「人類の三大欲求」は、「自作CPU」「自作OS」「自作プログラミング言語」だそうです。
人間の三大欲求は「OSを自作する」「CPUを自作する」「プログラミング言語を自作する」ですが、ガッツリ集中して取り組む時間が必要なので、長期休暇を活用したりして若いうちに済ませておくとよいです。
— 湯村 翼 Tsubasa YUMURA (@yumu19) December 3, 2021
近年のコンピュータは複雑化・高度化が極まっていて、ほとんど魔法なわけですが、その分、中身が分からない(分からなくても使える)ブラックボックスになっています。ブラックボックスがあると、人はその中身を見たいという欲求にかられるようで、この3つの三大欲求は、まさにコンピュータというブラックボックスの中身を「作る」ことで理解しよう、という根源的な欲求のように思えまし、実際、若い人たちで、自作CPUは流行しているようです。74シリーズだけでCPUをつくるとか、トランジスタでCPUをつくるとか、などなど。
(余談(宣伝)ですが、この欲求を満たす「分解」という行為を極める本を共著で書いていますので、よろしければ、その欲求を満たすためにぜひ)
自作CPUに関連して、「誰でも半導体作りたいぜ」というのは、古今東西、人類の普遍的な欲求なわけですが(ほんとか?)、半導体(集積回路)の自作には、現実問題として大きなハードルがあります。
集積回路の歴史は微細化の歴史でもあり、それは設計製造技術の高度化の歴史でもあります。それは、集積回路を構成するMOSトランジスタの物理寸法を小さくすると集積回路の性能が向上する、という「ムーアの法則」に沿ったものでもあります。(ちなみに「ムーアの法則」は、インテル共同創業者のG.MooreがIEEEの雑誌に寄稿した「こうなるといいな」という展望のような記事を、UC BerkeleyのC.Meadが「法則」として命名したものです。「ムーアは未来を予測した」と言われることもありますが、どちらかというと「ムーアの法則が示す未来が魅力的なので、それを目指して技術開発(主に微細化)が進んだことで、それが現実となった」というのが正しい理解だと思います。まさにアラン・ケイの言う通り「未来を予測する最善の方法は、それを発明することだ」というわけです。
このムーアの法則の必然的な帰結として、集積回路の設計製造の技術が高度になっていきましたが、それは結果として「素人には手が出ない」域に達してしまうことになります。例えば集積回路設計のためのソフトウエア(EDAツール)は1億円くらいしますし、製造も数千万円オーダー、その製造のための工場となると数兆円オーダーで、もはや国家事業レベルです。そのために、最近は「半導体の地政学」という言葉を聞く機会も増えました(個人的には国家の争いの道具になるのは、純粋に技術を楽しめないなあ、というもやもやもありますが)。
これに対して、「いやいや、やっぱ個人でも半導体を作りたいぜ」という欲求は依然としてあって、それは、いわゆる「半導体の民主化」と呼ばれる様々な動きとなって現れています。つまり集積回路の設計や製造を「工場やお金を持っている者」の特権とするのではなく、われわれ市民の手に取り戻そう、という動きです。この「市民」のとらえかたはいろいろあって、「半導体メーカではないIT企業」や「個人」など、いろいろな人達がいろいろなモチベーションで、この「半導体の民主化」に取り組んでいます。
実は正直なところ、一時期、半導体の研究をやめようかと思っていたころもありました。半導体はお金がかかる、お金持ちしかできない、だから自分が挑む研究テーマはない、という重いからです。しかし改めて考えると、Makeという「技術の民主化」を肌で感じている自分は、「半導体ユーザ」と「半導体の研究者」という両方の視点があるわけで、それは実はけっこう珍しいユニークさなのかもしれない、いやむしろ、両者をつなぐことこそが、自分の使命かもしれない、と考えるようになりました。
そんな流れから、私も2010年ごろから、そんな事を考えていて、こんな動画をつくったりしていました。
これに対する反響は、まあ予想通りで「もったいない」「無駄遣い」といったものでした。しかし私がこの動画に込めた思いは「半導体を作るのは自由なんだから、Lチカをしたっていいじゃないか」というものです。逆に集積回路を「すごいものを作るためのもの」という思い込みを持ってしまうことが、集積回路自身の可能性を狭めてしまうことにもなるわけです。
そしていろいろな論文(といっても口頭発表レベルですが)や「Makeと半導体の過去と未来」という電子書籍を書いたりしていました。そして具体的なアクションとして"MakeLSI:"というプロジェクト(というほど大げさなものではありませんが)やっていました。
このMakeLSI:では、「半導体の民主化に必要なもの」を、以下の3つあげています。
- 誰でも使える設計ツール
- 誰でも使える製造サービス
- コミュニティ
最初の2つの「誰でも使える」というののは、具体的には、費用面(無料or個人でも払えるほど安価)だけでなく、誰にも使用を制限されないオープンソース(あるいはそれに準じるオープン性)を目指しています。
そして最終的な目標として 「消えてなくなること」 をあげています。つまり「半導体を誰でも設計製造できるようにしよう」なんてことをわざわざ言わなくても、当たり前のようにみんなが半導体を設計製造し、道具として使えるような世の中になる、のが目標と言えます。例えば「プログラミングの民主化」なんて、誰も言いませんよね。
それから10年ほど、いろいろなことをやってきました。北九州のクリーンルームでウエハプロセスを流したり、NDA(秘密保持契約)のいらない設計ルール・PDKをつくったり、みんなで相乗り試作をしたり。
そうこうしているうちに、世界中に同じような事を考える人も増え(もともといましたが)、さらには米国などで国策となったり、Googleのような大手IT企業が参入したり、と、にぎやかになってきました。(ただまあ、アメリカが言い出すと日本は動くんだなあ、とTRONを引き合いに出してみたり)
しかし、研究者の性なのでしょうか、世の中で騒がれだすと、だんたん興味が薄れていくものです。ましてや他で大規模(規模、人数、背景、お金など)な活動が盛り上がっていて、とても個人レベルのプロジェクトで太刀打ちできないとなると、なおのことです。
これは見方を変えれば、前述のようなMakeLSI:の「目標」は、ある程度果たせたのかな、とも思います。
MakeLSI:をやってきたことで、こんなものを得ることができました。
- NDAフリーな設計ルール・PDK
- 設計試作の経験を積んだ仲間
これらは、私にとってもかけがえのない財産です。だからこそ、それを残しつつ、最近日本ではじまったISHI会のようなコミュニティを含めた世の中の大きな流れになってきた「半導体の民主化」を応援していきたいと思います。