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透熱壁で仕切られた断熱容器内のエントロピー増大則:S=K(UVN)^1/3の場合

Last updated at Posted at 2021-03-19

はじめに

清水明の「熱力学の基礎」にはエントロピーについての要請が5つ書かれており(具体的にはここのP12「熱力学の要請 II:エントロピー」を参照)、その一番簡単な例として
$$
S(U,V)=K(UVN)^{\frac{1}{3}}
$$
が挙げられている。これは一番簡単な例ではあるがこれを満たすようなエントロピーが実在するかどうかは分からない。だが、エントロピーの条件を満たしている以上、断熱過程でのエントロピー増大則を満たすと思われる。やってみたら結構計算が面倒だったので共有しておく。

断熱容器が$M$個の部屋に分割されている。部屋同士は透熱壁で仕切られている。始状態での$i$番目の部屋のエネルギー、体積、粒子数は$U_i,V_i,N_i$とする。十分時間が経った後の終状態のエントロピーは始状態のエントロピーより大きいことを示せ

これは一般論として示されているので実際に計算するまでも無いが、実際に計算してみることは教育上は有効だろう。始状態のエントロピー$S_{tot}$は
$$
S_{tot} = \sum_{i=1}^M K(U_i V_i N_i)^{\frac{1}{3}}
$$
である。終状態では全ての区画で温度が等しいことが必要である。まずは、この$S$の場合の温度を計算する。
$$
\left( \frac{\partial S}{\partial U} \right )_{V,N} = \frac{1}{T} ; ; (1)
$$
に代入して
$$
K(VN)^{\frac{1}{3}} \times \frac{1}{3} U^{-\frac{2}{3}} = \frac{1}{T}
$$
$$
U = \left (\frac{K}{3} \right )^{\frac{3}{2}} \sqrt{VN} T^{\frac{3}{2}} ; ; (2)
$$
$T_i$を始状態での区画$i$の温度とすると、
$$
U_i = \left (\frac{K}{3} \right )^{\frac{3}{2}} \sqrt{V_iN_i} T_i^{\frac{3}{2}}
$$
$$
U_i' = \left (\frac{K}{3} \right )^{\frac{3}{2}} \sqrt{V_iN_i} T_f^{\frac{3}{2}}
$$
但し、$U'_i$は区画$i$での終状態のエネルギー、$T_f$は終状態での温度(全ての区画で共通)である。エネルギー保存則から

$$
\sum_{i=1}^M U_i = \sum_{i=1}^M U'_i
$$
なので
$$
\sum_i \sqrt{V_i N_i} T_i^{\frac{3}{2}} = T_f^{\frac{3}{2}} \sum_i \sqrt{V_i N_i}
$$
より
$$
T_f^{\frac{3}{2}} = \frac{\sum_i \sqrt{V_i N_i} T_i^{\frac{3}{2}} }{\sum_i \sqrt{V_i N_i}}
= \frac{\sum_i U_i}{ \left (\frac{K}{3} \right )^{\frac{2}{3}}\sqrt{V_i N_i}}
$$
を得る。よって
$$
U'_i = \frac{\sqrt{V_iN_i}}{\sum_i \sqrt{V_i N_i}} \left (\sum_i U_i \right)
$$
よって終状態の区画$i$のエントロピーは
$$
S'_i =K( V_i N_i U'_i)^{\frac{1}{3}} = K \left [ V_i N_i \frac{\sqrt{V_iN_i}}{\sum_i \sqrt{V_i N_i}} \left (\sum_i U_i \right)\right ]^{\frac{1}{3}}
= \frac{K\sqrt{N_iV_i}}{\left ( \sum_i \sqrt{V_i N_i}\right)^{\frac{1}{3}}} \left ( \sum_i U_i\right)^{\frac{1}{3}}
$$
よってエントロピーの差は
$$
\Delta S = \sum_i S'_i - \sum_i S_i
=\sum_i \frac{K\sqrt{N_iV_i}}{\left ( \sum_i \sqrt{V_i N_i}\right)^{\frac{1}{3}}} \left ( \sum_i U_i\right)^{\frac{1}{3}} - \sum_i K(U_i V_i N_i)^{\frac{1}{3}}
$$
$$
=K \left ( \sum_i \sqrt{V_iN_i} \right)^{\frac{2}{3}} \left (\sum_i U_i \right)^{\frac{1}{3}} -\sum_i K(U_i V_i N_i)^{\frac{1}{3}}
$$
ここでヘルダーの不等式
$$
\sum_i a_i b_i \leq \left (\sum_ia_i^p \right)^{\frac{1}{p}} \left (\sum_ib_i^q \right)^{\frac{1}{q}}
$$
に$a_i=U_i^{\frac{1}{3}}, a_i=(V_i N_i)^{\frac{1}{3}},p=3,q=\frac{3}{2}$を代入して
$$
\sum_i (U_iV_iN_i)^{\frac{1}{3}} \leq \left (\sum_i U_i \right)^{\frac{1}{3}}
\left (\sum_i \sqrt{V_i N_i} \right)^{\frac{2}{3}}
$$
を得るので、$\Delta S \geq 0$なのでエントロピーは増大する。

エントロピー増大則、と言っても抽象論が多く、具体的な計算は少なく、あっても理想気体の場合が多い。いろいろなエントロピーのいろいろな条件(この場合は透熱壁で仕切られた断熱容器内の温度緩和)で実際に断熱過程でエントロピーが増大していることを計算させるのは教育上有効かもしれない。

おまけ

ここまでの計算を見ると$T^{\frac{3}{2}}$という形が頻出する。もし、$\hat{T}=T^{\frac{3}{2}}$とすることができれば(2)式は
$$
U = \left (\frac{K}{3} \right )^{\frac{2}{3}} \sqrt{VN} \hat{T}
$$
となって$T^{\frac{3}{2}}$は出てこない。実際、最初から(1)式の代わりに
$$
\left( \frac{\partial S}{\partial U} \right )_{V,N} = \frac{1}{T}= \frac{1}{\hat{T}^\frac{2}{3}}
$$
としておけば$\hat{T}=T^{\frac{3}{2}}$になるので$T^{\frac{3}{2}}$は出てこないようにできる。このことから何が解るだろうか?解ることは我々が何の疑問もなく使っている温度というスケールは極めて恣意的だ、ということだ。たまたま理想気体が身近にあり、理想気体の等圧膨張で温度を測るのが便利であったため、我々が使っている温度はこういうものになったが、もし$S=K\left(UVN\right)^{\frac{1}{3}}$というエントロピーを持つ系が実在し、それを使って温度を定義する羽目になっていたら$T$ではなく$\hat{T}=T^{\frac{3}{2}}$の方が「自然な」温度として受け入れられただろう。

熱力学の伝統的な教科書では(理想気体に親和的な)$T$を$U,V,N$と同等の基本的な量として扱っていることが多いが、我々が使っているこの定義の温度は、必ずしも基本的な量ではないことが分かる。この様な観点から、$T$ではなく$U$を基本的な量として議論を展開する体裁をとっている清水明「熱力学の基礎」の説明の仕方は妥当である、と言えるだろう。$T$を最初っからあるものとして熱力学を教えるのは(解りやすいけど)良くはないと思う。

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