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HaskellとElmの会社をつぶしてUXハッカーになった話


はじめに

去年の9月にこれまで4年ほど経営していた会社を解散しました。

「会社をつぶす」と聞くと、なんだか良くないことに聞こえますが、実はこの解散は前向きな理由で決断したものです。

解散理由が珍しいだけでなく、会社を作った経緯も、経営方針や採用技術についても、なかなかほかでは見られないものだったため、興味を持ってくださる方も多く、記事にして残すことにしました。

これから事業を起こそうとされる方、なかなか自分にあった活躍のしかたが見つからない方、世の中のあり方に思うところがある方にとって、多少でもお役に立てるものになれば幸いです。


いまは何をしているのか

法人をたたんだ現在は「UXハッカー」として生きています。

これは、UX = User eXperience (ユーザーの体験) の概念を独自に拡張し、世の中のあらゆるUXを改善するお仕事です。

UXといえば、最近「UXデザイナー」という職種が広まってきています。

でも残念ながら、実際にはただ画面のデザインをするだけの人をそう呼んでいることも多く、それでは世の中の問題の多くはほとんど改善しません。

たとえば、どんなにすばらしい画面設計の勤怠システムがあっても、人事が「定時で退社したことにして残業しろ」と指示するような環境では何も体験は改善しません。

会社の社員というユーザーの体験を向上させようと思ったら、もっと根本にある労働環境や社内制度、人間関係の問題を解決する必要があるのです。

さらに元をたどれば、それまでの学校教育という体験が悪かったり、家庭環境のせいで心に余裕がなくなっていたり、あるいは国の政策が問題なのかもしれません。

これらをすべて根本から改善していこうという、野心的で欲張りで、そして多岐にわたる一連の活動を「UXハッカー」と自称し、日々続けています。

もちろん、この記事を書いて公開すること自体も、UXハッカーとして世の中のUXを改善する活動の一環です。

世の中の、うんこみたいなUXをぉおおおおおお、ぶっ壊す!

でも、草食動物のうんこはほとんど臭くないし汚くないので、腐乱臭の冤罪をうちのかわいいさくらちゃんに被せないでください。


会社を設立するまでの経緯


ワークスアプリケーションズ

私は世界を征服してよりよいUXの世界を作りあげるという天命を持って生まれてきたので、しばしば世界の方から私に「征服してくださいよぉ〜」と必要な経験を積ませてきます。

その1つに、新卒で入社したワークスアプリケーションズという会社での経験があります。

在籍していたのはたった3ヶ月ですが、ひどくおぞましいUXの実例を学べる環境を用意していただき、いまの私の基礎を作る多くの学びがありました。

具体的に挙げると切りがないですが、懇切丁寧に実例をともなってわかりやすくご指導くださったことへの礼節としてほんの一部をご紹介します。


  1. 勤怠上は9:00-18:00で打刻させ、実際には大半の研修生に6:00-23:00まではたらくことを強制し、それで労基署に駆け込んだ研修生を特定して社長が脅す

  2. 経験者が最初に研修を終えると他の研修生の士気が下がるという理由で研修を終えさせない

  3. 「スキルがあっても理不尽に堪えられないなら必要ない。ゾンビのように思考停止して理不尽に堪えられる者を優遇する。」という内容を社長が公言する

5年後に会社がなくなるリスクを負ってまで、悪いUXの例を捨て身の覚悟で教えてくださったことに、本当に感謝の気持でいっぱいです。


個人の理想をみつける

ワークスアプリケーションズを辞めた翌年には、システム制作を請け負うフリーランスとしてはたらくようになりました。

これが存外うまくいき、何よりも自分の能力を十分に発揮できていることが幸せでした。

そこでふと気づいたのです。

世の中には、優秀な人間が能力を十分に発揮できる環境が少なすぎると。

高学歴ニートや博士課程修了者が就職できないなどの問題も、結局は世の中のUXが悪いからではないかと。

では、いったい誰がこのUXを改善できるのか。

優秀な人間をダメにするひどいUXを身を持って学んだ上で、さらに実際に能力を十分に発揮する経験も積んだ私ほど適任な人間はいないのではないか

そう考えて「優秀な人間がきちんと活躍できるUX」を実証するイバラの道が始まりました。

ところでヤギさんはイバラでも関係なくむしゃむしゃ食べちゃいます。

口の中どうなってるのか不思議です。


実証実験


やってみたこと

優秀な人間がきちんと活躍できるUXを考える上で参考になったのが、やはりワークスアプリケーションズで教えていただいたひどいUXでした。

その逆を行えばきっといいUXになるだろうと考えたのです。

そこで


  1. 拘束するのではなく、自律して動くことを促す

  2. 特定分野に尖った優秀さを持つ人間をそろえる

この2つの要素を柱としました。


具体的な実験内容

さて、実証するためにはその舞台となる法人を用意しなくてはなりません。

そこで設立したのが、去年9月に解散した株式会社ARoWです。

舞台ができたら、次は演者が必要です。

「この会社は私の趣味の実験であり、社員もモルモットである」と公言した上で、以下の条件を示して協力してくれる社員を確保しました。


  • 完全週休4日制 (週3日労働)

  • 5時間/日労働、残業禁止

  • 年収300万円 (週40時間換算すると年収800万円)

  • 社保・労働保険加入

  • いつはたらくかは原則自由

  • どこではたらくかも自由

  • 複業推奨

  • むしろ副業を無償であっせんする

  • Haskellとか導入事例がないものでもおもしろければ使っていい


途中経過

この実証実験はとても良いものでした。

それは、うまくいかないという結果を得られたからです。

うまくいかないことで原因を真剣に考えるからこそ、学びがあるものです。

なんとなくうまくいったのでは、学びも再現性もありません。

うまくいかなかった原因は、社員が技術にしか興味を持てなかった点にあります。

私自身も気をつけないとやってしまうのですが、「技術的なおもしろさ」を追求しはじめて、数日の仕事に数ヶ月かけてしまうことがあります。

特にARoWの場合は、社員を拘束せず、Haskellなどの面白い技術を採用したことで、この問題が露呈しました。

この時期の葛藤は、資金力のないWeb系ベンチャーがHaskellを採用したらどうなったかという記事にすでにまとめてありますので、興味を持たれた方はぜひご覧ください。

一方、いいこともありました。

社員を養うためにつまらない仕事を全部私が引き受けていたことで


  • つまらないけど避けられない技術

  • ビジネス視点

  • 要件分析・要件定義

  • UX設計

  • システム設計

などをまんべんなく学ぶことができ、自分の本当の強みである真のUX設計力が開花しました。

このあたりの話はスペシャリストとして圧倒的に成長する極意にまとめてあります。


手法の改善

実際にやりきってみて見えてきた問題点をもとに、さらなるUXの改善を行いました。


  • 技術力がお金につながるようなブランディングを行う

  • 「総合的に考えて工数に見合ってると判断したのであれば、そのやり方は任せます」と条件をつけた上で全て任せる

  • 社員のクセを見抜いて、そのクセが悪い結果になるような仕事は最初から振らない

  • 顧客とのやりとりも社員にみえるようにして、ビジネス視点を自然に意識するようにする


  • Elmのような実用性に振り切った思想をとりいれる


実験結果

これらの改善を行った結果、会社としてのUXは大きく向上し、以下のような成果につながりました。


  • 「Web系でHaskellやElmといえばARoW」という評判が広がった


    • ElmでもHaskellでもぐぐったら最初の方に私が書いた記事がでるようになった

    • 日本でHaskell技術者を最も多く抱える会社から仕事を受けるようになった



  • 「技術も高いけど、それよりもビジネス観点でいい提案してくれて助かる」と評価されるようになった

  • 社員が能力を十分に発揮して、それがお金につながるようになった

  • 社員がビジネス視点を手に入れたことでステップアップした

特に一番最後の成果が大きく、副業先から「正社員にならないか?」と誘いを受けたARoW社員が、

「ARoWと同じ条件なら考える」と答えたところ、同じ条件で2倍の給与を提示されて転職できました。

この世の中にARoWという会社がなければなしえなかったことです。

とくに退職時にその社員からもらったメッセージにとても胸を打たれ、これまでの様々な苦難が実を結んだ気がしました。

英語から翻訳したものを引用します。


当初ARoWに入ろうと思った一番の理由は、Haskellの能力を伸ばすことでした。

(中略)

でも、Haskellのスキルよりもずっと大切なものをARoWで学びました。

それは「いかに顧客に対して価値を提供するか」です。

このことは、主に岡本さん(訳注: 筆者)がどうやって顧客とやり取りしているかを見て学びました。

彼は「どうやったら顧客の本当の問題を解決することができるんだろうか」と常に考えるようにしています。

また、より短い時間でより大きな価値を提供できるようにいろいろな工夫をしています。

「そもそもこれは何のためにやっている作業なのか」を考えることが、同じ時間の中で他の誰よりもずっと多くの価値をそのプロジェクト/顧客に提供するのにつながるのだという大きな学びがありました。

こうすることで他の人よりも高い単価で仕事をすることができます。

また「今何をやっているのか」「それはなぜやっているのか」について説明しながら進めることは、実際に何をやっているかよりも顧客にとっては重要なことが多いです。

岡本さんから学んだこれらのことは、これからの私のキャリアにおいても変わらず役に立つだろうと確信しています。

ARoWに入ったのは単にHaskellを学びたいからという気持ちでしたが、結局はそれよりももっと価値がある学びを得ることができたのです。


ここで私の中に区切りがつき、「優秀な人間がきちんと活躍できるUX」を実証することができました。

目的が終わったら無理に会社を維持する必要もないので、これまでの事業は私が個人事業主として引き継ぎ、会社は解散しました。

いま振り返ると、法人でいることのメリットはほぼ何もなく、デメリットだらけでした。

そういう意味で、個人事業主に戻したのもUX改善の一環です。


次のステージ

「優秀な人間がきちんと活躍できるUX」には区切りがつきましたが、まだまだ世の中には改善すべきUXがたくさんあります。

自律して動けるタイプの方を邪魔するUXを改善してきましたが、よく考えたらそうでない方への教育もまともなUXがほとんど存在しません。

企業には「俺がお前を育ててやる」と自分のやり方を押し付けて喜んでいる老害が跋扈しています。

そういうのを含めて、さらに範囲を広げてUXハッカーとして世の中のUXを改善していくために、最近は以下の活動をはじめています。

何か適当に「これは自分の使命だ」と思い込んで、そこに向かってまっすぐ邁進するのって、とっても楽しいです。

そしてなによりも、ヤギと暮らすのはいいものです。

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