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はじめに
こんにちは。日本の企業からアメリカに出向し、現地開発チームでProduct Ownerをやっている きょうす です。
日本の企業から現地企業にエンジニアが出向する場合、通常は両企業の間を取り持つ役割(リエゾン)として行く場合が多いと思います。現地企業でエンジニアが欲しい場合は、普通に現地で雇った方が圧倒的に安いのです。
ところが、私が6年前に初めてアメリカ企業に出向した時は、リエゾンではなく、現地開発チームの一員として入ることになりました。この記事では、英語が少し得意なだけの日本企業エンジニアがアメリカの開発チームでどこまで活躍できるか(できないか)ということをお話ししたいと思います。
この記事は私のブログ https://achiwa912.github.io/ にも載せました。
さんざんな出向開始
新卒扱いでのスタート
現地上長との最初の面談で「お前は何ができるのか?」と聞かれました。日本ではマネージャーだったので「プロジェクトのマネージメントをしていた」と答えたところ、「ここでは専任のマネージャーはいらない」と言われてしまいました。プログラミングを卒業してからは15年も経っていたし、特にアピールできるスキルは持っていません。結局、QAメンバーとして開発チームに入ることになりました。QAは特にスキルを持っていない新卒エンジニアが最初に配属される役割です(もちろんQAのプロもいます)。新卒エンジニア扱いでのスタートです。
武器だったはずの英語力が
私は日本では英語ができる人のカテゴリーにいました。10年以上前に受けたTOEIC IPは930点でしたし、これまで多くの海外企業との窓口役をしてきたので、英語力は更に上がっている自信がありました。まさか得意の英語がネックでまともに活躍できないとは思っていませんでした。
開発チームでは、毎日のstandup meetingとして状況報告の場がありました。一人30秒くらいで、昨日やったこと、現在取り組んでいること、直面している問題を報告します。ここでは自分が何を話すかを考えるのに精一杯で、他のメンバーの報告を聞いている余裕はありません。
ブレインストーミングのようなミーティングもあります。メンバー達の話す勢いにびっくりです。拠点が東海岸にあるせいかもしれませんが、彼らの話す英語はとても速く、話の内容を理解するだけで大変です。人によっては半分も聞き取れない場合もあります。更に、前の人の話がまだ終わっていないのに、次の人が発言を始めます。
話している内容はそれほど高度ではなく、自分も議論に参加できる筈です。しかし、話す内容を考えていたり口を挟むタイミングを探っていると、すぐに次の話題に移ってしまうため、結果的に議論に参加することができません。会議が終わってから「もっと良い発言ができたのに」と後悔する日々が続きます。
チームメンバーには非ネイティブな人もいますが、彼らはアクセントのきつい英語でマシンガンのように話します。やはりアメリカで大学を卒業して、10年も働いているような人には勝てないです。
出向してみてわかったこと
エンジニアに必要なものは技術力
プログラミングからは遠ざかっていたものの、数ヶ月もすると、地味ではありますが少しは役に立っていると実感できるようになってきました。会議以外の時間は自分のキューブにいて、テストケースを消化したり、バグ修正を確認したりしているため、英語力のハンディはありません。Developer(コーディングする人)と会話する際にも、チャットが主で、話が込み入ってきたときに一対一の会話になります。二人だけの会話であれば、こちらのペースで、こちらが納得するまで繰り返してもらうことも可能です。
このような時に、技術的にきちんとした発言をしていれば、相手も嫌がらず、対等に話してくれます。やはり、エンジニアに必要な物は技術力だということを再認識します。ネイティブな技術者にもおとなしい人は多く、そういう人は技術力で周りに認められています。日本人に不足する英語力を補ってくれるのが技術力です。
マネージャーにはなれるのか
私は日本の肩書きのままアメリカに来ましたし、ビザも管理者ビザだったので、名目上はマネージャーでした。しかし、実質的には現地チームのマネージャーにはなれませんでした。
アメリカ企業のマネージャー達を見ているとわかりますが、彼らは恐ろしく話し好きです。放っておくと会議の間中ずっと話しています。会話や議論のイニシアチブを取ることが、アメリカ企業でリーダーシップを発揮するための前提条件のようです。
考えてみれば当たり前です。管理者は、組織の方針を部下に伝え、状況を正しく判断してチームを引っ張っていかなければいかないのです。特にアメリカでは「上長の言うことだから聞かねば」という意識が希薄なため、マネージャー個人に実力があり、発言に説得力があることが求められます。
そういう意味で英語にハンディのある日本人が、日本企業のバックの無い状態でアメリカ企業に来た場合、マネージャーとして実質機能することは相当にチャレンジングだと思います。上長や部下の言っていることの半分くらいしか理解できない人にマネージャーが務まるでしょうか。
どのくらいいると英語は人並みになるか
個人と環境によると思いますが、ネイティブと同じようなスピードと流暢さで読んだり聞いたり話したりは永久にできるようにならないかもしれません。
私は日本にいた時から洋書を読むことを半ば趣味にしていたため、文学作品も含めて100冊以上の本を英語で読んでいますが、今でも読むスピードは150 - 200 words/min と思います。非ネイティブとしては速い方ですが、大卒以上のネイティブは平均250 - 300 words/min 読めるらしいので、アメリカ人基準ではだいぶslow readerの部類です。
リスニングは英検1級の一次試験で2問間違えた程度ですが、会議では聞き取れないこともよくあります。特にインド訛りと、ぼそぼそしゃべる人の英語が厳しいです。映画は字幕なしで見られますが、実は理解度は半分以下でも画面を見ていてキーワードがある程度わかれば十分に楽しめます。
スピーキングは、今でも言いたいことが十分には言えません。去年の時点で英検1級の二次試験に落ちているのでスピーキング力は知れたものですが。元々苦手だったとはいえ、3年アメリカにいてもこの程度です。
そこで、狙うべきはネイティブレベルではなく、非ネイティブとしてアメリカに来ている人たちです。そういう人たちと自分を比べて、圧倒的に弱いと感じるのがスピーキング力と、次にリスニング力です。
英語や発音は多少ブロークンでも、他の人がまだ話しているのに割り込んで自分の言いたいことを言うくらいでないと、議論に参加できません。彼らはそうやって、英語力のハンディを克服して、チーム内で活躍しています。
日本とアメリカの違い
開発スタイルの違い
これはたまたま私がいた会社や部署の特徴になりますが、日本での開発はウォーターフォール型で、長年かけて改善してきたプロセスを持っていました。あらゆる状況、レベルのエンジニアに対応するプロセスは重厚長大で、特に開発のフェーズゲートとして大人数で行う会議は非常に重いものでした。
一方、アメリカでの開発チームはスクラム/agileを採用していました。元々スタートアップ出身で、開発効率を重視し、開発プロセスは日本と比べてずいぶんと軽い物でした。
年功序列、終身雇用の文化が無いこともあり、人員の入れ替わりも多かったです。一緒に働いていたチームメンバーがある日突然、farewellメールを出していなくなってしまうこともよくありました。辞めた理由は周りに通知されないのでわかりませんが、少なくないケースでクビになっているものと思われます。これは日本人社員の目から見ると衝撃的です。彼らは常にクビになるリスクを抱えながら働いているわけです。
多くの社員をクビにした結果、優秀かつその開発チームの文化になじんだ社員だけが残ります。彼らの開発は、そういった優秀な社員を前提に、最少のコミュニケーションコストで済む必要最低限のプロセスで回せるようになっています。
そして、軽いプロセスを補うものが論理です。こちらの開発チームでは、大抵の物事が論理的に決まります。
文化の違い
品質
海外に住んでみるとわかることですが、日本はかなり「特殊な」国です。日本にいると当たり前になっている郵便や鉄道、店舗での接客は本当に素晴らしいと思います。アメリカのスーパーに消費期限切れの商品が並んでいることは、珍しいことではありません。Made in Japan製品は世界基準では過剰品質なほどです。
私もアメリカに来るまで、日本はごく普通の、真面目が取り柄の国だと思っていました。アメリカに来てしばらくたった頃、テレビ番組で国際政治の専門家が、安倍首相のTrump表敬訪問に関して「日本はイスラエルのようなextremeな国」と言っているのを聞いて「日本は海外ではそのように捉えられているのだな」と、妙に納得したことを覚えています。
製品開発において、日本は過剰なほど品質にコストをかけています。出来上がる製品は高品質なのですが、それを実現するためのコストは、世界基準では異常なほどです。日本と海外の企業が製品開発において協業する時、品質保証をどのように、どこまでするかということで折り合わないことがよくあります。
意思決定
品質と同様に日本とアメリカで大きく異なるのが、意思決定とその徹底の仕方です。日本ではなぜそのような意思決定がなされたかよりも、誰が発言したかが非常に重要に思います。「**さんがこれをやれと言っている」で、これまでの方針が簡単にひっくり返ります。一見不合理な判断に対しても、誰も「何故?」と聞きません。
製品開発において、論理で解決できないことはたくさんあり、幹部なりdirectorなり、チームなりが判断を下しています。アメリカでは、そのような判断に対して社員が質問することは普通のことです。重要な判断は説明と質問の機会がもうけられます。100%では無いにしろ、全員がそれなりに納得して、初めて物事が進みます。
そして、為された意思決定の方針に従って、物事は論理的に進みます。
アメリカで働きたいと思っている人へ
どのような人がアメリカに向いているか
以下を全て満たす人は、是非アメリカに来て働くことに挑戦していただきたいです。
- 技術力に自信がある
- 絶対にアメリカで働きたい
- 英語力に自信がある
技術力のある優秀なエンジニアにとって、アメリカの開発チームは理想的な居場所だと思います。物事が大抵論理的に納得できる形で進むため、居心地がよいのです。英語のハンディがあっても、発言内容がしっかりしていれば、周りは受け入れてくれます。職場でのストレスレベルは日本と比べてとても低いと思います。
アメリカの職場環境
一人一人にキューブが与えられ、私の職場では開発用PCに複数ディスプレイ、更にノートPCまで専用に使えます。クローズドな環境の中で、しっかりとアウトプットさえ出していれば、ゲームしていようが、寝ていようが自由です。クビがかかっているので、遊んでいる人はあまりいませんが。。。
何時にオフィスに来て、何時に帰るかは自由です。どちらかというと、朝方の人が多いように思います。休日出勤はめったにありません。残業は自由で、日本と比べると少ないですし、必要無いのにダラダラと残業しているような人はいません。
休日は意外と少ないです。日本の3分の1くらいでしょうか。普段はあまり休まず、長めのバケーションを取ることが一般的です。
職場によるかもしれませんが、コーヒーや紅茶、ソーダ、ポテトチップ等のスナックが無料で食べ放題です。これ、日本にも導入してくれないかな。。。社員の定着率を上げるための方策なので、社員の流動性が低い日本では無理でしょうか。
生活環境
理想的な職場環境と比べて、生活環境は全般的に日本よりもだいぶ劣ると思います。
まず、周りが全て英語というのはものすごくストレスフルです。疲れていて会議に集中できないと、議論が全く頭に入ってきません。英語で必要な電話をかけることが億劫でたまらなくなります。スーパーやファストフードの店員に簡単な単語が通じずに馬鹿にされると落ち込みます。
上でも書きましたが、日本のサービスは高品質です。例えばアメリカの郵便局の配達員は、確認もせずに不在通知を平気で置いていきます。再配達させると、また不在通知を置いていきます。これで何度郵便局まで日本からのEMS便を取りに行ったか。。。タクシー運転手も無愛想で、カードで支払おうとすると現金を要求してきます。その上、このような劣悪なサービスにチップまで支払わなくてはなりません。空港に行くために早朝に予約したタクシーが来ず、電話をかけたら「そんな予約は知らない」と言われたこともあります。
食事も日本の方がおいしいです。日本食は高級なのでいい値段を取るのですが、質が伴いません。納豆を探すと3パック3〜5ドルします。魚はサーモンとタラ、ホタテくらいしかありません(あとロブスター)。渡米当初は毎日のように安くて美味しいステーキを自分で焼いて食べますが、2週間もすると、あのガーリックオイルのにおいを嗅ぐのも嫌になります。米は日本基準の美味しい米が、日本よりも少し安いくらいで手に入ります。
まあ、2年も住んでいると不自由さにも慣れてきて、住み心地はそんなに悪くないと思うようになってきます。日本よりも良い点がたくさん見つかり、まだいても良いと思うようになるでしょう。このあたり、個人差が大きいと思いますが。。
終わりに
この記事では、私の経験を元に、英語が少し得意なだけのエンジニアがアメリカのソフトウエア開発チームに入ったらどうなるか、について書いてみました。アメリカで働くことに興味ある方の参考になれば幸いです。