はじめに
液体や生体の分子動力学計算を行う際、水のモデル力場を選択して計算を行う。
しかし様々な種類が存在するために、どのように選択したらよいかよくわからないという悩みがあった。
以下の2つの参考資料を基に、水モデルの種類と使いどころを勉強したのでその部分をまとめてみる。
- P. Allen, J, Tildesley, "Computer Simulation of Liquids" Second Edition.
- Waters model https://water.lsbu.ac.uk/water/water_models.html
水モデルの3タイプ
水モデルには大きく分けて以下の3種類が存在する。
- rigidモデル(剛体モデル)
- flexibleモデル(分子内振動モデル)
- polarizableモデル (分極モデル)
rigidモデル
rigidモデルは最も単純かつ歴史が古いモデルである。
水分子をいくつの粒子で表現するかによってさらに種類が分かれる。
3サイトモデルは酸素1つに水素2つという基本的な構造で設定が単純なため、使用頻度が高い1。
水素が関与する分散相互作用は考慮せず、水分子の分極率が2.2D~2.35Dとなるように分子位置と各原子の電荷が設計されている。
例として
がある。
TIP3PはAMBERやCHARMMといった分子力場に合わせて調整されている。一方で、SPC/EはGROMOSという分子力場用に調整がなされている。これらのモデルは一定の圧力下であれば密度の値がよく一致する。しかし、拡散係数の値を過大評価してしまうなどその他の物性の予測に弱い。
この問題を解決するために、TIP4P(Jorgensen et al. 1983)が開発された。このモデルは、酸素から少し離れた位置に質量0の粒子を配置し、ダミーの電荷を付与している。これによって4サイトモデルとも言われる。このモデルはいくつか派生版が提案されている。
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TIP4P/Ew
- (Ewald法のために調整されたTIP4P。W. Horn et al, 2004)
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TIP4P/ice
- (状態方程式、融解曲線、異なる氷の共相曲線を再現するように調整されたTIP4P。元論文を見ると六方晶系の氷が融ける温度を272.2Kと予測できるとのこと。F. Abascal et al, 2005)
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TIP4P/2005
- (TIP4P/Ewをもとにさらに改良されたモデル。TIP4Pの中で一番ポピュラーであり、さまざまな検証が行われている。1気圧において密度が5℃で最大になると予測できるなど、さまざまな実験値とのバランスがいいのだと思われる。F. Abascal et al, 2005)
※剛体モデルは3サイトや4サイトでも、LAMMPSまたはGROMACSを使う際に拘束アルゴリズム(SHAKEやLATTLEなど)を使用する必要がある。
Flexibleモデル
Flexibleモデルは先ほどのrigidモデルとは異なり原子間振動を考慮したものになっている。
基本的にはrigidモデルに原子間の振動モードと偏角モードを設定する形で定義されており、よく使われるのは以下の3つがあげられる。
- TIP3P/Fw
- (静的誘電率、拡散係数を最適化するように設計されている。Y. Wu, 2006)
- SPC/Fw
- (静的誘電率、拡散係数を最適化するように設計されている。[Y. Wu, 2006)
- TIP4P/2005f
- (水の振動モードをモースポテンシャルで近似している。A. González, 2011)
Felxibleモデルはrigidモデルの上位互換になるように設計されているようで、剛体モデルで予測できた物性は再現しながらIRスペクトルのピークに合わせてフィッチングされている。また、このモデルは相共存・誘電率・粘性・拡散などの物性の予測知値が改善するものの、一般的な熱力学量を改善するわけではないとのことI. Shvab, J. Sadus (2013)。
polarizedモデル
polarizedモデルは分子の分極性ゆらぎ電荷を考慮したモデルである。
このモデルはrigidモデルやFlexibleモデルでは再現が難しかった超臨界状態の熱容量・熱膨張係数を再現することが可能であるらしい。
- iAMOEBA
- (AMOEBA力場を参考に、水について作成したモデル。AMOEBAは、タンパク質-リガンド結合と計算X線結晶学で特に成功しているとのこと。P. Wang, 2013)
- TIP4P/FQ
- (TIP4Pをもとに水のゆらぎ電荷を考慮したモデル。W. Rick, 2001)
ただしこのモデルはlammpsでは使えない可能性がある。(私見だが、機械学習ポテンシャルという選択肢が登場した今、polarizedモデルのようなむやみに複雑なモデルは徐々に使われなくなっていくのではないか。)
機械学習ポテンシャルによる水モデル
近年では機械学習ポテンシャルによる力場作成も行われる。ただし、各研究者が各々で力場を作成しているのが現状であろう。
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水の複素誘電率の予測を機械学習ポテンシャルと古典力場(SPC/TIP4P)で比較したところ、実験の高周波成分とよく合ったという報告
J. H. Ryu et al, 2024 -
グラフェンに挟まれた水分子集団のDFT計算から機械学習を行い、新規にポテンシャルを作成したという報告
W. Zhao, 2022
また書くこと時間と事例があったら追記していくかも。
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モデル別google scholarヒット数
TIP3P:25,600件
SPC/E:16,700件 ↩