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StylezAdvent Calendar 2019

Day 15

アジャイル開発と雇用、エンジニアリング組織 リーンとアジャイル4

Last updated at Posted at 2019-12-06

ソフトウェア開発(リーンとアジャイル) その3 からの続きです。

 日本では、IT技術者の70%がITベンダー、しかも、その多くはシステムインテグレーター(SIer)または、彼らから開発業務を引き受けるソフトウェア会社などに所属しています。これに対し米国では70%がユーザー企業に所属しています。この構造的な対比は、以前からよく指摘されてきました(図1)。

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図1:IT技術者の所属先の日米比較

 結果として日本企業の情報システム部門の多くが、少ない人数と技術力不足によって、ITベンダーへの要求の整理と発注業務を担当するだけという限定された役割に押し込められてしまい、実質的にITベンダーに支配される状態に甘んじざるを得ないのが実状だと思います。
 一方、情報システム部門から発注を受けるSIerは、工数ビジネスによって今も膨大な売り上げを維持しています。ウォーターフォール型のプロジェクトのたびに、大量の技術者をソフトウェア開発会社から集めてくるという“多重下請構造”によるビジネスモデルを止めようとはしていません。まだ十分に機能している自らのビジネスモデルを破壊するはずがないのは当然のことです。

労働市場の流動性の低さは本質的な問題か?

 こうした構造的な問題が起こる原因として、日本における労働市場の流動性の低さを指摘し、その“改善”を訴える声も少なくありません。ここでの改善とは、終身雇用時代の労使契約を脱し、企業が従業員を解雇できる制度の確立です。
 IT業界でいえば、SIerは、一時的なプロジェクトのためだけにIT技術者を雇用しづらいユーザー企業に代わって人材をプールしているのであって、雇用の流動性が高まれば、この状況は解消できるはずという議論です。しかし、私は、これが本質的な問題であるとは思えません。同様の指摘をする記事もあります。たとえば、デービッド・アトキンソン氏の『「社員を解雇する権利」求める人が知らない真実』です。同氏は、元ゴールドマン・サックスの腕利きコンサルタントであり、現在は日本の文化財などの修理を手がける小西美術工藝社の社長を務めています。
 この記事でアトキンソン氏は、World Economic Forumがまとめた『The Global Competitiveness Report, 2017-2018』から具体的な数値を引用しながら、解雇規制と生産性の相関関係は低いと指摘しています。確かに解雇規制は第113位と低いのですが、労働市場の効率性は世界第22位と決して低くはありません。米国の第3位と比較すると確かに低いのですが、ドイツの第14位やフランスの第56位を比べれば、決して悪い数字ではないようです。
 私は、欧米におけるIT技術者の雇用や解雇について詳しい知識を持っているわけではありませんが、日本の大手SIerが解雇規制を強く求める背景には、ウォーターフォール型の開発スタイルが前提にあると考えます。
 つまり、ウォーターホール型のためプロジェクトは一時的に大規模になり、大量の技術者が必要になります。しかし、プロジェクトが終了すれば、すべての技術者が必要というわけではありません。ですので、必要なときにだけ直接雇用し、プロジェクトが終了すれば解雇できるようになれば、人材の流動性は高まり多重下請け構造を解消できるというわけです(図2)。

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図2:ウォーターフォール型の開発における人材の必要性

 しかし、今日の日本において、数年で解雇されることが明らかな企業からのIT技術者の募集に対し、優秀な技術者が積極的に応募するとはとても思えません。ましてやIT技術者不足によって転職市場が活発な状況では、とても現実的な解決策にはならないでしょう。この点はアトキンソン氏の記事でも指摘されています。

アジャイルモデルがIT技術者の雇用も変える

 先にもお話した通り、ウォーターフォール型は現在、日本以外では、ほとんど採用されていないプロジェクトモデルです。そのようなモデルを前提に解雇規制の厳しさを嘆いてみたところで意味はありませんし、改善もできません。
 私はこれまで、デジタルシフトのためのソフトウェア開発はウォーターフォール型ではうまくいかないということを、さまざまな論点から話してきました。これは、雇用の観点からも変わりません。
 ユーザー企業は第一に、プロジェクト推進モデルをグローバルスタンダードであるアジャイル型に切り替えるべきです。そうすれば、技術者の雇用形態やエンジニア組織をどのように変えていくべきかがみえてくるはずです(図3)。

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図3:開発モデルと技術者の雇用形態

 アジャイル型を採用してIT技術者を継続的に雇用し、一時的なプロジェクトではなく、常に企業を成長させるという目的に沿ってソフトウェアの開発・改善を継続的に実施する状況を作り出せれば、IT技術者と全社組織の一体感も生まれてきます。継続性があれば、将来の技術動向やクラウドの学習など技術者としての成長をうながすことにもつながります。
 では、アジャイル型を前提にIT技術者を継続的に雇用し、ソフトウェア開発を内製化していくためには、どのような考え方が必要なのでしょうか?それを実際に強力に推し進めている事例を紹介しましょう。「100年に1度の大改革時代」と言われる自動車業界にあって、シリコンバレー流の開発組織を社内に立ち上げたデンソーがそれです。
 デンソーは2017年に「デジタルイノベーション室」を創設し、アジャイル開発と内製化を進めています。その中心に立ち強力な推進役になっているのが「社内に"シリコンバレーを作る"」と宣言した成迫 剛志さんです。同氏は、日本IBM、伊藤忠商事を経て2016年8月にデンソーに入社しました。2017年4月にデジタルイノベーション室を新設し、同室長に就任し、2018年4月からは新設のMaaS(Mobility as a Service)開発部の部長に就かれていいます。

シリコンバレーにソフト開発を外注している会社はない

 成迫氏はデジタルイノベーション室を立ち上げた理由をこう語っています。
 「これから10年ほどで、想像を超える変化が起きる。ITの位置付けは、従来の業務を下支えするもの(業務効率を高めてコストを削減する)から、ビジネスを作りだす材料(事業を推進し売り上げを伸ばす)になっていく。(後者を実践している)シリコンバレーにおいて、システム開発を外注している会社はない」
 成迫さんのいう“シリコンバレー流”とは次の3条件を備えた組織です(「ITインフラSummit 2018夏」での同氏の発表より)。

##(1)デザイン思考に立ってゼロからイチを創る
##(2)クラウドとオープンソースを活用して速く安く作る
##(3)システムの内製化とアジャイル開発によって顧客とともに作りながら考える

 成迫さんは、さまざまなカンファレンスやセミナーで自身の考えとデンソーのIT戦略を積極的に発信されています。是非、一度聴講されることをお薦めします。

継続的な開発ができるエンジニアリング組織が最終目標

 今後の変化をしっかりと受け止めて、IT技術とソフトウェアによってビジネスを成長させることができる体制を、どのように作っていけば良いのかをまとめてみましょう。

###(1)ITの目的に対する意識改革
 まず、何のためにIT技術が存在するのかという目的意識を根本から変える必要があります。業務をより効率化しコストを削減するという従来の考え方ではなく、ITおよびソフトウェアの力によって、現在とは全く異なるかも知れない新しい事業分野への進出と成長、そして売り上げや利益を拡大していくという方向に意識を180度転換しなければなりません。

###(2)ソフトウェア開発プロセスの切り替え
 4〜5年に1度の基幹システム再構築のためのウォーターフォール型によるSIerへの一括外注ではなく、ソフトウェアの内製化と、継続的な改善のためのアジャイル型開発への転換が必須です。

###(3)改革の推進役としての強力なCTOの採用
 現時点で、(1)と(2)のような認識が社内にないとすれば、内部から改革役となるトップ人材が突然、登場することは望めません。その場合、強力なCTO(Chief Technology Office:最高技術責任者)を外部から招聘する必要があります。候補に挙がるような方々は、さまざまな場面で外部発信していたり、既存の大企業ではなくスタートアップ企業に所属している可能性が高いでしょう。アンテナを張って積極的に外部を見渡し人材を発掘すべきです。

###(4)ITパートナーの発掘と強力関係の構築
 現状のITパートナーである既存のSIerではなく、新たなITパートナーを探し、協力関係を作り上げます。その際に確認すべきことは、その会社がクラウドなどの新しい技術はもちろんのこと、アジャイルやクラウドネイティブ、DevOps(開発と運用)といったソフトウェア開発の新しい手法に積極的に取り組み、技術者を育てているかどうかです。

###(5)エンジニアリング組織の構築
 最終的には、CTOや新しいITパートナーとともに、社内に継続的な開発ができるエンジニアリング組織を構築しなければなりません(図4)。外部のベンダーをコントロールするだけの役割になってしまっている情報システム部門とは全く別の組織を作るという意識を持ち、優秀なエンジニアによる新組織を立ち上げて実力が発揮できる権限と待遇を与える必要があります。

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図4:IT技術とソフトウェアによってどのようにビジネスを成長させる体制構築

一連の記事はこれで終わりです。お読みいただいてありがとうございました。

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