はじめに
熱力学における系の変化の1つに断熱変化というものがあり、ほかの変化(等圧変化、等積変化、定温変化)と比較し理解しずらい。なぜなら、物理の概念というよりは、数学的に複雑な処理をしなければ定量化することができないからである。具体的には大学数学レベルだが、『気体の状態方程式』と『熱力学第1法則』という極めて基本的な熱力学の法則を連立させることで微分方程式を導き、それを解くことで『ポアソンの法則』という断熱変化における気体の圧力と体積の関係式を機械的に導くことができる。しかし、今回は数学的な思考力を鍛えるために、敢えて高校数学の数列(漸化式)と極限の考え方を用いて『気体の状態方程式』と『熱力学第1法則』から『ポアソンの法則』を導出する。そして、Pythonを用いたプログラムでも『ポアソンの法則』が正しいのか数値計算を行うことで視覚的に確認する。ただし、今回は議論を簡単にするため対象の気体を単原子分子の気体とした。
微小変化における気体の状態方程式
気体の圧力$P$と体積$V$、絶対温度$T$には以下のような関係性が成立する。
PV=nRT
ただし$R$は気体定数と呼ばれ、$n$は物質量である。
そこで、上記の状態の気体の3要素が以下のように変化したとする。(気体は密閉空間にあるものとしているので、物質量$n$は不変とする。)
P\to P+\Delta P,V\to \Delta V,T\to T+\Delta T
この場合、状態方程式より以下のことが成立する。
(P+\Delta P)(V+\Delta V)=nR(T+\Delta T)
これを展開すると以下のようになる。
PV+P\Delta V +V \Delta P+\Delta P \Delta V=nRT+nR\Delta T
ここで、$\Delta P$の絶対値が$P$に比べて極めて小さい場合、つまり$|\frac{\Delta P}{P}|<<1$かつ
$\Delta V$の絶対値が$V$に比べて極めて小さい場合、つまり$|\frac{\Delta V}{V}|<<1$のとき、
$\Delta P \Delta V$の絶対値は極めて小さいので、無視することができる。
つまり、
PV+P\Delta V +V \Delta P=nRT+nR\Delta T
が近似的に成立することを認める。
したがって、
P\Delta V +V \Delta P=nR\Delta T
この関係性は、受験物理でたまに出てくる。とくに、微小量の変化の議論が好きな難関大での出題頻度が高いので、必要に応じて考え方を理解しておこう。
熱力学第1法則
次に、熱力学第1について考える。これは、実質的には気体に関するエネルギーの保存の法則と等価である。
今回は、外部から気体に与える熱エネルギー$Q$と外部が気体にする仕事$W$によって、単原子分子気体の内部エネルギー$U=\frac{3}{2}nRT$が変化すると考える。
つまり、
\Delta U =Q+W
が成立する。ここで、$\Delta V$が$V$に対して極めて小さいとき、$P$はほぼ変化せず一定の値とみなすことができる。したがって、$W=-P\Delta V$となる。一方で、『断熱』変化なので、外部から気体に与える熱エネルギーは常に$0$である。したがって、
\frac{3}{2}nR\Delta T =0-P\Delta V
となる。
ポアソンの法則の導出
これを、以下の式
P\Delta V +V \Delta P=nR\Delta T
に代入して整理すると以下のようになる。
V\Delta P =\frac{5}{2}nR\Delta T
したがって、
\Delta P =\frac{5}{2}\frac{nR\Delta T}{V}
ここで、気体の状態方程式より、$PV=nRT$が成立するので、
\Delta P =\frac{5}{2}\frac{\Delta T}{T}P
が成立する。これは、一種の変数分離型の微分方程式と呼ばれ、厳密には大学数学を用いなければ解くことができない。
しかし、今回は高校数学でどこまで挑戦できるか試してみよう。
P(T+\Delta T)=P(T)+\Delta P=P(T)+\frac{5}{2}\frac{\Delta T}{T}P=P(T)(1+\frac{5}{2}\frac{\Delta T}{2T} )
が成立するので、$T=T_m=m\Delta T$と置いた場合、以下のことが分かる。(ただし、$m>0$となる整数である。)
P_{m+1}=P_m(1+\frac{5}{2}\frac{\Delta T}{T_m})=P_m(1+\frac{5}{2}\frac{\Delta T}{m\Delta T})=P_m(1+\frac{5}{2m})
ここで、かなり天下り的になるのだが、$\frac{P_m}{{T_m}^{\frac{5}{2}}}$が$m$を大きくするにつれてどのように変化するのか調査したい。
上式を、${T_{m+1}}^{\frac{5}{2}}$で除するが、$T_{m+1}={(m+1)}\Delta T$であることに注意する。
つまり、左辺を${T^{\frac{5}{2}}_{m+1}}$で除し、右辺を$(\frac{m+1}{m}T_m)^{\frac{5}{2}}$で除する。
したがって、以下のようになる。
\frac{P_{m+1}}{T^{\frac{5}{2}}_{m+1}}=\frac{(1+\frac{5}{2}\frac{1}{m})}{(1+\frac{1}{m})^\frac{5}{2}}\frac{P_m}{T^{\frac{5}{2}}_m}
ここで、2項定理から$m\to \infty$のとき、$(1+\frac{1}{m})^\frac{5}{2}\to (1+\frac{5}{2}\frac{1}{m})$であると近似的にみなせるので、$m\to \infty$のとき
\frac{P_{m+1}}{T^{\frac{5}{2}}_{m+1}}=\frac{P_m}{T^{\frac{5}{2}}_m}
が成立するので、
\lim_{m\to \infty}\frac{P_m}{T^{\frac{5}{2}}_m}=C
が成立する。ただし、$C$は定数とする。
したがって、$\frac{P}{T^\frac{5}{2}}=C$ が成立するため、気体の状態方程式$PV=nRT$より、$C_1$は定数とした場合、
PV^{\frac{5}{3}}=C_1
が成立する。
プログラム
さて、以上のことをプログラムに落とし込む。つまり、
\Delta P =\frac{5}{2}\frac{\Delta T}{T}P
を解くプログラムを考える。
つまり、これは漸化式
P_{m+1}=P_m(1+\frac{5}{2m})
を解くことと等価である。
なので、以下のようなプログラムを作成した。
import numpy as np
import matplotlib.pyplot as plt
import japanize_matplotlib
import math
plt.grid()
#n:物質量、R気体定数
n=1
R=8.31
m=10000
T_max=2000
T_min=273
Delta_T=(T_max-T_min)/m
P_ary=np.zeros(m)
V_ary=np.zeros(m)
T_ary=np.zeros(m)
P_ary[0]=1013
T_ary[0]=T_min
for i in range(1,m):
V_ary[i-1]=n*R*T_ary[i-1]/P_ary[i-1]
P_ary[i]=P_ary[i-1]+(5/2)*(P_ary[i-1]/T_ary[i-1])*Delta_T
T_ary[i]=T_ary[i-1]+Delta_T
#等温変化 温度T_ave=(T_max+T_min)/2での等温変化状態を考える。
T_ave=(T_max+T_min)/2
## P V=nR(T_ave)より
V_T_ary=np.linspace(0,max(V_ary),m)
P_T_ary=(n*R*T_ave)/V_T_ary
plt.plot(V_ary,P_ary,color="red",label="断熱変化")
plt.plot(V_T_ary,P_T_ary,color="blue",label="等温変化")
plt.legend()
plt.xlabel("体積[m^3]")
plt.ylabel("圧力[Pa]")
plt.xlim(min(V_ary),max(V_ary))
plt.ylim(0,max(P_ary))
plt.savefig("等温変化と断熱変化のPV曲線.png")
plt.show()
このように、断熱変化は等温変化と比べて、気体の温度が変化することを許すので変化が激しくなる。
まとめ
今回は、高校物理の熱力学の中で、一番難しいであろう気体の断熱変化について扱った。気体の断熱変化の理解の中で一番難しいところは、高度な数学を用いることであった。しかし、それ以外は、『気体の状態方程式』と『熱力学第1法則』という極めて基本的な熱力学の法則から導出することができる比較的美しいものであった。今回は、その美しさをできるだけ、高校数学レベルにかみ砕いて説明することを試みた。また、Pythonを用いたプログラムでも、そのことを視覚的に理解することを試みた。ただし、過程で分かったように、高校数学の範囲ではかなり回りくどい計算をしなければならない。そういうことを考えると、機械的に微分方程式を解くことができる大学数学も毛嫌いせずに勇気を持って学ぶべきである。
参考文献