はじめに
こんにちは.理学部物理学科3年のむろながです.
日毎に寒さが募り,すっかり清々しい冬晴れの青空の季節となりました.
⋯⋯⋯⋯さて,青空といえばなんでしょうか?
そう,Rayleigh散乱1ですね.
つまり,光と物質の相互作用です.あるいは,光学(optics)です.(!)
ということで2,本記事では光学,その中でも特に非線形光学(nonlinear optics) と呼ばれる領域について解説します.
あまりこの言葉に聞き馴染みのない方もいるかもしれませんが,本記事では物質中の電磁気学程度の前提知識だけで非線形光学の概要と主要な応用を掴んでもらうことを目標にしていますので,是非気負わずに読んでくださいね♬ 3
非線形光学とは?
そもそも,非線形光学とは何でしょうか?
その理解のために,まずは電場に対する物質の応答についておさらいしましょう.
端的にいうと,ここで言う電場に対する物質の応答とは分極です.
物質中の電磁気学では,物質(誘電体)に対して電場$\bf{E}$を加えると,それを打ち消すように (誘電)分極$\bf{P}$が生じ,このとき電束密度が$\bf{D}=\varepsilon_0\bf{E}+\bf{P}$と与えられることを見ました.
ここで,この分極はしばしば電気感受率(electric susceptibility) $\chi$を用いて
\bf{P}=\epsilon_0\chi\bf{E}\tag{1}
と与えられますね.これは,等方的な線形媒質を仮定した場合の表式です.式から,分極ベクトルという応答が電場に比例していることが分かります4.
しかし,電場に対する分極の応答は常に線形と見なすことができるわけではありません.特に,電場が微弱($|\bf{E}|^2\ll |\bf{E}|$)でない場合には,2次以上の補正項が加わり,(簡単のため1次元のみを考えると)
P=\epsilon_0\left(\chi^{(1)} E+\chi^{(2)} E^2+\chi^{(3)} E^3+\cdots\right)\tag{1}
のように書き換えられます.このように,電磁場に対する物質の非線形な応答を取り扱うのが非線形光学です!
でも,物質の非線形な応答がどのような現象を引き起こすのでしょうか?
以下ではそれについてご紹介します!
2次の非線形効果
まずは,$\chi^{(2)}$が記述する2次の非線形応答について見ていきましょう.
媒質に,
E(t)=Ee^{-i\omega t}+E^*e^{i\omega t}=Ee^{-i\omega t}+\mathrm{c.c.}\tag{2}
という周波数$\omega$の電場(レーザー光)が入射するような状況を考えます.
この表式を$(1)$式に代入すると,2次の項として
P^{(2)}:=\epsilon_0\chi^{(2)}E^2=2\epsilon_0\chi^{(2)}|E|^2+\left(\epsilon_0\chi^{(2)}E^2e^{-i\cdot 2\omega t}+\mathrm{c.c.}\right)\tag{3}
が得られます.このとき,第1項は振動しない(DC)オフセットの項になっており,第2項は入射光の2倍の周波数($2\omega$)で振動する項になっていることが分かります.
詳細は省きますが,ある周波数で振動する分極は同じ周波数の電場の放射を誘起する5ため,2次の非線形応答が見られる物質においてはこのように単色の入射光から2倍の振動数の光と静電場が放射されることが分かります!これらをそれぞれ第二次高調波発生(SHG),光整流(EOR) といいます6.
第二次高調波発生の応用として,可視光レーザーの発生が挙げられます.
例えば,Nd:YAGレーザーは波長約$1000$ μmの赤外光を発生します.これを非線形光学結晶に入射することにより,高調波として波長約$500$ μmの可視光(緑色)を取り出すことができるのです!
3次の非線形効果
しかし実は,2次の非線形感受率$\chi^{(2)}$は空間反転対称性のある媒質では$0$になることが知られています.このような場合,最低次の非線形応答は3次の応答となります.
上と同様に$(2)$式の単色光の電場を(1)式に代入すると,3次の項は
P^{(3)}=\epsilon_0\chi^{(3)}E^3e^{-i\cdot 3\omega t}+3\epsilon_0\chi^{(3)}\underbrace{E^*E}_{=|E|^2}Ee^{-i\omega t}+\mathrm{c.c.}\tag{4}
と求められます.よって,2次の応答がない場合,分極は
P=\epsilon_0\underbrace{\left(\chi^{(1)}+3\chi^{(3)}|E|^2\right)}_{(*)}(Ee^{-i\omega t}+\mathrm{c.c.})+\epsilon_0\chi^{(3)}(E^3e^{-i\cdot 3\omega t}+\mathrm{c.c.})+\cdots\tag{5}
となります.ここで,$(*)$の部分は入射電場$E(t)=Ee^{-i\omega t}+\mathrm{c.c.}$に係る係数ですから,3次の応答の結果として周波数$\omega$の感受率が$\chi^{(1)}\to\chi^{(1)}+3\chi^{(3)}|E|^2$のように変更を受けると解釈することができます.さらに,$I=|E^2|$が入射光の強度を表すことに注意すると,3次の非線形効果は光に対する(線形の)応答の強さが光の強度に応じて変更される効果であることが分かります.これは光Kerr効果と呼ばれます.
屈折率$n$と電気感受率$\chi$は$1+\chi=n^2$という関係で結びついているため,光Kerr効果により屈折率も光の強度に応じて変化します.多くの場合光強度の増加は屈折率の増加を伴うため,空間的に強度分布の広がった入射光では,強度のピークで屈折率が大きくなり,周囲の光線がピークの方向に集まる自己収束(self-focusing) が起きます.また,光の伝播速度は屈折率に反比例するため,時間的に強度分布の広がった入射光,つまりパルス光では,パルスの前半の波長が長くなり後半では短くなるような自己位相変調(selfphase modulation) が起きます.
特に,前者の自己収束は光の強度を局所的に高くするために,レーザー媒質の破壊を招き得ます7.このような理由から,非線形光学結晶を用いた共振器による光の増幅はしばしば難しくなります8.
おわりに
いかがでしたか?9
以上では,無味乾燥にも見える$P$の冪展開の式から出発して,レーザー技術を始めとする非線形光学の幅広い応用の舞台を垣間見ました.
非線形光学現象は,これ以外にも多彩で面白い現象でいっぱいです.この記事を通じて,私の光学への興味に少しでもresonateして頂けたならば幸いです!
ありがとうございました.
参考文献
- R. W. Boyd, Nonlinear Optics (Academic Press, 2020).
- 西岡一・植田憲一, 超短パルスレーザーによるコヒーレント白色光の発生. 光学, 26(2), 79-85.
- CPA | オプティペディア - Produced by 光響
-
念のため解説:大気中の粒子のサイズ$r$は光の波長$\lambda$に比べて十分小さいため,大気による太陽光の散乱はRayleigh散乱として近似されます.Rayleigh散乱の散乱断面積(散乱の強さを表します)は$\sigma\propto\lambda^{-4}$であり,ゆえに短波長の光ほど散乱されることになります.空を仰いだとき,光源である太陽以外の方向からは散乱光のみが入射しますから,日中の空は短波長(青)成分を多く含むこととなり,空が青く見えます.さらなる詳細はWikipediaなどを参照してください. ↩
-
何も「ということで」ではないことには目をつぶってください.気の利いた導入を思い付くことは屡々困難を伴います. ↩
-
私の長年の疑問のひとつに,「なぜJIS X 0213には連桁で2つだけ連結された16分音符が登録されているのか」という問いがあります.本当に何故なのかは釈然としませんが,このように「♪」の代替物として使用すると合計の音価は同じでもどこか切迫した顔で迫るような微かな狂気を漂わせることができるため,私は気に入って使用しています. ↩
-
異方性のある線形媒質の場合は,電気感受率がスカラーではなく2階テンソルとなり,$P_i=\epsilon_0\sum_j\chi_{ij}E_j$と書き表されます.また,強誘電体の場合は$\bf{P}|_{\bf{E}=0}\neq\bf{0}$となり,$\bf{P}=\bf{P}_0+\epsilon_0\chi\bf{E}$のように表されます. ↩
-
周波数成分$\omega_n$の電場の振幅の場$\bf{E}_n(\bf{r})$は,分極の非線形の寄与をdriving termとしてもつ非斉次Helmholtz方程式に従うことが示されます.気になる方は参考文献(Boyd)を御覧ください. ↩
-
一般に,複数の周波数成分を含む場が入射した場合には,2次の応答としてそれらの周波数の和,差の放射が生じます.これらはそれぞれ和周波発生(SFG),差周波発生(DFG)と呼ばれます. ↩
-
媒質を破壊するほどの高強度の光の物質との相互作用は極端非線形光学として非摂動論的に議論されているようです. ↩
-
このようなパルス増幅の問題を解決する手法として,チャープパルス増幅(CPA) が挙げられます.大まかに説明すると,パルス伸延器(stretcher)と呼ばれる分散光学系により一度パルス幅を広げてピーク強度を弱めた状態で増幅し,その後パルス圧縮器(compressor)で幅を戻すことにより増幅を行う手法です.パルス圧縮には回折格子が用いられるため,上述したような非線形効果による不都合は回避されています. ↩
-
言いたいだけです.粗方書き上げた記事を推敲しながら,私はこのAdvent Calendarの存在と寝不足で脳の判断力が鈍っていることに乗じて日々募らせている怪文書きたい欲を発散したいだけなのではないかと思えてきました.とはいえ,自己満足なき文芸活動は私にとっては持続的ではないので,ご容赦願いします. ↩