研究も、量子コンピュータの力を借りることで、新たな発展を遂げようとしている。マラリアなどの感染症ワクチン開発においても、量子コンピュータが果たす役割は様々な過程で利用されることが想定でき、今回我々が着目したタンパク質のコドンの最適化もその中心的な役割の一つである。

 本研究の目的は量子コンピュータのユースケースを実証するとともに、マラリア原虫由来タンパク質の低発現性を解決することである。タンパク質を構成するアミノ酸には、複数のコドンが対応しているが、これらのコドンの使用頻度は生物種によって異なるため、最適化は特定の宿主システムでの表現効率を最大化するために不可欠である。したがって、量子コンピュータを利用してコドン最適化することによって異種発現系におけるタンパク質の効率的な生産を向上させ、効果的なワクチンの候補の設計と開発へとつなげることができる(Fig.1)。

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Figure 1 量子アニーリングによるコドン最適化

 先行研究1では、コドン最適化に量子アニーリング技術を適用した事例を示した。ここにおける課題は適切なmRNA構造への翻訳を最大化するために、同義コドンから最適な組み合わせを選択する、NP困難な組み合わせ最適化問題である。量子アニーリング(QA)は、同じ目的関数を設定した標準的な遺伝アルゴリズム(GA)と比較し、競合する性能を発揮した。

 本研究は、D-Waveの量子アニーリングを利用して、この領域での先行研究を発展させ、マラリアワクチン候補タンパク質のコドン最適化を具体的に実用化する試みである(Fig. 1)。先行研究が示した基本的な枠組みを利用しつつ、より具体化する為にマラリア原虫の異種発現における収量が増加する因子の特定を行い、その因子を基に収量が増加するようなコドンの組み合わせを特定した。量子アニーリングを用いることで、従来の計算方法に比べて、より迅速に、かつ効率的に最適解を導き出すことが可能になる。更に最適化した遺伝子について異種発現系にて発現し、実際の発現率を調査することで収量が向上するかを検証する。

量子コンサルテーションサービス

 BTCリサーチセンターでは、量子技術の利活用のためのコンサルテーションサービスの枠組みを展開している。これは量子コンピューティングなどの量子技術の実装を目指す研究機関や企業と提携し、複雑な問題を量子アルゴリズムに適合させるための専門的な知識共有により効率的な社会実装を目指すものである。このサービスは、顧客の要求と問題点を把握するヒアリング、問題の深い調査、量子アルゴリズムへの問題の定式化、実装、および実装後の検証という、一連のプロセスを含んでいる(Fig.2)。

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Figure 2 量子コンサルテーションサービス

 本研究においては、マラリア原虫について知見の深い愛媛大学PROSマラリア研究部門と共に、マラリア原虫由来のタンパク質の収量向上を目的とした、量子アニーリングによるコドン最適化を提供し、具体的な戦略を策定した。本研究は量子アニーリング技術の実用化を目指す際に必要とされる、実践的なビジネスモデルの可能性に寄与する。このコンサルテーションサービスによって得られる知見は、量子アニーリングの実用化に向けた重要な一歩であり、さまざまな産業での応用可能性を開拓するための基盤を提供だろう。

調査「どの因子が収量へ影響するか」

 実際の量子アニーリング技術を活用した研究開発のプロセスにおいて、ハミルトニアンの設計は専門的な知識の組み合わせによってなる重要な段階である。先行研究において一般的なコドン最適化の因子(コドン使用頻度、GC含有率、繰り返される塩基配列)の為のハミルトニアンは既に設計されていた。しかしマラリア原虫の遺伝子に対してや今回発現宿主として用いるコムギ無細胞発現系(Wheat germ cell-free protein expression system)に適するとは限らず、より具体的な因子のハミルトニアンを用いることが望ましい。

 そこで、マラリア原虫の無細胞発現系におけるタンパク質発現に影響を与える因子を明らかにするため、発現量に影響を及ぼす可能性のある複数の因子について多変量解析を行った。具体的にはコムギ無細胞発現系によるタンパク質発現の収量データと、その配列に基づく13の評価指標により多変量解析を利用して、発現量に影響を及ぼす可能性のある複数の因子を同時に分析した(Fig. 3)。この過程では、重回帰分析及び因果探索手法である『NO TEARS』を用いて、特定の因子がタンパク質の収量にどのように影響しているか調査している。

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Figure 3 WGCFSにおける収量を増加させる因子の特定

 これら解析の結果、今回のケースにおいて遺伝子配列のコドン使用頻度、GC含有率などの因子はタンパク質収量と関係性があまりなく、他の因子の関与が示唆された。最終的に特定された3つの因子に基づいて、タンパク質発現の収量を予測する線形回帰モデルを構築し、量子アニーリングを用いたハミルトニアンに設計の土台として利用する。

ハミルトニアンの設計

 量子アニーリング方式では、最適化問題を解くために用いられ、エネルギー状態が最も低い状態を探す。組み合わせ最適化問題に対し、適切な処理を行うことで従来のアルゴリズムよりも効率的な解探索を可能にするが、この効率性を実現するためには、問題を適切なハミルトニアン形式(今回はBinary Quadratic Model、BQM23)で表現することが必要である。

 直面した主な課題は、スコアリング関数をBQM形式に直接変換することが困難であった点である。例えば、タンパク質収量に大きな影響を及ぼすと予想されたEffective Number of Codons (ENC)因子のスコアリングについて、量子アニーリングのハミルトニアンにどう変更するかというような問題である。このような因子について、古典コンピュータにおける計算方式ではなく量子アニーリングが取り扱えるような変換作業が必要であり、問題の捉えかたによっていくつもの変換や解釈ができるのもまた困難な理由である。その中で最も“相応しい“形式に変換したハミルトニアンを利用する事が問われている。

 この問題を解決するため近似的にこれら因子をBQM形式で解くことができるようにハミルトニアンを定式化した。この近似を用いることにより、今回のようなタンパク質収量向上の為のコドン最適化という特定のケースにおけるハミルトニアンの設計を実現した。

D-wave利用のためのアプリケーション実装

 ハミルトニアンの設計を基に、具体的なアプリケーションの開発を実施した。このプロセスは、ハミルトニアンのコード化、シミュレーテッド量子アニーリングを用いた実行テスト、および量子アニーリングのハイパーパラメータの調節などの段階を含む。実際の量子アニーリングマシンとの接続にはD-Wave Ocean SDK4を用いている。

■ハミルトニアンのコード化
ハミルトニアンのコード化は、先に設計した数学的表現をBQM形式でコンピュータが解釈可能なプログラムコードに変換する。タンパク質収量最適化問題を解くために必要なペナルティ項をコード化し、量子ビット間の相互作用やエネルギー関数の定義を表現する。

■シミュレーテッド量子アニーリングを用いた実行による各ペナルティ項の重みづけ
初期段階のテストとして、Open Jij5の提供するシミュレーテッド量子アニーリングを利用し、各ペナルティ項の重みを決定した。このシミュレーションにより、開発したハミルトニアンが効果的に機能するかを検証していく。ペナルティのそれぞれの重みは解が制約を満たしつつ、最終的な目的からぶれない結果を生むように項によって過大や過小がありすぎないようにバランスを取る必要がある。今回は前段階として収量への影響をモデル化しており、そのバランスを参考にしつつ各ペナルティ項の重みを決定した。

量子アニーリングと遺伝的アルゴリズム

 本研究ではD-wave量子アニーリングのsolverによる実行と比較する為、古典コンピュータによる計算である遺伝的アルゴリズムでの最適化を実行し結果を比較した。最適化対象の遺伝子配列としては、マラリアワクチン候補であるRipr56等を用いている。
結果として、量子アニーリングによるコドン最適化によってオリジナルのタンパク質と同様のアミノ酸配列を形成できる塩基配列を獲得することができ、オリジナルの配列と比較して量子アニーリングでは16%の遺伝子が書き換えられた(Fig. 4)。これは同様のアミノ酸配列を作らせない大きな制約をクリアし、組み込んだタンパク質の収量を向上させるペナルティを基にコドンの入れ替えが完了したことを示している。

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Figure 4 最適化したアミノ酸配列(左図)と塩基配列(右図)

まとめ

 本研究では量子アニーリングによる社会実装課題について、現実的な応用に向けた提携の取り組みから実機検証までを行った。先に掲げた量子コンサルテーションサービスの仕組みのうえ、複数の機関を通じた専門的な知識共有により、研究機関の抱える課題を量子コンピュータにて解決できる可能性を見出した。今後は、量子コンピュータによって算出された遺伝子配列の実験検証にて実際のタンパク質発現量を確認することで、今回構築した量子最適化の妥当性を検討していく。

  1. Fox, D.M., Branson, K.M., Walker, R.C. (2021). mRNA codon optimization with quantum computers. PLOS ONE, October 2021. DOI: 10.1371/journal.pone.0259101.

  2. Kochenberger, G., Hao, J.K., Glover, F., Lewis, M., Lü, Z., Wang, H., et al. (2014). The unconstrained binary quadratic programming problem: A survey. Journal of Combinatorial Optimization, 28, 58–81.

  3. Date, P., Patton, R., Schuman, C., Potok, T. (2019). Efficiently embedding QUBO problems on adiabatic quantum computers. Quantum Information Processing, 18, 1–31.

  4. D-Wave Systems. D-wave sdk. Retrieved from https://docs.ocean.dwavesys.com/en/stable/

  5. OpenJij. Openjij. Retrieved from https://openjij.github.io/OpenJij/index.html

  6. Nagaoka, H., Kanoi, B.N., Ntege, E.H., Aoki, M., Fukushima, A., Tsuboi, T., Takashima, E. (2020). Antibodies against a short region of PfRipr inhibit Plasmodium falciparum merozoite invasion and PfRipr interaction with Rh5 and SEMA7A. Sci Rep, 10(1):6573. DOI: 10.1038/s41598-020-63611-6.

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