1. はじめに
プログラミングの世界では、AIによる開発支援が急速に進化しています。本レポートでは、主要な3つの開発環境(VS Code、Cursor、JetBrains)における最新のAI機能を詳細に比較分析します。各IDEが提供するAI機能の特徴、強み、弱み、そして開発者にとっての実用性を多角的に検討します。
2. 各IDEの概要と最新AI機能
2.1 VS Code
Visual Studio Code(VS Code)は、Microsoftが開発した無料のコードエディタで、軽量でありながら強力な機能を備えています。VS CodeのAI機能は主にGitHub Copilotを中心に展開されています。
最新の主要AI機能
- GitHub Copilot: 2024年12月に無料プランが導入され、月2000回のコード補完と月50回のチャットリクエストが利用可能になりました。
- AIコード補完: コーディングスタイルに合わせた提案を行い、開発者の生産性を向上させます。
- 自然言語チャット: コードベースについての質問や、プロジェクト全体にわたる編集を会話形式で行えます。
- Copilot Edits: マルチファイル編集機能により、プロンプトに基づいて複数ファイルにわたる変更を提案します。
- カスタム指示: 特定のコーディング規約をMarkdownで記述し、それに合わせたコード生成が可能です。
- Vision Copilot: スクリーンショットやマークアップに基づいてインターフェースを生成する機能(プレビュー段階)。
2.2 Cursor
Cursorは「AI支援機能を搭載したコードエディタ」として設計され、AIを中心に据えた比較的新しいエディタです。VS Codeをベースにしながらも、独自のAI機能を多数実装しています。
最新の主要AI機能
- エージェントモード: エンドツーエンドでタスクを完了できる機能で、実行が速く、プログラマーが常に確認できる仕組みを提供します。
- チャット機能: コードベースを「参照」できるAIと対話可能で、現在のファイルとカーソル位置を常に把握しています。
- Tabキー機能: 強力なオートコンプリート機能で、次の編集内容を予測し、複数行にわたるコード提案を行います。
- カーソル予測: 次にカーソルを置く位置を予測し、コード内をスムーズに移動できるようにする機能です。
- 最新バージョン0.47: 2025年3月にリリースされ、安定性向上、キーボードショートカットのカスタマイズ、AIモデル「Sonnet 3.7」の変更などが含まれています。
2.3 JetBrains
JetBrainsは、IntelliJ IDEA、PyCharm、PhpStormなど、多くの専門的なIDEを提供する企業です。JetBrains AI Assistantは、これらのIDEに統合されたAIツールとして機能しています。
最新の主要AI機能
- JetBrains AI Assistant: 2023年12月にリリースされ、2024年4月に2024.1アップデートが提供されました。
- ローカルフルラインコード補完(FLCC): ローカルデバイス上で実行される高度なディープラーニングモデルにより、Java、Kotlin、Python、JavaScript、TypeScript、CSS、PHP、Go、Rubyでコード補完を提供します。
- 改良されたテスト生成: JavaとPHPのテスト生成が改良され、既存のテストファイルを自動的に見つけ、新しいテストケースを追加します。
- コミットメッセージ生成のカスタムプロンプト: 異なる言語の指定や、フォーマット、文字数の要件に合わせたカスタマイズが可能です。
- コードスニペットからのファイル作成: AI Assistantチャットでコードを入力し、「Create File from Snippet」をクリックするだけで新規ファイル作成が可能です。
3. 機能別詳細比較
3.1 コード補完・生成機能
コード補完と生成は、AI機能の中核をなす部分です。3つのIDEはそれぞれ異なるアプローチでこの機能を実装しています。
VS Code
GitHub Copilotによるコード補完は、コンテキストを理解し、開発者のコーディングスタイルに合わせた提案を行います。無料プランでも月2000回のコード補完が利用可能で、多くの開発者にとって十分な量です。また、自然言語からコードを生成する機能も強力です。
Cursor
Tabキー機能による強力なオートコンプリートが特徴で、次の編集内容を予測し、複数行にわたるコード提案を行います。コードベースを認識する能力も高く、コンテキストに応じた適切な提案が可能です。
JetBrains
ローカルフルラインコード補完(FLCC)が最大の特徴で、ローカルデバイス上で実行されるため、データセキュリティが確保されます。Java、Kotlin、Python、JavaScript、TypeScript、CSS、PHP、Go、Rubyなど多くの言語をサポートし、専門的なIDEならではの言語固有の最適化が行われています。
比較分析
- 精度と関連性: JetBrainsは言語固有の最適化が行われており、特定の言語では最も精度の高い補完を提供する可能性があります。一方、VS CodeとCursorはより汎用的なアプローチを取っています。
- プライバシーとセキュリティ: JetBrainsのローカル実行モデルは、インターネット接続なしで動作し、センシティブなコードを扱う企業環境で大きな利点となります。
- 使いやすさ: Cursorのインターフェースは最もAIに最適化されており、AIとの対話が中心設計されています。
3.2 チャット・対話機能
AIとの対話機能は、コード理解や問題解決に大きく貢献します。
VS Code
自然言語チャットとして実装され、@workspaceパーティシパントによりコードベース全体を参照できます。また、VS Code Speech拡張による音声入力や、Vision Copilot Previewによる画像認識機能も提供されています。
Cursor
チャット機能は現在のファイルとカーソル位置を常に把握しており、「ここにバグがある?」といった直接的な質問が可能です。@Codebaseを使用してコードベース全体を対象にしたチャットも可能です。
JetBrains
AI Assistantとして実装され、プロジェクト全体のコンテキストを認識します。特に、各IDEの専門性に合わせた回答が可能で、例えばDataGripではデータベーススキーマをチャットコンテキストとして添付できます。
比較分析
- コンテキスト理解: 3つのIDEすべてがコードベースのコンテキスト理解を提供していますが、JetBrainsは各IDE固有の専門知識を活かした深い理解を提供します。
- マルチモーダル対話: VS Codeは音声入力や画像認識など、より多様な対話方法をサポートしています。
- 使いやすさ: Cursorはチャットインターフェースが最も直感的で、コーディング中の自然な対話に最適化されています。
3.3 開発支援機能
コーディング以外の開発タスクにおけるAI支援も重要な要素です。
VS Code
テスト生成、コミットメッセージ生成(カスタム指示可能)、エラー修正支援、ドキュメント生成、リファクタリング支援、ターミナルチャットなど、幅広い開発支援機能を提供しています。
Cursor
エラーの繰り返し修正、スマートリライト、コマンドの実行などの機能がありますが、テスト生成やドキュメント生成については明示的な言及がありません。
JetBrains
改良されたテスト生成(Java、PHP)、カスタムプロンプト対応のコミットメッセージ生成、エラー修正支援、ドキュメント生成、リファクタリング支援、DataGripでのSQL生成など、専門的な開発支援機能を提供しています。
比較分析
- 専門性: JetBrainsは各IDE固有の専門機能(DataGripでのSQL生成など)で優位性があります。
- 包括性: VS Codeは最も幅広い開発支援機能を提供しています。
- 自動化: Cursorはエラー修正の自動化やコマンド実行の自動化に強みがあります。
3.4 カスタマイズと拡張性
AIツールのカスタマイズ性と拡張性は、個々の開発者や組織のニーズに合わせるために重要です。
VS Code
エディタ/プロジェクトレベルでのカスタム指示、拡張機能とCopilot APIの連携、独自モデル接続(自分のプロバイダーAPIキー)など、高い柔軟性を提供しています。
Cursor
OpenAI API Keyの登録が可能ですが、その他のカスタマイズや拡張性については明示的な言及がありません。
JetBrains
プラグインとして提供され、オンプレミスモデルの使用も近日公開予定です。各IDEに深く統合されているため、IDE固有の機能との連携が強みです。
比較分析
- 拡張性: VS Codeは拡張機能エコシステムとの連携が最も強力です。
- モデル選択: VS Codeは複数のAIモデル(GPT-4o、Claude 3.5 Sonnet、o1、Gemini)から選択できる柔軟性があります。
- 企業向け機能: JetBrainsはオンプレミスモデルのサポート(予定)など、企業環境に適した機能を提供しています。
4. パフォーマンスと使いやすさの比較
4.1 パフォーマンス
VS Code
軽量なエディタとして知られるVS Codeは、基本的なパフォーマンスは高いですが、GitHub Copilotの機能はクラウドベースであるため、インターネット接続の品質に依存します。大規模なプロジェクトでも比較的安定して動作します。
Cursor
最新バージョン0.47では安定性とパフォーマンスの向上が図られていますが、AIを中心に設計されているため、AI機能を多用する場合のリソース消費が大きい可能性があります。特に長時間のコーディングや大規模プロジェクトでの安定性が向上しています。
JetBrains
JetBrainsのIDEは一般的にリソース要求が高いことで知られていますが、ローカルフルラインコード補完(FLCC)はローカルデバイス上で実行されるため、インターネット接続に依存せず安定したパフォーマンスを発揮します。ただし、この機能自体がローカルリソースを消費します。
比較分析
- 起動速度: VS Codeが最も軽量で起動が速く、JetBrainsのIDEは最も起動に時間がかかります。
- 応答性: ローカル機能ではJetBrainsが安定していますが、クラウド機能ではVS CodeとCursorの差は小さいです。
- リソース消費: VS Codeが最も軽量で、JetBrainsのIDEが最もリソースを消費する傾向があります。
4.2 使いやすさ
VS Code
GitHub Copilotは既存のVS Code環境に自然に統合されており、学習曲線が緩やかです。無料プランの導入により、多くの開発者が気軽に試すことができるようになりました。
Cursor
AIを中心に設計されたインターフェースは直感的で、AIとの対話が自然に行えます。VS Codeをベースにしているため、VS Codeユーザーにとっては馴染みやすい環境です。
JetBrains
各専門IDEに深く統合されており、それぞれのIDEに慣れているユーザーにとっては自然な拡張として機能します。ただし、JetBrainsのIDEは一般的に学習曲線が急であり、初心者には複雑に感じられる可能性があります。
比較分析
- 学習曲線: VS Codeが最も緩やかで、JetBrainsのIDEが最も急です。
- AI機能へのアクセス: Cursorが最も直感的で、AIとの対話が中心に設計されています。
- 既存ユーザーの親和性: 各IDEの既存ユーザーにとっては、それぞれのAI機能が自然な拡張として機能します。
5. 料金体系の比較
5.1 VS Code
- 無料プラン: 月2000回のコード補完、月50回のチャットリクエスト、GPT-4oとClaude 3.5 Sonnetモデルへのアクセス
- 有料Proプラン: 無制限の使用と追加モデル(o1、Gemini)へのアクセス
- コスト効率: 無料プランの導入により、個人開発者や小規模チームにとって非常にコスト効率が高くなりました。
5.2 Cursor
- 無料プラン: 基本機能の利用が可能
- 有料プラン: 追加機能や制限解除
- 自分のOpenAI API Key登録: 自前のAPIキーを使用することも可能
- コスト効率: 詳細な料金は明示されていませんが、自前のAPIキーを使用できる柔軟性があります。
5.3 JetBrains
- 7日間無料トライアル: すべての機能を試用可能
- 月額または年額サブスクリプション: JetBrains AIサービスのサブスクリプションが必要
- IDE自体の料金: JetBrainsのIDEは基本的に有料(一部例外あり)
- コスト効率: 既にJetBrainsのIDEを使用している場合は追加コストとなりますが、専門的な機能と深い統合を考慮すると、プロフェッショナルな開発環境では価値があります。
5.4 比較分析
- 初期コスト: VS Codeが最も低く(無料プランあり)、JetBrainsが最も高い傾向があります。
- 長期コスト: 使用頻度や規模によって異なりますが、大規模な利用ではVS CodeのProプランやJetBrainsのサブスクリプションが必要になります。
- 価値対効果: 各IDEの専門性や既存の開発環境との統合を考慮する必要があります。
6. 各IDEの強みと弱み
6.1 VS Code
強み
- 無料プランの導入により、AI機能への敷居が低くなった
- 軽量で起動が速く、基本的なパフォーマンスが高い
- 拡張機能エコシステムとの連携が強力
- 複数のAIモデルから選択できる柔軟性
- Vision Copilotなど革新的な機能の導入
弱み
- クラウドベースのため、インターネット接続に依存
- 専門的なIDE機能ではJetBrainsに劣る場合がある
- 大規模プロジェクトでの深い理解はJetBrainsに劣る可能性
6.2 Cursor
強み
- AIを中心に設計された直感的なインターフェース
- エージェントモードによるエンドツーエンドのタスク完了
- カーソル予測など独自の便利機能
- VS Codeをベースにしているため馴染みやすい
弱み
- 比較的新しいエディタであるため、エコシステムがまだ発展途上
- 専門的な開発支援機能(テスト生成など)の言及が少ない
- カスタマイズと拡張性に関する情報が限定的
6.3 JetBrains
強み
- ローカルフルラインコード補完によるプライバシーとセキュリティ
- 各IDE固有の専門機能との深い統合
- 言語固有の最適化による高精度な補完
- 企業環境に適した機能(オンプレミスモデルなど)
弱み
- 比較的高価な料金体系
- リソース要求が高く、軽量なマシンでは動作が重い場合がある
- 学習曲線が急で、初心者には複雑に感じられる可能性
7. 開発者タイプ別の推奨
7.1 個人開発者・フリーランス
- 予算重視: VS Codeの無料プランが最適
- AI中心の開発: Cursorが直感的で使いやすい
- 特定言語の専門家: JetBrainsの言語固有IDEが深い支援を提供
7.2 スタートアップ・小規模チーム
- コスト効率重視: VS Codeが初期コストを抑えられる
- 迅速な開発: Cursorのエージェントモードが効率的
- コード品質重視: JetBrainsのテスト生成や専門機能が有用
7.3 大企業・エンタープライズ
- セキュリティ重視: JetBrainsのローカル実行モデルが安全
- チーム連携: VS Codeのカスタム指示共有が効果的
- 複雑なプロジェクト: JetBrainsの専門IDEが深い理解を提供
8. 今後の展望
8.1 VS Code
GitHub Copilotの無料プラン導入は大きな変化であり、今後もアクセシビリティの向上が期待されます。Vision Copilotの正式リリースや、より多くのAIモデル(Geminiなど)の統合が予定されています。
8.2 Cursor
比較的新しいエディタとして急速に進化しており、安定性とパフォーマンスの向上に注力しています。AIを中心とした設計思想を維持しつつ、より専門的な機能の拡充が期待されます。
8.3 JetBrains
ローカルフルラインコード補完の対応言語拡大や、オンプレミスモデルの提供など、企業環境に適した機能の強化が予想されます。各IDE固有の専門性を活かした、より深いAI統合も期待されます。
9. 結論
3つのIDEはそれぞれ異なる強みと特徴を持っており、開発者の好みやプロジェクトの要件に応じて選択することが重要です。
- VS Code: 軽量で柔軟性が高く、無料プランの導入により最もアクセシブルなAI機能を提供しています。拡張機能エコシステムとの連携も強力です。
- Cursor: AIを中心に設計された直感的なインターフェースと、エージェントモードによる効率的なタスク完了が特徴です。VS Codeをベースにしているため馴染みやすい環境でもあります。
- JetBrains: ローカル実行モデルによるセキュリティと、各IDE固有の専門機能との深い統合が強みです。言語固有の最適化による高精度な補完も提供しています。
最終的には、開発者自身のワークフロー、予算、セキュリティ要件、そして使い慣れた環境を考慮して選択することが推奨されます。また、これらのAI機能は急速に進化しているため、定期的に最新情報をチェックすることも重要です。
参考資料
- VS Code公式ドキュメント: https://code.visualstudio.com/docs/copilot/overview
- VS Code Blog: https://code.visualstudio.com/blogs/2024/12/18/free-github-copilot
- Cursor公式サイト: https://www.cursor.com/
- Cursor機能ページ: https://www.cursor.com/features
- JetBrains AI: https://www.jetbrains.com/ai/
- JetBrains Blog: https://blog.jetbrains.com/blog/2024/04/04/jetbrains-ai-assistant-2024-1-updates/