はじめに
筆者は2009年末から2012年末までアメリカのアラバマ州立大学ハンツビル校にて、(外部)太陽圏 及び Interstellar Boundary Explorer (IBEX) の観測に関する数値計算を用いた研究をしていました。以後も細々と理解を深めようと心掛けていますが、本腰を入れた研究は出来ていません。物理学アドベントカレンダーの一環として、その頃からの知識の一部を共有出来たらと思います。
これは執筆時点で、IBEXリボンに関して日本語でおそらく最も詳しい文章です1。太陽圏に関する日本語文章としても、専門性を持つ人間が書いたものとしては稀なものだと思います。
太陽圏=太陽風vs星間物質
太陽圏の基本的な構造は太陽風と星間物質の衝突です。太陽風は太陽から超音速で球対称に吹き出しています(密度や速度には緯度依存性有り、しかし動圧としては一定)。一方、星間物質は太陽に対して一定の方向に吹いています(太陽静止系で見て一定方向。銀河の視点では太陽と星間物質はそれぞれ固有の運動を持つ)。太陽風と星間物質は共に非衝突プラズマであり、流体として振る舞います。2流体は異なる速度を持っているので衝突します。これにより形成される構造が太陽圏で、次の図の様な描像となります。
超音速(秒速400km以上)で吹き出した太陽風が星間物質と衝突すると、太陽風の上流に向かって衝撃波(fast shock)が立ちます。衝撃波は、その前後で動圧とガス圧と磁気圧の合計が釣り合うところで静止します。そこが終端衝撃波面(Termination Shock)で、太陽から80AU(天文単位)程度のところにあります。終端衝撃波面を超えると太陽風は方向を変え、亜音速になり、また圧縮により高温となります。太陽風と星間物質の境目を太陽圏境界面と呼び、星間物質上流方向で太陽から120AU程度のところです。太陽風と同様に星間物質の上流方向にも衝突の情報は伝わりますが、それが衝撃波を形成できるほど強いか否かについては未だに議論の最中です。このあやふやさを反映してか最近は、この衝突の情報が伝わる近傍の星間物質を極近傍星間物質(Very Local Interstellar Mediumの筆者訳)と呼びます。
太陽圏の基本的な構造は流体的であり、よって2次元でならキッチンのシンクで再現できます(そのNature論文やNASAの動画 、斜めにしたまな板で試すとよりそれらしくなります)。流体的な(つまり磁気圧を無視した)構造は彗星の様に尾を引いた形になります。また太陽風の方が星間物質より低密度なので、いわば泡のような状態です。この様な構造は太陽特有のものではなく、他の恒星でも見られ恒星球(Astrosphere、観測例)と呼ばれます。
太陽圏にかけられたリボン
先ほど星間物質は太陽風と衝突すると書きましたが、それは星間物質の全てではありません。星間物質はその全てがイオン化するほど高温ではありません(太陽風は全て電離して吹き出します)。よって電荷的に中性な水素原子なども多量に含んでいます。これら中性の粒子は非衝突プラズマの構造を維持するローレンツ力の影響を受けませんので、太陽圏の構造を突き抜けて太陽や地球の近くまで侵入します。この太陽圏外から来る中性粒子を捉えようと打ち上げられた観測機がNASAのInterstellar Boundary Explorer (IBEX)です。最初の結果は2009年に出版され、その目玉となった発見が「リボン」と呼ばれる構造(下図)です。
画像提供元: NASA
数キロ電子ボルト程度のエネルギーを持つ中性粒子を地球近傍で観測したところ、高いフラックス(線量)を示す帯状の領域が発見されました。この帯は「リボン」と名付けられ、その起源について様々な説が経ちました。天に広がる帯状の領域と言うと、真っ先に想像するのは天の川だと思います。しかし、次の図を見ると天の川とは異なる領域に広がっていることがわかります。
画像提供元: NASA (明度・コントラストを調整)
図の左上当り はくちょう座(Cygnus)から下部 南十字星(Southern Cross)までは天の川とかなり近い領域にリボンがありますが、そこからは大きく逸れます(天の川はそのまま進み、図の端あたりに沿ってシリウスやオリオン座の近くを通る)。
様々な可能性が考えられましたが、現在主流となっている説は、次の図の様な、星間物質内での太陽風の反射です(例 Heerikhuisen+(2009) や Zirnstein+(2019))。
鍵となる物理的素過程は電荷交換衝突(Charge-Exchange collison、CX)です。電荷の異なる2粒子(特に同じ原子)が十分に近づくと一定の確立で電荷(つまり電子)を交換します。これにより主に交換されるのは電荷のみで、交換される運動量は無視できます。しかし電荷をマーカーにこの現象を見た場合は、あたかも運動量が交換された様に見えるため衝突と呼ばれます。
星間物質内での太陽風の反射は以下のようなシナリオです。
- 超音速で吹き出された水素イオン(以後、粒子A)が太陽圏を突き抜けてきた星間物質由来の中性の原子と電荷交換衝突をし、中性となる(上図内CX1)。
- 中性となった粒子Aは、その速度を保ったまま、太陽圏の構造を突き抜ける。
- 粒子Aは星間物質の空間に入り、そこで星間物質のイオンと電荷交換をする(同CX2)。
- イオンとなった粒子Aは星間磁場にとらわれ、旋回運動に移る。
- 粒子Aは再び星間物質と電荷交換をし(同CX3)、旋回運動から解き放たれるが、運が良ければ太陽の方に飛び立つ
この様な過程を経た粒子を観測したものが「リボン」の正体です。鍵となるのは、星間磁場に捉われた時の粒子Aの運動の向きです。磁場と垂直な速度のみを持っていた場合は、その場で旋回し、太陽の方へ帰る事が出来ます。しかし磁場と水平な速度を持っていた場合は、旋回しながら磁場に沿って移動し、再度中性となっても太陽の方を向くことはありません。粒子が星間磁場に捉われる時の速度の向きは太陽からの動径方向になります。よって、太陽そして地球から見た特定の方向にのみ太陽風の反射が見られるという事になります。
この太陽風の反射のシナリオは、リボンのエネルギー帯が太陽風のものであること、そして地球近傍で観測された太陽風に伴いリボンがこの10年強の間に変化してきたことから強く支持されています。
日本における太陽圏
日本では太陽圏と言うと太陽から地球近傍または木星程度あたりまでの太陽風で満たされた環境を指すことが多々あります。しかしながら本当の太陽圏はそこより広い範囲を指します。太陽圏を知ることは銀河宇宙線の量など、我々の周りの宇宙的な環境を理解する上で、ひいては生命が育まれる惑星の環境を知る為にも重要です。筆者は有志による太陽圏物理研究会に参加しています。関心のある方の参加はいつでも歓迎です。
最後に、よく訊かれる質問とそれに対する筆者なりの回答で〆たいと思います。
Q. 太陽系の端はどこですか?
A. 太陽系と呼ばれる領域は主に3つまたは4つあります。1つは太陽惑星系で、海王星(30AU)まで(または冥王星などのエッジワースカイパーベルト天体を含め50AU程度まで)ものです。1つは太陽圏(120AU以上)です。最後の1つは太陽重力圏でオールトの雲(1.6光年=10万AU、理論値)が最遠部です。地球に置き換えた感覚だと、太陽惑星系が地面か大気圏内、太陽圏が磁気圏、太陽重力圏が月よりも外側のL1あたりまで、になるかと思います。あとは各自の判断にゆだねます
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筆者が他に書いていない&日本語でこの内容を書けるであろう他の数人が何か書いたと聞いてないので。 太陽圏に関するお仕事(執筆など)のお話歓迎です。 ↩