「狂人PM」について
詳細は以下の記事を参照頂ければと思う。
今回は、この記事を見て改めて考えたこと・思い出したことについてつらつらと述べていく。
(本記事はプロダクトづくりのための挑戦とその成功・失敗談を綴るアドベントカレンダー powered by プロダクト筋トレ Advent Calendar 2021の18日目です。前日の記事は↑の「狂人PM最強説について」です。)
「100倍考える」ということ
一方、それらは、相手から行動を引き出すためのコミュニケーションとしてのあるべき姿であって、考えていることとコミュニケーションは違うよね、という面もある。
PMは、プロダクトの作り手、創造主、アーティストなのだから、当然人より100倍考えてないといけないよね、という話だ。
その100倍部分には常人には理解しがたい感覚や聞きなれない話が含まれているだろう。それをクロック下げずに話そうものなら狂人に映るだろうと。
私の上司にあたるPMも「俺がアイデアを話す時は脳内で100個以上のアイデアをシミュレーションして、生き残ったものだけを厳選している」とよく言っている。正直、本当に100個もシミュレーションしているのだろうかとか疑問に思い、あまりピンと来ていなかった。
しかし上記の記事を見て、私はようやく、上司の言っていることがわかった気がした。
プロとは何か・狂人とは何か
私は下手ではあるが麻雀が好きである。今はABEMA TVでMリーグという麻雀のリーグ戦が行われているのだが、そこで最強とされるプレーヤーの一人に多井隆晴という人物がいる。
彼はYoutubeで麻雀の理論を語っているのだが、とにかく全ての一打や選択に対して一家言を持っている。常人なら「ここではこの牌を切って終わりだよね」と考える局面でも彼は「いやここでこれを切ることによって後々こういう展開になることもある」「そもそもこの局面に対する見方は10個くらいある」と言った具合に、対戦相手の一挙一投足も含めた全ての事柄を注視し、膨大な数のシミュレーションを行っている。おそらく麻雀に限らず、将棋でも囲碁でも同じようなことは言えると思う。一般人からしたらどうでも良いような一手でも、極限まで研ぎ澄まされた思考や膨大な量の検証を行うのがプロというものなのだろう。
しかし傍から見ている分にはその思考量は伝わらない。どんなに考えていようと満貫は満貫でしかないし、最終的には戦績でしか評価されない。そこに彼は常に忸怩たる思いを抱えているように見える。彼自身はとてつもなく強いためあまりそういうことはないのだが、同じように深く考えている他のプレイヤーが負けて批判されると、「お前ら何も知らないくせに」と吠えるシーンをよく見る。これは運の要素が特に強い麻雀だからこそ起きる現象だと考える。
麻雀に限らず、プロダクトでも同じようなことはままある気がする。優れたエンジニアはコードの一行一行、変数の一つ一つにとてつもない拘りを持つ。デザイナーであればパッと見では区別がつかないような色遣いの違いに延々と頭を悩ませる。優れたPMはバックログの何気ない表現、エンジニアやデザイナーの発する言葉、プロダクトのWeb広告のほんの僅かな違いにも敏感に反応し、口をはさむ。しかしどれもコードは所詮コード、カラーコードは所詮カラーコード、バックログは所詮バックログである。極限までこだわったところで、その発露は外部からは殆ど見られない。
「俺がアイデアを話す時は脳内で100個以上のアイデアをシミュレーションして、生き残ったものだけを厳選している」というのは、今の私の解釈によれば、「脳みそが壊れるほど考えても1/3も伝わらない」ということになる。確かに私自身も2年以上PMをやるなかで、LPサイトの作り方、ワイヤーの書き方、事業責任者とのコミュニケーション、ユーザーインタビューの一言一句に対して多分鬱陶しいと思われる程度にはこだわりを持つようになってきた。狂人の領域というのは、多分そうした拘りや信念の膨大な積み重ねを経てたどり着けるものなのだろう。
希望
この事実は私にとってはある種の希望である。つまり上司が何言っているのか分からないという時、これまでの私は「自分には永遠にその領域へたどり着けない」と考えてきたが、拘りが膨大にありすぎて言葉として表現しきれていないのだろうと考えるようになった。つまり常人でもたどり着ける可能性があるということだ。
膨大な量なので、いつその境地にたどり着けるかの具体的な年数がわかったわけではないが、もしかすると、うまくやれば、いつかその境地にたどり着けるのかもしれないという希望が見えた。
このアドベントカレンダーを企画してなければ、そういったことに気づかず2021年を終えていた可能性が高い。
正直面倒ではあったが、これを企画してよかったと思った。