この記事を読まれている方はご存知だと思いますが、疑う余地もなく、人工知能に基づくトランスフォーメーションは製造や金融、物流、流通など、どんな産業内の企業でも注目しているトピックです。アメリカや中国、韓国、日本など、様々な国の数多くの企業が人工知能を実際の企業環境に活用すべく、様々な課題を進めています 。 しかし、「それに合わせて、どのような過程により、そしてどのような要素を考慮しながら、企業における人工知能基盤のトランスフォーメーションを進めたらいいのか」に対する正解というものは存在しないだけでなく、市場の経験も極めて初期の段階にあるため、多くの企業で試行錯誤を重ねているのも周知の事実です。
本稿では、様々な利害関係者とディスカッション・コラボレーションをする中で感じたことを基に、企業が人工知能技術を活用して革新を進める過程で考慮すべき核心的な要素について考えてみたいと思います。
上編では、企業向けソリューションという観点で、人工知能が置かれている現状、そして企業で人工知能ソリューションの実験と開発を開始するパターンを通じて、それに付随する問題を整理した上で、下編では、企業が本格的に人工知能基盤の革新を始めるにあたって、必ず考慮すべきいくつかの要素を見ていきます。
エンタープライズAIの採用に関する希望的見解
ここ数年、私たちは人工知能に基づいたサービス、アプリケーション、適用事例などに関するニュースの洪水の中にいたと言っても過言ではないでしょう。 人工知能に対するこうした関心や様々な試みは、初めは、いわゆる「プロダクトAI」の領域に集中していましたが、まもなく「エンタープライズAI」、つまり、企業のビジネスシステムに人工知能技術を適用する領域への関心も急増してきました。
その結果、多数の研究機関、コンサルティング会社などは、企業向け人工知能市場の成長について、非常に攻撃的な見通しを示してきました。
米調査会社ガートナーは2019年1月、「ここ4年間、企業で人工知能の使用が約3倍増加した」と発表し、米コンサルティング大手のマッキンゼー・アンド・カンパニーは2018年、「すでに約50%の組織で、少なくとも一つの標準業務プロセスに人工知能技術を適用していて、約30%の組織で人工知能技術を基盤にしたパイロット運用を推進している」という調査結果を発表しています。
これに先立って2017年には、米データ分析ソリューション大手のテラデータが、「もう80%に上る企業で、すでに実際の業務環境のどこかに、どんな形であれ、人工知能技術を適用して運用している」と、驚くべき発表をしたことで、いまや各企業は、先を行っている競合他社を追い上げようとして、人工知能技術への投資をより大胆に行わないといけないと感じている状況です。
厳しい現実:エンタープライズAI導入曲線のどこにいるのか?
しかし、実際の現状は、ニュースや研究機関の発表とは全く違つことを実感します。
数多くの企業で、人工知能を企業に適用するための実験、すなわち、PoCを進めてきたし、それは今もなお進行中ですが、ほとんどのPoCは、すぐに使えるアルゴリズムとデータに基づいて、One-Off/Point Solutionを作成して活用してみることに集中しているため、多くの場合、実際の運営(Production)環境に適用するための条件をクリアーできずに消えていきます。専門家の意見も様々ですが、実際の運営環境に配置されて使われているのは、大体、全体PoCの5~10%未満に過ぎないと、私は考えています。(注:2019年7月VentureBeatの寄稿によると、サンフランシスコで開かれた「Transform 2019」でIBMのDeborah Leff氏とGapのChris Chapo氏が交わした対談に、「データサイエンスプロジェクトのわずか13%が、実際の運営まで生き残る」という話があったいいます。また、ガートナーのAI Maturity Studyでは、「人工知能モデルの8%のみ、実験室で実際の運営環境まで生き残る」という内容があります。)
米マイクロソフトで2019年上半期に、アジア太平洋の顧客会社を対象に行った調査の結果からもわかるように、企業が営んでいるビジネスの核心戦略として人工知能を活用できるようになるまでは、予想をはるかに超える時間と努力が必要です。何より、企業が活用してきた数多くの過去の技術とは、根本的に異なる人工知能技術の特性のため、人工知能基盤の革新とトランスフォーメーションには企業がビジネスやITを運営したそれまでのやり方の大幅な変化(業務的な変化だけでなく文化的な変化を含む)が伴われ、これは人工知能を取り入れる過程において、障壁となります。
エンタープライズAIの展開において、今、私たち、どの辺りにいるのでしょうか。
人工知能の概念が初めて登場した1950年代以降、数回の復興期と衰退期を繰り返しながら約60年の歳月が経って、ついに、2012年、ImageNet(膨大なサイズの写真データセット)CompetitionでCNN(日本語訳は畳み込みニューラルネットワーク)を利用したAlexNetが、過去十数年間、75%を超えなかった画像認識精度を一気に85%に引き上げたことで、人工知能技術を現実に適用することに対する関心が爆発的高まりました。
その後、自動運転を始め音声認識、自然語処理、ロボティクス、ゲームなど、分野を問わず様々な分野において、範囲を広げると人工知能、より具体的にはディープラーニング基盤の新製品とサービスに関するメディアの報道が続いていますが、企業の運営に本格的に人工知能技術を活用するために乗り越えなければならない課題を順次確認しながら、その解決策を探っていく過程にあると思います。前述した様々な研究機関やコンサルティング会社の発表だけを基準にすると、人工知能(特に企業市場における人工知能)の導入が、今後も、継続して急激に進むとも考えられますが、これから2~3年は、いわゆる「玉石を選り分ける過程」となり、山積した課題に対する答えを一つずつ見つけていく能力があって、それを証明する事業者と一時の成長を謳歌して終わる事業者に分かれるでしょう。
キャズムを越える方法:過去からの教訓
どうすればこうしたエンタープライズAIのキャズムを乗り越えられるのでしょうか。(注:一般的にビジネスにおいて「キャズム」は、「新商品または、新技術が市場参入の初期から大衆化へと市場に普及するまでに、一時的に需要が伸び悩んだり後退する、いわゆる溝が生じる現象」ですが、ここでは便宜上、人工知能が本格的に企業市場に定着するのに必要な様々な先決条件は見つけ出して、クリアーしていく過程で、拡大が進まない現象を表すことにします。)また、どこへ向かってどうアプローチすれば、先駆け的な事業者をエンタープライズAIのキャズムを越えて真のAI-Firstまたは、AI-Native企業に生まれ変わらせるのでしょうか?
これに対する一つのヒントを、PC時代からモバイル時代への転移(Transition)がどのように進んだのか観察をすることで得られるのではないかと思います。
モバイル技術が登場して以来しばらく、PC to Mobile、つまりPCベースのプロセスと事業モデルをそのままモバイルに置き換えるような試みが主流を成していたと思います。PCとモバイル環境の違いやそれによって変えなければならない諸条件は全く考慮せず、モバイルを単に「小さな画面のPC」として認識したまま、モバイルへのサービス転移をしばらく行いました。しかし、このような単純なアプローチは、まもなくその限界を浮き彫りにしました。上記の図からも分かるように、企業が我先にとPC画面をモバイル画面に移植してまもなくして、すべてのサービスカテゴリーでユーザーのモバイルサービスの滞在時間が減っていきます。
この限界をタイムリーに感知して、PCよりモバイルで機能しやすいサービス、さらには、モバイルが提供する差別的なアクセスと多様なフォームファクタ(Form Factor)を基盤に、「モバイルならでは」のサービスを作り出すMobile-First、Mobile-Nativeの事業者が次々と出現し、やがて本格的なモバイルサービスが様々な産業領域に普及·拡大していきます。さらに、この過程でトラフィックがすぐに収益に直結してきた、すなわち広告中心のモバイルビジネスモデルが崩壊する破壊的技術(Disruptive Innovation)が起こります。 皆さんお馴染みのUberやGrab、WeChatなどがこの先駆けとなる事業者の例として挙げられます。
モバイルの進化過程をエンタープライズAIのそれに置き換えてみると、今、私たちは、数多くの事業者が人工知能という新技術を導入するための試みをする中で、過去の技術と人工知能の根本的な違いから来る様々な難関に直面し始める過程にあるといえます。この過程で人工知能を従来のビジネスシステムに対する革新なしに補助的なツールとして活用しようとする試みはその限界が明確になり、逆に人工知能の本質に対する理解を基に、従来のビジネスシステムを見直し、新しい能力を育てるる事業者であればAI-First、AI-Native事業者として、その革新の果実を味わうことができると思います。
観察:AIの旅を始める際の典型的なミスのパターン
それでは、現在、多数の企業がどのように人工知能事業、または人工知能ソリューションの導入を「開始」するのか、簡単に見てみる必要があります。
いくつか代表的なパターンがありますが、まず最初に、企業がどのような方向と優先順位をもって人工知能の導入を進めたらいいのか検討がされないまま、主にIT部署の主導で比較的アプローチしやすいユースケース(use case)を任意に選定し、その実験と試みを繰り返す場合があります。このようなパターンの人工知能の導入は、全体的な事業観点の投資根拠がないため、経営陣の関心と承認を得て広げることが難しく、個別のユースケースを現場に適用しようとしてもITの理解と現場のニーズとのギャップなどにより、多くの難関にぶつかる確率が大きくなります。
次によくあるパターンとして、主要事業部署の実務者を通じてBottom-up方式によりユースケースを収集し、そのうち開発可能と判断されるユースケースを選定して(主にオープンソースライブラリを基にそれぞれ開発を進めるパターンでしょう。現場担当者の関与を引き出すという点では、最初のパターンに比べて一歩進んでいますが、やはり「現在の問題」を解決することに偏ったユースケースを中心に進みやすく、また多数の人工知能システムをScalableに、そしてSustainableに開発・運営できるプロセス及びシステム的な投資を引き出せるような中長期的な投資を、経営陣から引き出すことが難しい状況になるケースがあります。
第三に、社内独自に、またはコンサルティング会社の協力を得て、人工知能の事業戦略と人工知能の課題に対するロードマップを作成のための投資も執行し、この計画に従って人工知能ソリューションの導入に関する技術的、非技術的に様々な実験も行い、その結果に基づいてユースケースを実際の運営環境に適用する流れにしようとするパターンです。このパターンで、最大の問題となるのは、経営陣の投資承認を得るためのTop-down戦略も開発し、投資ロードマップなども構想するも、実際に人工知能ソリューションの開発過程で特定のユースケースに適用しなければならない人工知能技術を選択すること、当該技術の成熟度に対する判断、または適用できる技術の今後の発展方向と時点など、人工知能の「アルゴリズム的」問題だけでなく、人工知能適用の根本的な制約条件になるデータの準備も、需給及び準備の過程、特に最近ごく頻繁に取り上げられている人工知能のExplainability、Biasを企業の視点でどのように扱うのか、これに関する専門的な検討、最後に実験室のおもちゃではない実際の現場で活用する人工知能ソリューションの開発と運営、再訓練まで含む巨大な仕組みをサプートするための様々なツールとリソースに対する運営体系を綿密に検討して計画する作業がきちんと行われる場合が珍しいということです。実際、上記の要素を全般的に検討できる専門家と集団が、企業の現場と市場にごく少数しかいないことが、最大のイシューだと言えます。もちろん、このような作業を進めるだけでも相当な資源と時間が必要なため、未来に対する確信がないまま、簡単に(企業のオーナーでない限り)投資を決めるのは難しいと思います。従来のやり方ですでにコモディティ化してしまった技術を見ていた観点で人工知能技術を見ていて、いつもの人たちと、十分な背景知識がないまま、場当たり的な戦略や課題を策定して実行の段階に入ります。
結果的に、昨年から企業の人工知能の導入に関して、よく言及されている「低いROI」、「リーダーシップの支援不足」、「データの不足や品質の問題」、「適切なツールの不在による開発生産性の低下」、「訓練された人材の不足」、「人工知能システムのリスク」などの難題は、長期的な投資と組織の変化が求められる人工知能基盤の革新を推進する「戦略」と「支援体系」の検討と準備が不足していることによる所が大きいとみていいでしょう。
企業が人工知能技術を基盤に事業を革新するということは、現時点では非常に高くて険しい山に登るようなことです。正しい方向を教えてくれる地図や登山服、登山靴、非常食などの適切な準備をしないまま山に登ることが望ましくないことは誰にでもが分かることだと思います。
続く下編では、企業が人工知能を導入するにあたって、「戦略」と「支援体系」に関して主に考慮しなければならないことには、どのようなものがあるのか簡単に見てみましょう。