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量子コンピュータのハードウェア

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はじめに

 量子コンピュータは素因数分解や大規模データ探索などを古典コンピュータに比較して高速に解くことが理論的に示されている。一方で、これらの高速性を実証するにはハードウェア上の制約が多く、実用的な問題を高速に解くことのできる大規模量子コンピュータは未だ実現されていない。大規模量子コンピュータを実現するために、世界中の大学や企業で様々なハードウェアの研究開発が行われている。本稿では、現在よく考えられている量子コンピュータの実現方式をレビューする。

ハードウェアに求められる要素

 個別事例の紹介に入る前に、量子コンピュータのハードウェアに求められる一般的な要件を紹介したい。実用的な問題を解ける量子コンピュータを実現するためには、これから挙げる3要素が満たされる必要がある。

・計算に必要な各種操作(ユニバーサルゲートセット・測定・状態の初期化)を行える
 量子アルゴリズムの理論研究では、量子コンピュータの動作原理である量子力学の範囲内でどんな操作も行えることが大抵の場合に仮定される。古典コンピュータでの計算に用いられる論理回路がAND, OR, NOT演算を組み合わせれば任意の計算を行えたように、量子コンピュータでも何種類かの操作(ゲート)を組み合わせることで任意の量子計算を行うことができる。これらの操作の組はユニバーサルゲートセットと呼ばれ、実用的な量子コンピュータでは実現が必須となる。併せて、量子ビットの値の測定と、量子ビットの値をリセットする操作である初期化も行える必要がある。

・量子状態をノイズから保護できる
 大規模量子コンピュータの実現を妨げる最大の要因がノイズである。ノイズから量子ビットを保護する技術として、量子誤り訂正符号がある。詳細は別記事に譲るが、量子誤り訂正符号では複数の量子ビットを用いた冗長化を行うことで、量子ビットの情報をノイズから保護する。大規模量子コンピュータの実現には量子誤り訂正符号の実装が不可欠であり、そのためにも多数の量子ビットの実装や、ある程度誤り率の低いゲート操作や測定の実装が求められる。

・スケーラビリティ
 現在の量子コンピュータで実装されている量子ビット数は最大でも1000程度だが、量子誤り訂正を行いながら実用的な量子計算をするためには100万量子ビット程度が必要と試算されており、量子ビット数の増加が求められている。量子ビット数を増加させることは勿論、量子ビットの操作や測定を行う装置の規模も量子ビット数の増大に対応して拡張できる必要がある。

具体的なハードウェア

 上記の要件を満たすために、様々な物理系を用いた量子コンピュータが提案されている。現在のコンピュータの殆どが集積回路で実装されているのに対し、量子コンピュータではまだ実装方式は定まっておらず、様々な方式が考えられている。以降、現在有力視されている量子コンピュータの実装方式とその利点・欠点を紹介する。

・超伝導型量子コンピュータ
 まず初めに紹介するのは超伝導体を用いた量子コンピュータである。超伝導体を含む微小な回路が1個の量子ビットを構成する。量子ビットへの操作はマイクロ波パルスを回路に印加することで行う。
 超伝導量子ビットは量子情報が保たれる時間(コヒーレンス時間)が長い利点がある。超伝導型の量子コンピュータはGoogleやIBMなど様々な機関により研究開発が行われており、IBMが1121量子ビットの量子コンピュータを発表した他、Google等により量子誤り訂正符号の実装も着実に進んでいる。一方で超伝導型量子コンピュータは量子ビット数を増やした際の回路や装置の拡張性に課題があり、100万量子ビットの実現にはブレイクスルーが必要とみられる。

・中性原子型量子コンピュータ
 数年前までは超伝導型量子コンピュータが最も性能が良いとされていたが、近年それに匹敵する性能を達成しているのが中性原子を用いた量子コンピュータである。量子ビットはその名の通り中性原子が担い、中性原子はレーザー光により配列される。量子ビットへの操作も、中性原子に特定の波長のレーザー光を照射することにより行われる。
 中性原子型量子コンピュータはレーザー光を用いて一度に大量の中性原子を配列できるため、スケーラビリティに優れている他、レーザー光を調節することで原子の位置を移動させられるため、量子ビット同士の結合性にも優れている。一方で、超伝導型と比較すると量子ビットへの操作に時間がかかる点や、操作精度が劣っている点が課題となる。中性原子型は昨年以降の進展が目覚ましく、Atom Computingが1180量子ビットを達成した他、ハーバード大とQuEraが48個の論理量子ビットを実装した。

・光量子コンピュータ
 最後に紹介するのは光を用いた量子コンピュータである。これまで紹介した量子コンピュータでは原子のエネルギー準位などの離散量を量子ビットに利用していたのに対し、光量子コンピュータでは光の振幅や位相といった連続的な量に量子情報を埋め込む。適切な光学素子に光を通すことで振幅や位相を操作し、演算を行う。連続量はノイズに弱い性質があるが、連続量を離散化するような量子誤り訂正符号を考えることで、高いノイズ耐性を持つ量子ビットをエンコードできる。
 超伝導型ではノイズを低減するために量子コンピュータを極低温に冷却する必要があったが、光量子コンピュータではその必要がなく、室温で動作することができる。また、量子通信や量子暗号は光を用いた研究が多いため、各種量子技術との相性も良い。欠点としては、光損失などのノイズの影響が大きい他、ユニバーサルゲートセットの実装が他方式と比べて難しいことが挙げられる。上述した2方式と比較すると大規模な実装は行われていないが、Xanaduが光量子コンピュータで量子超越性を達成した他、日本でも東大を中心に誤り訂正符号の実装など最先端の技術開発が行われている。

まとめ

 本記事では量子コンピュータのハードウェアに求められる要件や、開発が進んでいるハードウェアの紹介を行った。これまでは超伝導型が優位とされていたが、現在ではどの方式による実装が優れているか分かっておらず、各研究機関により様々な方式での実装が研究されている。

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