みなさん、こんにちは。NECデジタルテクノロジー開発研究所の池谷です。
今日は、私がNECインド研究所(以下、インド研)で取り込んだオープンイノベーション活動についてご紹介したいと思います。
インド研を設立したのは2018年。「日本の優れた技術・ソリューションをインドに持ち込み、インドの社会問題を解決するぞ」と乗り込んでみたものの、あまりに多くの社会問題(交通、食料、医療、貧困などなど)と、現地の社会問題は日本と全く違うというカベに早々にぶち当たりました。そして「インドの社会問題を一番よく知っているのはインド人。この人たちと一緒に取り組むべき社会問題を特定し、一緒に問題を解く活動をすべき」と思うようになりました。いま思えば当たり前ですよね。逆の立場にたって、ふらっと海外から日本に来た人が「日本のここがおかしいから、こうすべきだ」と言ったらどうでしょう。誰もその人に耳を傾けてくれませんよね。
で、たどり着いたのが、「インドの起業家や学生と一緒に社会解決型のHackathonをやる」というアイデアでした。
Hackathon ってなんだ?
Hackathon はソフトウェアのエンジニアリングを指す “ハック”(hack)とマラソン(marathon)を組み合わせた米 IT 業界発祥の造語です。コーディングの能力を競い合う場のことを指します。主催者が問題を提示し、参加者は数時間から数日会場に籠って(場合はネットを通して数週間)コーディングを行います。主催者は、参加者から提出されたコードを評価して、順位をつけ、賞金や商品を渡すなどで表彰を行います。
インド研の Hackathon ってどんな感じ?
インド研ではほぼ毎月ハッカソンを開催しました。以下は、Delhi 近くの Gurugram(英語名グルガオン) というエリアで開催した際の写真や優勝者のスライドサンプルです(同Hackathon サイトへのリンクはこちら)。
- 1st Prize: Uni Boarding Pass App
- 2nd Prize: Bus-Karo
- 3rd Prize: Vehiculim
- 3rd Prize: Travel Sync
テーマ設定から問題を設定してもらう
インド研の Hackathon はちょっと変わっていて、「あなたは何が問題だと設定しますか?」から問いを始めています。解くべき社会問題はいたるところにあります。その中で、どの社会問題に取り組むか、その問題設定が一番重要です。
普通の Hackathon は問題設定を主催者側がします。何かの数学的問題を提示して「この問題を一番早く解くコードを書いた人が優勝」とか「一番精度よく解くコードを書いた人が優勝」とかが多いのですが、インド研ではテーマだけを決めて「このテーマの範囲で、あなたは何が問題だと考えていますか?」という問いを投げかけています。
参加者に求めていることは Ground Reality
なぜこんなことをわざわざしているかというと、Ground Reality を彼らのアイデアの中に求めているからです。Ground Reality とはインド英語なのですが、「地に足がついた」みたいな意味です。
日本とインドは文字通り Ground が違うので、日本人の私達が見て良いと思うものがインド人にも良いとは限りません。そこでインド研の Hackathon では、参加者に「このテーマの範囲で、あなたは何が問題だと考えていますか?」という問いを投げかけています。
しかし、もちろんそれだけでは不十分で、その問題に対する課題(対処のアイデアや時にはビジネスモデル)、課題をどのようなシステムとして達成するか、そして実際に作ったプロトタイプの質、これらの点を総合的に評価しています。
どれくらいの規模でやるの?
いつも 2000人くらいの登録から 300 近くのアイデアをオンラインで集めることを標準とします。インドで最も有名なハッカソン・アイデアソンコミュニティである HackerEarth と連携し、そのプラットフォーム上にに募集を出すことでオンラインでアイデアを集めます。
そして、実際に登録されたアイデアを見て、オフラインで会場に呼ぶのは 30グループ前後です。いつも 1~4人で 1グループとして、グループ編成は応募者に任せているのですが、大体 100人前後が会場に来ることになります。
ところで、日本で言う「千三つ」(1000 のアイデアの内、3つくらいしか良いものはない)というのは、当たっているなと考えていて、300くらいアイデアを集めると 1つキラリと面白そうなものがあるかなというのが現在の経験則です。
ですので、集める 30チームの中にはいつも大抵「このチームは面白そうだぞ」というのが混じっています。(まあ、日本人から見て面白そうというだけなので、本当にインドのマーケットに適切かどうかは評価の時にインド研のローカルメンバも交えて行わないとわからないのですが)
オフラインでの Hackathon はいつも土日の 1泊2日で実施しました。学生や社会人の参加を考えると、土曜に集まってもらい、日曜には終わるというのが標準かなと考えているためです。
どんなタイムラインでやるの?
大体オフラインイベント開催の 3か月前から準備を始めます。最初はテーマを決めるところから始めて、募集のための Webサイトを準備することを始めます。Webサイトには募集テーマの詳細や、参加者にどんなアイデア・プロトタイプを期待するか、参加にあたっての制約があるか、賞金はいくらかなど確認すべき点がいくつかあるため、事前にそれらを明らかにしておきます。
次に、オフラインイベント開始の 2か月前に Webサイトをオープンし、参加者を募集します。その後、1か月ほど Webサイトをオープンにしておき、参加者にアイデアをパワーポイントで登録してもらうようにしています。
そして、オフラインイベントの 1か月前に Webサイトを締め切り、集めたアイデアを 1週間でチェック・評価して、選んだチームに招待状を出します。これらのアイデア収集のフェーズとは並行で、会場を予約したり、参加者に配るノベルティを用意したりと細かい作業はあるのですが、そこらへんは省略です。
Hackathonオフラインイベント当日はどんな感じ?
前述したようにいつも土日の 1泊2日で Hackathon を行います。いつも審査員はインド研のメンバやインドの事業部関係者、日本との共同開催の時は日本からの参加者、時には大学の教授など専門知識のあるアカデミアの人も呼びます。会場は、コワーキングスペースを借り切って、そこに参加者全員を集めて実施します。
主なタイムラインは下記のような感じです。
- 1日目: 午前 10時ごろ開始。参加者よりアイデアプレゼン。メンターからのフィードバックを受けて、参加者がアイデアのブラッシュアップ、プロトタイプ開発を開始。多くのチームは会場に泊まり込み、夜通し開発します。
- 2日目: 午前中に Hack したコードを提出してもらい、成果をプレゼンしてもらう。お昼を挟んで順位を決めて表彰。午後3時くらいに終了
というのがいつもの流れです。
いつも、レビューの時にみんなからアイデアを直接聞くのは楽しい瞬間です。「なんでこんなこと考えたの?」「このアイデアは他とどう違うと思う?」とか意地悪な質問をしても、みんな瞬時に応えてきます。
パワーポイントでは伝わらないことを聞いてフィードバックを返したり議論をするのはインドの "Ground Reality" を知ることができるとても良い機会になります。場合によっては初日からすでに動くプロトタイプを持ってきているチームもいたりするので、そういうチームにはプロトタイプの動作を見ながらフィードバックを返します。
プレゼンテーションもみんな熱い熱気の中で審査員に猛アピールをしてきます。インド人のそういうところ、最初は若干引いていたのですが、今はそういうのが無いと「なんだ、ずいぶん消極的な奴だな」と思うくらいにはなりました。みんな「オレのが一番だ!」と(時に根拠なく)猛アピールしてきます。
インドで Hackathon するとどんな良いことあるの?
ここまで手間をかけて、インドで Hackathon をするとどんな良いことがあるのでしょうか? それはズバリ、インドの Ground Reality を踏まえた「問題」「課題(ビジネスアイデア)」「プロトタイプ」の 3点セットが手に入ります!
インド研では、この Hackathon を実施することで、自分たちの新しいサービスアイデア・研究テーマを考え、そしてそれをデモ、テストするための基本となるプロトタイプを入手するのに活用しています。
プロトタイプはペーパーウェア(モックアップ)の部分も多く含まれるので、自分たちで追加開発することも必要になるのですが、サービスデザインを Hackathon の結果を踏まえて考えながら、プロトタイプの開発を進め、実際に顧客へピッチをしに行ったり、自分たちでアプリをリリースしてうまくいくかどうかを検証しようとしています。
インドで Hackathon をやってみて
こんな感じで、10回以上にわたり、ハッカソンを開催してきました。応募者は総勢2万人を超え、大手メディアに取り上げられるなど、「NECの社会問題解決型ハッカソン」はちょっとしたムーブメントになりました。回を重ねていく中で、いくつか面白い現象も生まれてきました。
一つは、トップ3に入ったチームが表彰式後に私のところにきて、インターンシップを申し込みにくること。「受賞者には特典としてインターンの権利が与えられます」というルールなんて全くないんですが、どうも参加者の間でそういうデマが広まっていったようです。「それを目標に参加者ががんばってくれるんなら、そのままにしておこう」と思い、あえて訂正はしませんでした。
二つ目は、毎回トップ3に入ってくる常勝チーム、いわゆるSerial Award Winnerが生まれてきたこと。ある回の授賞式のあとにある大学生チームに「なぜあなたちはいつも優れたアイデアを出せるの?」と質問したことがあります。すると彼らは「放課後の部活にハッカソン部があり、そこで大学OBの起業家達からアイデアの作り方、プレゼンピッチの仕方、コーディングなどを教えてもらってる」とのことでした。「そらうまいはずだ」と納得するとともに、身近なところにモデルとなる起業家がたくさんいるインドの底力を実感しました。ちなみにその大学生チーム、毎回賞をかっさらっていくので、「もうあなたたちはこっち側に来なさい」と伝え、インド研のメンバーとして採用してしまいました。いまでもインド研で活躍してくれています。
以上、インド研でやっていたハッカソンについてご紹介しました。インドの熱気が少しでも伝われば、そしてみなさんに何らかの刺激になればうれしいです。
なお、本活動については日経ビジネスさんにも記事化してもらってます。もしご興味があれば、そちらもご覧いただければと思います。